第11話 廃村の手口
廃村は地図に載っていなかった。
タルクたちは騎士団の精鋭五人とともに馬で南東へ進んでいた。オストハイムの森の地下基地は前日に騎士団が制圧していた。証拠は確保されたが。基地の中の構成員は皆逃亡した後だった。逃亡経路を辿ると。さらに南東。帝国国境近くの。地図に載っていない廃村に行き着いた。
タルクは馬の上で光る管を目で追っていた。
オストハイムから出た不正分岐の管は地下を辿って廃村まで来ていた。そこから先は複数の枝に分かれて。それぞれ別方向へ伸びていた。これは中継基地だ。タルクは確信した。
廃村は森の中に隠れるように建っていた。古い石造りの家が二十軒ほど。すべて屋根が抜け落ち。壁が崩れていた。何十年も人が住んでいなかったらしい。地面には雑草が腰の高さまで生い茂っていた。
雑草に紛れて。所々に。新しい轍の跡があった。
タルクは目を細めた。馬車か荷車が出入りしていた跡。それも一台や二台ではない。何度も繰り返し往来している痕跡だ。最近の話。雑草の上に泥がまだ残っている。雨の日に通った跡。タルクの記憶では二週間前に大雨があった。その時期から今までの間に複数回往来している。
こういう細部を読むのは前世の現場勘だった。新規現場に入ったらまず周辺の動線を読む。資材の搬入経路。職人の出入り。残土の搬出。それぞれ違う動線を持つ。それを読み取れば現場の動きがわかる。
この廃村も同じだった。
南東から大型の何かが頻繁に運び込まれている。
西側からは小型の馬車が少人数で往来している。
南北方向には人の出入りはない。
タルクの脳内に廃村の動線図が描かれた。中心の集会所が拠点。資材は南東から。指揮者は西から。そういう運用形態。
「ここですね」
タルクは馬から降りた。ギルベルトとリエラとセシリアが続いた。騎士団の五人は前後左右を警戒した。
「気配は」
ギルベルトの一人が問うた。
「ない」
別の騎士が答えた。
「もぬけの殻ね」
リエラがそう言いながら廃村の中央を指差した。
中央には少し大きめの建物の残骸があった。元は集会所だったらしい。半壊した壁の中に。新しい工事痕跡があった。最近誰かが手を入れていた。それも完全に隠す前に立ち去ったらしい。
タルクは集会所の床を確認した。
石畳の床の一部が新しかった。
不自然だ。古い建物に新しい石。これは下に何かを設置するための施工痕。タルクは床に膝をついた。石を一つずつ持ち上げていった。下に深い穴があった。地下への階段。
石の繋ぎ目に目を凝らすと。施工は雑だった。日本でいえばコンクリートのモルタル仕上げに相当する処理が。明らかに急ごしらえだ。職人ではなく素人が時間に追われて作業した跡。これは指揮者がプロでも作業者は素人だった証拠。あるいは作業者を訓練する時間すら惜しんで動員した結果。タルクは内心で苦笑した。「段取り八分」を守らない現場の典型例だ。前世でも何度も見た現場だった。元請けが工期短縮を急ぎすぎて。下請けの育成を怠った現場。結果として品質が落ちる。前世の桜井巧が黒田の現場で散々目にした光景がここでも繰り返されていた。
タルクは脚立や工事用の足場の痕跡も探した。あった。床に小さな丸い跡が三箇所。これは脚立の脚を立てた跡。日本の現場と同じ習慣。脚立は二メートル足らずだから安全帯不要という運用。それも黒田の現場で何度も見た光景だった。
偶然の一致と切り捨てるには似ている要素が多すぎる。タルクは唇を引き結んだ。
「降りる」
タルクは言った。
「危険だ」
ギルベルトが言った。
「でも見ないと。何があるかわからない」
タルクは下を覗き込んだ。光る管の流れが地下に集中している。地下に大規模な装置があるらしい。
「俺が先に降りる」
ギルベルトが剣を抜いて先頭を取った。タルクが続いた。リエラとセシリアと騎士団が後に続いた。
階段を降りた先には広い地下室があった。
部屋の中央に巨大な金属製の装置があった。直径三メートルほどの円柱型の機械。複雑な配管が無数に伸びている。装置の表面には魔導文字が刻まれている。タルクは即座に光る管の流れを確認した。
この装置は中継ポンプだった。
他から盗んだ魔力を一旦蓄積し。さらに大きな管路に再分配する装置。日本の上水道でいえば中継ポンプ場に相当する。タルクの脳がすぐに機能を理解した。
「リエラさん。これ。何の装置に見えますか」
「魔力増幅装置に近いわね。でも私の知ってるどの装置とも違う設計」
「禁止技術なのか」
ギルベルトが眉を寄せた。
「禁止以前に。私が知らない技術。でもどこかで見たような気もする」
リエラは装置を一周した。それから足を止めて装置の側面を指差した。
「ここ。設計者の名前が刻まれてる」
タルクとギルベルトが歩み寄った。
装置の側面に小さな文字でこう刻まれていた。
「Designed by C. Schwarz, F.E.M.A. 1284」
「シュヴァルツの名前ですね」
ギルベルトが呟いた。
「設計年。フェルム帝国魔導工学院。クルダ・シュヴァルツ卿の手による設計」
タルクは装置の表面を撫でた。
装置の作りを見て。タルクは内心で苦笑した。
これは。
典型的な「数字盛り設計」だった。
日本の現場でも見覚えがあった。能力以上の仕様を書き込んで。実際には動かない設計。あるいは。動くには動くが。常に過大な負荷で運転されているために。すぐに壊れる設計。設計者が現場を知らないとよく見られる現象だった。
この装置も同じだった。配管の太さは魔力流量に対して明らかに細い。継手の規格は強度不足。冷却機構がほぼない。これは実際には。動かしているうちに自滅する設計だった。事実装置の各所には。すでに微細な亀裂や焼け跡が見えた。短期的に大量の魔力を流すことはできるが。長期的には維持できない。
設計図の段階で施工者から指摘されないとこういう設計になる。タルクは前世でその種の現場を何度も経験していた。元請けの設計者がCAD上で図面を引く。机の前で線を引くだけだから物理的な負荷を考慮しない。下請けの職人が「これじゃ流量が足りねえ」と指摘しても。設計者は「現場の素人が口を出すな」と退ける。結果として完成後に問題が発生し。下請けが責められる。そういう構造の現場が日本には腐るほどあった。
配管の継手部分にもう少し近寄って観察した。継手はろう付け仕上げだった。ろう付けの色味から判断して。火力管理が甘い。現場の溶接工なら一目でわかる仕上がりの悪さだった。設計だけでなく施工も粗い。これは設計者が施工指示を出すまでに踏み込んでいない証拠。あるいは。施工者を信用していない。あるいは。施工者が指示通りに動かなかった。
いずれにせよ現場が荒れている。
タルクは胸の中で頷いた。これは黒田の現場の特徴だ。前世で巧が何百回と目にした光景。そっくりそのまま。違う世界の地下基地で再現されている。
「これ作ったやつ。机上の人間ですね」
タルクは呟いた。
「机上」
ギルベルトが繰り返した。
「設計はキレイです。理論的には。けど。継手のサイズと配管の流量がアンバランス。実際に動かすと。三ヶ月でガタが来る」
「なぜわかる」
「俺。配管屋なんで」
タルクは曖昧に答えた。リエラが横で目を細めた。
「あんた。だんだん。十三歳のフリ忘れてるわよ」
「すみません」
「いいけど。ここでは気をつけて」
リエラは騎士団に視線を送って忠告した。タルクは頷いた。十七年の現場用語が自然に口から出ていた。注意せねば。
「とにかく。この装置は」
タルクは話を戻した。
「大規模な魔力盗用と再分配の中継装置です。多分。同じものが帝国内の数箇所にあります。それを繋いで。世界の魔導管網の中の特定経路を私的に利用してます」
「私的というよりは。国家規模で」
「そうですね」
「これは戦争準備だ」
ギルベルトの言葉は重かった。
「この規模の魔力盗用。何のために」
「兵器を作るためでしょう」
タルクは推測した。
「魔法兵器ですか」
セシリアが尋ねた。
「もっと大きい何かでしょう。兵器単体じゃない。たぶん。塔みたいな構造物。あるいは。要塞。そういう大規模な設備の運転には。莫大な魔力が必要です。それを賄うために。世界中から魔力を盗んで備蓄してる」
「そんな構造物がもし完成すれば」
「王国は壊滅します」
タルクは静かに言った。
地下室に沈黙が落ちた。
騎士団の一人が小さく声を漏らした。
「我々はもう。戦争前夜に踏み込んでいるのか」
「踏み込んでます」
「タルクさん。これ。報告すべきです」
「うん。あと。装置の一部を持ち帰りましょう。証拠として。それから。この装置を停止できますか」
タルクは光る管を確認した。装置の周囲には十数本の管が接続されている。すべてを切断すれば停止する。しかし切断すれば。たぶん他のところで影響が出る。盗まれた魔力の流れが急に止まれば。受け取り側の装置が暴走する可能性もある。
「全部切ると危ないです。一本ずつ。慎重に。ただし時間がかかります」
「時間は」
「半日くらい」
「敵が戻ってくる可能性は」
「ある」
「では切るのは諦めて。装置を持ち帰ろう」
ギルベルトの判断は早かった。タルクは頷いた。
「装置を全部は無理です。一部だけ。設計図の刻印の部分と。継手の一つを切り取って。証拠にしましょう」
「いいだろう」
ギルベルトと騎士団は持ってきた工具で装置の一部を切り取った。タルクは作業を見守りながら。光る管に意識を集中した。
装置を切断した瞬間。
光る管の流れが揺れた。
遠くの何処かで。誰かが反応した。
「タルク。何か感じた」
リエラが鋭く問うた。
「敵が気づきました。今この瞬間に」
「逃げよう」
「はい」
タルクとリエラとギルベルトと騎士団は地下室から駆け出した。階段を駆け上がり。地上に出た。
地上では太陽が西に傾いていた。
「廃村の中央広場に集合。すぐに撤収する」
ギルベルトの指示が飛んだ。馬たちはすでに不安そうに首を振っていた。動物の本能で異変を察知している。タルクは自分の馬に駆け寄って手綱を握った。
次の瞬間。
遠くから地響きが聞こえた。
森の方から。何かが近づいていた。
「タルク。何が来てる」
リエラが叫んだ。
「魔力反応。大きい。強い。たぶん。襲撃」
「敵の指揮官か。それとも兵器か」
「まだわからない」
タルクは馬に飛び乗った。リエラが背後についた。ギルベルトとセシリアと騎士団も馬に乗った。
「全員。撤退。来た道を逆走」
ギルベルトの指示で。馬たちは一斉に走り始めた。
しかし。
廃村の出口に到達する前に。
森の中から。黒い人影が現れた。
人影は一人だった。
黒い長衣を纏い。フードを目深にかぶっている。手には金属の杖を持っている。杖の先端に。赤い宝石が輝いていた。それは魔力反応の主だった。タルクは光る管の流れがその人物に集中するのを見た。
強い魔力。圧倒的な圧力。
人影が手を上げた。
「待て」
声が響いた。
その声を聞いた瞬間。
タルクの心臓が止まりかけた。
その声は。
知っていた。
前世の現場で何度も聞いた声だ。
黒田の声だった。
あの安全帯を外せと命じた声。
あの脚立の下で「桜井ぃ」と吠えた声。
あの十七年の現場で何百回と「お前らの段取りが悪いから工程が遅れる」と責任転嫁した声。
タルクの体が一瞬硬直した。馬の上で背筋が冷たくなった。胸の奥が音を立てて何かと一致した。これは聴覚の幻覚ではない。前世の死の直前まで聞き続けた声。あの男の声が。今この異世界の。地図に載っていない廃村で。フードの下から響いていた。
間違いない。
黒田だ。
あいつが転生してきている。
しかも黒田の方も。たぶん。タルクの存在に気づいている。気づいたから「待て」と声をかけた。気づいていなければ。声をかける必要もなく襲撃すれば済む話だった。
タルクは唇を噛んだ。
黙って馬を走らせ続けるべきだった。
しかし。
体が反応してしまった。
「黒田」
タルクは口に出した。前世の名前で。日本語で。十三歳の少年の声で。




