勝利の対価(5)
単眼掃討戦。
夜陰に紛れて、すべてのセパードと歩兵が指揮官に指定された配置に付いた。
イオリのザンサスは、単眼から離れた発見されづらい位置に控えている。
隠れる場所にはあまり困らない。工場の敷地内に乱雑にコンテナや資材が配置されていることが幸いしていた。まだ誰も単眼には発見されていない。
『トマス。ホンマに大丈夫なんやな?』
「———言ったろ。僕に任せてイオリは隠れてろ。脚を破損したザンサスじゃ足手まといになる」
『……へいへい。お言葉に甘えとくで』
トマスはイオリとの通信を切ると、一度だけ深く息を吐き出す。
(集中しろ———始めたら、後戻りはできない)
すべての兵士に作戦内容を伝え、配置も済ませた。あとは作戦開始するだけである。
最後にもう一度、視界に直接投影されているレーダーを確認する。
そこには、すべての敵味方の配置と状況がマッピングされていた。
セパードはもとより、すべての歩兵、ザンサスがどこにいてどちらを向いているのか、その射界と射程範囲すらも手に取るようにわかる。
同時に、単眼が放った反射用ドローンがどこを飛んでいるのかも、その想定される索敵範囲とともに表示されている。
反射用ドローンは全部で十機。うち三機は単眼の上空に滞空しており、残りの七機が乱数回避しながら広範囲を飛び回っている。
その索敵範囲はレーダー画面の四割程度を埋め尽くしており、その範囲はドローンの移動に伴ってリアルタイムに素早く変化している。ときおりセパードや歩兵が索敵範囲に引っかかり冷や汗を掻くが、身動きしていないからか探知されない。
(装備のステルス性に助けられたな。息を潜めていれば、旧世代のドローンのセンサーにゃ引っかからねえ。とはいえ、動かなきゃ勝ち目もないが)
隙を見てドローンを一機ずつ撃ち落としたいところだが、ドローン同士がお互いをカバーするように飛行しているため、迂闊に手出しすると別のドローンに探知されて報復を受ける。すなわち、高出力光熱線による軍用犬の丸焼きのできあがりだ。
この状況下で採用できる作戦は限られる。ほとんど唯一と言ってもいい。
トマスは覚悟を決めて通信回線を開くと、東軍に指示を飛ばした。
≪第一段階、状況開始。これより『ドローンを全機撃墜』する。
ドローン同士でカバーしあっているから厄介だが、複数を同時に撃墜すれば問題ない。
セパード各機、射撃用意———≫
号令に合わせて、レーダー上のセパードたちの射界が一斉に動いた。
成功率を高めるため、セパード二機でドローン一機を狙う。セパードはトマスも入れて六機いるので、それを三組。同時に三機のドローンを落とす。歩兵は万が一の撃ち漏らしに備えたバックアップだ。
(まだだ……まだ……)
レーダー上でドローンの軌道を予測しながら、攻撃のタイミングを計る。
三機のドローンが、同時に撃ち落とせる位置に来る瞬間を狙わなければならない。
ただし、攻撃対象外のドローンの索敵範囲にいずれかのセパードが入っている瞬間は攻撃できない。身動きすれば察知され、攻撃を受ける。
この条件を満たすタイミングは一瞬しかない。見誤れば、誰かが死ぬ。
神経をこよりのように細く撚っていく感覚———胃がきしむ———
≪———撃てッ!≫
トマスの叫び声に合わせて、一斉に発砲音が響いた。トマスもトリガーを引く。
三機のドローンに六本の火線が交錯する。真っ暗闇の中、空中に火花がパタパタと散った。
ガガン、と何かが落ちる音が腹に響いた。
トマスがセパードの目を音の方に向けると、撃墜した反射用ドローンの一機がすぐ近くに落ちてきていた。
見れば、ドローンが抱えていた一メートル四方ほどの『鏡』に、ちょうどセパードの顔がきれいに映り込んでいる。高出力光熱線を反射するだけあって、信じられないほど透明度が高い。
そのあと、ホノカから通信が入った。
≪———撃墜、三。成功。残存ドローン、七。単眼に動きはありません≫
ホノカがオペレーターとして結果を伝えてくれる。戦況把握のため、東軍にも彼女の言葉は中継されていた。
トマスは内心安堵しながらも、表向きは『お堅いエリート』の雰囲気を崩さずにオリバーたちに話しかける。
≪……よし。これをあと三回くり返せばいい。我々なら必ずやり遂げられる≫
≪イエッサー。今なら針の穴に糸を投げ入れることさえできそうです≫
オリバーが言外に『ふざけるなよ、勘違いエリート野郎が』と思っていることは想像に難くない。
回避運動を織り交ぜながら素早く飛び回るドローンを撃ち落とすこと自体が容易ではないのに、それを三機同時に、しかも索敵に引っかからないように瞬時にやり遂げろという指示は、『精緻な団体遊戯を即興でこなせ』と言っているようなものだ。いくらトマスが事細かに指示を出しているとはいえ、一般的な小隊の練度でこなすのは困難を極める。
しかし、士気を保つには『できる』と言い続ける他はなく、生き残るには完遂するしかない。
(指揮官なんて、意地っ張りにしか務まらねえんだよなぁ)
愚痴を言う間もなく、すぐに二射目のタイミングがやってくる。ドローンが複数台、まとめて飛来してきた。
単眼から見ると、ドローンが撃墜されたとなればその近辺に敵が潜んでいるのは自明である。残りのドローンたちが敵機を探して押しかけてきたのだ。
その数———六機。単眼の上空に待機していた三機のうち、二機までが索敵に回されている。
≪警戒レベルを一気に上げてきたな。各機、射撃用意———≫
六機のうち、先にこちらに到達する三機に狙いを絞る。
引きつけて、確実に破壊できるタイミングを狙い澄ます。
≪———撃てッ!≫
二度目の一斉射撃。指示は完璧だった。あとは命中さえすれば———
≪撃墜失敗、一!≫
ホノカのアナウンスで血の気が引く。
失敗した原因はわからない。一部のセパードがもたついてしまい、二射目の精度が落ちたのだろうか。それとも、単純にドローンの回避アルゴリズムが予測より優秀だったのか。
確実なのは、真因を探っている時間はないということだ。
「シット! 索敵範囲に動いてるセパードが入っ———」
し損じた一機のドローンが、射撃のために身を乗り出していたセパードを探知する。
カッ———!
閃光。
無理矢理にたとえるなら、核攻撃の熱線を一方向に圧縮して打ち出すようなシロモノ。そしてその熱量は、ドローンが持つ光学的、電磁気学的に特殊な処理を施された鏡で強引にねじ曲げられ、瞬く間に———いや、瞬くよりも早く、標的に着弾する。
そして、光条はすぐに消え去った。
「くそっ! 熱ノイズでレーダーが見えねえ!」
だが、レーダーは高出力光熱線の熱ノイズで使い物にならない。
状況が、見えない。どこの誰が撃たれたのかさえ、つかめない。
だからと言って、ただ座しているわけにはいかない。
セパードは二機ごとにバディを組んでいる。その周囲には随伴歩兵も控えている。レーダーが見えなくても、それぞれが有機的に連携できればまだ体勢を立て直せる余地はあるはずだ。
≪各機、バディのフォローを———≫
ところが、その指示も半ばというところで、
カッ———!
再度の閃光。
強力な主砲だから連射できない、ということはない。一射ごとの出力を絞って小分けにして照射すれば、ある程度の連射は可能だ。
そして照射されれば逃れる術はなく、その光を浴びたセパードは瞬く間に燃え上がる。
≪うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?≫
≪隊長ォ———!≫
≪撃てぇーっ! 撃てぇぇぇーっ!≫
通信には混乱する部隊の模様が流れてくる。
(こいつは、もうドローンの全機破壊どころじゃねえぞ!? 撤退するしかねえ!)
この失態を『小隊の練度が低い』と一言で処断するのはあまりにも簡単だ。
特殊部隊でもない一般の小隊にしては、攻性機動無人機相手に善戦していた。間違いなく良い部隊だ。だからこそ『ドローンをすべて破壊できる』と判断した。
———いや、それ以外に選択肢がなかった。
リゼたちの脱出経路を確保しながら、自分たちの安全も担保するには、単眼を無力化するしかない。
そのためにはまずドローンを全機破壊し、それから残った単眼本体に近づいて、集光レンズを破壊するしかなかったのだ。
だがドローンの全機破壊はもう叶わない。もはや犠牲を出してでも撤退するしか———
「———違う! そうじゃねえだろ! 方法なら、まだあるだろうがよ!」
ドローンが残っているから、何だというのか。
己に喝を入れると、トマスは物陰に潜ませていたセパードを立ち上がらせる。
右手にはアサルトライフル、左手にはシールドというお決まりの装備。腰の背面には巨大なジャケット用のナイフを横倒しにマウントしていた。ニックが模擬戦で使用していたものだ。
ところが、トマスは無造作に左腕のシールドを投げ捨てると、近くに落ちていた撃墜済みのドローンの残骸を無造作につかんで小脇に抱え、そのまま一気に飛び出した。
『トマス?!』
『トマちゃんっ!?』
何の遮蔽物もない空間に身を晒したトマスのセパードを目視して、イオリが叫んだ。その映像をモニターしていたホノカも驚愕している。
≪各機、手近のドローンを攻撃し続けろ! 『僕』が戦車を破壊する———!≫
言うが早いか、トマスは返事も待たずにセパードを乱数回避で大きく左右に振りながら疾走させる。
同時に、開けた場所に出たことでセパードのレーダーが一部だけ回復する。セパードの各種センサーから直接観測できる範囲だけがくっきりと映る。
レーダーの最奥には、単眼。その上空にはドローンが一機だけ。単眼とトマスを結ぶ経路上には、三機のドローンが飛行している。
このまま突き進めば、確実に高出力光熱線が飛んでくる。
だが、それでも。
「行くぜ———!」
覚悟を決めてセパードを突っ込ませる。
トマスは、単眼から誰よりも近い位置に潜んでいた。単眼への最後の一撃を命がけで放つのは自分だと、最初から腹を括っていたからだ。
単眼までの距離、二百メートル。
ドローンと戦車からのロックオンを避けるために乱数回避しながら駆け抜けるには、短い距離ではない。
遮蔽物がないということは、索敵範囲に関わらずドローンや単眼にはセパードが丸見えということだ。常に射線が通っている。
つまりロックオンされれば即座に撃たれる。撃たれれば回避できない。すなわち、死ぬ。
頼りになるのは、セパードの乱数回避とトマス自身の腕だけだ。
すべての反射用ドローンと単眼のロックオンアルゴリズムを『外し』ながら、突っ込むしかない。
それは神がかった曲芸と言えた。およそ人間には実行不可能なほどの。
だからといって、疾走を今さら止めるわけにはいかない。怖じ気づけば、終わる。
(やってやるさ! やれるっ———!)
移動するドローンたちの軌跡を予測して、セパードの乱数回避を直感で補正しながら『即座にはロックされない位置』をコンマ秒の単位で確定し続ける。
信じるのは、幾千幾万の訓練と実戦で培った、第六感。
戦車がもっとも嫌がるであろう位置に、セパードを配置し続ける。
ロックオンは、されない。ドローンたちはセパードを捉えられず右往左往している。
≪残り百五十!≫
ホノカが残りの距離を叫ぶ。近いようで、遥かに遠い。
ほぼ同時に、飛行していた反射用ドローンの一機に火線が命中し、落下する。
≪中尉! 行ってください!≫
オリバーの声だった。小隊長だけあって、良い腕をしている。
(ありがてえっ!)
これで、経路上に残る反射用ドローンは、残り二機。単眼の上空にいるものも合わせると、三機。
ひとつでも数が減れば劇的に楽になる。そう思ってセパードのスピードを一段上げる。
ところが次の瞬間、上空から別の反射用ドローンが現れた。
突っ込んでくるセパードを単眼が脅威と判断したのだろう。これで、残っているドローン四機のすべてが、トマスの迎撃にあてられていることになる。
四機のドローンに同時に射線を向けられて、レーダー上に逃げ場がなくなった。
「ぐっ?! こいつは、回避し切れねぇぇぇぇぇ———!」
低空を飛行していた反射用ドローンの一機が『鏡』をトマスのセパードに向ける。
線がつながった。真上を向いた単眼の主砲。その上空を滞空するドローン。トマスを狙うドローン。その三つが、光を反射する一本の線で結ばれる。
トマスも身の安全を顧みない無茶苦茶な高G機動でロックオンを外そうとするが———
カッ———!
無常にも、トマス目がけて死の熱線が照射される。
低空飛行する反射用ドローンによる、地上をなぎ払うような高出力光熱線の一射。
トマスとセパードはその光に飲み込まれ———




