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第18話◇それは、さっき知ったあの薔薇の香り

そして馬車は出発する。


「あ、あのっ、ウィル様?」

「どうかしばらくはこのままで。安全上良くないですから」


こんなに抱きしめてきておいて、単なる「馬車に乗る際の注意事項」みたいに淡々と言わないで欲しい。


わたくしは身をよじったり腕を突っ張ったりしてみた。

けれど。


お、おかしいわね。

またしても、当然のように、この腕から抜け出すことはできないみたいなんだけど……!?


「は、放しては、頂けませんか……?」


だめよ、こんな体勢で居続けるなんて。

レジーナにからかわれたせいで、絶対に屋敷に到着するまでの間ずっと、意識してしまうじゃないの……!!


表情を確かめるように窺うと、じっと見つめ返されてしまった。

そのせいで、どんどんと赤面が進んでいってしまう。

すると、ウィル様は更にそれを堪能するかのようにわたくしの顔を見つめてきた。


「申し訳ありません、アメリア。貴女の願いはなるべく聞き入れたいのですが、目が離せないもので。今回はその可愛らしい姿をもう少し近くで拝見していたい、と」

「……これ以上は、心臓に、悪いです」


こちらは息も絶え絶えで視線をそらしているのに、数度まばたきをしつつも、あちらの視線は外れてくれない。


「介抱はしますが?」


ウィル様は首をかしげる。

耐えきれず、私は両手で守るように顔を隠した。


「もう絶対にだめです!!わたくし、本当に高熱を出してしまって、呼吸が止まってしまいますわ……!!」


ふ、とまるで笑ったような息遣いが耳元に落ちてくる。


「分かりました。今日のところはここで引きましょう。ですが、もう少し慣れて頂けると助かります」


台詞と同時にするりと腕はほどけたけれど、まだウィル様は隣に座ったままだった。そのため、まだ普通に距離は近い。


な、慣れるなんて、無理ですわ……!!

わたくしはまだ顔を隠したまま、上げられなかった。


「何だか、とても、暑いです……」

「少し外の風に当たりますか?」


申告に対して、ウィル様が提案して下さって、やがて馬車が止まる。

左右の窓が開けられて風が通って、おかげでようやく熱っぽくなった全身が少し落ち着いた。


そうして、ようやく一息ついたわたくしの鼻に、ふわりと何かが香ってくる。


「えっ、待って。この香りは……」


もしかして、さっきレジーナが、お祖母様のお庭から頂いたと言っていたあの花と同じもの?


とても印象的な香りだったから、間違いない。


どこからかしら、と周囲を見回してみた結果、馬車が止まったちょうどその前にある、とある一軒の邸宅に注目する。


あ。

少し錆がきている漆黒のアンティークな門扉に、白の蔓薔薇が美しく絡んでいる、このお屋敷……。


「アメリア?」


あからさまにそちらに意識も顔も向けていたため、ウィル様は不思議そうに訊いてきた。

なので、レジーナの部屋で見た薔薇について、わたくしはお伝えする。


「先ほど伺ったレジーナ様の、お祖母様の別邸が、おそらくこちらだと思うのです。全く同じ薔薇の香りが」

「ライランズの別邸。ということは、女伯爵だった先代・クラリッサ様の……」

「失礼、あなた方はゾグラフ家の方?我が家に用事かしら?」


そのように話し合っていたわたくしたちだったけれど、突然、凛とした声が響く。


窓の向こう、誰かが立っている。

たぶん、あの蔦薔薇のお屋敷の方だ。


おそらくこの方が、クラリッサ様ご本人だわ。

だって、レジーナがことあるごとに語っていた「ちょっと怖いクラリッサお祖母様」の雰囲気に、あまりにもびったりなんだもの!!


「あ……。突然、申し訳ありません」


見ようによっては、先ぶれもなく突然にゾグラフ家の者が会いにやって来たようにも思えるわけで、「一体何ごとが起こったのか」とびっくりさせてしまったのかもしれない。


わたくしは慌ててご挨拶をしようとして、けれども馬車の中からは失礼だからと改めて外に出る。

ウィル様のエスコートに従って。


「アメリア・ローズ・マクファーソンと申します。とても素晴らしい薔薇の香りがしたので、つい馬車を止めてしまったのです。先ほど、お友達のレジーナ様のお宅で、こちらの薔薇のことをお聞きして……」

「ウィリアム・フォン・ゾクラフです。現在、彼女の護衛についています」


わたくしの説明に、ウィル様も自己紹介を追加する。

まだ他の貴族の方の前で正式に婚約者としてのお披露目をしていない今のうちは、わたくしの護衛の名目で側にいると周囲には伝えることになっている。


すると、先方は少し拍子抜けをしたように、わたくしたちを見た。

側についていたメイドの方も一緒に。


そ、そうよね!!

「ゾグラフ家なら、ベルナルド様の使いで軍事の話をしに来たのか、もしくは王家の使いとして来たのか?」などと緊張していたはず。

突然に薔薇の話が降って湧いたら、それは別の意味で、驚くわよね……!!


「私の名はクラリッサ・オリヴィエ・ライランズよ。……そう。あなた、あの子の……。あの薔薇のことが気になるのね」


クラリッサ様は「あの薔薇」と口走ったその時、スッと視線を邸宅の奥の方へと投げた。

おそらく目線の向こうに、本当に例の薔薇があるのだ。


「どうぞ。二人とも、お入りなさい」


なぜか、あっさりとクラリッサ様はおっしゃって、白薔薇の門を指し示す。


「え、そんな……」

「自慢の薔薇なのよ。せっかく咲いたのですもの、是非見ていらして。さぁ、お客よ。キャシー、お茶を用意して」


遠慮しようとしたけれど、クラリッサ様はすぐさま背後のメイドに申し付けてしまった。


わたくしは「いいのかしら」とウィル様の表情を探ってみる。

するとウィル様はわたくしにサッとその手を差し出されたから、それでこのままご招待を受けるのだとはっきりした。


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