規格の神様への合法ハック
『思い知ったかね、監査官殿。これが大国をコケにした代償だ』
数日後。王都・軍需省の執務室。
魔導通信の向こうで、商業連合の大使が歪んだ笑みを浮かべていた。
『本日をもって我が国は【戦時特別輸出管理法】を施行した。東方大陸へ向かう「軍用魔晶炉パーツ」の輸出を全面禁止し、軍事物資の空路関税を従来の100倍に引き上げる』
執務室の官僚たちが、声も出せずに絶望の表情で頭を抱える。
大国はついに、ルールそのものを書き換えるという反則に出てきたのだ。
『君たちの機甲師団も、王都のインフラも、あと十数日で完全に鉄の粗大ゴミとなる。……さあ、今度こそ停戦合意書にサインしてもらうぞ』
完全なるチェックメイト。誰もがそう思った時だった。
俺は懐中時計を取り出し、短針が約束の時刻を指したのを確認して、ふっと息を吐いた。
「——手配通りだな」
その呟きと同時。執務室の重いオーク材の扉が、バンッ!と景気良く蹴り開けられた。
「あーら、随分と陰気な顔してるじゃない、王国のお役人様たちは」
豪奢な絹のドレスに身を包んだ褐色の美女。
昨夜のうちに特急の買い付け発注を飛ばしておいた『砂漠の狐』こと、商人姫ナジュマが、分厚い書類の束を抱えて入ってきた。
「ナジュマ。品は確保したか?」
「ええ、完璧よユージン。西方の工場から、要求通りのパーツを全量買い上げてきたわ。今頃、私の商会の輸送機に満載されてこっちに向かっているはずよ」
俺とナジュマのやり取りに、通信の向こうの大使が鼻で嗤った。
『無駄な足掻きを。「軍用パーツ」の輸出はすべて差し止めたと——』
「誰が『軍用パーツ』を買ったと言いました?」
俺はナジュマから受け取った書類をめくり、大使に向かって冷たく言い放った。
「買い付けたのは【民間農業用・大型魔導トラクター】の汎用交換部品です」
ナジュマがふふっと艶やかに笑う。
「西方の農場で大人気の『開拓者型トラクター』に使う魔力圧縮バルブに、駆動用シリンダーよ」
『……なっ、何を馬鹿な! その規格は、王国の主力戦車に使われている軍用パーツと完全に同一じゃないか!』
「ええ。外寸も接続ポートも同一ですよ。おたくの国がコストダウンのために定めた『連合規格』ですからね」
生産ラインの効率化が生んだ皮肉だ。素材の証明書と用途分類のタグが違うだけで、連合規格の部品は軍民で完全に共通している。
『ふざけるな! たとえ汎用品だろうと、軍用転用の疑いがあれば即座に摘発対象だ!』
大使が声を荒らげる。大国の使者として、ここで引き下がるわけにはいかないのだろう。だが、俺はすかさず二の矢を放つ。
「疑いだけで他国の民間商船を止める? 構いませんが、連合法の禁輸対象はあくまで『軍用品』であって『汎用品』ではない。摘発するなら、まずは自国の農業機械メーカーの設計そのものを違法化してからにしてください」
『……ッ!』
「それに、この積荷はすでに連合側の税関を正規の手続きで通過し、出港済みだ。法律を遡及適用して空の上で差し押さえるなど、議会の緊急承認なしにできるはずがない」
理詰めの段差で退路を断つ。
大使の息遣いが荒くなるのが、通信越しにもはっきりとわかった。
『……関税だ! 用途偽装のペナルティとして100倍の関税をかけ、税関で永久に差し押さえてやる!』
「残念だったわね、大使さん」
陰湿な官僚的脅迫に走った大使に、ナジュマがとどめの書類を突きつける。
「商業連合は先月、『自国の農業機械メーカーを保護する』という名目で、農業関連物資の輸出関税を免除する法律を通したばかりでしょ? 大国の政治家たちの癒着(利権)のおかげで、こっちは見事に【関税ゼロ】よ」
大国が自らの利益のために作った「規格統一」と「補助金法案」。
その巨大なシステムそのものが、彼ら自身の首を絞める完璧な抜け道となったのだ。
『ば、馬鹿な……そんな抜け道が通れば、我が連合の市場支配が壊れる! 他国が真似をすれば前例になってしまうぞ……ッ!』
大国の本音たる「支配の崩壊」への恐怖。
それを聞き届けながら、俺は輸入申告書に軍需省の監査印を叩き押し、転送スリットに放り込んだ。
「規格を神にしたのはお前たちだ。だが、規格の神様は祈る相手じゃなく、利用する相手だ。法に穴があるなら、適法にしゃぶり尽くすのが実務家の仕事だ」
ジジジジッ……!
大使館の受信機に、またしても最悪の書類が吐き出される。
【輸入申告および関税免除申請書】
・品名:民間農業用・汎用交換部品
・数量:第7機甲師団の全機体を『二巡』完全修理できる量
・関税区分:農業支援枠(特別免税率適応により 0 ゴルド)
・用途:荒れ地の開墾(※帝国軍包囲網の維持)
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申告者:ナジュマ通商ギルド
承認者:王国軍需省 特任監査官
「さて大使閣下。我が国の機甲師団の修理があるので、本日はこれまでとさせていただきます。あぁ、税関の通過許可、よろしくお願いしますよ」
通信の向こうから、大使が執務室の机を蹴り飛ばす破壊音が響いた。
「聞いたな? さあ、空からトラクターの部品(軍需物資)が降ってくるぞ。現場の連中に、徹夜で戦車のエンジンを組み直させろ!」
俺が指示を飛ばすと、絶望していた官僚たちは一瞬だけ動きを止め、俺という悪魔を見た後——弾かれたように前線への連絡に走り出した。
ルールを作った側が、自分の作ったルールの穴に落ちて自滅する。
だが、これで大国が諦めるはずもない。
魔導通信の回線を切りながら、俺は低く呟いた。
「……喜ぶのはまだ早いぞ。ルールで負けた官僚は次に何をしてくるか、わかるか?」
「嫌がらせでしょ? ユージン」
「あぁ。彼らは『手続きの量』で俺たちを殺しに来る。……地獄の検査手続きの始まりだ」




