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世界の蛇口は俺が握る 〜転生配管工、異世界の血脈を繋ぎ直す〜  作者: もしものべりすと


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第6話 魔導院の入学試験

王都の塔は曇り空を貫いていた。


 馬車が王都の門をくぐった瞬間にタルクが見上げた塔は。地球で見たどんなビルよりも高かった。石造りの円柱が天を衝いている。最上部は雲に隠れていて見えない。塔の側面にはびっしりと光る管が張り巡らされている。これが王立魔導院の本院だった。


「あれが。学校ですか」


 タルクは思わず呟いた。


「学校というか。むしろ要塞」


 リエラが横で答えた。


「あの塔の中で全部解決できるようになってる。寮も。教室も。図書館も。実験場も。全部塔の中。出入りは厳しく管理されてる」


「閉鎖空間」


「そう。情報の漏洩を防ぐために。それと学生の脱落者を出さないために」


 リエラは皮肉な笑みを浮かべた。タルクは黙って塔を見上げた。


 塔は思ったよりも美しかった。石の積み方が精密で。継ぎ目が完璧に揃っている。日本の現代建築でもこれほど精度の高い石積みは難しい。建築物として一流の出来だった。十七年の現場で建物を見続けた目には。即座にその技術力の高さがわかった。


 馬車は塔の正門前で止まった。


「ここからは私は入れない」


 リエラは言った。


「私は禁制の身。塔の中までは付き合えない。でもここで待ってる。試験は三日間。終わったら。一緒に飯食おう」


「ありがとうございます」


「あと」


 リエラは一枚の紙片をタルクの手に押し込んだ。


「これ。試験官の名前と評判のメモ。私が知る限りの。あんたの役に立つかもしれない」


 タルクは紙片を見た。几帳面な筆跡で十数人の名前が並んでいる。それぞれに短い注釈がついている。「権威主義」「理論偏重」「実技を見る目あり」「贔屓癖あり」など。リアルな現場情報だった。


「これ。元同僚にしか書けないメモですよね」


「うん。だから内緒にしてね」


 リエラはウインクした。


 タルクは荷袋を担いで馬車から降りた。御者と簡単に別れの挨拶を交わし。塔の正門に向かった。


 正門は分厚い金属製の扉だった。脇に小さな窓口があり。そこに白い長衣を着た老人が座っていた。受付係らしい。


「受験者か」


 老人はタルクを見て眉をひそめた。


「タルクと言います。男爵様の推挙状を持ってます」


 タルクは懐から羊皮紙を取り出した。男爵が王都へ発つ前に渡してくれた紹介状だった。老人は受け取って中を確認した。眉がさらに上がった。


「カレル男爵の。ふむ。受理する。中で身分照合があるから。指示に従え」


 老人は窓口を開けてタルクを通した。タルクは塔の中に足を踏み入れた。


 塔の内部は広大なロビーになっていた。


 大理石の床。高い天井からは無数の光球が浮いている。これは魔法の照明らしい。蛍光灯ではなく。火を灯したわけでもなく。光そのものが空中に浮いている。タルクは思わず見上げた。光球は規則的に配列されている。これも一種の管路だ。光る管が天井から伸びて。光球に魔力を供給している。


 タルクは無意識に管を目で追った。


 ふと気がつくと。複数の白衣を着た人間がタルクを取り囲んでいた。


「ほう。受験者か」


 白衣の一人が言った。背の高い中年の男だった。リエラのメモに「ライツ博士・実技重視」と書かれていた人物の特徴と一致した。


「そうです」


「年齢は」


「十三です」


「随分と若いな。推挙者は」


「カレル男爵です」


「ふむ。ではこちらへ。今日はちょうど試験初日。間に合う」


 ライツ博士はタルクを廊下の奥へと導いた。他の白衣の人間たちは散っていった。


 試験会場は広い円形のホールだった。


 受験者は数十人いた。年齢はばらばら。十六歳から二十代後半まで。タルクが最年少らしい。受験者たちはタルクを見て露骨に呆れた顔をした。十三歳の子供が混じっているのは異例らしい。タルクは気にしなかった。十七年の現場で年下や年長者から軽んじられた経験は数え切れない。今更気にしない。


 ホールの天井は半球状で。上を見上げると無数の星座のような光球が散りばめられていた。これは装飾でもあり魔力供給源でもあるらしい。タルクはホールに入った瞬間に光る管の網を確認した。床下から壁を伝い天井へ。そして天井の中央から各座席の机へと管が分配されていた。机の魔導インク壺にまで管が繋がっている。試験中の不正を検知する魔法装置だろうか。日本でいえば試験会場の監視カメラに相当する仕組み。


 受験者たちはそれぞれの席に着いていた。タルクは一番後ろの席を割り当てられた。机の上には羊皮紙と。インク壺と。羽ペン。日本のシャープペンシルや消しゴムは存在しない。書いた文字を消す手段はない。タルクは羽ペンを試しに握ってみた。指の収まりが悪い。十三歳の手では羽ペンは少し大きい。それでも書けないわけではない。


「初日は筆記試験」


 ライツ博士が説明した。


「魔法理論の基礎。歴史。倫理。三科目を午前と午後に分けて行う」


 タルクは席に座った。配布された羊皮紙に問題が並んでいた。


 タルクは問題を読んだ。


 ほとんどわからなかった。


 第一問。三大魔導理論の提唱者と。それぞれの理論の核心要素を述べよ。

 第二問。第二紀における魔法戦争の終結条約を四つ挙げ。それぞれの締結地を答えよ。

 第三問。火属性魔法と水属性魔法の相互作用における。基本的な触媒変化の方程式を記せ。


 タルクは羊皮紙を見つめた。


 全くわからなかった。


 タルクの記憶の中の十三歳のタルクは農村の孤児であり。学校教育を受けていない。文字こそ読めるが。それは村の教会で聖典の朗読会に参加した経験から来るもの。魔法理論の知識など何ひとつなかった。前世の桜井巧も配管工なので魔法理論などゼロ。


 完全に手詰まりだった。


 しかしタルクは焦らなかった。


 タルクは羊皮紙の余白に。自分が答えられる範囲のことだけを書いた。一問目には「不明」と。二問目にも「不明」と。三問目には「火と水は接触すると火が消えるか水が蒸発するかのどちらかが普通起きる」と書いた。これは現場経験からの常識だ。試験の答えとしては論外だろう。しかし他に書けることがなかった。


 タルクは羊皮紙を提出した。


 ライツ博士が答案を確認して。眉を上げた。


「これだけしか書けないのか」


「すみません。学校に行ってないので」


「行ってない」


「俺は村の修理屋でした」


「修理屋」


 ライツ博士は答案を見た。それから他の白衣の試験官たちと顔を見合わせた。


「タルク君。筆記は不合格点だ。これでは普通は二日目に進めない」


「はい」


「しかしカレル男爵がお前を推挙した理由がある。それは何だ」


「実技でなら。多少は」


「ふむ」


 ライツ博士は答案を脇に置いた。


「特例措置として。お前を二日目の実技試験に進ませる。ただし実技で何も示せなければ。即不合格だ」


「わかりました」


 タルクは頭を下げた。


 二日目は実技試験だった。


 会場は塔の地下にある実験場だった。広い部屋に。様々な魔法装置が並んでいた。これは試験用ではなく。普段の実習に使われている設備らしい。受験者たちは順番に呼ばれて。装置の前で何かを実演していった。


 タルクの番が来た。


 ライツ博士が試験官の代表として立っていた。隣に。白衣の女性試験官。さらにその隣に。年配の。白髭の男性。「ヴェルナー教授・古代研究の権威」とリエラのメモにあった人物だった。


「タルク君。お前には三つの装置を見せる。それぞれの装置が今正しく動作しているかどうか。動作していないならば原因は何か。診断してみよ」


 ライツ博士の指示が下った。


 最初の装置は壁に取り付けられた小さな魔法板だった。普段は光るらしい。今は暗い。タルクは装置の前に立って光る管を確認した。


 魔法板に繋がる管は一本。その管が装置の入り口で詰まっていた。井戸と同じ症状。タルクは指差した。


「装置の入り口の。供給管が詰まってます。掃除すれば動きます」


「供給管」


 ライツ博士は眉を寄せた。


「この装置は魔導回路と呼ばれているが。供給管とは何のことだ」


「あの。装置に魔力を送り込む。経路です。それが詰まってます」


「経路が詰まる」


 ライツ博士は他の試験官と顔を見合わせた。それからゆっくりと装置の側面のパネルを開けた。中には複雑な魔法陣が描かれていた。中央に黒く焦げ付いた部分があった。


「確かに。中央の伝導陣が炭化している。詰まりと言えるかもしれない」


 ライツ博士は呟いた。隣のヴェルナー教授が深く頷いた。


「次の装置に行こう」


 二つ目は床に置かれた水晶球だった。これも普段は光るらしい。今は不安定に明滅していた。タルクは球の周囲の光る管を見た。三本の管が球に接続されている。そのうち二本は正常。一本だけ流れが弱い。流量が足りていない。


「あの。球に繋がる管が三本あって。一本だけ流量が少ないんです。だから不安定なんだと思います」


「流量」


 ライツ博士は再び他の試験官と顔を見合わせた。


「この水晶球は三系統の魔力で稼動する設計だ。系統の片寄りが起きていると確かに不安定になる。だが。それを目視で確認する手段は通常存在しない。お前は何を見ている」


 タルクはしばらく沈黙した。


 言うべきかどうか。


 しかしリエラのメモによれば。ヴェルナー教授は古代研究の権威だった。古代の魔導管網の話を知っているならば。光る管の話を理解する可能性がある。


 タルクは決断した。


「俺には。光る管が見えます。装置に繋がる魔力の供給経路が。光る管として目に見えます。詰まりも。漏水も。流量不足も。全部見えます」


 会場が静まり返った。


 ヴェルナー教授がゆっくりと前に出てきた。


「光る管」


「はい」


「色は」


「青っぽい光です」


「太さは」


「装置によります。この水晶球の管は。指三本分くらいです」


「方向は」


「装置から壁の中に伸びて。塔の中央の太い管に繋がってます」


 ヴェルナー教授の目が輝いた。タルクには見えた。それは古代の謎を解明する手がかりを見つけた研究者の目だった。十七年の現場で何度か見た。古い建物の改修工事で。建築の専門家がふと隠された構造を発見したときの目。


 ヴェルナー教授は白髭を撫でた。年は七十を超えているだろう。背は曲がりかけているが目だけは少年のように澄んでいた。研究者としての知的好奇心がまだ枯れていない。タルクには一目でそれがわかった。十七年で出会った熟練の職人や設計士たちの中にも。同じ目をした老人が何人もいた。職業は違っても優れた専門家の目は似ている。


「タルク君。私が四十年研究してきたものがある」


 ヴェルナー教授は声を低めて言った。


「古代魔導管網。〈原初の建設者〉の伝承。多くの古文書に断片的に記された。しかし誰一人として実物を見ることができない。私は学生時代から信じていたが。見えないものを信じ続けるのは難しい。同僚はみな笑った。空想だと言った」


「先生」


「タルク君。君は私の四十年を救うかもしれない」


 ヴェルナー教授は震える指でタルクの肩に触れた。タルクは黙って頷いた。胸の中で何かが熱くなっていた。十七年の現場で。地味な仕事を地味なまま誇りに思い続けてきた人間に対して。タルクは特別な共感を覚えた。世界に認められなくても信じ続けてきた人間。ヴェルナー教授はそういう人間だった。タルクの中の桜井巧が同じ匂いを嗅ぎ取っていた。


「ライツ博士」


 ヴェルナー教授は同僚に振り向いた。


「この少年は通すべきだ。三つ目の試験は不要だろう」


「しかしヴェルナー教授」


「彼の能力は。我々の知る魔法の体系外にある。しかし本物だ。私が責任を持つ」


 ライツ博士は息を吐いた。それから頷いた。


「わかりました。ヴェルナー教授がそう仰るならば」


 ライツ博士はタルクを見た。


「タルク。お前は合格だ。明日の三日目の試験は免除する。明後日から正式に魔導院の生徒として入学しろ」


「ありがとうございます」


 タルクは深々と頭を下げた。


 ヴェルナー教授がタルクの肩に手を置いた。


「タルク君。お前と話したいことが多い。明日の朝。私の研究室に来なさい。場所は受付に伝えておく」


「わかりました」


 タルクは頷いた。


 会場を出ながらタルクは思った。


 最年少での。実技試験の合格。


 しかし合格は始まりに過ぎない。本当の現場はこれからだ。光る管の謎を解くには時間がかかる。ヴェルナー教授と話すことで何かが見えるかもしれない。


 塔の正門を出ると。リエラが石垣の上に座って待っていた。


「合格」


「合格」


 リエラは無言で親指を立てた。


 タルクも親指を立てた。


「飯」


「飯」


 二人は王都の街並みの方へと歩き出した。

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