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第19話◇限りなく「わたくしの理想のお店」に近いお庭

白の蔦薔薇の門を通ったわたくしたちは先導するクラリッサ様の後ろをついていく。

案内されたのは中庭だった。


「すごい……たくさんの薔薇」


とても美しく整えられていて、素敵なお庭だわ。


けれども、今この瞬間、大きくわたくしの心を動かしているのは、単に「花の量が豊富なことと、きちんとお庭として整っているということ」だけじゃなかった。


そうだわ、こんなお店よ!!

わたくし、ずっとこういう外観のお店が開きたかったんだわ……!!


漠然と胸の内に抱いていた「わたくしが作りたい薔薇のお店」のデザインやコンセプトに、このお屋敷はぴったりと当てはまっていた。


「どうかしましたか?」

「は、い……」


少し足を止めてしまったせいか、隣から、ウィル様が小声で呼んでいる。

お返事をするべきだとは思いつつも、わたくしはこの光景から目が離せない。


「門扉とゆるやかに続く石畳、そう、その小道の頭上にアーチ状になった蔓薔薇。そこを抜けたらパッと視界が広がるのよ。そこにテラス席があって……。狭すぎず、広すぎず。格調高くて近寄りがたいわけではなく、美しく整ってはいるけれど、ホッとできるような……」


このように呟いている全てが、わたくしの頭の中に長年作り上げてきていた妄想で。

けれども、その妄想だったはずのものが今、わたくしの目の前に現実として広がっている。


あの屋根付きの水場のところで水を汲んで、毎日の水やりをして……。


すごいわ。

ものすごく具体的に、まさにここで仕事をしているイメージが、どんどん浮かんで……!!


「アメリア」

「あっ、ごめんなさい、つい見とれてしまって……」


ウィル様に強めに名を呼ばれて、わたくしはようやく正気に戻った。


いけない、いけない。

ここは妄想に気を取られていい自宅ではないのよ!!

クラリッサ様のお屋敷で、しかも、ウィル様にエスコートされているんだから!!


突然頭の中に湧き出してきた妄想たちを振り払うようにして、再び足を進めた。


そのまま庭の一角、ガーデンテーブルに案内される。

やがてお茶と、お茶菓子のマカロンが、先ほどキャシーと呼ばれたメイドによって運ばれてきた。


お茶はロイヤルミルクティで、少し風が吹いて冷えてきた体にちょうど良い温かさだった。


いつの間にか、うっすらと紅色の光が辺りを染め上げていて、当然全ての薔薇たちも赤みを帯びている。

朝露を纏った薔薇も、昼の光にくっきりと姿を見せつける薔薇も、夕闇にゆるりと溶け込んでいく薔薇も、全てその時なりに美しいと、わたくしは知っている。


けれども、このお庭で過ごす今、この瞬間は、格別に素晴らしかった。

時間ごとの太陽の位置もしっかり計算して管理されているようで、いつどのように光を当てられても、全ての花が映えている。


「それにしても、素敵ですわ……」

「ええ。ここまでこだわった庭は私も見たことがありません」


目が肥えた公爵家のウィル様も認めるほどの、並みの庭師のレベルでは絶対に作れないお庭。

クラリッサ様のこだわりとセンスがこれでもかと詰まっている。


そう、すごく、こだわってこのお庭を作り上げていらっしゃるのだと、わたくしには分かってしまった。


ここまでの経路、思わずキョロキョロと辺りを見回してしまうほどにたくさんの薔薇が咲き誇っていて、花や葉の色も形も大きさも様々だった。

けれど。


「あの、クラリッサ様。様々な薔薇がありますが、香りは一つだけに絞っていらっしゃるのですか……?」


わたくしは屋敷のご主人であるクラリッサ様ご本人に、このお庭の一番のコンセプトを確認してみる。


こんなに色々な種類があるというのに、意図的に「見栄えはいいが、香りが極端に弱い品種」ばかりが植えられているように見える。

それがとても不思議だった。


おかげで、ここには「たった一品種の薔薇の香り」しか存在していないのだ。


たとえ夜になって辺りが真っ暗だったとしても、誰しもがその花がここに咲いている事実を認識するでしょうね。


それはつい先ほど、レジーナの部屋で嗅いだばかりの香りであり、馬車の中まで香ってきたその香り。


まるで「屋敷のどこにいても、常にこの花の気配と共にあれるように」、そういう強烈な執着を感じる。


わたくしはちょうどレンガ壁の前に植わっている、赤と白のまだらの花を選んで、その前に立って指し示した。

レジーナの部屋にあったものと全く同じ花が、そこに咲いていた。


「こちらの薔薇……ですわね。品種名までは、不勉強で言い当てることは叶いませんが」

「ご名答。我が家にある花の中で、しっかりと強く香りがあるのは、たった一つ、それだけよ」


自らの説明なしにこの花だと言い当てたわたくしに、クラリッサ様はふわりと微笑む。


「これはね、『アービテル』っていう品種なのよ」


その語り口はとても嬉しそうだと感じるし、同時に、とても寂しそうでもあると感じる、そんな笑い方だった。

「アービテル」を見つめるクラリッサ様の視線は確かに花を見つめているようだったけれど、その奥に何か違ったものも見えているようだった。


「でも、若い方がご存じないのは当然かもね。私がまだ若かった頃に流行っていたものだから」


わたくしはレジーナから聞いていた「ご夫婦お揃いでこの花を飾って夜会に出ていた話」を思い起こす。


「……やはり、この薔薇からは離れがたい、ですか?」


いつの間にか、自然とわたくしは訊いていた。


クラリッサ様の表情や言動から、明らかに「アービテル」は他の品種より、とりわけ大事にされていると分かったから。


「レジーナから、私とこの邸宅の状況について、聞いていたのかしら?」

「はい、少しですが」


わたくしの回答に、珍しく、クラリッサ様が動揺を含んだ顔つきになる。


「頭では、もうここを出て息子たちと住んだ方がいいと、分かっているのよ……。建物もあちこち悪くなっていて、床がキイキイと音を立てて、古くて」


呟き、指を伸ばして花びらにそっと触れている、クラリッサ様。

それは完全に、愛おしむようなやり方で。


最初は少し言いあぐねるように戸惑っていたけれども、次の発言には本音をきちんと込めてくれたと感じた。


「ただ、私がこの薔薇とこの屋敷の思い出から、離れられなくて。でも、古臭くなったこの薔薇も、老いた私も、もう朽ちていくだけ。潮時なのかしらね……」


台詞の最後の方、クラリッサ様の声はとても小さかった。


わたくしは、色が褪せてすっかりアンティーク状になってしまったレンガの古壁を見た。

錆が付き始めた柵や、端の方が割れてしまった石畳も。


わたくしやウィル様がまだこの世に存在してもいなかった頃、遠い過去の時代からの蓄積が静かにそこに息づいていた。


――わたくしは、それらを、とても美しいと思う。

残しておくべきものなのではとも、思う。


そして、きっと他のどの場所よりも「理想的」だとも。


「……あの。突然の話になってしまうのですが。折り入ってのご相談が、あるんです。クラリッサ様」


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