勝利の対価(1)
その後の観測結果から、イオリとホノカは単眼を攻性機動無人機であると断定した。そもそも他が例外なく無人機なのに今回だけ有人機というのも考えづらかったが、挙動が汎用人工知能に特有の『美しい』パターンを示していることが決定打になった。
イオリは、ザンサスに乗ったまま物陰にじっと隠れている。単眼の攻撃範囲に身を晒すわけにはいかない。
人型殺し。過去の戦争が生んだ忌み子。
レーザーの光と熱で歩兵を焼き殺し、機兵を行動不能に追い込む悪魔。
倒そうにも、イオリのザンサスが装備している二十五ミリ口径の狙撃ライフルではたいしたダメージは与えられない。分厚い複合装甲に阻まれてしまう。
せめて、対戦車電磁投射砲があと一発でも撃てるなら、戦況は一変していたかもしれない。所詮は戦車。捉えることは容易いはずだ。
そう思って、イオリは電源の切れたレールガンをザンサスの視界の端に捉えた。セントールを撃破したあと、少し離れた敷地の隅に放置したままになっている。
「もし一発でセントールを仕留められとったら、あと一発撃てたんやけどな……」
眺めていると恨みがましい気持ちにもなる。
ところが次の瞬間、視界が真っ白に染まった。
カッ———!
光が収まると、何かが盛大に燃え上がっている。
「……嘘やん。レールガン、灼かれてしもた」
単眼の主砲による攻撃———高出力光熱線。
レールガンの砲身は原型を保っているものの、それほど熱に強くない部材は軒並み燃えている。最強の射撃兵器が、一瞬でただのくず鉄に成り果ててしまった。
ホノカが、潜伏させている昆虫型ドローンで観測した結果を伝えてくる。
『観測結果よ。当然だけど、弾速は計測不能。強いて言えば光速。
それから、照射の瞬間の単眼の映像がこれ。やっぱり、こっちを警戒しているみたいね。照準は『真上』を向いてる』
映像には、単眼の姿がくっきり映っていた。天頂部に半球形のドーム状の装甲に覆われた主砲部分が見える。
主砲を発射する瞬間は、ドームになった装甲がふたつに割れ、その隙間から高出力光熱線砲の集光レンズがレーザーを照射するようだ。
そして、レールガンが灼かれた瞬間の記録をよく見ると、装甲の隙間から集光レンズを『真上』に向けている単眼の姿が映っていた。
「……は?」
主砲は、真上を向いている。
レールガンが置かれている方角を向いてはいない。
それにも関わらず、レールガンは燃え上がっていた。
「ちょ、こいつ、真上を向いたまま主砲を撃っとるんやけど? なんでや?」
どうして対象を見ずに破壊できたのかという問いだったが、トマスからの返答はイオリの意図から少しズレていた。
『当然だ。砲身を水平方向———レールガンの方に向けたら、先端の集光レンズを狙撃される可能性が高まるだろ?』
「いや、そうやなくて、狙ってない方角をどうやって攻撃したんかっちゅー話で……」
『……そうか、イオリはレーザー兵器の運用を知らないんだな。まあ、警察の教練じゃ扱わねえか。
高出力光熱線と言っても、結局は光だ。ドローンに搭載した特殊な鏡で反射してるのさ。だから、主砲がどっちを向いていても関係ない』
反射。
そう言われて映像をよく見ると、戦車の上空十メートルほどに三機のドローンが輪になって滞空していた。それぞれ、一メートル四方ほどの鏡のようなものが胴体に取り付けられている。
主砲が光った瞬間に注目すると、たしかに一機のドローンの鏡にレーザーが反射されている様子が見て取れた。反射された先にレールガンがあったのだろう。
「……これ、逃げ場ないやんか。複数のドローンで繰り返し反射したら、『相手を後ろから燃やす』みたいなこともできるんちゃうの?」
『察しがいいな。そう、飛び回ってるドローンで反射できる角度と範囲であれば、主砲に死角はないんだ。こっちが遮蔽物に隠れているつもりでも、ドローンで反射して射線が通っちまえば関係ねえ。ミサキたちが出てくる前に叩いておかないとヤバい。
ただ、弱点のレンズを破壊しようにも主砲は装甲に守られてるし、レーザー照射するときでもレンズを真上を向けて狙撃されないように備えてるから、そう簡単じゃないぜ。近づこうとしたら自動迎撃装置に狙われるしな』
つまり、あの戦車が人型殺しと呼ばれる由縁は、回避不能な高出力光熱線を主砲とし、反射用ドローンで自在にその光をねじ曲げて、狙ったターゲットを確実に焼き尽くすことに由来する。
禁止される以前、はたしてどれだけの数の人間があの光の彼方に消え去ったのか———
「……もう驚く元気もないわ、うち」
『そう気を落とすなって。こっちはようやく『機体』までたどり着いた。もう少しで戦列に復帰する』
そう言うと、トマスはイオリとの通信を一方的に打ち切った。
「———さて、ホノカ。お前さん、どこまで知ってるんだ?」
トマスは『機体』に乗り込むと、起動準備をしながら開口一番でホノカに問いかけた。
『どこまでって、何のことー? ……とか、ボケ倒す場面じゃないわよねー』
「そうだな。秘匿回線って時点で察してるだろ?」
この会話は、ホノカとトマスの二人だけのものだ。イオリにも、他の誰にも聞かれてはいない。
そして、二人にしか理解できない文脈で語られるものでもある。
「で、最初に戻るが、どこまで知ってる」
わずかながらの剣呑さがトマスの語気から漂ってくる。
ホノカは観念したかのように、しかしいつも通りに間延びした語尾で緊張感なく答える。
『———トマちゃんの出向の目的が、わたしの千里眼の正体を突き止めることだってくらいはー?』
それを聞いてトマスは膝を打って笑う。
「ぶわははは! あっきれたぜ。知ってて僕に見せたのかよ。
自分の身が危険にさらされるって、わかってんのか? あんな超高精度で『探し物を見つけられる』ってわかっちまったら、方々から命を狙われるか、良くて拉致られるぞ。ホノカのその眼は、世界最高峰の千里眼だろうからな」
ミサキが「警察としては反則」と言っていたホノカの能力。
政治的、軍事的に見て、為政者にとっても都合の悪い特殊能力であることは疑いようがない。
その正体が広く知られれば、ホノカ自身もただでは済まない可能性がある。
それゆえの機密指定レベル八———社会秩序・地球環境への甚大な影響が見込まれるもの。
『わかってるわよー! でも、リっちゃんを助けられない方が嫌じゃないー! 今回は、どう考えてもトマちゃんの軍事的な知識がないと勝算がなかったんだものー!』
「……へっ。信頼の証として受け取っておいてやる。ま、ハルキにも見せたくらいだ。実はあんまり考えてないだろ、お前」
『失礼ねー。だいたい、トマちゃんだって本気で調べる気、なかったでしょー? 本気だったらもっとやりようがあったはずだしー』
「まぁな。ぶっちゃけ乗り気じゃなかったんで、のらりくらりさ。
———ちなみに、それだけか?」
『……ひみつ。これ以上はピロートークじゃないと話せないかなー?』
「バーカ。話す気がねえんだろ、それは。わかった、もう聞かねえ。
……で、僕たちは何の話をしてたんだっけ?」
『そうねー。何の話をしてたんだったかしらー?』
何の話だったのかを、ふたりがきれいさっぱり忘れるためのごく短い時間が流れる。
そうして全てが『なかったこと』になったあと、トマスが切り出した。
「———ホノカ。ここからは僕の『本来の顔』で戦う。構わないな?」
『いいわよー。わたしたちがどこの誰だかバレちゃうけど、そんなこと言ってる場合じゃないものねー』
「了解。じゃあ、やるぜ———!」
トマスは『機体』に火を入れる。
それは、森の一角の茂みに身を隠すように、片膝をついてしゃがみ込んでいた。
いかにも軍用然とした、丸みを帯びた装甲と無骨なフォルム。機能性だけを追求し、見目麗しさは二の次に設計された、威圧感のあるマッシブな機兵。
その座席は、まるであつらえたようにトマスの体にフィットする。
機体から戦闘服経由で、ダイレクトに視覚にコンソールが表示される。
『MJFー113 SHEPHERD、起動』




