新たなる力(6)
単眼にとどめを刺した直後。
鋼鉄の巨体が完全に沈黙したことを確認して、トマスは浅く息を吐いた。
———気を抜いている場合ではない。
トマスはセパードを反転させて全力疾走する。
満身創痍の機体を操りながら、指示を飛ばす。
≪オリバー少尉、被害状況の報告を≫
≪了解。一分後に報告します≫
指示を出してはいるが、オリバーからの報告を聞くまでもなく、東軍の小隊のおおよその被害は予想できていた。
セパードの大破、三。着用者は例外なく死亡。
随伴歩兵を含めた死者、四から七。
それ以外に重軽傷者多数。
そんなところだ。
平和ボケしてさび付きかけていた戦場の勘が目を覚まし、そう呟いている。
そして、それ以外の犠牲者がもうひとり。
「勝ったぜ、イオリ。
……でもなぁ、勝ったところで、お前は、帰ってこねえんだよ———っ!」
地面に突っ伏したまま派手に燃え上がるザンサス。近寄りながら、トマスは叫んだ。
確認するまでもない。単眼のレーザー照射を数秒以上受けていたのだ。近代のジャケットはたいした耐熱処理をされているわけではない。機体のフレームが無事でも、機内は人間が生存できる環境ではなくなっている。
公安の死者、一名。
人馬と単眼。本来なら中隊規模の戦力で連戦しても敗戦必至の強敵だった。生き残りがいるだけマシだと思うべきだ。
勝てたのは、奇蹟だ。
しかし、それでも、失った代償は大きい。
イオリは、あの憎らしい性別不詳のハッカーは、もうここにはいない。
『———すな』
ザザッとノイズ混じりの通信を拾う。
『———勝手に殺すなボケェェェェェ!』
バガンッ!
炎に包まれたザンサスのコクピットハッチが勢いよくはじけ飛ぶ。
中から人影が飛び出してきたと思いきや、すぐさま地面にゴロゴロと転がって、燃えている戦闘服の火を消している。
しばらくして鎮火したのか、人影は仰向けになって空を仰いだ。
暗くなった空には、星が瞬いている。
『はぁ、はぁ、はぁ。あっぶな。マジあっぶな。もうちょっとで姿焼きになるところやったで……』
言うまでも無い。ザンサスから飛び出してきたのは、イオリだ。焼死しているはずが、なぜかピンピンしており軽口まで叩いている。
「はぁーっ?! イオリ、お前、なんで生きてんだよ?!」
トマスの疑問も当然である。姿焼きになっているか、炭化しているか。焼き加減はともかく生還できる見込みはゼロだったのだから。
『なんでって、そら、ザンサスのおかげや』
「ザンサスの……?」
『せや。ザンサスやなかったら今ごろお陀仏や』
要領を得ない。セパードよりも強度と装甲に劣るザンサスのおかげと言われても、ピンと来ない。
『鈍いやっちゃなぁ。ザンサスの装甲、何でできとったか忘れたんか?』
「何って、ナノマシンだろ?」
『それが答えや。さすがにわかるやろ?』
イオリは地面に座り込んだまま、ほくそ笑んでいる。煤で汚れた表情は妙に清々しい。してやったり、という言葉がふさわしいだろう。
「……待てよ? お前まさか、ザンサスのナノマシン装甲で高出力光熱線を凌いだのか!?」
パチン、とイオリが指を鳴らす。
『正解や。どや? うちもなかなかやるもんやろ? 我ながら冴えとったわ。どこまで耐えられるかは、試してみんとわからんかったけどな』
トマスは開いた口が塞がらなかった。
近代の大半のジャケットは、レーザーによる攻撃など想定していない。レーザー光を反射させたり拡散させるような防御機能は持っていない。
セパードも然り。ザンサスも然り。
しかし、ザンサスの装甲にはナノマシン装甲が採用されていた。ナノマシン自体が組織編成を変えることで機体のカラーリングを変更し、カモフラージュに使ったり、敵の光学式センサーを欺瞞することでロックオンを困難にするための兵装だ。
色を自由に変えられる———
それはつまり『光』を制御できるということに他ならない。
「ナノマシンの組成をいじって、単眼の高出力光熱線を軽減してギリギリ耐えきったんだな!?」
『ご明察。いくら高出力いうても、所詮は『光』やろ? 事前の観測で波長やらなんやら多少はわかっとったからな。そら全反射はできへんけど、ザンサスの装甲ができる範囲で限界まで熱量を散らしたったわ。ぶわははははははっ!』
トマスの笑い方を真似してイオリが笑う。
釣られてトマスも笑った。
「ぶわははははははっ! 完全に騙された! ———生還を歓迎するぜ、イオリ」
ひとしきり笑ったあと、トマスはすぐに表情を固くする。
「イオリ。お前は無事でも、犠牲は出た。悪いが祝杯は今度に取っておいてくれ」
『わかっとる。うちかて、東軍で死者が出て喜ぶほど非常識やあらへん。そっちを先に立て直しいや。うちの退避はそのあとでええ。その辺に隠れとくし』
そう告げると、イオリは立ち上がって安全確保のために物陰に向かって歩き始める。足取りが危なっかしいが、どうにか自力で移動できるようだ。
イオリが歩いている合間に、間延びした声で通信が入る。
『トマちゃん。イオちゃん。感動の再会は終わったみたいねー。
ザンサスがしばらくレーダーから消えなかったから、もしかしてと思ってたんだけど、お見事でしたー。生きててくれて嬉しいわー!』
ホノカの声を聞いて少し安心したのか、イオリの声が一段明るくなる。
『そらどうも。毎度のことやけど、今回はさすがに死ぬかと思ったで。
しっかし、常緑の連中、たいがい頭がおかしいんとちゃうか?
数えるのが億劫になる数の武装アンドロイドに、人馬に単眼、極めつけは物騒なナノマシンや。
なんぼなんでも、発想がぶっとびすぎやろ。社会をまるごとぶっ壊すような真似をして、いったい何をしようっちゅーんやろな』
イオリが言う通り、常緑の行動は常軌を逸していた。その中でも、斥力場自由制御機構と感覚増幅拡張機構を世界中にバラまこうという考えは、頭のネジが数本飛んでいる程度では説明がつかない。
そんな当然の疑問に、ホノカがいたって真面目な声で答える。
『……イオちゃん。きっと、そうじゃないのよ。
無害なナノマシンではなくて物騒なナノマシンが本筋だって言ってたのはイオちゃんでしょ? 魂がこもっているのは絶対にこっちだ、って』
『んん? そうじゃないって? どういうことや。うちは物騒なナノマシンが拡散されるって言うたけど、その予想が間違っとるっちゅーことか? いやいや、それは絶対ありえへんで』
もし予想が間違っていたら、イオリは隠居を覚悟するくらいには技術者としての直感に自信を持っていた。だから、何について「そうじゃない」とホノカが言ったのかが飲み込めない。
『よく考えて。そもそもおかしいの。
最初から世界を壊すつもりだったら、物騒なナノマシンだけを作ればいい。でも、サルベージされたデータには無害なナノマシンも含まれていた。
そもそもアーネスト中佐は、常緑は害のないナノマシンをバラまこうとしているらしい、って言っていたでしょう? 環太平洋連合軍のエージェントがそう簡単に煙に巻かれるとは思えないし、中佐がわたしたちを騙す理由も思いつかない。
これは、つまり———』
しかし、ホノカが結論を述べようとしたタイミングで、セパードがイレギュラーな通信を捉える。
トマスが慌ててホノカを遮る。
「おい、待て! 軍と公安の非公開チャンネルに外部から通信だ。
どこの誰だよ、国家権力の総本山に土足で踏み込んでくるバカは———」
ピピッと受信アラートが鳴って、通信回線がつながる。
発信者は、機械的に誇張された不気味な声で話し始めた。
≪———常緑より、環太平洋連合軍と日本国警察に告げる。
今回の件は、我々の総意ではない。一部の裏切り者による謀略である。常緑は事態の収拾を望んでいる。
誠意の証として、裏切り者———西園寺了嗣の情報を知りうる範囲で開示する———≫




