第20話◇レジーナのお祖母様、クラリッサ様という人
わたくしは自然とクラリッサ様に頭を下げていた。
「アメリア?」
そんなわたくしを、ウィル様が不思議そうに見つめてきている。
けれども、その視線を感じつつも、わたくしはこの先の会話を続ける。
もう「そうすること」しか考えられなくなってしまったから。
「実は、わたくしは近々、薔薇のお店を経営したいと思っていて。理想の土地と建物をずっと探していたのです」
何年もレジーナにお店で出す販売物の試作品を見てもらう一方で、わたくしは「理想の店のデザイン」についても考え続けていた。
ゾグラフ公爵家からの許可も頂けたことで、出店予定も現実味を帯びてきている。
そして店の外観は、薔薇に囲まれた、心休まる空間がいいなと、思ってきた。
例えば――このお庭のような。
「この土地を、あの薔薇ごと、買い取らせて頂けませんか?」
「薔薇ごと?そんなこと……」
「確かに『アービテル』は、少し古い品種なのかもしれません。けれど、この芳醇な香りは、今でもきっと大きな商品価値があります。それに――」
ただ単純にこの品種を育てるだけ、と考えてはいない。
実は、これは、わたくしの「育種家としての未来」に大きく関わることでもある。
このこともぜひ伝えておきたいと、わたくしは覚悟を決めて、完全に腹を割って話すことにした。
「他の品種と掛け合わせることで、より素晴らしい次世代を生み出せる可能性も捨てきれません。交配用の品種としても、手に入れたい、という気持ちがあるのです」
昔は両親のアドバイスを貰って、両親が生み出した品種から交配して新品種を生み出すことが多かった。
けれども、最近のわたくしにも、「追い求めたい理想」ができてきて、それは必ずしも両親が求めている花とは一致しない。
お父様は「より青い薔薇」をずっと追い求めている。
お母様は「切り花としての持ちが良く、より令嬢たちの身を飾るのにふさわしい華やかな薔薇」を。
まだ本格的に育種に関わっていない妹のナタリーも「ロゼット咲きがお気に入り」なんて言っている。
わたくしの場合は――「パッと目を引く美しさと、素晴らしい香りが両立した薔薇」。
そういう新品種を意識的に生み出していきたいと願っているため、求めるものを作り出すための交配親の選定も、今後はわたくしの意思で選んでいくこととなる。
その交配親候補の一つとして、わたくしはどうしても、この「アービテル」を迎えたくなってしまった。
赤と白という二色が交じり合った花色、その豊富そうな遺伝資源に賭けてみたい。
「交配は決してすぐに結果が出るものではありません。年数がかかる、地味で地道な作業の連続です。ただ、マクファーソン家は代々、そうやって新しい薔薇を作り出してきました」
まだ若輩ではあるけれど、このわたくしもまた、そんなマクファーソン家の理念を受け継いでいく者の一人だ。
「わたくしにあの薔薇とこの土地を、受け継がせては頂けませんか?」
言い切ったわたくしを、クラリッサ様もウィル様も、どこかポカンとして表情で見つめていた。
提案を受けたクラリッサ様は、しばらく何もおっしゃらなかった。
ただ無言で「アービテル」を見つめ、おそらく、あらゆることを考えていらっしゃる様子だった。
「……そうね。まだそういう、新しい未来も残されているかもしれないんだわ。あの花にも、私にも」
やがて、こう呟かれて、クラリッサ様がわたくしの顔を見つめ返してくる。
「いいでしょう。売りましょう。あの花とこの土地を。そして、私はあなたのことを見守らせてもらいましょう」
「じゃ、じゃあ……!!」
前のめりになったわたくしを、しかし、クラリッサ様は制するように続けた。
「ただし、条件があるわ」
「な、何でしょう?」
そんなに簡単に売って頂けるはずがないか、とわたくしは少しトーンダウンする。
けれども。
先程までは沈みがちだったはずのクラリッサ様の瞳が、少しずつ期待に満ちてきて、爛々と輝き始めている事実にも、気が付いてしまった。
「一か月後、王妃様主催の、薔薇の品評会があるわね?」
「あ……。はい。秋の品評会ですね」
問いに、わたくしは大きく頷いた。
今、クラリッサ様が切り出した「品評会」とは、春と秋の年に二回、王妃様の主催で開催される、国内最大規模の薔薇の会のことだ。
各自が選りすぐった新種の薔薇が集められて、マイスターとしての適性の審査と、新品種の登録を受ける。
けれども、それが何だというのだろう……?
そんなふうに不思議に思っていたわたくしに、クラリッサ様はぴしゃりと言い切った。
「だったら、この秋の品評会にあなたが作り出した一推しの薔薇を出品して、優勝して見せなさい。そうしたら、この屋敷も薔薇も、全てあなたに譲るわ」




