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新たなる力(5)



 さしものリョウジも、動揺した声を隠せていなかった。

「まさか君が、それほどの覚悟を持っていたとは」

 リョウジが放った弾丸を、ただの学生であるハルキが防いだ。

 それはすなわち、命を賭して人体機能付与型(プラグ)ナノマシン(イン)を使ったことを意味する。

「俺はもう迷わない! 必ずリゼを助けると決めた!」

 ガラスのケージに閉じ込められたリゼに視線を向ける。心配そうな眼差しでこちらを見ている。

「私を倒して彼女を助けるつもりか? なめられたものだ」

「やってみないとわからないさ!」

 それが、開戦の合図となった。

 ハルキは腰のホルスターから警棒を抜き放つと、リョウジに向かって真っ直ぐに駆け出す。

 足元に斥力場フィールドを展開して、一気に加速する。キョウヤがやっていたことを見よう見まねで再現してみただけだが、思いのほか上手くいった。彼ほどではないが、初速を一気に稼ぐことに成功する。

 一歩、二歩、三歩。たったそれだけで、リョウジを射程圏内に捉えた。

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 渾身の力を込めて、警棒をリョウジに向かって振り下ろす。

「———ほう。想像していたよりもセンスがある」

 しかし、リョウジはただその場に突っ立っているだけだ。

 防御のために構えることもなく、ごく自然体で振り下ろされる警棒を見つめている。

 いくらハルキが斥力場自由制御機構サイキック・イネーブラーの初心者と言っても、直撃すれば無事では済まない。

 侮っているのか———そう考えた瞬間、それが誤りであることを思い知らされた。

「とはいえ、絶対的に出力が足りんな。力の使い方も児戯と言える」

 力一杯殴ろうとした。

 しかし、その手はリョウジに届くより遥か手前で止められていた。

 跳びかかって振り下ろした警棒が、空中で『見えない何か』に制止させられている。

(———ぐっ! なんだ、この、分厚いゴムを殴ったような感触は!)

 押し込みきれずに、弾き飛ばされる。

 斥力場フィールドを展開しながらひらりと着地してリョウジから距離を取るが、追撃はなかった。

「……いまの一合で君についてわかったことが三つ。

 ひとつ。君は斥力場自由制御機構サイキック・イネーブラーを今回初めて使っているということ。

 ふたつ。初回使用ではあるが、力場を霧散させない程度には、展開のイメージを描く何らかの方法を心得ているということ。

 みっつ。君の体に、人体機能付与型(プラグ)ナノマシン(イン)が適合していない、ということだ。

 言わなくてもわかっていると思うが、そのまま戦うと———死ぬぞ」

 指折り数えながらリョウジに告げられたその三つは、すべて当たっていた。

「がはっ……。はぁ……そうだな。一発ぶん殴ろうとするたびに血を吐いてるんじゃ、お話にならないよな」

 びちゃびちゃと汚らしい音を立てながら、床に遠慮なく吐血する。

 しかたがない。斥力場フィールドを使おうとするたびに、胸元がむかむかして血がせり上がってくるのだ。頭をトンカチで殴られたと錯覚するくらいひどい頭痛がするし、視界が歪んで焦点が定まらない。

 そんなぐちゃぐちゃな視界でも、リョウジが展開している斥力場フィールドはどうにか視認できていた。それほどに強大なものだったから。

(ああ、これが、ミサキでさえ手強いと警戒していた力の正体か)

 人体機能付与型(プラグ)ナノマシン(イン)を使った今だからこそ、はっきりと見えていた。リョウジの斥力場フィールドのカタチが。

 巨大な複数の腕。あるいは翼。『翼手』とでも呼ぶべきか。

 それが、何本も折り重なるようにリョウジを包み込んでいた。

 伸び縮みする薄っぺらい腕のような斥力場フィールドが、無数の層を作りながらリョウジを守っている。いま攻撃を阻んだのは、その一番外側にある薄い膜のような一層目だ。

 牡丹やチューリップの花弁のようでもあるし、たまねぎに例えることもできるだろう。はたしてリョウジに届くまでに何層あるのか、正確に数えることはできない。あまりにもその数が多すぎた。

「力量差は感じ取れたと思うが、戦意を失わないことには敬意を表しよう。

 それでも挑んでくるというなら、降りかかる火の粉は払うまでだ———」

 直後、リョウジの背後から無数の『翼手』が四方八方に伸び始めた。

 まるで八岐大蛇だ。それぞれが独立した意志を持っているかのように、銘々に好きな方向から突き進んでくる。

 そのどれもが、常人なら反応が間に合わないレベルの速度である。

「———こ、このっ! うおおおおっ! あああああああっ!?」

 前、右、右、左、後ろ、後ろ、右、後ろ、左、左、前、前———

 斥力場フィールドが見えない人間から見れば、滑稽なダンスを舞っているように見えたかもしれない。そして実際、踊っているのと大差はなかった。

(ぐっ、このっ、うあっ、くそっ! ああっ! ギリギリ避けられるけど、避けるだけで、手一杯だ!)

 まるで、体験型のダンスゲームのようだ。「生き延びたければそこに逃げるしかない」という逃げ場が一箇所だけ決まっていて、そこに体を移動させる続ける。間違えたらペナルティ———すなわち、死。

「よく避ける。目がいいのか? しかし、このあたりで限界だろう」

 リョウジのつぶやきが聞こえた次の瞬間。

 

 ゴッ。


反射型防御壁リアクティブ・アーマー、貫通されました』

 右の腹部に強烈なダメージが入る。

 次の瞬間には空中にいた。逆さまになった視界を見ながら、短くはない距離を弾き飛ばされる。

 受け身を取る心理的な余裕はなかった。あまりの激痛にそれどころではない。からだのどの部位から床に落ちたのかも、よくわからない。

 全身が痛い。特に殴られた腹部が猛烈に痛い。

「いってぇ……。でも、まだだ!」

 それなのに、ふしぎと動ける気がした。

 歯を食いしばって跳ね起きて、すぐに体勢を立て直す。

 濁ってぼやけた視界の奥に、リョウジの姿が見えた。

「———うおおおおおおおっ!」

 間髪入れずに斥力場フィールドをまとってリョウジに突進する。

 派手にダメージを受けて、それでも警棒を手から落としていなかったのは幸運だった。

(こっちは素人だ! 意表を突くくらいしかやれることはない!)

 走りながら、警棒をリョウジに向かって投擲する。

「なにを———」

 きっとリョウジは「なにをするかと思えば、苦し紛れの悪あがきか」とでも言いたかったのだろう。呆れたとしても無理はない。斥力場フィールドで守られている適応者アダプテッド相手に、ただの投擲でダメージが通るわけがない。

 しかし、次の瞬間には———リョウジはうっすらと笑っていた。

 投げつけた警棒は、リョウジの翼手の一層目を貫通して砕いた。

 先行した警棒に追いつくようにして駆け抜けると、二層目に向けて拳を突き出す。

「うおおおおおっ———!」

 もちろん翼手に阻まれる。二層目を破っても、三層目、四層目、五層目……数えるのが愚かしいと思えるほどの守りが残されている。

 それでも、諦めるわけにはいかなかった。

 不屈の拳は、二層、三層を突き破り、そして———四層目で力が拮抗した。

「ほう。斥力場フィールドをまとわせての投擲か。

 鏑木君の見よう見まねか? 初心者が早々再現できるシロモノではないんだがな」

 斥力場フィールドをぶつけ合いながらも、リョウジはあくまで平然としている。特に力むわけでもなく、ごく自然体で立っているだけだ。

 対するハルキは、会話をする余裕など持っていない。

「ぐ、ううぅぅ、あぁぁぁあああああっ!」

「機転は認めよう。しかし、足りない」

 ———言うが早いか、リョウジの残りの翼手のうちのいくつかが、ハルキに向かって襲いかかる。

「後ろが丸裸だ」

 攻撃のため、リョウジを狙って正面に斥力場フィールドを集中していた。

 無防備な背後と左右から、六本の翼手が無造作にハルキに殴りかかった。

「———ッ!?」

 すべて直撃。声すら上げられなかった。ともかく、ただ巨大な力に全身を踏み潰された、ということだけ。

 一拍おいて、べしゃりと正面から地面に倒れ伏す。

「ぁ———」

 指先一つ動かすことができない。全身の感覚が喪失している。

(くそっ、だめなのか。立ち上がれない……!)

 始める前にわかってはいたが、彼我の力の差が大きすぎる。わずかとはいえ意表を突いたのに、リョウジの防御の表層さえ突破できなかった。

 キョウヤはリョウジを「バケモンだ」とつぶやいていた。ミサキと死闘を演じたであろう彼でさえ特別視しているのだ。適合しない体で無理矢理に発動した斥力場自由制御機構サイキック・イネーブラーでどうこうできる相手ではない。

 勝てるはずがなかった。

 ———ハルキが、ただ斥力場自由制御機構サイキック・イネーブラーを使っただけの凡庸な人間であったのなら。


『中度の負傷を感知。操者ホストの生命維持を最優先』


 グリーフ・ブレイカーが生命の危機を察知して稼働し始める。

 一気に心臓の拍動が高まり、血流を通じて全身の負傷箇所にナノマシンによる強制的な治療が施されていく。脈拍は三百を超え、血圧は測定限界を容易に振り切る。

「———がっ、は、ぐっ……」

 もはや疑似的な蘇生とさえ言える奇蹟の力。

 ヒトを超越的な不死身に変えてしまう冒涜の力。

 凡庸な人間など、ここにはいない。

(まだだ。まだ、やれる。そうだろ、グリ)

 死んでいた手足にわずかに火が入る。

 立ち上がれるだけの力はすぐには戻らない。受けたダメージが大きすぎた。

 ゆえに、ハルキは渾身の気合いで不足する筋力を埋め合わせて体を叩き起こす。

「ぐ、う、あぁぁ……っ! はぁ、はぁ、はぁ」

 みっともなく肩で息をしている。しかしハルキの目は戦意を取り戻していた。

「これだけ痛めつければ、普通は立ち上がってこられないものだが」

 追撃するわけでもなく、リョウジは静かにその様子を眺めていた。立ち上がるまで時間にして十秒もなかっただろうか。それでも、殺すつもりなら十分な隙があったはずだ。

「いやぁ……ちょっとばかり鍛えてましてね」

 ハルキは笑っている膝に活を入れると、不格好に笑みを浮かべる。

 リョウジは意に介さず、怪訝な面持ちのままハルキを観察している。この若者はなぜ立ち上がることができたのか———値踏みをするように。

『推論。西園寺は、当機が操者ホストの体内に存在することを認識していないと考えられます』

(そうだよな。リゼは西園寺に黙ってグリを———お前を製造したと言っていた。正式に製造される前にこっそりプライベートラボで造ったって。

 バーで会ったときも、俺がどうしてラボに留まって生活しているのか西園寺は把握してなかった。俺にお前が投与されたと知らないんだ)

 リョウジに対する、ハルキの唯一のアドバンテージ。

 活路があるとしたら、グリーフ・ブレイカーしかない。

 考えろ。切り開け。諦めるには早すぎる。

(リゼ、待ってろ。絶対に助ける)

 視界の端に、ガラスケージに囚われたリゼの姿を見つける。ケージの中から叫んでも届かないとわかったのか、固唾を呑んでこちらを見守っている。

 心の奥に、勇気が戻ってくる。

 さあ、もう一度だ。あの守りを貫くまで、何度でもやってやる———

 ところがそう思った矢先、不躾な通信がハルキとリョウジの間に割り込んできた。

『———リョウジ。お楽しみのところすまないが、予想より早かった。他の幹部たちが尻尾を切るつもりで動き始めた』

 リョウジの眼前にホロが展開される。通信相手の顔は表示されていないが、名前らしきものは見て取れた。

(……アラン?)

 ホロの裏側から、左右反転したアルファベットを読み解くとそう書かれていた。

「そうか。もう気付かれたか。存外、常緑エバーグリーンも優秀だな」

 リョウジは不愉快そうに嘆息している。常緑エバーグリーンが優秀だと、困るようだ。

(なんだ? 何を言ってる? テロを起こそうとしているのは常緑エバーグリーンだ。西園寺は常緑エバーグリーンの構成員のはずで、それなら優秀で困る理由なんてない。今のはいったい———?)

 すると、低い男の声が不気味に館内に轟いた。


≪———常緑エバーグリーンより、環太平洋連合軍と日本国警察に告げる≫


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― 新着の感想 ―
[良い点] リョウジめちゃくちゃ強いじゃないですか! まさか棒立ちのまま超能力だけで圧倒とは。ミサキやキョウヤほどじゃないんでしょ?化け物って言ってたのは考え方とかのことで正面からのぶつかりあいではミ…
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