勝利の対価(6)
≪狙いが単純すぎるぜ! 読めてんだよぉっ!≫
しかし、光が消え去ったあともセパードは走り続けていた。
『左腕全損。胸部装甲中破』
セパードから機体のダメージが伝わってくる。左腕を失って胸の装甲が消し飛んでいるが、それ以外の機能はほとんど影響を受けていない。
カラクリは単純だった。左腕に抱えた反射用ドローンの残骸の『鏡』を、シールドのように機体の前にかざしてレーザーを反射しただけだ。
(よし! 電源が切れて電磁処理がオフになってる『ただの鏡』じゃ完全に反射することはできねえが、一発耐えるだけならなんとか保ったぜ!)
これで、高出力光熱線の連射は三回目。
威力を抑えれば連射できるとはいえ、ジャケットを破壊する熱量となれば何度も撃てるものではない。
≪主砲の装甲、閉塞!≫
ホノカが観測結果を端的に告げる。昆虫型ドローン越しに、主砲と集光レンズを守るドーム状の装甲が閉じる様子を確認したのだろう。
つまり、装甲が開くまで高出力光熱線は飛んでこない。打ち止めだ。
それを聞いてトマスは一気にセパードを加速させた。
≪いっけぇぇぇぇぇぇ!≫
しかし、単眼も黙して待っているわけではない。
搭載された複数の自動迎撃装置が迫り来るセパードに牙を剥く。トマスから死角になっているものを除いて、同時に三門の自動迎撃装置がセパード目がけて銃弾をバラまき始める。
ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!
超高速で繰り出される速射音は、ひとつながりの不気味な低音となってトマスに襲いかかる。
直撃すればただでは済まない。しかし、トマスは怯まずに突き進む。
≪オラオラオラァ! どうしたぁぁぁぁ! その程度じゃ僕は沈まねえぞぉぉっ!≫
セパードは機体を左右に振りながら、軽やかにステップを踏んでいく。
左腕を欠いてバランスが崩れているというのに、トマスとセパードはそのビハインドを一切感じさせない。
まるで自動迎撃装置の照準がどこを向くのか知っているかのように、その火線がどこを通るのかあらかじめ把握していたかのように、すべての銃弾が、トマスとセパードを避けるように飛んで行った。
セパードが、銃撃など始めからなかったかのように突き進んでいく。
まさしく、その機動は芸術だった。
(型落ちの自動迎撃装置で、僕を止められると思うな———!)
この戦いの勝算がどこにあったのか。
ドローンを全機破壊し、それから残った単眼本体に近づいて、集光レンズを破壊する———
すなわち、トマスは『ドローンさえいなければ、自分が単眼に近づいて集光レンズを破壊して無力化できる』と確信していた。
もしここにニックとハンツがいたら、きっとこう言っただろう。
≪格闘で彼に後れを取るつもりはないが———≫
≪射撃であいつに負けるはずがねえが———≫
———軽業とクソ度胸でトマスに勝てるヤツは、どこにもいない。
≪残り百!≫
(———ちっ! 次は避け切れねえ!)
あと半分というところで、自動迎撃装置の銃撃をどうあがいても全弾回避できない瞬間がやってきた。どの火線を躱しても、残りの火線がセパードを掠めてしまう。
一発でも直撃すれば衝撃で硬直し、足が止まる。そうなれば蜂の巣だ。
絶体絶命という状況で、トマスは冷静にセパードをコントロールし続ける。
(———三発だけ、受ける)
セパードの着地をミリ単位で微調整する。残った右腕をかばうように。
次の瞬間、セパードの複合装甲がパァンと軽い音を立ててはじけ飛んだ。
左腰部、左大腿部、そして右脛部。表層の装甲が何層か派手に吹き飛んでいる。
しかし、それだけだった。
被弾した直後も、セパードは変わらず疾走し続ける。
装甲に当たりはしたが、直撃はしていない。『かすっただけ』だ。
(最新の軍用機の安定性をなめんなよ!)
おそらくは、ザンサスであれば今の被弾だけでバランスを失って転倒していたであろう。本格的な銃撃戦を目的としていないザンサスの装甲は薄く、衝撃にも弱い。
しかし、セパードは『撃ち合うため』に生まれてきた。少々の被弾でフレームが破損したりはしない。野暮ったいフォルムは、骨太のフレームに分厚い装甲を重ねているがゆえである。
もちろん、速射されている銃弾を『三発だけ』掠めるように意図的に受け止めて、それ以外をすべて回避しきったトマスの腕が尋常ならざるものであることは、言うまでも無い。
≪残り五十!≫
高出力光熱線さえなければ、こうも容易く距離を詰められる。
セパードは、トマスにとって己の手足よりも正確に動く第二の身体だった。
ザンサスだって、たしかに良い機体だ。イオリや開発チームの魂がこもっている。軍用機にするには安定性や装甲が不足しているが、想像を超えた機動を実現できるポテンシャルがある。究めれば、セパードを凌ぐ力になりえるだろう。
しかし、ザンサスを究めるにはトマスにはあまりにも時間が足りなかった。テストパイロットとして相応の訓練や実戦をこなしたものの、セパードを完熟するために費やした時間とは桁が違う。ザンサスでは精細な動作や機動は難しい。感覚が追いついてこない。
セパードであれば、どのような状況であってもミリ単位で思った通りに正確な位置に稼働させられる。自動迎撃装置の射線をどうやってずらせばいいのかなんて、それこそシミュレーターや実戦で数えられないほどくり返して体に染みついている。セパードでそれを再現するのは児戯に等しい。
プロフェッショナルであるからには、失敗などありえない。
心配するとしたら、セパードの右腕が言うことを聞いてくれるかどうかだけだった。
(頼む! 僕がメンテした腕、保ってくれ———!)
今のところ残った右腕は問題なく動作している。もう最後まで信じるしかない。
≪残り三十!≫
そして、セパードが単眼の懐に飛び込もうとした瞬間。
ぎょろりと、その大きな瞳がトマスを正面から捉えた。
≪なン———!?≫
セパードが走りながらもわずかにたじろぐ。
高出力光熱線のチャージがこの短時間で終わるとは考えづらい。
(チャージ自体がブラフか———!?)
よもや、汎用人工知能にだまし合いを仕掛けられるとは想定していなかった。しかし気が付いたとしても、もう遅い。
トマスとセパードは、その一挙手一投足をすべて単眼に見つめられている。
時間の流れがスローモーションのように感じられる。
直線距離にして三十メートル。
撃たれれば、間違いなく死ぬ。
単眼の瞳の奥に、うっすらと燐光が輝き始めて———
(こいつは、死んだな)
トマスが死を直感したそのとき、聞き慣れた声が響く。
『今度はうちが、守る番やろぉぉぉぉぉっ!?』
ガン、ガン! キュンッ!
単眼の装甲に火花が散る。
イオリが、遥か遠距離からザンサスで単眼を狙撃していた。
(あいつ———!)
命中したからと言って、遠距離からの二十五ミリ口径の狙撃では戦車の複合装甲を貫くことはできない。ほとんど意味の無い援護射撃だ。
しかし、その弾丸の一発が、単眼の集光レンズの近くの装甲に———たまたまとは言え———命中する。
チュイン、と小さな跳弾の音が響いた。
その直後、単眼は血相を変えてトマスから視線を外し、砲塔をぐるりと回転させて真上を向けた。
すなわち、標的が変わったということである。
「!? イオリ、避けろぉぉぉ!」
カッ———!
発射された光は、滞空するドローンに反射され、容赦なくイオリとザンサスを照らす。
でも、イオリは、己のことなど顧みずに、叫ぶ。
『うちに構うなっ! 行けェェェェェェェェェッ———!』
断末魔が響き渡り、その声はトマスの脳髄を激しく揺らした。
燃え尽きてしまう。いなくなってしまう。
あの憎たらしい、クソッタレなメカニックが。
だからこそ、どうしたって、ここで立ち止まっているわけには———いかない。
≪———うおおおおおおおおっ!!!≫
トマスは右手のアサルトライフルを単眼直上でレーザーを反射しているドローン目がけて乱射しながら駆けた。
イオリへのレーザー照射はまだ止んでいない。せめて反射用ドローンを撃墜できれば、照射が止まって生き残る可能性が万に一つでも残るかもしれない。
しかし、ドローンも負けじと乱数回避で巧みに銃撃を回避する。ドローンの動きに合わせて単眼の砲塔も追従して動いており、レーザーの照射は止まらない。
(当たらねえっ!)
歯がみすると同時に、ホノカの声が聞こえる。
『残り二十!』
トマスはドローンへの銃撃を諦めて、セパードの右腕を大きく振り上げた。
右手にあったアサルトライフルが天高く放り投げられて弧を描く。
直後、セパードが跳躍した。
≪跳べぇぇぇっ!≫
単眼の天頂を目がけて、宙を舞う。
同時に、単眼からイオリとザンサスへのレーザー照射が止んだ。
自動迎撃装置も反応が鈍く、跳びかかってくるセパードに照準が向かない。
まるで、単眼が困惑しているようだった。
『このジャケットは、なぜアサルトライフルを投げ捨ててほとんど丸腰で跳躍しているのか。理解できない———』
火器を捨てて無防備に跳躍してくるジャケットと、遠距離から二十五ミリ口径で狙撃してきたジャケット。そのどちらを破壊するべきか。判断が、つかない。
———汎用人工知能は、想定外の事態への咄嗟の判断が鈍い。
無人機たちとの戦いで散々見てきたことだ。それを利用したブラフ。
そして、その一瞬の判断のラグが致命的になった。
セパードは空中で腰のナイフを抜き放つと、単眼の主砲と集光レンズを守る半ドーム状の装甲の隙間を目がけて投擲した。
シュッと空を切る音がして、ナイフが装甲が閉じるのを邪魔するように縁に突き刺さる。
その直後、軽やかにセパードが着地した。
単眼の天頂部。主砲を搭載した砲塔の上に、ひらりと。
≪よう。まぶたが閉じられなくて———残念だったな≫
トマスの足元に、単眼の『瞳』が見えた。
ナイフが装甲のふちに突き刺さっているせいで、単眼は主砲と集光レンズを守るための装甲を閉じられなくなっていた。
慌てて集光レンズをトマスとセパードに向けて高出力光熱線で焼き払おうとするが、もう遅い。
放り投げたアサルトライフルが、セパードの手元に落ちてくる。
それを右手でつかみとると、トマスは無造作にトリガーを引いた。
≪くたばれ≫
ガガガガガガガガガガガガガガガガッ!
丸見えになっている高出力光熱線の基部に、ありったけの弾丸をたたき込む。集光レンズは砕け散り、主砲を保持していた土台ごと破壊される。
銃弾はそのまま戦車の内部に入り込んで、跳弾しながら搭載された機器を根こそぎ沈黙させていく。
数秒の後、カチッと音がしてライフルの弾丸が尽きた。
単眼は、動かない。
≪———単眼の沈黙を確認。僕たちの勝ちだ≫
その途端、通信回線の向こうから東軍の兵士達の勝ち鬨が一斉に上がった。
東軍の小隊員たちにとって、まさかあの状態から単眼を撃破できるなどと思えなかっただろう。全滅の可能性が頭をよぎっていたはずだ。
もはや奇蹟としか表現できない勝利に、隊員達は舞い上がっているのかもしれない。
しかし、その歓声はトマスの耳には入ってこなかった。
ゆっくりと、単眼の上に立ったまま、セパードが振り返る。
「———イオリ、勝ったぞ。お前のおかげだ」
視線のはるか先には、うつ伏せになったまま炎に包まれているザンサスがいた。




