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世界の蛇口は俺が握る 〜転生配管工、異世界の血脈を繋ぎ直す〜  作者: もしものべりすと


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第5話 王都への推挙

カレル男爵は思っていたよりずっと若かった。


 応接間の革張りの椅子に腰を下ろしていたのは三十代半ばの男だった。鋭い眼差しに茶色の短髪。整えられた髭。武人の姿勢。タルクが部屋に入ると男爵は立ち上がってこちらに歩いてきた。


「お前が井戸を直し湯殿を直したと聞いた」


 男爵は言った。声は低く落ち着いていた。タルクは深く頭を下げた。


「タルクと申します」


「歳は」


「十三です」


「父母は」


「いません」


「家業は」


 タルクは一瞬迷った。家業と言われても。前世は配管工だったとは言えない。タルクの父は鍛冶屋の見習いだったという話を記憶の中から拾った。


「鍛冶の家系だったと聞いてます」


 男爵は腕を組んで頷いた。


「鍛冶の血か。なるほど道具の扱いに迷いがないわけだ。お前さん。何を見て直したのか言ってみろ」


 タルクは黙った。光る管の話は誰にもしていない。しかし男爵の目は鋭かった。誤魔化しは効かないと判断した。十七の現場で身につけた人間観察が告げていた。この男爵は嘘を許さない。許さないが正直に答えれば理解しようとする。そういう種類の人間だ。


「目に見えるんです。配管が」


「配管」


「壁の中の。床の下の。空気の中の。流れが目に見えます。光って見えます」


 男爵は表情を変えなかった。


「ほう」


「言葉が通じないかもしれません。でも。井戸の水脈を塞いでた詰まりも。湯沸かし機関の供給管の詰まりも。俺には全部見えました。見えれば直せます。直し方は俺の中にあります」


「お前の中に」


「はい」


「それは。神の御業か」


「わかりません。神様かどうか。ただ。気がついたら見えてただけです」


 男爵は黙って椅子に戻った。指先で椅子の肘掛けを叩いた。コツコツという音が部屋に響いた。タルクは黙って待った。


 しばらくして男爵は口を開いた。


「面白いな」


 その一言だった。


「タルク。お前を王都に推挙する」


「王都」


「王立魔導院。この国の最高学府だ。お前のような能力を持つ者を放置しておく手はない。教育を受けさせれば。お前はもっと多くを救える」


「俺は。学校に行くために生まれたわけじゃないです」


「では何のために生まれた」


 男爵は鋭く問い返した。


 タルクは口を開きかけて。閉じた。


 配管を直すために生まれた。そう言いかけてやめた。男爵の言う通りだった。光る管が見える理由は不明だが。世界中の漏水の総量を考えれば。十三歳の村の修理屋として小さな現場を回るだけでは間に合わない。もっと大きな枠組みで動かなければならない。


「行きます」


 タルクは言った。


「いつ出発か」


「三日後だ。お前用の馬車を用意する。同行者もつけよう。王都まで五日かかる」


「お世話になります」


 タルクは深く頭を下げた。


 男爵はふと立ち上がってタルクの肩に手を置いた。


「タルク。お前さんは。普通の十三歳じゃないな」


「自分でもそう思います」


 タルクは正直に答えた。男爵は声を出して笑った。


「面白い小僧だ。俺の手元に置いておきたいくらいだが。お前の能力は俺の領地には大きすぎる。王都に羽ばたけ。そして覚えておけ。何かあったら俺を頼れ。カレル男爵の名は王都でも通る」


「ありがとうございます」


 タルクは深く頭を下げた。


 三日後。


 タルクは小さな馬車に乗っていた。


 御者は領主館の若い護衛だった。剣を腰に下げた青年だ。タルクと並んで御者台に乗ってもいいと言われたが。タルクは断って馬車の中で寝そべっていた。前世の中年の体感覚と十三歳の体力にギャップがあるとはいえ。十三歳の体は思ったより疲れやすかった。


 馬車は街道を北へ進んだ。


 窓の外の景色は変化に富んでいた。最初の一日は森の中だった。杉に似た針葉樹がどこまでも続く。空気が湿っている。鳥の声が複雑だ。日本の山道よりも野生味が強い。二日目に入ると平野になった。麦畑のような畑が地平線まで広がっている。畑を耕す農夫たちの姿がぽつぽつと見えた。三日目には大きな川を渡った。橋は石造りで幅が広く。橋の中央には魔法石らしきものが埋め込まれていた。橋の老朽化対策の魔法かもしれない。タルクは身を乗り出して観察した。橋の真下に光る管の太い束が走っていた。


 タルクは旅の間ずっと目で空を追っていた。


 光る管の大河は街道に沿って流れていた。これは偶然ではない。古代の道は古代の管路に沿って敷かれている。あるいは管路が道に沿って敷かれている。いずれにせよ。文明の動線は同じだ。タルクの脳裏に日本の道路と上下水道の関係が浮かんだ。地球でも道路の下には必ず水道管とガス管と通信線が走っている。インフラと道は一体だ。それはこの世界でも同じらしい。


 夜になると馬車は街道沿いの宿場に止まった。


 宿は石造りの二階建てだった。一階が酒場で二階が客室。タルクは初めて宿屋というものに泊まった。タルクの記憶の中にも宿屋の知識はあったが実体験はなかった。御者が手続きをしてタルクの分の部屋も取ってくれた。


 部屋は質素だった。木の寝台が一つ。窓が一つ。それだけ。シーツは麻で。少しチクチクする。それでも寝心地は悪くなかった。


 その夜タルクは窓を開けて夜空を見上げた。光の管の大河は夜になるとさらに鮮明に見えた。地平線から地平線まで。太い流れが何本も走っていた。一本の流れの太さは家一軒分はある。それが何十本も並走している。これはもはや一つの惑星規模のインフラ網だ。誰がいつ敷設したのか。なぜそれが今劣化しているのか。タルクの問いは尽きなかった。


 しかし問いは現場で解く。それが配管工の鉄則だった。


 タルクは寝台に潜り込み目を閉じた。十三歳の体は素直に眠りに落ちた。


 四日目の昼に事件が起きた。


 馬車が森の中の街道を進んでいたとき。前方に黒い人影がいくつも見えた。御者が手綱を引いて馬車を止めた。


「タルク。中で頭低くしてろ。盗賊だ」


 御者は剣を抜いた。声が緊張していた。


 タルクは荷袋を抱えて馬車の床に伏せた。窓越しに外を覗くと。覆面をした男たちが五人。馬車を取り囲んでいた。手にはそれぞれ刀身の短い剣を持っている。明らかに襲撃の体勢だった。


 御者は単独で抗戦しようとした。しかし五対一は分が悪い。タルクは光る管に目を凝らした。盗賊たちの体の中にも光る管が走っている。これは生命の循環系か。あるいは魔力の循環系か。よくわからない。生身の人間にも管はある。これは新しい発見だった。


 しかし発見に浸っている場合ではなかった。


 御者の腕が斬られた。


 血が飛んだ。


 タルクは息を呑んだ。十七年の現場で怪我は何度も見てきた。しかし戦闘の血は別物だった。怪我ではなく傷害。命のかかった暴力。タルクの体が震えた。三十五歳の桜井巧の意識ですら。この種の場面には慣れていなかった。


 そのときだった。


 森の奥から一筋の炎が飛んできた。


 まっすぐに盗賊の一人を直撃した。盗賊は声を上げて倒れた。続けて二発目の炎。三発目の炎。次々に盗賊たちが燃え上がった。残りの二人が悲鳴を上げて逃げ出した。


 タルクは目を見開いて森の方を見た。


 森の木陰から人影が出てきた。


 女だった。


 赤毛の。痩せ型の。


 十九か二十歳くらいの女が。両手を腰に当てて。気だるげにこちらに歩いてきた。黒い外套に古いブーツ。腰に革のベルト。ベルトには小さな袋がいくつもぶら下がっている。手には何も持っていない。武器を持っていないのに今しがた炎を放ったのは。彼女自身だ。


「で」


 女は御者に向かって言った。


「あんた礼の一つも言えない男なの」


 御者は腕の傷を押さえながら頭を下げた。


「助かった。本当にありがとう」


「うん。それでよし」


 女は満足そうに頷いた。それからタルクの方を見た。タルクは慌てて馬車から降りた。


「あんた子供じゃない。なんでこんな場所に一人で乗ってんのよ」


「えっと。仕事の。移動中で」


「仕事」


 女は眉をひそめた。


「子供の仕事って何」


「修理屋です」


「ふーん」


 女は興味なさそうに肩をすくめた。それから御者の腕の傷をちらっと見て。腰の袋から何かを取り出した。緑色の薬草らしきものを揉み込んで。傷口に押し当てた。御者が呻いた。女は手早く包帯を巻いた。


「数日で治る」


「お前さん医者か」


「いえ」


「なら何だ」


「魔術師。元宮廷魔術師。今は流浪中」


 女は淡々と言った。タルクは目を瞬いた。元宮廷魔術師。それは結構な肩書だ。なぜ流浪しているのか。


「リエラ」


 女は手を差し出した。


「あんたの名前は」


「タルク」


「タルクね。覚えとく」


 リエラは握手の代わりに小さな金属片をタルクの掌に押し付けた。コインのようなものだった。表面には複雑な紋様が刻まれている。


「これ何」


「魔術師ギルドの通行証。怪しまれたら見せれば多少は通る。あんた助けたお礼。子供を一人で街道に放り出すなんて領主の手抜きだから」


「いえ。男爵様は同行を提案してくれたんですけど」


 タルクは言いかけてやめた。リエラは目を細めていた。


「子供のくせに大人みたいな喋り方」


「すみません」


「謝らなくていい。むしろ気が合いそう。私もガキの頃からそう言われてた」


 リエラは肩をすくめた。


「で。どこ行くの」


「王都です。王立魔導院」


 リエラの目が一瞬鋭くなった。


「魔導院ね。あの偉そうな連中の巣窟」


「お知り合いで」


「最悪の知り合いがいっぱいいる。あんた。あいつらに頭まっすぐ下げないでね。腹の底で全員が他人を見下してる連中だから」


 リエラの口調には実体験の重みがあった。タルクは黙って頷いた。


「で。一人で行くつもりなの」


「御者の人と二人です」


「その怪我じゃ五日は無理だわ。助手いる」


「助手」


「私が同行する」


 リエラは平然と言った。


「ちょうど王都に用事ある。あんたを送り届けて。私の用事も済ます。お駄賃に飯一食でいいわ」


「えっと。それは」


 タルクは戸惑った。十七年の現場感覚が告げていた。これは怪しい。突然現れて。突然同行を申し出る。普通であれば警戒すべきだ。


 しかし。


 タルクはリエラの顔を見た。気だるげな目。皮肉そうな口元。それでも目の奥に。何か真っ直ぐな光があった。十七年の経験が言っていた。この女は信用できる。理由は説明できないが。直感がそう告げている。


「お願いします」


 タルクは言った。リエラは少し驚いたように瞬きをした。それから小さく笑った。


「即決ね。子供のくせに度胸あるじゃない」


「子供ですけど。中身は意外と古いです」


「なに言ってんの」


 リエラは首をかしげた。


 タルクはくすっと笑った。


 馬車は再び動き出した。御者は片腕で手綱を握り。リエラは馬車の中でタルクの隣に座った。窓の外を流れる景色を見ながら。リエラはぽつりと呟いた。


「王都に行ってどうするの」


「魔導院の試験を受けて。入学します」


「で」


「で」


「目的は」


 タルクは言葉を選んだ。


「世界の。漏水を。直したいんです」


 リエラはタルクの顔を凝視した。


「ロウスイ」


「あ。すみません。漏れてる場所を。直したいって意味です」


「世界の漏れてる場所」


 リエラはしばらく考えた。それから頷いた。


「面白い。あんた。私の好みかもしれない」


 タルクは少しだけ顔を上げてリエラの横顔を見た。


 馬車の窓から差す午後の光が彼女の頬の輪郭を縁取っていた。日に焼けてはいない。むしろ青白い。長く屋内にいた人間の肌だった。眉の形は鋭く目尻が少し下がっている。皮肉屋の表情だがどこかに哀しみが混ざっていた。タルクは十七年の経験で人の顔を見るのには慣れていた。現場でやってくる職人たちの顔。下請けに来る若手の顔。元請けの偉そうな顔。さまざまな顔を見てきた。リエラの顔はそのどれとも違った。何かを諦めた人間の顔だった。しかし諦めきれていない人間の顔でもあった。


「リエラさんは。なんで魔導院を嫌ってるんですか」


 タルクは尋ねた。


 リエラは答えなかった。窓の外を見ていた。タルクは催促しなかった。十七年の現場で身につけたのは口より先に手を動かすことだった。話す気のない人間に話を引き出そうとしない。それが現場の流儀だった。


 しばらくしてリエラがぽつりと言った。


「私はあそこで一番優秀な学生だった。卒業後は宮廷魔術師になった。けれど。優秀すぎたのが悪かった。私の上司が無能を私のせいにして。罠にかけて。追放した。私は故郷にも戻れない。あの院の出身者であることが既に烙印みたいなもの」


 タルクは黙って聞いていた。


「だからあんたが行くって聞いたとき。やめろと言いたかった。でも言えなかった。あんたの目を見て。あんたはあそこを利用するつもりなんだろうと思った。されるんじゃなくて。利用するつもりなんだろうって」


「利用」


「そう」


 リエラはタルクをじっと見つめた。


「あんたの目はそういう目」


 タルクは小さく頷いた。十三歳の少年の体の中で。三十五歳の桜井巧の意識が。リエラの言葉を肯定していた。利用する。確かにその通りだった。魔導院は手段だ。光る管を直すための足場。世界中の漏水を止めるための拠点。そのための入学だった。


 馬車は街道を北上していった。


 窓の外で太陽が傾き始めていた。


 異世界での。最初の。同行者ができた瞬間だった。

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