人道支援に関税をかけた日
「ユージン、厄介なことになったぞ。上空を見ろ」
翌日の真昼。熱砂の黒谷に駐留するレオナから、緊迫した通信が入った。
王都の執務室にある広域魔力レーダーにも、西の空から接近する巨大な反応がいくつも映し出されている。
『こちら西方商業連合・第七空輸艦隊! 繰り返す、我々は国際法に基づく【人道支援物資】を輸送中である!』
魔導通信の全帯域に、傲慢で大仰なアナウンスが響き渡っていた。
「商業連合の巨大輸送機が5機だ。……腹立たしいことに、機体にはデカデカと『平和の白鳩』の紋章がペイントされている」
『だろうな』
通信越しに舌打ちするレオナに、俺は手元の書類をめくりながら答えた。
「昨日の請求書で、大使館の連中も気づいたのさ。3万の捕虜の水代を俺たちにぼったくられるくらいなら、自国の輸送機で直接『水』を空からバラ撒いた方が安上がりだと」
「どうする!? このままじゃ敵の3万がタダで息を吹き返すぞ! 対空砲火で叩き落とすか!?」
レオナの部下たちが、すでに魔導対空砲の狙いを定めている音が聞こえる。
だが、それをやれば完全に相手の罠にハマる。
「撃つな、レオナ。丸腰の『人道支援機』を撃ち落とせば、我が国は国際社会から完全な悪者にされる。大義名分を与えれば、それこそ連合の軍隊が堂々と介入してくるぞ」
「じゃあ、ただ指をくわえて見ているしかないって言うのか!」
「いいや。撃ち落とす必要はない。……『適法』に毟り取るだけだ」
俺は白紙の通達書に王国軍需省の最高監査印を叩き押し、全帯域の通信回路を開いた。
「——王国軍需省から、商業連合の空輸艦隊へ。人道支援の労、深く感謝する」
『……なんだ、王国の監査官か。我々は止まらんぞ。これは国際法で認められた正当な——』
「ええ、止めませんよ。ただし、現在あなた方が進入しようとしているのは、我が国が管理する『臨時・航路安全管理空域』です」
『……空域? 何の話だ』
「未だ帝国軍の残党が潜む危険地帯です。よって、当空域を通過する全航空機は、我が軍の前線基地(レオナの陣地)に一度着陸し、【安全検査と航路誘導】を受けることを法的に義務付けます」
俺の言葉に、空輸艦隊の艦長が鼻で笑った。
『馬鹿馬鹿しい! 誰がそんなローカルルールに従うか! 我々は真っ直ぐ帝国軍の頭上に向かい、物資を投下する!』
「お断りします。無許可での強行進入は『未確認の敵対機』とみなし、即時撃墜対象となります」
『なっ……!?』
「水樽を満載した重量オーバーの輸送機で、我が軍の防空レーダーと対空魔導砲のロックオンから逃げ切れるとでも? レオナ、全基照準。カウントダウン開始。5、4……」
俺が冷たく数え始めると同時に、レオナの陣地から放たれた無数の照準用レーザーが、上空の巨大輸送機の腹を容赦なく捉えた。
逃げ場のない物理的脅威を前に、平和の使者を気取っていた艦隊はあわてて高度を下げ始めた。
***
「ようこそ、王国の前線基地へ。長旅ご苦労だったな、平和の運び屋ども」
数十分後。
砂埃を上げて強制着陸させられた商業連合の巨大輸送機の前に、レオナと武装した王国兵たちが立ち塞がっていた。
「き、貴様ら! 神聖な人道支援物資になんてことをする気だ!」
輸送機から降りてきた連合の士官が悲鳴を上げる。
それもそのはずだ。レオナの部下たちは、輸送機に積まれていた何百もの「水樽」に、次々と赤ペンキで巨大な『朱印』を塗りたくっていたのだから。
「なんだって? 見ればわかるだろう。『王国軍管理・検品済』の証明印を押してやってるんだ」
「ふ、ふざけるな! これは我々が用意した水だぞ!」
「ここは王国の管理空域だ。ここから先に出回る支援物資は、すべて我が国の『検品と認可』を通ったものとする。嫌なら水樽を抱えて国に帰れ」
レオナの凶悪な笑顔の前に、連合の士官たちは返す言葉を失い、屈辱に顔を歪めるしかなかった。
***
「……というわけで、無事に『王国軍の監督下』で、帝国軍3万への配水が完了しました。我が軍の給水車列を使い、帝国側の将校からきっちり受領印も頂いております」
王都の執務室。
魔導通信の向こうで、商業連合の大使が絶対零度の声で唸り声を上げている。
『……君は、“人道支援”を課税対象にしたというのか。後でどれだけ高くつくか、理解しているな?』
「人道支援は結構。ですが、非課税とは言っていません。善意は無料でも、我が国の航路と検査の手間は『有料』ですよ」
大国の威圧を正面から受け流し、俺は手元にある分厚い紙束を、再び通信機の『転送スリット』へ滑り込ませた。
ジジジッ、と向こうの受信機が音を立てる。
『……今度はなんだ!!』
「関税および、空域利用の手数料です」
【御請求書および関税納付書】
・臨時空域・航路安全管理費(大型機5機分)
・王国軍による強制誘導・着陸サポート費用
・積荷(飲料水)の安全・毒物検査費用(特急料金)
・『王国軍検品済』ラベル貼付作業の代行手数料
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合計:金 1,200,000 ゴルド
支払期限:即時(NOW)
宛名:西方商業連合 特命全権大使 殿
「我が国のインフラ(空と検査網)を使った以上、正当な使用料は払っていただきます。……お支払いは『今』で」
俺は、血管がちぎれそうなほど激怒している大使に向かって、極めて事務的に告げた。
「支払いが確認できない場合、あの輸送機5機は『関税法違反の無申告機』として、機体ごと王国軍が差し押さえます。さあ、大国らしい迅速な決済をお願いしますよ」
通信の向こうで、大使が受話器を叩きつける音が響いた。
これで大国の面子は完全に丸潰れだ。平和の白鳩を撃ち落とされた彼らが、次に向かわせてくるのは決まっている。容赦のない「官僚のハゲタカ」たちだ。
王都のインフラを死滅させるべく、彼らはあらゆる法的嫌がらせを仕掛けてくるだろう。
俺は小さく笑い、次なる『法の抜け穴』を探すため、分厚い規格法令集を開いた。




