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第22話◇だめと言われましても、ウィル様はもう、わたくしのものなのですからね……!!

クラリッサ様の邸宅を出てマクファーソン家に到着するまでの馬車の中は、とても静かだった。


不思議とウィル様も何も話さず。

わたくしの方も、「どの薔薇を品評会に出すか」という重要議題に頭を持っていかれていたため、黙って考え事をし続けていた。


到着後、エスコートを受けて、馬車から降りる。

改めて視線を合わせてきたウィル様はわたくしの顔をじっと見つめてきて、こう切り出してきた。


「アメリア。まさか本当に、来月の品評会に出るつもりなのですか」

「はい。そのつもりです」


そこには暗に「出ないで欲しい」という要求が含まれている。

けれども、もう出ると決めて、現実にクラリッサ様と約束してしまったのだ。


「罠かもしれないでしょう?ルーカスが何かしてくる可能性だってあります。春の品評会に合わせるのでも……」

「それでは、だめなんです」


わたくしは首を横に振った。ウィル様は公爵令息として最高の教育を受けられたはずだけど、我が国の薔薇関連の「マイスター制度」に関しては、さすがにご存じないのだ。


「秋の品評会でわたくしの薔薇で認められたあの男は、その時点で国の認定を受けた育種家として、マイスターに認定されます。マイスターの権限で申請された新種の登録は、正式な記録として残ってしまうので、取り消せないのです」


わたくしが春にマイスターになる前にあの男のいいようにされて、絶対にあの苗は取り戻せなくなる……。

この説明に、ウィル様はハッとしてその息を飲む。


「秋の品評会に出れば、少なくとも同じマイスターの立場」

「その通りです。少なくとも、国家資格を持たないわたくしが一方的にやられることは、なくなります」


そのため、どんなに条件が悪いとしても、この秋の品評会への参加とマイスター権限の確保は必須となってしまった。


「品種登録の際、わたくしの薔薇の精密な写真と、ルーカスが勝手につけた名前が、永久にセットで記録として残るんです。それだけは、絶対に許せません」


わたくしは、何年も手塩にかけて自力で育ててきた薔薇をどうしても諦められない。

泣き寝入りなんてできない。


こう意思を固めるわたくしに、けれども、ウィル様も引いてはくれなかった。


「私がすぐにでもルーカスの罪の証拠を見つけ、絶対に捕まえてみせます。貴女はそのように危ないことをする必要はないのですよ!?」


ウィル様はこう続けて。


冷徹と言われるこの方の、珍しくも必死さがある口調と表情。

とても心配して下さっていることが分かって、それが嬉しくないわけがない。


……ない、はずなのに。


「そう、ですね。そうかもしれませんわ。普通の令嬢だったなら、自分からこんなことはしないのかもしれません」


ああ、こんな口答えのようなこと。

また失望されて「婚約破棄だ!!」と言い渡されてしまうのかしら――。


守ると言って下さっているのに、その手を素直に取ろうとしないわたくしは、本当に可愛らしくない悪役令嬢だわ。


自覚しているのにも関わらず、この口は止まらなかった。


「けれど、マクファーソンの人間は、それだけでは納得できない。王家から頂いた『ローズ』のミドルネームがそれを許さないのです」


薔薇に生き、薔薇で死ぬ。そのように生きる家に生まれたし、自分からそうしたいとも願った。


「それに、クラリッサ様に言われた通り。これはきっとわたくし自身が、自力で乗り越えないといけないことなのです」


思っていたよりも、とてもさらさらと自分の考えを口に出せたし、ウィル様も真剣に聞いて下さった。


でも、きっとそれは「公的な立場としての建て前」の部分だったから。

その証拠に、わたくしがわたくしのもっと深い心のうちに踏み込もうとした瞬間に、口が回らなくなってしまった。


「それ、に。何より、これは、わたくしが、自信を持ってウィル様の隣に立つためでもあるんです、よ……?」


言葉が、途切れる。

わたくしは思わず、上目遣いになってウィル様の表情を確認した。

さっきまではどこかに行ってしまっていたはずの熱が、顔に戻ってきてしまっている。

わたくし、とても恥ずかしいことを言おうとしてるわ……。


「私の……?」


突然にご自分の名を出されたからか、ウィル様の目のまばたきが先ほどよりも増加した。


その真意を聞き出そうとしてか、前のめりになっている顔がいやに近い気がするわ……。


わたくしはこの胸のドキドキを必死に抑えながら、何とか言葉を繕う。

きちんと伝えられるようにと。


「わたくし、たぶん、ウィル様のことが、好きなんです。最近はお側にいると、毎回ちょっとしたことでもドキドキしてしまったり、脳がとろけちゃいそうになったり、全身が熱くなったり、胸が破裂しそうになったりするんです」


――言った。

言ってしまったわ。


これは、告白。

わたくしは今、ウィル様に愛の告白をしている。


自覚したと同時に、全身がとんでもなく熱っぽく火照ってしまった。

何故か涙が出てきそうになって、わたくしは両手を握りしめて耐える。


「婚約破棄されて。自棄になっていて。そんな時にウィル様からの婚約の打診があって。そして腕に抱えきれないほどの希望を頂いて、本当に、とても嬉しかったんです」


美しい薔薇を温室いっぱいに捧げられた、美貌の高位貴族令息からの求婚。

貴族令嬢としてこれ以上にない、ロマンチックな展開。


わたくしは今、幸せの絶頂にいるのだと、自分でも思う。


そもそも、一族全員が魔力持ちで今の公爵夫人は王の妹という、ゾグラフ公爵家。

そこに加わる魔力を持たない伯爵令嬢のわたくしは、ウィル様に全く釣り合っていない。


だけど、わたくしは身分を理由に、他の令嬢にウィル様を奪われたくはない。

もう、彼の隣にいる時の心地よさや楽しさを、すっかり知ってしまったのだから……。


けれど、だからって「もう貴方の愛以外、何もいらない」なんて、ロマンス小説のヒロインのようにも言えなかった。

お店を開く夢も、同じくらい大切で捨てられない。


「もしわたくしがマイスターになれなくても、きっとウィル様は公爵夫人として、わたくしを幸せにして下さいます」


それなのに。

あんなに温室いっぱいに『希望』を頂いたのに……どうしても、お店の夢を諦められない。


ルーカスに負けても、ゾグラフ領に引きこもってあの素晴らしい温室で薔薇を育てることも、できるとは思う。


単なる趣味の立場で薔薇を育てながら、ウィル様の愛に包まれて、何不自由なく生きていく。

きっとゾグラフ家のどなたも、そんなわたくしの生き方を否定することはない。


――でも。

「趣味で」。


それを想像しただけで、こんなにも涙があふれてしまう。


「だけど、ただウィル様から薔薇を受け取るだけの人生じゃ物足りないんです!!薔薇は私の野望!!一歩も譲れません!!」


ああ、なんて強欲なの……!!

こんな我がまま、いよいよ呆れられるかもしれない、って怖くて仕方がないのに!!

それでも、この口は止まらない……!!


「ウィル様の愛も、今後作り出せる素晴らしい薔薇も、全てわたくしのものですわ……!!誰にも渡しませんから!!」


早口言葉で言い切ると、あっけにとられたような顔で、ウィル様がわたくしを見つめている。


「アメリア……」


何か言いたそうにしていると、分かっていた。

分かってはいたけれど、さすがにこのまま顔を合わせているのは、恥ずかしい……っ。

こんな物言い、まるで駄々っ子みたいだわ!!


「わたくし、返事は『はい』しか受け付けません!!だめと言われましても、頂いたプロポーズはなかったことにはしませんし、婚約破棄も絶対にしません!!」


言いたい放題に言い置いて、とうとうわたくしはその場から走り去ることにした。


「それではウィル様、おやすみなさい!!どうか良い夢を!!」


こんなの、完全に言い逃げだわ……!!


日はすっかり落ちてしまって、先程よりも空気はいくらか冷えているはずだったけれど、全身が熱くてたまらない。


「アメリアお嬢様!?一体、どうなさったのですか!?」


勢いのまま玄関に走り込んで、はぁはぁと息を切らして熱気を発するわたくしを出迎えたマルタは、心底びっくりしていたけれど、その時のわたくしは全く、寒いなんて思いもしなかった。



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