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燃える朝食と、理不尽な平和の使者

「燃えろ燃えろォ! 東方の豚共に、極上の温かい朝食ファイヤーを振る舞ってやれ!!」


夜明け前。裂け海運河の帝国側岸。

レオナ率いる第7機甲魔導師団が、帝国軍3万の「生命線」である野戦集積所を蹂躙していた。


守備隊は皆無に等しかった。敵の天才ザイードの「背後を警戒しろ」という命令は正しかったが、まさか一晩で激流に『橋』を架けて重機甲部隊が渡ってくるなど、常識の範疇を完全に超えていたからだ。


ズドォォォォンッ!!


巨大な火柱が夜明けの空を焦がす。

帝国軍が運んできた数週間分の食糧、備蓄弾薬、そして砂漠での命綱である「飲料水」のタンクが、容赦ない魔法砲撃によって跡形もなく蒸発していく。


「ユージン! 集積所の完全破壊に成功した! これで敵の補給はゼロだ!」

『上出来だ。これで帝国の財布どころか、胃袋まで完全に空になった』


王都の執務室で、俺は《解析簿記》に浮かび上がった無慈悲な数字を見て、深い息を吐いた。


【飲料水タンク:全損】

【各兵の携行水:残り半日分】

【砂漠の気温上昇と重装甲による消耗加速を適用】

【東方帝国軍3万・推定生存可能時間:残り48時間】


水も食料も燃料もない3万の軍勢が、砂漠と運河の間に閉じ込められた。

こうなれば、もはや軍隊ではない。ただ飢えと渇きに苦しむ、3万の遭難者の群れだ。


***


「……終わったな」


燃え上がる集積所の煙を遠くから見つめ、情報将校ザイードはポツリと呟いた。


「じょ、情報将校殿! すぐに全軍を反転させ、背後の王国軍を叩き潰しましょう!」

「反転して運河を奪還するにも、すでに重機甲を動かす燃料が足りない。このまま砂漠で渇きに狂えば、部隊は半日持たずに暴動を起こして自壊する」


ザイードは自身の敗北を、冷徹な数字の事実として受け入れていた。


「このまま干からびるより、捕虜として王国の水を受け取るのが、兵を生かす唯一の最適解だ」


前線の将軍を囮にし、民間工兵を買い叩き、世界一高価な橋を架けて、背後の胃袋を焼き払う。


「……見事だ、王国の会計士。まさか、国家の常識という『盤面』そのものを破壊してくるとはな」


ザイードは目を閉じ、部下に短く命じた。

「白旗の準備をしろ。我々の負けだ」と。


***


「ユージン! 帝国軍の司令部から、全軍降伏の通信が入ったぞ! 3万の無条件降伏だ! 私たちの完全勝利だ!!」


通信機越しに、レオナの歓喜に満ちた声が響く。

王都の執務室でも、徹夜明けの副官や官僚たちが「勝った!」「あの帝国に勝ったぞ!」と泣きながら抱き合っていた。


俺も、ペンを机に置いて背もたれに深く寄りかかった。

開戦から数日。祝祭日の奇襲という絶望から始まり、あらゆる数字と兵站をやり繰りして、ついに敵の主力3万の喉元にナイフを突き立てたのだ。


「あぁ。よくやってくれた、レオナ。敵の武装解除地点を旧第4鉱山跡に指定しろ。将校は隔離し、最低限の飲料水を手配して捕虜の収容手順に——」


俺がそう言いかけた、まさにその瞬間だった。


ジリリリリリリリリリッ!!!!


執務室の片隅にあった、埃を被った『赤色の魔導通信機』が、耳障りな音を立てて鳴り響いた。

それは国内の通信ではない。西方の超大国『商業連合』の大使館と直結する、国家間の緊急ホットライン。


「……なんだ、こんな時に」


嫌な予感が背筋を這い上がる。俺が受話器を取ると、向こうから傲慢で事務的な男の声が響いた。


『王国軍需省の特任監査官、ユージン・オースティン殿とお見受けする。私は西方商業連合・特命全権大使だ』

「……大使閣下が何の用ですか。こちらは今、帝国軍3万の降伏手続きで忙しい」


『その降伏は認められない。ただちに軍を引き、元の停戦ラインまで後退しなさい』


「——は?」


あまりの理不尽な言葉に、執務室の空気が凍りついた。


『理解できなかったかね? これ以上、東方帝国軍を追い詰めることは我が商業連合が許さないと言っている。今すぐ剣を引き、平和的な停戦に応じなさい』

「ふざけるな。先に国境を越えて奇襲してきたのは帝国だ。俺たちは血反吐を吐いてヤツらを追い詰めた。今更、外野の国に指図される筋合いはない」


俺が冷たく言い放つと、大使は鼻で笑った。


『正義や恨みの話をしているのではないよ、監査官殿。東方帝国がここで崩壊すれば、数百万の難民が溢れ、大陸の物流と資源市場が死ぬ。我々としては、帝国には「適度に弱った状態」で存続してもらう必要があるのだよ』


大国特有の、血も涙もないマクロの理屈。


「断る、と言ったら?」


俺の問いに、大使の声が絶対零度の脅迫に変わった。


『現在、君の国で稼働しているすべての「軍用魔晶炉」は、我が商業連合の規格品だ。もし停戦に応じないなら、我が国は交換用パーツの輸出を【即時全面停止】する』


前世の歴史でも見た。兵器の強さではなく、工業規格を握る者が戦争の生殺与奪を握る。

俺の視界で、《解析簿記》が新たな「死の数字」を弾き出した。


【西方商業連合からの部品供給停止:王国のインフラ完全崩壊まで 21日】


王都の浄水ポンプが止まり、食糧の魔導輸送網が死に絶え、国家が内側から腐り落ちるまでの時間だ。


「……ッ!」


『戦争で勝っても、経済で国が死んでは意味がないだろう? 大人しく停戦合意書にサインしたまえ。良い返事を期待しているよ』


通信が一方的に切れた。プー、プー、という無機質な電子音が、執務室に虚しく響く。


「ユージン……? どうした、今の通信は……」


前線のレオナが、不穏な空気を感じ取って声をかけてくる。

敵の天才ザイードを数字でねじ伏せ、最強の軍隊を飢えさせた。盤上のゲームには完全に勝利したのだ。

だが、現実の戦争は「勝った後」が一番理不尽にできている。


「……すまん、レオナ」


俺は、怒りで震える手を押さえつけながら、戦況図を力任せに睨みつけた。


「敵3万の降伏は、お預けだ。もっと巨大な請求書が来た。……請求先が、帝国から西方の超大国に変わっただけだ」


剣と魔法の戦争は終わった。ここから、大国を巻き込んだ泥沼の「政治と経済の戦争」が幕を開ける。


だが、これで詰んだわけではない。

あの『砂漠のナワジュマ』が、この巨大な物流網の隙を見逃すはずがない。大国が部品を止めるなら、調達ルートは裏からいくらでもこじ開けてやる。


俺は再び、分厚い白紙の帳簿を乱暴に開いた。

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