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勝利の対価(2)


『MJFー113 SHEPHERD(セパード)起動ブートアップ


 何万回と見てきた表示。危機的な状況にも関わらず、一瞬だけ安堵する。

「ニック、借りるぞ。お前のセパード」

 この機体は、ラボから持ってきたニックのセパードだ。

 セントールとの戦闘で両腕をもがれたものの、交換用の予備の両腕が無事だったのが幸いした。トマスは出発までの短い時間で、セパードを自力で整備してトレーラーに積み込んでいた。結果、ザンサス二機とセパードの合計三機でトレーラーが満載になってしまい、道中はイオリと身を寄せ合いながら作戦会議するハメになってしまったが。

 トマスにとっては何より慣れ親しんだ機体だ。銃撃戦となればザンサスよりも安定感がある。しかし、正規のメカニックではないトマス自身が短時間のやっつけ仕事で整備したので、イオリがしっかりメンテナンスしたザンサスほど信用がおけるわけではなかった。

 だから、万が一に備えた予備機として森の中に潜ませていた。できれば使うような事態にはならないで欲しいと願いながら。

認証待機オーセンティケーション・レディ

 セパードが認証情報を要求してきた。平時においては所属が明らかな者にしかジャケットを着用できないようになっている。

 トマスは、久しぶりに自分の本来の所属を口にする。

「環太平洋連合軍、東日本治安維持部隊。

 ———司令部第二資料編纂室所属、トマス・M・パターソン中尉」

認証完了コンプリート戦闘モード有効化コンバットモード・イネーブル

 続けて、トマスは自分にとって最適な設定をセパードにたたき込んでいく。

「プリファレンス。ロードモーション、ラピッド。モーメントリミッター、オフ。フィードバックサーキット、センシティブ。コントロール、フルマニュアル」

 高速機動用の設定に全振りし、高G機動を制限するリミッターを切った。路面状況を体感で把握できるように、センサーの入力や駆動部アクチュエータの反力をBMIブレイン・マシン・インタフェース越しにすべて受信する。その上で、あらゆる自動補正機能をカットした。

 平たく言えば、『最高に玄人向けのセッティング』である。新兵にはまともに立ち上がることさえおぼつかないほどピーキーだ。それだけに、乗りこなせるならセパードのすべての潜在能力を引き出すことができる。全軍を探しても、このセッティングを採用している者はおそらく数えるほどしかいない。

設定完了コンプリート

 セパードがよどみなく立ち上がる。

 佇まいは、筋骨隆々の歴戦の戦士。

 その外見をして『無骨』と評するのは、最大の賛辞である。

 余計な装飾など無用。ただその圧倒的な実力をもって存在を証明するのみ。

戦闘可能コンバット・レディ

 すべての準備が整うと、トマスはいの一番に通信回線を東軍イーストのセパードたちに向けて開いた。

 トマスが、本来の顔で仕事を始める。

 ———なお、ここからの会話はホノカとイオリには聞こえていない。

≪環太平洋連合軍、機兵ジャケットおよび随伴歩兵ソルジャーへ。こちらは司令部所属、トマス・M・パターソン中尉。応答せよ≫

 あえて、やや『堅苦しい口調』で交信する。このあとの会話ネゴシエーションに、威厳は重要なファクターとなるからだ。

 わずかな時間を挟んで、東軍イーストの兵士たちから驚きの声が上がる。

≪し、司令部直属の中尉だぁ!?≫

≪なんでそんなエリート様がこんな場所に?!≫

≪———全員、静聴しろ≫

≪イ、イエッサー≫

 隊長格の男が部下を諫めて、ようやくまともに会話ができるようになる。

≪中尉殿。こちらはオリバー・ウィルソン少尉であります。小隊長を務めます≫

 この男、さきほどまでトマスを『敵性』と認定しかけていたはずだが、態度が一変している。もはやトマスを疑う色はそこにはなかった。

 それもそのはず。セパードの認証システムを通じて、トマスの本人識別情報(ID)東軍イーストの全員に送信されていた。トマスが駆るセパードも、ニックが乗っていた本物の東軍イースト所属機だ。もはや敵であると疑う余地はない。

 オリバーが恐縮しながら、やや小さな声音で質問する。

≪失礼ながら、さきほどまで公開回線パブリックチャンネルで我々と話されていたのは中尉殿とお見受けしましたが≫

≪そうだ。これまで正体を明かさずにいたのは、これが秘密作戦であるためだ。しかし状況が変わった。今から司令部の権限で貴君らを『私』の指揮下に入れる≫

 通常なら即座に承諾されるはずの上意下達の『命令』だが、オリバーが食い下がる。

≪しかし、そのセパードの所属は、司令部ではなく赤狼レッドウルフと名高いアーネスト中佐の部隊のものでは? それに、さきほど四脚のデカブツと戦っていた正体不明のジャケットはデータベースに一致する機体データがありません。機動性は明らかにセパードを上回っていました。いったいなぜ———≫

 オリバーの当然の疑問を、トマスが突っぱねる。

≪貴君らに背景を知る権限はない。私の所属を口外することも厳に禁じる。それから、正体不明のジャケットは味方だ。全員、『秘密作戦』の意味を今すぐに噛みしめろ。

 ———いいな?≫

≪イエッサー≫

 追及が止んだことを確認すると、トマスが本題に入る。

≪本作戦の目的は、施設内に囚われた『国賓級の要人』を別働隊が救出するまでの陽動と時間稼ぎだ。脱出経路を確保するため、これより戦車タンクを無力化する。ここからは私の指示に従ってもらう。祖国の威信がかかっていると覚悟せよ≫

 上手いすり替えだった。たしかにリゼは環太平洋連合軍の構成国から見れば『国賓相当』である。『撰修人種ブレイデッド・レース』よりも『国賓』の方が通りが良い。

≪イエッサー。とはいえ———あの人型殺し(ヒューマノイドキラー)を、ですか≫

 オリバーの声には『我々に死ねと言っているのか』という疑問が込められていた。

 しかし、トマスが反論の余地を削り取っていく。

≪そうだ。だが心配するな。貴君らの安い『肉の壁』で時間稼ぎをするつもりはない。命を懸けて鍛え上げた実力を発揮しろ。各員、返答は?≫

≪≪≪イエッサー!≫≫≫

 やりとりが終わると、トマスのセパードが東軍イーストの小隊の全機、全歩兵のシステムとリンクし、指揮権を掌握する。小隊のすべての情報が、トマスの視界の端に流れていく。

 残存兵力は、セパードが五機。随伴歩兵が二十三人。セントールに撃墜されたセパードも、咄嗟の回避が間に合ったのか搭乗者は重傷ながら救出されて生存している。歩兵はアンドロイドとでも交戦したのか二名が負傷して離脱しているが、他に損耗はない。

(思ってたより優秀だな。損耗率が低い。良い部隊だ)

 当然、小隊に対戦車装備はなかった。セパードたちは標準的なアサルトライフルとシールドを装備しているのみ。残弾もそろそろ怪しい。十全に戦える時間は、そう長くないだろう。

 ———短期決戦しかない。

 部隊の状況を把握すると、トマスはホノカとイオリに回線を開く。

「ホノカ、イオリ。東軍イースト部隊の指揮権を掌握したぜ」

『は? 指揮権? そないなもん、どうやって? なんぼトマスが東軍イーストでは中尉でも、そんなすぐには無理やろ?』

 当然、イオリがいぶかしむ。ホノカは黙っている。

「悪いが企業秘密だ。目をつむってくれ。探るのもなしだ。頼む」

『それを言うなら企業秘密やなくて軍事機密ちゃうんかい。……わかった。追及はせんとく』

 いつもなら他人の秘密を放っておけないイオリだが、トマスがいつになく真剣であることを察したのか、珍しく素直に引き下がった。

「恩に着る。で、戦力が増えた代わりに、システムを通じて僕の所在が東軍イーストにバレた。つまり、ホノカたちがここにいることも簡単に推測できる。もう秘密裏にリゼを救出して逃げるってわけにはいかないぜ。帰還すれば厳しい問責が待ってるだろうよ」

『言い訳なら任せてー! 得意なんだからー!』

「得意ってお前……いや、今は心強いからいいか」

 ホノカのテンションのおかげでどうにも調子が狂うが、条件は整った。

 トマスはセパードを駆ると、森の中にも関わらず瞬く間にトップスピードに乗せる。

 鬱陶しい草木など一切存在しないかのように、軽やかに走り抜けていく。

 ザンサスが軽やかに舞う蜂ならば、セパードの地を舐めるようなタフな走りは、まさしく軍用犬のそれである。

「さあ、戦車狩り(タンク・ハント)を始めるぜ———!」

 その勢いとは裏腹に、トマスの背筋には一筋の冷たい汗が伝っていった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] パターソン中尉めちゃくちゃカッコいいですね!日本語だと意識してやってるのか一人称が僕なので親しみやすい感じですが母国語だと完全にエリート軍人です。
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