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世界の蛇口は俺が握る 〜転生配管工、異世界の血脈を繋ぎ直す〜  作者: もしものべりすと


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第4話 水漏れする館

領主館の門扉は村の家の屋根よりも高かった。


 タルクが馬車から降りて門を見上げたとき。最初に思ったのはそれだった。錆色の鉄門に獅子の彫刻が施されている。両脇には甲冑を着た衛兵が二人。槍を抱えて立っている。十三歳の少年が一人で訪れる場所ではない。普通であれば。


 しかしタルクは普通の十三歳ではなかった。


 胸の中身が三十五歳の配管工であるという事実は。こういう場面で意外な強さを発揮した。十七年でゼネコンの本社にも商業ビルの竣工検査にも入った男だ。豪邸の門程度では怯まない。


 馬車の御者は三十路を過ぎたくらいの男で。タルクを降ろした後にぺこりと一礼して言った。


「あんちゃん。終わったら呼びに来な。村まで送り届けるのが俺の仕事だ」


「お願いします」


 タルクは荷袋を担ぎ直した。馬車が遠ざかっていく音を背中で聞いた。馬の蹄の音は日本の馬と同じ響きだった。砂利を踏む規則的な音。馬とは生き物の名前であって乗り物の名前ではないが。日本ではこの音を聞く機会は少なかった。タルクは少しだけ肩の力が抜けた。世界が変わっても。馬の歩く音は変わらない。


 タルクは門の前で衛兵に頭を下げた。


「セレシア村から来ました。湯沸かし機関の修理です」


 衛兵は怪訝な顔をしてタルクを見下ろした。


「お前か」


「はい」


「子供じゃないか」


「そうですね」


 タルクは否定しなかった。否定する意味もなかった。衛兵は仲間と顔を見合わせて。それから何かを思い出したらしく頷いた。


「ああ。村から技師を出すって話の。腕利きが来るってのはお前のことか」


「腕利きかどうかは現場見てから判断します」


 タルクの言葉に衛兵は失笑した。


「言うじゃねえか小僧」


 しかし笑いは嫌な感じではなかった。十七年の経験が告げていた。この衛兵は外面は乱暴だが中身は素直だ。仕事を真面目にやるタイプ。タルクは同じ温度で頷き返した。


「中で執事様がお待ちだ。ついてこい」


 衛兵の一人が先導した。タルクは荷袋を担いで後を追った。


 門をくぐった先には広い前庭があった。石畳の道が真っ直ぐに館へと続いている。両脇には手入れされた花壇があり。さらにその外には針葉樹の林が広がっている。庭園というより小さな森だ。空気の質が村と違った。澄んでいる。風が手入れされている。そういう感覚があった。


 館の本体は石造りの三階建てだった。


 日本で言えば中規模ホテルくらいの大きさ。屋根は青い瓦で葺かれていて。正面玄関には大きな両開きの木の扉。扉の前には黒い礼服の老人が立っていた。執事だろう。背筋がぴんと伸びている。眼鏡をかけている。タルクの記憶の中にはない人物だった。


「タルク様でいらっしゃいますね」


 執事は深々と頭を下げた。


「タルクです。様は。要らないです」


 タルクは慌てて手を振った。執事は微笑んで頭を上げた。


「失礼いたしました。私はこの館の家政を預かるディセオと申します。本日はようこそお越しくださいました。さっそくですが現場までご案内いたします」


「お願いします」


 ディセオの言葉遣いは丁寧だった。タルクが十三歳の村の孤児であることは把握しているはず。それでも対応に上下の差をつけない。これは単に立派な執事だからか。あるいはこの館の主人がそういう人物だからか。タルクは観察した。


 館の中はさらに別世界だった。


 大理石風の床。壁には絵画。天井からは大きな燭台。一階の中央には螺旋階段。階段の手すりには彫刻。日本の現代住宅とは比較にならない格式の建物だった。タルクは思わず天井を見上げた。


 光る管が見えた。


 予想通り館の中にも管は通っていた。村よりも密度が高い。何本も束になって壁の中を走っている。中には村では見なかった太い管もあった。直径五十センチほど。その太い管は地下から立ち上がり。三階の天井まで伸びている。流れは強い。色は他より濃い青。


 主管路だ。


 タルクは目で追いかけた。主管路は館の中央にある一室へと吸い込まれていた。


「あちらが湯殿の機関室になります」


 ディセオが指差した先は。タルクが目で追っていた光る管の終着地点と一致した。


 なるほど。


 あそこに行けばいい。


 タルクはディセオの後について歩いた。階段を下りて地下へ。地下は思いのほか広く。倉庫や使用人の控え室がいくつもあった。その奥に重そうな鉄扉があった。鉄扉の前には別の使用人が立っていた。タルクを見て眉をひそめた。


 地下に降りた瞬間に空気が変わった。一階の華やかさが嘘のように。地下は石の冷たさとカビの匂いに支配されていた。日本の古いビルの地下機械室と同じ匂いだ。タルクの鼻が懐かしさに反応した。配管工の現場というのは大体こういう匂いがする。表に出ない場所。誰も見ない場所。しかしそこで世界が動いている場所。


 壁の石にはわずかに苔が浮いていた。湿度が高すぎる証拠だ。日本でこの状態の地下があれば即座に除湿対策が必要だと診断する。配管漏水か換気不足か断熱不足か。原因はまだ特定できないが症状はすでに進行している。タルクは無意識にそう判定していた。


「この子供が来るって聞いてたんですが本当に来ましたかい」


 使用人は呆れた声を出した。


「ディセオさん。冗談じゃないですよ。腕利きの技師ですら手も足も出なかった現場ですぜ」


「年齢で能力を測るのは早計です」


 ディセオは穏やかに諫めた。使用人は不服そうに鉄扉を開けた。


 扉の向こうから熱気と湿気が押し寄せた。


 部屋の中央に巨大な銅製の鉢があった。直径三メートル。深さ二メートルほど。日本の風呂釜の十倍以上の大きさだ。鉢は床に組まれた石の台座の上に据えられている。その下には炉があり。今は火が消えていた。鉢の縁から何本ものパイプが伸びていて。壁の中へと吸い込まれている。これが湯沸かし機関の本体らしい。


 しかし。


 タルクは鉢の周囲をぐるりと見た。


 鉢の足元は水浸しだった。


 石の床に水溜りができていて。湿気で空気が淀んでいた。鉄製のパイプには赤茶色の錆が浮いている。継手の周りは白く粉を吹いていた。配管腐食の典型的な症状だった。


「これ。湯出ない以前に。漏水しまくってますよね」


 タルクは思わず呟いた。


「ロウスイ」


 使用人が首をかしげた。


「水。漏れてます。鉢からも。配管からも。複数箇所で」


「そりゃまあ。水は出てるんですがね。だから機関を動かすたびに地下が湿気るんで。湯を沸かすのを諦めて。今は冷水で凌いでます」


「凌げてないと思います」


 タルクは床を指差した。水溜りはじわじわと拡大していた。今この瞬間にもどこかから水が漏れ続けている。


 タルクは荷袋を床に置いた。


 光る管に目を凝らした。


 主管路が鉢の真下から接続されていた。流れは入っているが。鉢に達する前にパイプの数箇所で漏水が起きている。漏水は普通の水漏れ。光の漏出は別の場所。鉢そのものの底に小さな亀裂があり。そこから魔力が漏れていた。


 タルクは状況を整理した。


 不具合は三つ。


 第一。配管の接続部の腐食による物理的な漏水。これは継手の交換で直る。

 第二。鉢底の亀裂による魔力漏出。これは魔力的な接合が必要。

 第三。炉が消えている理由。これはまだ不明。光る管の流れだけ見ると魔力供給は来ている。にもかかわらず炉が動かない。


「この機関の。仕組みを。詳しく教えてください」


 タルクは使用人に尋ねた。


「仕組みって。火炎魔石を炉に入れて。鉢を熱して。湯を作る。それだけですよ」


「魔石は今もありますか」


「ありますよ。新品を昨日入れたばかりです。それでも動かないんで困ってるんで」


「炉。見せてください」


 使用人は炉の蓋を開けた。


 炉の中には赤い結晶が一つ転がっていた。野球のボールほどの大きさ。表面は曇って見える。これが火炎魔石らしい。タルクの記憶にも知識としてある。魔力を込めると炎を発する魔法石。日本にはない技術だが。要するに燃料であり熱源だ。


 しかし石は冷たかった。タルクが手を近づけても熱は伝わってこない。


 光る管の状態を確認した。


 主管路は炉の手前まで来ている。しかし炉の入り口の小さな分岐管が。完全に詰まっていた。井戸の管と同じ症状。何かの異物が流れを塞いでいる。


 原因はこれだ。


 タルクは確信した。湯が出ない理由は炉が燃えないこと。炉が燃えない理由は分岐管が詰まっていること。分岐管が詰まれば魔力が炉に届かない。魔力が届かなければ魔石は反応しない。だから炉は冷えたまま。


 単純な原因。しかし誰にも見えない原因。


「ディセオさん。これ直すために。三つ作業が必要です」


 タルクは執事に向き直った。


「お聞かせください」


「一つ目。配管の継手交換。錆びてる継手を新品に交換します。これは機械的な作業です。新品の継手があれば俺がやります」


「ございます。倉庫に予備の部品が」


「二つ目。鉢の底の補修。これは特殊な作業です。やってみますがちょっと時間ください」


「結構です」


「三つ目。炉の手前の。供給部の。詰まりの除去。これがいちばん重要です。これを直さないと魔石が燃えません」


 ディセオは深く頷いた。使用人は半信半疑の顔だった。


 タルクはまず三つ目から取り掛かった。井戸でやったのと同じ要領で。意識を炉の手前の分岐管に集中した。詰まりを取り除くイメージを流し込む。


 光が反応した。


 分岐管の中で詰まっていた異物が。ふわりと溶けるように消えていった。直後に魔力の流れが復活した。流れは炉の中の魔石に達した。


 ボッと音がして魔石が点火した。


 赤い炎が炉の中で立ち上がった。


「動いたぞ。動きやがった」


 使用人が叫んだ。


「ですが。湯を沸かす前に。残りの作業を済ませてください」


 ディセオは冷静に指示した。


 タルクはまず継手交換に取り掛かった。倉庫から運ばれてきた予備の鉄製継手を見て。タルクは一瞬手を止めた。日本の規格と寸法が違う。しかし機構は単純だ。テーパーねじの構造でパッキンを挟む形式。日本でいえば鋼管のねじ込み継手と同じ思想。タルクは荷袋から鉄槌とヤスリを取り出した。古い継手を外して。新しいものに交換していく。


 手順はほぼ同じだった。テーパーねじを切る。シールテープに相当する繊維を巻く。締め込む。トルクは経験で測る。使用人が驚いた顔で作業を見ていた。


「お前さん。ねじ込み方が随分慣れてるな」


「父の形見の道具なんで」


 タルクは適当に答えた。本当のことは言えない。


 継手の交換が終わると。次は鉢の底の補修。これは光る管の修理と同じ要領で。意識を集中して亀裂を塞いでいく。十分ほどかかった。終わると脳が一度沈んだ。これも消耗が大きい作業だった。


 すべてが終わると。タルクは炉に水を張り直すように指示した。使用人が桶で水を運び込み。鉢を満たした。蓋を閉めた。炉の魔石が赤々と燃え。鉢の底が熱されていく。十分後には湯気が立ち始めた。さらに十分後には鉢の中の湯が湯気を立て始めた。


「湯だ。湯が沸いてる」


 使用人が叫んだ。


 タルクは床の漏水も止まっているのを確認した。継手の交換で物理的な漏水も解消されていた。地下の空気から湿気が引いていく。


 ディセオが胸の前で両手を組んだ。


「素晴らしい。タルク様。本当に素晴らしい」


「様は。要らないです」


 タルクは小さく笑った。


「主人にお会いになりますか。きっとお礼を申し上げたいはずです」


「主人」


 タルクは胸の中の桜井巧と一瞬だけ顔を見合わせた。


 領主との対面。


 異世界での。最初の。雇用主との対峙。


 タルクは深く息を吐いた。


「お会いします。報告するのが現場の最後の仕事ですから」


 ディセオはその言葉に少し首を傾げた。それでも何かを察したらしく。深く頷いた。


「ご案内いたします」


 タルクは荷袋を肩にかけ直した。地下の機関室を一度振り返った。配管の漏水も止まり。鉢の中で湯が静かに沸き続けていた。光る管の流れも安定していた。


 通水試験。完了。


 タルクは小さく頷いた。


 次の現場が呼んでいた。

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