勝利の対価(7)
目が覚める。
「……ここは?」
自分が何をしに来たのか、忘れそうになっている。
ぼんやりした頭を振り払うと、少しずつ視界が明瞭になっていく。
「そうだ。リゼを助けに行かないと」
ハルキはゆっくりと体を起こした。
何があったのかいまひとつ思い出せないが、気を失って物陰に倒れていたようだ。
『操者の意識の回復を確認しました。
齋藤悠貴。当機は、浅野美咲から隠れているように依頼されています』
グリーフ・ブレイカーの声が思考に割り込んできたことで、ハルキはすべてを思い出した。
「そうだ! ミサキに急に首を絞められて……落とされたのか、俺。
ははっ、信用されてないな」
ミサキが単独で進むような事情は一つしか思いつかない。
足手まといになるから置いて行かれた、ということだろう。
おそらく、この先にはミサキでも手を焼く強敵がいる。
「俺を蜂の巣にした子どもか、それとも西園寺か……。いずれにしても、追いかけないと」
ヘッドギアのバイザーに表示されている時計を確認すると、気を失っていたのはせいぜい十分程度だ。急げば追いつけるだろう。
「グリ。急ぐぞ。力を貸してくれないか」
『了解。身体能力増幅』
ハルキは地面を蹴って、矢のように駆け出す。
そうしてコンテナと建材が積み上げられたエリアを道なりに走り抜けると、急に広い場所に出た。
「ずいぶん散らかってるな。何かが爆発したのか?」
そこは広場になっていたが、それまでと打って変わって建材がそこら中に乱雑に散らかっていた。
すぐ近くには、幾本もの鉄骨が重なり合って倒れており、小さな山になっている。
雑然としているが、物音ひとつしない。
とても、静かだ。
「……ん? ミサキの反応が近くにある」
ヘッドギアのバイザーに、ミサキが近くにいると表示されていた。身につけている隊服にはお互いを接続してチームとして連携する機能があるので、その一環で近くにいればレーダーに映るようになっている。
「本当に、ミサキがこんなところにいるのか……?」
それにしては、あまりにも静かすぎた。ミサキがいるなら、とっくにこちらに気がついて声を掛けてきていそうなものなのに。
恐る恐る、周囲の様子を探りながら進んでいく。
見た目よりもやけに細く感じる警棒を右手に構えながら、山になった鉄骨の裏にゆっくりと回り込んでいく。
すると。
「———えっ?」
折り重なった鉄骨の合間から、ほんのわずかに見えた気がした。
そんなところに決してあってはならないものが。
「おいっ!?」
慌てて駆け寄ると、そこに彼女が倒れていた。
分厚い鉄骨に、からだを押しつぶされるようにして。
「ミサキッ!? どうして?!」
「ハ、ルキ…? そう、無事、ね」
声が届いたのか、ミサキはか細い声で返事をよこす。
複数の鉄骨が折り重なっている隙間から、ミサキの首から上がのぞいていた。
その鉄骨の下がいったいどうなっているのか、想像に難くない。
「ま、待ってろ! いま助けるから!」
そう言うと、ハルキは手近にあった鉄骨のひとつに手を掛けて力を込めた。
一ミリも動きそうにない。
「びくともしない! グリッ! 何とかできないのか?!」
『身体機能増幅は最大レベルで実行中。重量過多です。持ち上げられません』
抑揚のない冷静な返答が、一縷の望みをあっけなく砕いた。
「……だめ、よ。動くわけ、ない。もう、助から、な……」
視線を落とすと、ミサキの周囲の床には鮮やかな赤い液体がゆっくりと広がっている。
彼女の命が、急速に失われている。
「くそっ、何か、何か方法が———」
できることはないのか。あるはずだ。諦めるな。
そう自分に言い聞かせるが、無常にも刻一刻と時は流れていく。
やがて、ミサキが虚ろな眼でハルキを見上げる。
その瞳には、安堵と不安と慈愛が入り交じった色が浮かんでいた。
「ハルキ、あなたは、逃げ……」
もう目が見えていないのか、彼女の右手が、力なくふらふらとハルキのことを探している。
その手をつかもうと、ハルキも手を伸ばす。
「ミサキ! 大丈夫だ! 俺が助け———」
ぱさりと、ミサキの右手が床に落ちた。
それっきり、動かなくなった。




