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新たなる力(4)

「———あるだろ。まだ、やれることが」

 忘れてはいないか。

 かつて、ジャケットから腹にパンチを食らって死にかけた人間がいたことを。

 不死鳥のように蘇り、今では並みの人間よりも死にづらい体になっている人間のことを。

 そんな人間が、

 そんな風に人間を書き換えてしまう存在モノが、

 ここに在ることを。

「グリ! お前ならまだ助けられる可能性があるんじゃないのか?! 俺を助けたお前なら、ミサキを助けられるはずだろうっ!」

 操者ホストの声に呼応して、グリーフ・ブレイカーが推論回路を回し始める。

『対応案を検討中……完了。該当する方法、一件。

 本案における浅野美咲の救命の成功率は不明です。また、実行を推奨できません。操者ホストの安全が脅かされます。なお、実行するには当機による操者ホストの全身の掌握と制御を許可する必要があります』

 リスクがあろうがなかろうが、やれることがあるならやると決めていた。もとより死にづらい体だ。多少の危険を冒す価値はある。

 すぐにやれと言おうと思って、しかし続く説明を聞いて、踏みとどまる。

『加えて、実行後、浅野美咲は当機の影響下に置かれます。すなわち、現在の操者ホストと同様に、人類から徐々に乖離していく可能性が発生します。

 実行しますか』

 乖離指数。グリーフ・ブレイカーを使って助けると言うことは、この腹の底が冷える正体不明の数字を、ミサキの体にも刻みつけるということだ。

 だが、それでも。

「……やってくれ。ミサキなら、生きることを選択する。そう信じる。

 文句は出るかもしれないけど、助かったあとで俺がいくらでも聞くよ。リゼを助けて一緒に人間に戻してもらうさ。

 だから頼む。グリ」

 そう伝えると、グリーフ・ブレイカーはそれ以上は食い下がることもなく、唯々諾々と命令を遂行し始める。

『了解。操者ホストの血液を輸血後、強制的に当機を浅野美咲の体内に投入します。

 操者ホストの肉体の操作権限を獲得。以降、自動操縦オートコントロールを実行』

 途端、手足の自由が効かなくなった。ミサキの治療のためにグリーフ・ブレイカーが肉体の制御を乗っ取ったのだ。

 すると、右手が勝手にミサキの足元まで伸びて、彼女の太ももに装着された鞘からナイフをするりと取り出す。よどみない動作でそれを逆手に持ち替える。


 そして、無造作に切っ先を自分ハルキの首筋に突き立てて、頸動脈を切り開いた。


 ザクリ。


「がっ!? ぐ、ぎいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?!」

 絶叫した。

 引き裂かれた太い血管から鮮血が勢いよく飛び出して、空中に吹き散らされる。

 それを視界の端に捉えて意識が飛びそうになった。いっそ気を失えば楽だったかもしれない。

 目の前がチカチカする。

斥力場フィールドを限定展開。操者ホストの血液を力場で輸送します。

 浅野美咲の腹部開放部位より輸血を開始。血液型の不一致……変換処理を開始。バックグラウンドで継続します』

 噴水のように溢れた血液が、宙を舞って次々とミサキの潰れた腹部に送り込まれていく。まるで出来の悪い水芸だ。彼女の破れた血管を目がけて、強引に斥力場フィールドを使ってミサキの体の中に血液を———グリーフ・ブレイカー自身を流し込んでいく。

 ドクン、ドクンと、生者の脈動が瀕死の肉体に転写される。

管制型人為的免疫暴走コントロールド・サイトカインストームを惹起。

 ……成功しました。生命維持に必要な体組織から優先的に修復します。血液流出の停止措置を開始。並行して心肺機能の代替処理を実行———』

 明滅する視界と、雷鳴のような耳鳴り。その責め苦に耐えながら、ひたすらミサキの様子を見守る。

 永遠にも感じられる地獄のような時間。しかし、実際にはわずか数分の出来事。

 意識が途切れそうになる寸前、グリーフ・ブレイカーの声が脳裏に響く。

『———能動的処置を完了しました。輸血停止。自己複製機能セルフレプリケーターの稼働率を最大にセット。増殖抑制用ナノマシン(プルーナー)は待機状態を維持。以後は、浅野美咲の体内に残された本機の分体が処置を継続します』

 ふっと全身から力が抜けた。グリーフ・ブレイカーが奪い取っていた体を返してくれたのだ。そのまま為す術もなくミサキの隣に倒れ込む。

 べしゃっ、とミサキが流した血の海に仰向けに寝転ぶ。

「……ミサキは、助かったのか?」

 恐る恐る尋ねると、グリーフ・ブレイカーはいつもの調子でよどみなく答える。

『三時間後の生存率は七十一パーセント。二十分の絶対安静ののち、輸送して適切な治療を行うことができれば八十八パーセントに改善します。後遺症が残る可能性は現段階では推測できません』

「は、ははっ……お前、ほんとに、とんでもないな。内臓、つぶれてるし、背骨だって、折れてるだろうに、そこから七十一パーセントって……」

 決して楽観していい確率ではないが、確実に死ぬ状態から考えると七割超えは劇的な改善だ。

 やれることはやった。その甲斐はあった。

 しかし、その対価としてズタボロになっていた。

「……はっ、はっ、はぁ……目の前が、暗い……」

 どうにか立ち上がってみたものの、目まいがひどい。前も良く見えない有様だ。

『一時的に身体の維持に影響が出ています。血液が不足しています。休息を推奨します』

 のんきにそんなことを言われても、状況がそれを許してくれない。

「休んでる暇なんて、ない。リゼを連れて、脱出、しないと。

 それに———おい、そこに隠れてるのはわかってるぞ。出てこい」

 散らかっている建材の陰に声を掛けると、ゆらりと小柄な人影が姿を現す。

「あーぁ。バレちまったか」

 真っ白な髪と真っ赤な双眸。見間違えるはずがない。

 以前、体を穴だらけにしてくれた張本人、鏑木京弥(キョウヤ)だ。

 しかし、前回ほどの覇気は感じられない。手ひどくダメージを受けているのか、建材に寄りかかって何とか立っている、そんな印象だ。口の周りの血を吐いた跡が生々しい。

「なあ。あんた、あの夜オレに拉致られたダセェ男か?」

 キョウヤはあっけらかんとそんなことを尋ねてくる。その目に殺意は宿っておらず、斥力場フィールドをまとっている様子もない。まるで久々に出会った知己に声を掛けるようなフランクさだ。

 警戒はしながら、答えを返す。

「そうだよ。あのときお前にさらわれた本人だ。ついでに、からだを穴だらけにされたヤツとも同一人物だ」

 キョウヤは顔を歪めて無遠慮に笑い始める。

「ははっ、信じられねえな。まるで気配が別人じゃねえか。だいたい、穴だらけにされたくせになんで生きてんだ?」

 その質問に答えるのは少し面倒だ。そのまま黙っていると、キョウヤがぎろりとにらみ付けてくる。

「———で、オレを殺すか? そのくらいの仕返しをする権利はあると思うぜ?」

 キョウヤは、ミサキを助けるときに斥力場自由制御機構サイキック・イネーブラーを使ったのを見ていたのだろう。彼自身は満身創痍らしく、斥力場フィールドもまとっていない。今なら、蟻を踏み潰すくらいの労力でその命を奪うことができる。

 あの夜の記憶と痛みが、怒りや憤りとともによみがえってくる。

 殺すか———?

「……いや。ミサキならそうしない。一発くらいぶん殴ってやりたいところだけどな」

「けっ、どいつもこいつも良い子ぶりやがって」

 キョウヤは舌打ちして脱力すると、そのまま床に座り込んでしまった。もし「殺す」つもりで彼に襲いかかっていたら、生身であっても反撃するつもりでいたのではないか。そんな気がした。

「……行くのか? あんたひとりで」

 ぼそりと、小さな声だった。

 なぜそんなことを聞いてくるのかよくわからなかったが、答えは決まっている。

「ああ。行くよ。リゼを助けないと」

 キョウヤが横目をチラリと向けてくる。

「この先には西園寺がいる。あのおっさんが何を考えてるのかオレにはよくわからねえが、とにかく強えぞ。ヒトの形をしたバケモンと思っていい。それでもか?」

 なんとなく、引っかかる言い方だった。

「言わないんだな。勝てるわけがないからやめとけって」

 問いかけると、キョウヤは「ハァ?」と嘆息する。心底理解できないと顔に書いてある。

「そりゃ、あいつに勝つのは難しいだろうけどさぁ。わからないだろ、そんなの、やってみねえと。だから面白いんだろ? オマエ、もしかして馬鹿なのか?」

 この瞬間、一発ぶん殴ってやろうと思っていた気持ちが「いつか絶対にボコボコにしてやる」という決心に変わった。

「———はっ! そうだよな。やってみないとわからないよな。

 ああ、行くよ。勝てるかわからなくても、リゼと約束したんだ。助けに行くって」

 そうだ。勝てるから行くのではない。勝たなければならないから、行くのだ。

「だったら、ミサキはここに置いてけ」

 キョウヤの発言の意図が理解できず、数秒固まる。

「あん? 聞こえなかったのか? オレが、ミサキを安全な場所まで運んでやる。強ぇヤツは好きだ。オレが勝つまでは、死んでもらっちゃ困る。どういうカラクリかわからねえけど、助かる見込みがあるんだろ? だったらミサキはここに置いてけ。あんたも、生きてたらいつか殺し合おうぜ」

 紛うことなき、根っからの戦闘狂。そんな理由で敵対組織の人間の命を助けようなどとは、正気を疑う話だ。

 しかし、そんなこととは別の次元で彼の言葉に嘘はないと直感した。上手く表現できないが、ミサキの名を呼ぶその声音に、どことなく敬意のようなものが感じ取れたからだ。

「わかった。でも二十分は動かさないでくれ。そのあとできるだけ静かに運んで、安全な場所に着いたら外にいる仲間にどうにかして知らせてもらえると助かる」

「おう、任せろ。あんたが、いい殺し合いをできることを祈ってるぜ」

 なんというむちゃくちゃな激励のかけ方だと思ったが、キョウヤなりに真摯に送り出してくれているらしい。

「ありがとう。じゃあな」

 ミサキとキョウヤを残して、その場を立ち去る。

 リゼを助け出すために。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 痛い痛い!助け方が痛そう過ぎる! ここでミサキさんが助かるのはさすがの主人公力ですね。キョウヤからすれば、上から目線ではあったけど気にかけてくれたみたいだ、って感じでしょうか。
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