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世界の蛇口は俺が握る 〜転生配管工、異世界の血脈を繋ぎ直す〜  作者: もしものべりすと


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第9話 仲間の集結

翌朝の市庁舎に二人の見知らぬ若者が立っていた。


 一人は背の高い青年だった。鎖帷子の上に銀色の鎧を纏い。腰に長剣を下げている。整った顔立ちで。栗色の短髪を後ろに撫でつけている。眉は濃く真面目そうな目をしていた。年齢はおそらく二十前後。


 もう一人は小柄な娘だった。白い修道服を着て。胸の前に銀色の十字架を下げている。長い金髪を背中で一つに束ねていた。年齢はリエラより少し若い。十七かそこら。表情は控えめで。しかし目には知的な光があった。


 タルクが市庁舎の応接間に入った瞬間に。二人はそろって立ち上がった。


 二人の佇まいは明らかに人前で訓練された者のそれだった。ギルベルトの鎧の手入れは完璧で。鎖帷子の輪一つ一つが磨き込まれている。剣の柄も使い込まれているが整備は行き届いていた。十七年の現場で道具を見続けた目が即座にそれを判定した。これは本気で剣を握る人間の道具だ。飾りではない。


 セシリアの修道服も同じだった。白いはずの布地は本来の白さを保っていた。汚れに気を遣う環境で生活している。しかし指先には小さな擦り傷がいくつもあった。お嬢様ではなく。実務をこなしている人間。それも文字を書く程度ではなく。何か手仕事も。タルクは観察した。


「あなたが昨日。塔の修理をしたタルク様ですか」


 修道服の娘が先に口を開いた。声は澄んでいた。


「タルクです。様は要りません」


「セシリアと申します。王都聖堂の見習いです。教会から派遣されました」


 セシリアは深く頭を下げた。タルクも頭を下げ返した。


「私はギルベルト。騎士団の見習いだ。王都騎士団から派遣された」


 青年が硬い声で言った。背筋が伸びている。タルクは頷いた。


「派遣って。何のためですか」


「本件の事後調査だ。魔導院から連絡があった。街の魔力が盗難された事案。これは国家規模の犯罪の可能性がある。教会と騎士団がそれぞれ調査員を出した」


「なるほど」


 タルクは応接間の椅子に腰掛けた。リエラは少し離れた壁際でりんごを齧っていた。気だるげな姿勢だが目はギルベルトとセシリアを観察していた。


「タルクさん」


 セシリアが言った。


「あなたは魔力の流れが目で見えるそうですね」


「はい」


「それは。おそらく聖典に記された〈見える者〉の能力です」


「見える者」


「教会の古文書に伝承があります。〈原初の建設者〉の血を受け継ぐ者が稀に現れて。世界の管路を視認できる能力を持つ。その者は世界の救済の鍵となる」


 タルクは眉を寄せた。


 血を受け継ぐ。


 それは違うだろう。タルクは前世の桜井巧が転生した存在であって。この世界の血筋とは無関係のはずだ。しかし口には出さなかった。教会の伝承で説明がつくならそれでいい。本当のことを言ってもこの場で混乱が増えるだけだ。


「私は教会の調査員として。あなたの能力を確認し。教会としての保護を申し出るために来ました」


「保護」


「あなたはこれから狙われます。世界の魔力盗難を行っている組織は。あなたの存在を脅威と見なすはずです」


 タルクは唇を引き結んだ。セシリアの言葉には説得力があった。十七年の現場経験が告げていた。事業を妨害する人間は事業を続行したい人間に憎まれる。これは構造的な必然だ。


「で。お前は」


 タルクはギルベルトに視線を向けた。ギルベルトは姿勢を正した。


「私は騎士団として。あなたを警護する任務を受けた。同時に。あなたの言動を監視する任務もある」


「監視」


「率直に言うが。私はあなたの能力を信じていない」


 ギルベルトの言葉は刺々しかった。リエラが壁際でフッと笑った。タルクはギルベルトの目を見つめた。


「信じてない理由は」


「魔力が見える。詰まりが直せる。それは聞いたことのない能力だ。教会の伝承にあると言うが。伝承はあくまで伝承だ。私は実証主義の立場だ。実技を見るまでは判断を保留する」


「悪くない態度だと思います」


 タルクはあっさり言った。ギルベルトは意外な顔をした。


「悪くない」


「現場で。前任者の残した仕事を信じない態度は重要です。鵜呑みにする方が危ない。実物見て判断するのは正しい」


「お前は変わった少年だな」


「中身は意外と古いんで」


 タルクは小さく笑った。


「では。実技を見せてもらえないか」


「いいですよ。今日。城壁の外で不正分岐の調査をする予定です。一緒に来てください」


 ギルベルトは深く頷いた。


 数時間後。タルクは三人を連れて城壁の外にいた。


 城壁の南東側の門を出てしばらく進んだ森の手前。タルクは光る管の流れを目で追っていた。昨日塞いだ不正分岐の管は。城壁の外側に出てから地中に潜り。森の中へと続いていた。地下三メートルほどの深さ。普通の人間には見えない位置だ。


「この先に。誰かが」


 タルクは指差した。


「うん」


 リエラは頷いた。彼女の魔法感覚もタルクの指摘を裏付けていた。


「ギルベルトさん。前を歩いて警戒してください。リエラさんは後ろから魔術支援。セシリアさんは中央で。万が一の治癒に備えてください」


 タルクの指示は迷いがなかった。十七年の現場で職人を指揮した経験が体に染み付いていた。リエラは目を細めた。十三歳の少年が成人を指揮する不自然さに気づいているはず。しかしそれを口にせず黙って従った。


 ギルベルトは一瞬迷った。それから頷いた。


「合理的な配置だ」


 ギルベルトは剣を抜いて先頭を歩き始めた。タルクは中央。セシリアはタルクの隣。リエラは最後尾に位置取った。


 森の中に入って三十分ほど。光る管は地下を這って進んでいた。タルクは管の流れを目で追いながら歩いた。森の樹冠が頭上を覆い。日差しは斑模様に地面を照らした。鳥の声がほとんど聞こえなかった。森全体が異様に静まり返っていた。


 森にはいつもいる小動物の気配がない。


 不自然だ。


 タルクは前世の山仕事の経験で。それを直感した。動物がいない森は。動物が逃げ出すような気配がある森だ。それは捕食者の気配。あるいは。それより質の悪い何か。


 日本でも現場の安全は鳥の声で測ることがあった。これは前世の親方が教えてくれたことだった。山の中の作業現場で。鳥が急に黙ったら。熊か。土砂崩れか。何か起きる前兆だ。慣れた山師ほどそれを警戒する。配管工は山師ではないが。山中での給水管敷設工事で似た知識を学んでいた。タルクの体に染み付いた前世の習慣が。異世界の森でも警報を鳴らしていた。


 空気が重い。


 日陰の温度が低すぎる。


 地表の苔の色が部分的に変わっている。


 タルクの脳が瞬時に異常を集計した。これは普通の森ではない。誰かが手を加えた森。あるいは。誰かが住み着いた森。


「全員。立ち止まって」


 タルクは声を低めて言った。三人がぴたりと止まった。


「何だ」


 ギルベルトが小声で問うた。


「動物の気配がない。誰かいる」


 ギルベルトは即座に剣を構えた。リエラは両手を腰に当てた。セシリアは胸の十字架を握った。


「タルクさんは下がっていてください」


 ギルベルトが鋭く言った。


「俺は怖くないですよ。けど。指揮系統は守ります。盾はあなたの仕事。俺は配管の修理係」


「ふむ。妙に区分が明確な少年だな」


 ギルベルトは少しだけ笑った。


 その瞬間に。


 森の奥から黒装束の男が飛び出した。


 覆面をした男だった。手に短剣を握っている。明らかに殺意を持って突進してくる。ギルベルトが反応した。剣で短剣を弾き返す。金属の打撃音が森に響いた。男は跳び退いた。森の奥にもう数人の気配がある。タルクは光る管に意識を集中した。地下の不正分岐を辿った。分岐の終端に。何らかの構造物がある。光が集中している場所。


 地下基地だ。


「ギルベルトさん。地下に基地があります。この管の先」


 タルクは叫んだ。


「援軍呼ぶ前に殲滅されますか。それとも逃げますか」


「援軍を呼ぶ。私とリエラさんで時間を稼ぐ」


 ギルベルトは即決した。


 リエラが両手から大きな炎を放った。森の一区画が燃え上がった。黒装束の数人が悲鳴を上げて炎を避けた。リエラは追撃の炎をさらに放った。ギルベルトはタルクとセシリアを背後にかばいながら。前方の敵を切り裂いていった。


「タルクさん。一旦下がりましょう」


 セシリアが小さな声で言った。


「はい」


 タルクは頷いた。


 四人は森の中を後退した。ギルベルトとリエラが交互に攻撃を繰り出して敵を抑えた。タルクとセシリアは中央でその進退を支えた。三十分ほどの撤退戦の末。四人は街道に出た。後方の森から黒装束の追撃は止まっていた。森の縁で立ち止まったらしい。


 四人は息を切らしていた。


「なんとか。逃げ切った」


 ギルベルトが膝に手をついた。


「あいつら。何者かしらね」


 リエラが呟いた。


「黒装束の」


 タルクは森の方を見ていた。


「奴ら。プロでした」


「プロ」


「動きが訓練されてました。盗賊じゃない。組織の構成員。それも。地下基地まで作って魔力を盗む組織」


 タルクは静かに言った。


「これはたぶん。フェルム帝国の」


 ギルベルトの言葉にリエラが鋭く頷いた。


「帝国。そう。私もそう思う」


「フェルム帝国」


 タルクは地名を聞いた。タルクの記憶の中にある国家の名前だった。王国と国境を接する隣国。先進的な魔導技術を持つ国家。ここ数年で急速に軍事力を増している。王国との関係は表向き友好だが緊張が続いている。


「奴らが古代の管路を盗用して。自国の魔力備蓄を増やしてるとしたら」


 ギルベルトは言った。


「これは戦争前夜だ」


「戦争」


 セシリアが目を見開いた。


 タルクは長く息を吐いた。


「ギルベルトさん。これ。一人じゃ無理ですね」


「何が」


「俺。光る管を直せます。けど。組織と戦うのは無理です。あなたの剣が要ります。リエラさんの魔法が要ります。セシリアさんの治癒が要ります」


「私たちと組むと言うのか」


「組まないと無理だと思います」


 ギルベルトは黙った。それからゆっくりと頷いた。


「私はあなたを監視する任務だった。しかし。今は違う気がする」


「うん」


「あなたは。あなたの能力を信じる人間が周りにいないと。生きていけない。逆に。あなたの能力に。我々は依存することになる」


「相互依存です」


「相互依存」


「現場ではそう言います」


「面白い言葉だな」


 ギルベルトは笑った。タルクも笑った。


「私も。タルクさんの保護任務を受けてます」


 セシリアが言った。


「教会の指示です。あなたを守りつつ。あなたの能力を観察し。教会としての立場を決定する。それが私の任務」


「ありがとうございます」


「私としても。あなたを守りたい」


 セシリアの目は真剣だった。タルクは深く頷いた。


「リエラさんは」


「私はもう面倒くさいから一緒にいる。あんたを置いて他の現場行っても面白くなさそうだし」


 リエラは肩をすくめた。タルクは思わず吹き出した。


 四人は街道の上で。互いの顔を見合った。


 異世界転生からおよそ四ヶ月。


 タルクは初めて。同志と呼べる存在を得た。


 胸の中で何かが温まっていた。十七年の現場で何百人もの職人と組んできた。その大半は仕事仲間であり。終われば離れていく関係だった。本当の意味で同じ現場を背負える仲間というのは数えるほどしかいなかった。それも前世での話だ。死んでしまえば全員と縁が切れる。タルクは異世界に来てから孤独だった。リエラと出会ってからは少し違ったが。それでも本当の意味で複数人の仲間に囲まれるのは初めてだった。


 ギルベルトの剣。


 リエラの炎。


 セシリアの治癒。


 そして自分の見える管。


 四つの専門が組み合わさって。一つの現場が動き出す。


 タルクの中の桜井巧が小さく頷いた。これは現場として悪くない。指揮系統がある。役割分担がある。各人が自分の専門に責任を持つ。これは健全な現場だ。前世で何度も見た。優れた現場の構造。


「明日。王都に戻って。報告します。ヴェルナー先生に。それから。さらに大きな現場を見つけに行きましょう」


「了解」


 ギルベルトとセシリアが同時に頷いた。リエラは無言で親指を立てた。


 空の上を二つの太陽が傾いていた。


 四人の影は街道に長く伸びていた。


 異世界での。本当の戦いの。最初の一歩が踏み出された瞬間だった。

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