死地を踏み越えて(4)
『二人とも注意して! 戦車が来る!!』
「———はァ?」
言葉の意味を飲み込めず、イオリの喉から素っ頓狂な声が出た。
『……おいおい、冗談だろ? いま戦車っつったか?』
トマスでさえ、ホノカの言葉をそのまま信じられない様子だ。
「せやかて、突入前に昆虫型ドローンで探したときには、戦車はおらんかったやろ?」
『ええ。突入前も、千里眼で視たときも、戦車は確認できなかった。だけど、たしかに存在した———』
まるで、ホノカの言葉に呼び出されたかのように。
骨太で角張った巨体が、無限軌道でしっかりと大地を踏みしめて、工場の中からゆっくりとその姿を現す。その威容を見せつけるように、建物から出たところで静止してみせる。
辺りに潜ませている昆虫型ドローンが、その姿をはっきりと視認した。
「———マジか!? モノホンの戦車や! 工場から出て来おったーっ!?」
イオリの絶叫も、無理からぬことであった。
戦車。
全装備重量、およそ五十トン。機兵の百倍以上の重量を誇る巨漢である。
ただ移動するだけでアスファルトを削り取り、路面に己の存在を刻みつける鋼鉄の塊。
頑丈な装甲と強力な砲を搭載した、陸戦における恐怖の象徴。
そして、ジャケットにとって、およそ勝ち目のない天敵。
二十三世紀を目前に控えた現代において、戦車は機兵が登場する以前の時代から、いささかその姿形を変えている。
遥か昔、ジャケットが戦場に登場し始めた当時、従来型の戦車は縦横無尽に疾走するジャケットをまともに捉えることができず、為す術なく破壊されていった。
やがて戦車不要論が唱えられるようになる。しかし一方では根強く擁護する声もあった。
そうしてさまざまな紆余曲折を経て、最終的に、戦車は進化を果たした。それまでの鬱憤を力尽くで晴らすように。
———やはり戦車は、地上戦で最大最強でなければならない。
———ならば、ジャケットもろともすべてを殲滅できるようになればよい。
そして、戦車は必要なすべてを与えられた。
まず、装甲が見直された。ジャケットの通常火力ではダメージひとつ与えられないように軽く薄い複合装甲を重ねて『厚着』をするようになった。セントールが使っていた大型の三十ミリの弾丸でも容易には破壊できない。比較的脆い無限軌道も外側が装甲でカバーされており、隙は小さい。さらにナノマシン装甲の自動修復機能により、多少の損害を受けてもメンテナンス無しで戦闘を継続できる。
続いて、対戦車ミサイルなどへの守りを固めるべく、四方と上部を死角なくカバーするように超小型の自動迎撃装置が複数搭載された。したがって、現代の戦車に携行ミサイルなどの誘導弾はまず通用しない。上面や側面を目がけて誘導弾を放っても、命中する前に迎撃されるからだ。
さらに輪を掛けてタチが悪いのは、たいていは複数の『飛行型迎撃ドローン』を従えており、最低でも半径五百メートルにわたって防衛圏を確立する能力がある点だ。ジャケットや歩兵はその範囲に近寄るだけで四方八方から銃撃を受けることになる。不用意に近づけばひとたまりもない。
その上で、たいていは巨大なレールガンを主砲として備えている。その一撃の破壊力は、イオリが使ったレールガンさえも上回る。巨大な動力炉の出力の差が、そのまま威力の違いとなって現れるのだ。加えて、射程も長大である。
これが、現代における戦車。
並みのジャケットではダメージを与えるどころか近づくことさえできず、為す術なく蹂躙されてしまう。ジャケットで対抗するならば、対戦車電磁投射砲などの超火力兵器で『気付かれる前に』破壊するのが定石である。気付かれたら、逆に主砲を撃たれてジ・エンドだ。
戦車とは、陸の移動要塞である。
陸戦最速が機兵であるなら、陸戦最強は戦車に他ならない。
「なんでや。こんな目立つもんを、ホノカも昆虫型ドローンたちもなんで事前に見つけられへんかったんや……?」
至極当然な疑問だが、イオリはひとつの可能性に行き当たる。
「———もしかして、『戦闘中に工場の中で組み立てた』んか!?」
ホノカが肯定する。
『おそらく、そうね。バラバラの状態でパーツだけ置いてあったんでしょう。未完成だったから、わたしにははっきり捉えられなかった。それを慌てて完成させた———』
ホノカは千里眼で工場をのぞき見たとき、戦車について『いるかいないかわからない。探そうとしたらぼやける』と表現していた。いま思えば、いないと断言していなかったのは、姿が見えないまでも未完成の戦車の存在を感じ取っていたのかもしれない。そして、突入前に昆虫型ドローンで工場内を探索したときにも戦車を発見できなかったため、ここにはいないはずだと楽観視していた。
判断が甘かったと後悔しても、もはや遅い。
「仕留めようにも、レールガンはもう外部電源のエネルギーがあらへん! どないすれば……?」
本来なら、まさしく虎の子の対戦車電磁投射砲の出番である。しかし、セントールを相手にレールガンは外部電源を使い切っている。弾があっても、大電力を供給できなければただの棒きれだ。
トマスの舌打ちをマイクが拾う。
『ちっ。東軍だって、巡回してる一般小隊に対戦車装備なんて配備されてねえぞ! 正門のあたりにいるセパードたちも、戦車には対抗できねえ!』
平時において対戦車装備を配備されているのはごく一部の部隊に留まる。調査や治安維持のために出撃する一般の部隊は、戦車と遭遇することを想定していない。対戦車電磁投射砲を配備されていたアーネストの部隊は数少ない例外だったわけだ。
トマスが回線をフルオープンにして英語で怒鳴りつけるのが聞こえてくる。
≪おい! お前ら、航空支援は来ないのか! 戦車が出てきたぞ!≫
すぐに東軍の兵士から応答がある。
≪はぁー!? ゾンビみたいなジャケットの群れを倒したとおもったら、お次は戦車だぁ?! どうなってんだこの工場は!?≫
一拍おいて、他の隊員からも通信が返ってくる。その口調から、隊長格のようだ。
≪空軍は、道中で対空レールガンと対空レーザーでお出迎えされてまだたどり着けていない。森に近づこうとした途端に対空砲火が飛んできたと聞いている。
いったい、この森は何なんだ? お前達は何者だ?≫
≪———そう、か。わかった。こっちは戦車とまともに戦える状況じゃない。お前さんたちも、撤退するか、物陰に隠れていることを推奨するぜ≫
問いかけに答えずに一方的に逃げ出すか隠れていろと告げたトマスに、隊長格らしい男が感情を押し殺した声で返してくる。
≪相変わらず正体も明かさず情報提供もなしか? 不審がすぎるぞ。今すぐそちらを敵性と認定して攻撃しても、責任は問われそうもないな≫
明確な脅しだった。出自を明かすか、この工場の正体を教えなければ撃つ、という。
≪……少なくとも僕たちは敵じゃねえ。もしそうだったら、戦車が出てくるなんてわざわざ教えねえさ。できれば死ぬなよ、同胞≫
≪———おい、貴様は≫
≪以上、通信終わり≫
トマスが一方的に通信回線を切断したのか、東軍からの声はそれ以上聞こえてこなかった。
わかったことと言えば、航空支援は当面来ないというバッドニュースだけだ。これだけセパードたちが苦戦しているなら東軍の航空支援が来ることも想定に入っていたが、あてにできなくなってしまった。
『やべえな。工場どころか、周辺の森にも広範囲に対空兵器を設置してやがったのか。いや、むしろ対空兵器は森に分散して設置してあるものが主力か? 規模を読み違えたぜ』
「でも、待ってれば来るんやろ?」
『そりゃあ、東軍だって、そのうち意地でも航空支援を送り届けるとは思うが、ここに来るにはまだ時間がかかるだろうな。対空砲火をどうにかしないとたどり着けないんだ。
本格的な対地攻撃用の装備を整えた航空機なら突破できるだろうが、戦時でもないのにそんな装備で待機してる機体は少ない。今ごろは空軍基地で慌てて爆装し直してるかもな?』
「げっ。それ、五分十分待てば済む話やないやんか。待ってられへん。今すぐ尻尾を巻いて逃げた方がええやろ」
イオリの結論にホノカも同意する。
『ええ。一旦その場から撤退するべきね。目的はあくまで陽動なのだから、必ずしも戦車を撃破する必要はないもの。サキちゃんたちが脱出するタイミングを見計らって再攻撃して、みんなが逃げ出す隙を作れば目的は達せられるはず』
『そうだな……。悔しいが、主砲に狙い打ちされないように、身を隠しながらコソコソ逃げる、ってあたりが妥当だろうぜ』
たしかに、ここは一時撤退するべきだろう。すでに陽動の目的はある程度達している。いずれミサキやリゼが脱出する瞬間を見計らってゲリラ的に攻撃を仕掛け、隙さえ作れればそれでいい。まともに戦っても倒せる見込みはほとんどないのだから。
工場の外に顔を出した戦車も負けようがないと察しているのか、その場に制止したままどっしりと構えていた。
(こっちに対戦車装備がないって見抜いとるんか? 腹立つなぁ)
イオリは苛立ちを抑えながら、潜んでいる昆虫型ドローンの視界越しにじっと戦車を改めて観察してみる。
厚着した複合装甲のおかげで図体は大きく、背部の天面には複数台の飛行型迎撃ドローンが駐機している様子が見える。飛び立てば、たちまち獲物を探し出して襲いかかるのだろう。
車輌の前後左右を守るように、小型の自動迎撃装置が四機設置されているのも見えた。遠距離から狙撃して自動迎撃装置をひとつずつ破壊することはできるかもしれないが、撃った瞬間に気付かれて主砲で撃ち返される可能性が高い。リスクが高すぎる。
そして、砲塔には主砲となる電磁投射砲の長大な砲身が———
「———あれ? 砲身が、ないで? てっぺんに丸いドームみたいなんがついとる。なんやこれ」
レールガンであれば、弾体を加速するための長いレールがついていて然るべきである。しかし、そんなものは戦車のどこにも見当たらず、その代わり、砲塔の天頂部に『半球形の出っ張り』がついている。
「んー? 『天体望遠鏡』みたいな形をしとる気もするな?」
途端、トマスが慌てた声で割り込んでくる。
『おいっ!? イオリ、いま天体望遠鏡って言ったか!? 僕にも映像を回してくれ!』
「あ、ああ。これや」
イオリはトマスに戦車の映像を共有しながら、もう一度よく観察する。
「丸いドーム状の天体望遠鏡みたいなもんがてっぺんについとるやろ? これがレールガンなわけないし、火薬で砲弾を撃ち出すにしてもありえへん形状やし———待ちや。これって、もしかして」
『———最悪だ。イオリの読み通りだろうよ。
こいつは条約違反の非人道兵器、高出力光熱線砲だ!
照射されたら回避不能だ! 文字通り光速で熱線が飛んでくるぞ!』
「レ、レーザー?! 連中、頭にうじでも湧いとるんか!?」
『少なくとも国際条約を読めない読解力ってことはたしかだろうぜ』
前提として、地上戦でのレーザー兵器の使用は御法度である。
その理由は、弾速が光の速さで回避しようがなく、強力すぎて卑怯だから———というわけではない。
発射されたレーザー光が乱反射したり屈折したりした場合、その光を網膜に捉えてしまった人間を簡単に失明に追い込むからだ。条約違反になる以前、出力の高いレーザー兵器が無秩序に使用されたために非戦闘員も含めて大勢が被害に遭っている。したがって、現在では『地上戦でのレーザー兵器の使用は厳禁』が国際常識である。
たしかに危険で迷惑極まりない非人道兵器である———が、この場において気にすべき問題は別にある。
ホノカは冷静に、トマスに事実を確認する。
『強力なレーザー砲を搭載した戦車……。
トマちゃん、これってわたしたちの天敵、ってことよね?』
『……ああ。この戦車は、条約で禁止される以前に存在した、機兵と歩兵を破壊することに特化した旧大戦時代の遺物———人型殺しだ。
このまま放っておいたら、ミサキたちが脱出してきた瞬間に丸焦げにされるかもしれねえ。それどころか、僕たちもこの場からまともに撤退させてもらえるか怪しいぜ? 人間とジャケットをぶっ壊すためだけに造られたクソったれな戦車だからな。
死ぬほど気が進まねえが、今すぐ無力化するべきだ』
ホノカが息を呑む音が聞こえた、そんな気がした。
『……了解。以後、対象を便宜的に単眼と呼称します。二人とも気をつけて』
「人馬でお腹いっぱいやのに、またゲテモノかいな。堪忍してや……」
その直後、戦車の背部から飛行型迎撃ドローンたちがおもむろに飛び立ち始めた。母機となる戦車の両翼にゆっくりと散開していく。
悪魔が、翼を大きく広げて獲物を探し始めた。




