表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の蛇口は俺が握る 〜転生配管工、異世界の血脈を繋ぎ直す〜  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/22

第14話 原初の建設者の正体

書庫の最奥の棚で見つけた本は隠されていた。


 ヴェルナー教授がぽつりと言った。


「タルク君。これだ」


 四十年研究してきた老教授の手が震えていた。


 北方神殿から戻ってからの三週間。タルクは魔導院の禁書庫に籠もりきりだった。教授の特別許可で立ち入りが許された場所だった。歴代の学長と一部の専任教授だけが立ち入れる地下二階の書庫。古代の写本が眠る場所。


 書庫は窓のない石造りの部屋だった。


 壁に並ぶのは羊皮紙の本ばかりではない。粘土板もあった。木簡のようなものもあった。中には鉱物の上に文字を彫り込んだ石板もあった。古代の知識の堆積層。日本の図書館とは桁が違う多様性。タルクは入り口に立った瞬間に既に圧倒されていた。


 教授が見つけたのは奥の棚の最下段にある布張りの薄い本だった。


「これは。第三十二代学長の私的蔵書だ。学長が引退するときに。学院に寄贈したものの中に紛れていた。誰も読まずに棚の奥に放置されていた。私は学長就任候補だった頃に一度読みかけたが。読み終わる前に学長選を辞退した」


「本のせいで」


「いや。本が私を辞退させた」


 ヴェルナー教授は本を机に置いた。表紙は無地。題名はない。


「本の最後の章に書かれていたことが。あまりに常識を逸脱していたから。私はこの本の内容を信じれば。学長として失脚するだろうと判断した。学長になって権力を握っても。この本に基づく研究をすれば異端者として追放される」


「それで。辞退を」


「そう。代わりに私は無冠の研究者として。誰にも縛られずに。この本の検証を続けてきた」


 タルクは本を覗き込んだ。古代文字が並んでいた。読めない。教授が翻訳を始めた。


「『十二の建設者の正体について』」


 教授の声は震えていた。


「『十二の建設者は別の世界の職人であった。我らの世界が滅びの危機に瀕したとき。世界そのものが召喚した者たちであった。彼らは選ばれた者ではなく。むしろ無名の労働者であった。』」


 タルクは唾を飲み込んだ。


 無名の労働者。


 その言葉が。


 胸の奥で痺れた。


 前世の桜井巧の三十五年の生涯がこの一語に収斂していた。誰にも称えられない。新聞にも雑誌にも載らない。ただ毎日現場に出て。図面通りに管を組んで。試験して。次の現場に向かう。それを十七年繰り返した。建てたビルの数は数十棟。マンションは何百戸。商業施設も病院も学校も。すべてに桜井の管が走っている。しかし建物が完成したときに。新聞に名前が載るのは設計士であり施工会社であり施主であった。桜井の名は誰の口にも上らなかった。


 それでも。


 桜井は誇りを失わなかった。


 誇りを失わなかったから。今も配管工の意識を保てている。光る管が見えるのは。その誇りに対する。世界からの返礼かもしれない。


 タルクは深く息を吐いた。十三歳の体の中で。三十五歳の意識が静かに何かを噛みしめていた。


「『建設者の名は失われている。しかし職能は記されている。第一の建設者は水を扱う者。給排水を担当した。第二の建設者は風を扱う者。換気と空調を担当した。第三の建設者は熱を扱う者。冷暖房と火気管理を担当した。第四の建設者は管を扱う者。あらゆる流体の経路を組んだ』」


 タルクは息を呑んだ。


 給排水。換気。空調。冷暖房。火気管理。配管。


 これは現代日本の建設業の。設備工事の。職種そのものだった。


 設備工事の職人たちが。十二人。


 この世界に呼ばれていた。


「先生」


「タルク君」


「これは。俺の前世の世界の。設備工事の職種一覧です」


 ヴェルナー教授は強く頷いた。


「『第五の建設者は石を扱う者。基礎と外壁を組んだ。第六の建設者は木を扱う者。内装と建具を担当した。第七の建設者は金属を扱う者。骨組みと部材を組んだ。第八の建設者は線を扱う者。光と力の流れを引いた』」


 基礎工事。外壁。内装。建具。鉄骨。電気工事。


 これも現代の建設業の職種だった。


「『第九の建設者は地を扱う者。土木と造園を担当した。第十の建設者は道具を扱う者。あらゆる工具を製作した。第十一の建設者は図を扱う者。設計と図面を担当した。第十二の建設者は人を扱う者。労務管理と段取りを担当した』」


 土木。造園。工具職人。設計士。施工管理。


 完全に揃っていた。


 現代日本の建設業の職種が。十二人の建設者として。一人ずつ役割を分担して。この世界の建設に従事していた。


 タルクは深く息を吐いた。


 〈原初の建設者〉とは。


 建設業者たちだった。


 それも普通の職人たち。技能集団。地球の現代社会で。地味に働いてきた人々。


 その人たちが。何らかの形でこの世界に呼ばれて。世界規模のインフラを敷設した。それが〈原初の建設者〉の正体。


 タルクの脳裏に前世の現場の風景が浮かんだ。朝の朝礼で並ぶ多種の業者たち。鳶の親方。鉄筋屋の若衆。コンクリート屋。型枠屋。電気屋。設備屋。塗装屋。内装屋。ガラス屋。各業者が自分の領分の仕事を持って。一つの建物のために集まってくる。互いに干渉しながら。互いに譲り合いながら。最終的には一つの建物を完成させる。


 あの。


 ありふれた朝の。


 現場の。


 風景が。


 千年前の異世界で。


 世界規模で。


 行われていたことになる。


 それぞれの職人が。それぞれの専門技術で。世界の管路を敷き。基礎を組み。構造を立て。仕上げをした。〈原初の建設者〉とは特別な英雄ではなかった。普通の建設業の現場が。世界規模に拡大されただけだった。


 タルクは静かに笑いそうになった。神話と思われていた〈原初の建設者〉の正体は。要するに地球のどこかの建設会社の。普段の現場体制と同じだった。それを聞かされたら。前世の桜井巧の同僚たちは。きっと嫌な顔をしただろう。世界を救った英雄が俺たちと同じ職人なのかと。逆に。世界を救うのが俺たちなのかと。誇らしく感じる職人もいるかもしれない。


「先生。続きは」


「『十二の建設者は仕事を終えると元の世界に帰った。あるいは死んだ。しかし彼らの仕事は世界に残った。以後我らの世界は彼らの遺産の上で営まれている』」


「帰った。あるいは死んだ」


「『建設者の魂は世界の管路の中に取り込まれたとも。また別の説では。建設者は元の世界に帰り。後世に転生して再び呼ばれることがあるとも。これは未確認である』」


「再び呼ばれる」


「タルク君。君がそうだ」


 ヴェルナー教授はタルクの肩に手を置いた。


「君は。第四の建設者の。再来かもしれない」


 タルクは黙って本を見つめた。


 第四の建設者は管を扱う者。


 配管工。


 タルクは思わず小さく笑った。前世の桜井巧は配管工。それが現世のタルクの能力に対応している。理屈が合っていた。あまりに綺麗に合っていた。


「先生。残りの十一人は」


「タルク君。それが問題だ」


 ヴェルナー教授は本を捲った。


「『再召喚は十二人すべてを呼び戻すことを目指す。世界が再び危機に瀕したとき。世界は十二人を呼ぶ。しかし召喚は完璧ではなく。志の異なる者を呼ぶこともある。世界の管路を直すべき建設者の中に。世界の管路を破壊する者が紛れることもある』」


「黒田」


「シュヴァルツ卿は。第何の建設者か」


「先生。前世の黒田は。現場代理人でした」


「現場代理人」


「日本の建設業で。現場の管理を担当する人間です。施工管理。十二の建設者でいうと。第十二の。人を扱う者。労務管理と段取り」


「第十二の。建設者」


「人を管理する立場ですが。実際には。指示を出して。書類を作るだけの仕事も多いです。手は動かさない。彼らの中には現場を知らない人間もいて。それが事故を引き起こします。前世の俺を死なせたのも。そういう代理人でした」


 ヴェルナー教授は深く頷いた。


「再召喚は完璧ではない。本に書かれた通りだ。建設者の魂を呼び戻したつもりが。実は世界を破壊する者を呼んでしまうこともある」


「先生。今この世界に呼ばれている転生者は。何人いると思いますか」


「わからない。十二人全員かもしれないし。数人だけかもしれない」


 タルクは唇を噛んだ。


 他の転生者を探す。


 味方になる者を見つける。


 そして黒田を止める。


 タルクの胸の中で。新しい現場の段取りが組み立てられていく感覚があった。十七年で身につけた現場の手順。最初に全体を把握。次に必要な人員を集める。それから工程を組む。そして実行。


 一人で世界を直すのは無理だ。


 他の建設者の魂を持つ転生者を。一人ずつ見つけて。仲間に引き入れる。それが現実的な手順。


「先生。一つお願いがあります」


「何でも」


「他の転生者を探す手段はありますか」


「直接の手段はない。しかし。彼らも何らかの形で世界に痕跡を残しているはずだ。突然腕を上げた職人。説明できない技術を持つ若者。出自不明の発明家。そういう情報を集めれば。候補者は絞れる」


「冒険者ギルドにも頼めるかもしれません」


 リエラの声が背後でした。タルクは振り返った。リエラはいつの間にか書庫に入ってきていた。


「ギルドに依頼を出せば。各地の異常な人物の情報が集まる。私の伝手で安く引き受けてもらえる」


「お願いします」


「うん。任せて」


 リエラは肩をすくめた。


「で。あんた。ヴェルナー教授に全部話したのね」


「はい」


「思い切ったわね」


「先生は信用できます」


 ヴェルナー教授は微笑んでリエラを見た。


「リエラ。久しぶりだ。元気そうだな」


「先生。お変わりなく」


 二人は短く言葉を交わした。リエラの顔に少しの和みが浮かんだ。それから彼女は本を覗き込んだ。


「で。これが古代の職人たちの記録ね」


「そうだ」


「興味深い」


 リエラは本のページをめくった。古代文字を読んでいるらしい。タルクは驚いた。


「リエラさん。古代文字読めるんですか」


「魔術師の必修科目。あんたも入学したから。三年生になったら習う。たぶん」


「俺は三年生まで残れるかな」


「世界が三年もったらね」


 リエラは皮肉な笑みを浮かべた。


 タルクは小さく笑った。


 ふと気づけばリエラの指先が震えていた。タルクは見て見ぬふりをした。彼女は古代の本を読みながら何かに動揺している。元宮廷魔術師の彼女が読み解ける情報の中には。タルクの想像を超えるものが含まれているのだろう。それが何であるか。今すぐ問いただすのは無粋だ。十七年の現場で身につけた感覚だった。仲間の動揺を察したら。すぐには触れない。落ち着いてから。本人が話したいと思ったときに聞く。それが現場の流儀。


「リエラさん。ありがとうございます」


「うん」


「俺たちで。この世界を直しましょう」


 リエラは少しだけタルクを見た。それから視線を本に戻した。彼女の口元に微かな笑みが浮かんでいた。皮肉ではなく。久しぶりに見せる素直な笑みだった。


 書庫の薄暗がりの中。


 三人は古代の本を覗き込んでいた。


 その姿は。


 千年前の十二人の建設者が。


 現場の図面を覗き込んでいた姿に。


 似ていたかもしれない。


 時を超えて。


 現場の引き継ぎが行われていた。


 タルクは本のページから顔を上げて。書庫の天井を見上げた。


 高い天井の梁の隙間に。淡い光の管が走っているのが見えた。書庫もこの世界の管路の上に建てられていた。当然と言えば当然だった。〈原初の建設者〉が築いた管路の上に。後の世代が建物を重ねている。それは日本でも同じだった。古代ローマの上下水道の上に。中世の都市が建ち。現代の都市が重なっている。文明とはそういう積層だった。


 タルクは静かに思った。


 俺たち建設者は。


 目立たない仕事をする。


 しかし俺たちの仕事の上に。次の世代の暮らしが。次の世代の文明が。次の世代の現場が。積み重なっていく。


 この世界も同じだった。〈原初の建設者〉が敷いた管の上に。千年の文明が重なっている。


 俺の番だ。


 タルクは机の本をそっと閉じた。


 次に開くのは。世界中の現場だ。


 タルクの胸の中で。新しい段取りの始まりが。静かに音を立てていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ