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検査地獄と、処理落ちする官僚

「——というわけで、荷物はここで完全ストップよ。見事にやられたわ」


王都の執務室。通信魔導器の向こうから、商人姫ナジュマの呆れたような声が響いた。

場所は王都と西方商業連合の間に位置する、中立の巨大物流拠点『オアシス国際空港』。


「連合の税関から、どんな嫌がらせを受けた?」

「ええ。【全品目視およびシリアルコードの魔力照合】の義務化よ」


ナジュマが忌々しそうに書類をめくる音が聞こえる。


「私たちが輸入した『民間汎用パーツ』10万点について、連合の税関長が『未申告の軍需物資混入を防ぐため、全品目視確認を例外なく行う』という厳命を下したの。木箱を一つ一つバールでこじ開け、パーツの刻印を虫眼鏡で確認して、連合のデータベースに手打ちで照合していく……気の遠くなるような作業よ」


本来なら魔導スキャンで10分で終わる通関手続きを、意図的に「人力」へダウングレードさせたのだ。

大国の官僚らしい、陰湿で合法的な遅延戦術。このペースでは、10万点の検査が終わるまでに数ヶ月はかかる。その前に王国は干上がるだろう。


「税関長は『安全のための適正な手続きだ。文句があるなら訴えたまえ』って薄ら笑いを浮かべてたわ。どうする、ユージン?」

「……なるほど。相手は『手続きの量』で俺たちを殺しに来たわけだ」


俺は《解析簿記》に浮かび上がる、空港の通常処理能力の数値を眺めながら、ペンを回した。


「相手がルールを厳守しろと言うなら、完璧に守ってやろう。……ナジュマ、香辛料の季節輸送便と、巡礼期の帰り便を限界まで高値で買い叩け。お前の商会傘下の小型機もすべてかき集めるんだ」

「……追加で便を飛ばすの? 検査待ちの列を増やすだけよ?」


「いいや、パーツだけじゃない。お前の商会が扱っている『生鮮食品』や『家畜』、それに『砂漠の安物の砂』でも何でもいい。とにかく空の便をすべて買い占めて、オアシス国際空港へ向かわせろ。あそこの税関長は『例外なく全件確認する』という素晴らしい通達を出してくれたんだろう?」


俺の指示の意図に気づいたのか、通信の向こうでナジュマが「あ……」と、極悪非道な笑い声を漏らした。


「最高ね、そのルール。……じゃあ私は、連合の立派な規則に従って、“合法的に”空港を埋め尽くしてあげるわ」

「俺たちは遵法精神に溢れた商人だ。税関のルールには、どれだけ時間がかかっても笑顔で付き合ってやれ」


***


――翌日。オアシス国際空港・連合税関ゲート。


「次! 第43便の積荷を開けろ! ……くそっ、なんだこの悪臭は!」

「ぜ、税関長! 今回の混載便の積荷は『生きた羊の群れ』と『大量のキャベツ』です! 規則により、これも例外なく目視検査とシリアル照合を!?」


冷暖房の完備された執務室でふんぞり返っていた連合の税関長は今、異常な熱気と悪臭に包まれた滑走路で悲鳴を上げていた。


上空には、着陸を待つナジュマ商会の輸送機が、ハエの群れのように旋回している。

その数は、この空港の「通常一日の取扱量」の3倍を優に超えていた。


「例外規定はないのか!? なぜこんな無関係の民間物資まで……いや、待て。『例外なし』の通達を出したのは、私か……ッ!」

「『連合の新しい検査ルールに全面協力するため、民間物資もすべて厳格な手続きに回した』とのことです! 彼らは一切ルール違反をしていません!」


ナジュマの商会は、パーツの木箱の間に、腐りやすいキャベツや動き回る羊を意図的に混載していた。

未申告の混入を防ぐという名目で自ら「例外なし」の通達を出してしまった手前、官僚たちは羊の毛をかき分け、キャベツの葉を一枚一枚めくりながら、存在しない「シリアルコード」を探すという無間地獄を強いられていた。


「ぜ、税関長ォ! 第2ゲートの検査官3名が、過労と熱射病で倒れました!」

「データ照合用の魔導計算機が停止しました! 生体検査と存在しない貨物照合のループで、メモリ領域が完全に飽和しています!」


プツンッ。


乾いた音と共に、空港の物流網を管理していた連合の台帳系統が、完全に凍結した。


「あ……ああ……」


物理的な過労と、情報処理の限界。

人間が作った厳格すぎるルールが、人間の処理能力を食いつぶし、白目を剥いた官僚たちが次々と滑走路に倒れ伏していった。


***


「——官僚は書類で殺し、俺は『件数』で殺す。人間は検査では死にませんが、物流は死ぬんですよ」


王都の執務室。

俺は白々しく言い放ち、いつものように『転送スリット』へ書類を滑り込ませた。

魔導通信の向こうで、商業連合の大使が息を呑む音が聞こえる。


『き、貴様ら……明らかな検査制度の濫用だぞ! 我が国の税関システムを意図的にパンクさせたな!?』

「人聞きの悪い。我々は貴国の『100%厳格な目視検査』という素晴らしいルールに、全力で協力しただけですよ。ところで——」


俺は、氷のように冷たい声で本題を切り出した。


「貴国のシステムがダウンしたせいで、滑走路で待機させられていた我が国の『キャベツ』がすべて腐敗し、『羊』が熱死と衰弱で輸送不能になりました。生鮮・生体物資の長期足止めは、国際通商法における明白な損害です」


ジジジジッ……!

大使館の受信機から、悪魔の紙切れが吐き出される。


【損害賠償請求書】

・生鮮食品(キャベツ10万玉)の腐敗損害費

・家畜(羊5,000頭)の衰弱・死亡損害費および処理費

・遅延による休業補償(輸送機100機分)

・意図的な行政遅延に対する懲罰的違約金

—————————————

合計:金 3,800,000 ゴルド

支払期限:本日中

宛名:西方商業連合 特命全権大使 殿


『ば、ば、馬鹿な金額を……! ただのキャベツと羊の死骸だぞ!?』

「ええ。ですが『手続きを止めた側がすべての経済的損失を被る』。それが連合の定めた法ですからね。……お支払いは本日中で」


『……ッ! 勝ったつもりか!』


大使が血を吐くような声で叫んだ。


『空港が機能停止したなら、どのみち君たちの「トラクターの部品(軍需物資)」も前線へは運べない! 物流が止まって干上がるのは君たちも同じだ!』


その通りだ。

システムをパンクさせ、賠償金をふんだくったところで、物流そのものが動かなければ、王国軍の機甲師団は鉄クズのままだ。


だが、俺は微かに口角を上げた。

「ええ、困りましたね。検査官が過労で全滅してしまったのでは、荷物が運べない。……ならば、仕方ありません」


俺は、すでに書き上げておいた『もう一枚の書類』を指で弾いた。


「検査する人間が足りないなら、『こちら』で手伝ってあげましょう。——『民間検査代行業の認可申請書』です」

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