死地を踏み越えて(3)
大空間を抜けて、再び人間サイズに調整された廊下に入った。四方八方に道が延びていて、まるで蟻の巣のようになっている。ところどころに部屋の扉があるが、その配置には規則性がない。まるでゲームの中の自動生成されたダンジョンのようだ。
ホノカが視たのは、広大な地下空間のごく一部でしかない。幸運にも下層に下りられるエレベーターシャフトのおおよその位置はわかっているが、そこにたどり着く道は自力で切り開くしかない。
「……音響解析完了。ほぼ間違いなくこちらですね」
分かれ道。目を閉じて耳を澄ましていたアーニャがスッと指さした先は、曲がりくねった廊下だった。見通しは悪く、待ち伏せを受ける可能性が高い。
「あまり気が進まないルートだけど、仕方ないわね」
ミサキは拳を握りしめる。
狭い廊下だ。いざアンドロイドが現れたとしても、ミサキの斥力場でハルキもアーニャもまとめて守ることができる。
ただ、油断するわけにはいかない。
ミサキが気合いを入れ直して進もうとすると、それをアーニャが制止する。
「———待ってください。さきほどの戦闘で、やはりアンドロイドが集まってきたようです。センサーが正面からの襲撃を察知しました。あわせて背後からも来ます。
このままだと、進路と退路をどちらも塞がれます」
「挟撃か。まずいわね」
「はい。正面と背後から同時に攻撃されたら、私はともかくハルキさんを守り切れない可能性があります。ミサキさんの斥力場は強力ですが、前後左右をすべて同時に守れるわけではありませんよね?」
「ええ。私ひとりだけなら全方位を守れるけれど、三人となるとどうしても穴ができる」
つまり、前後を囲まれてしまうとどうしても被害が出る、ということだ。
ハルキは防刃防弾の隊服を身につけているとはいえ、多数のアンドロイドから同時に撃たれればただでは済まない。銃弾が貫通しなくてもその衝撃は体に伝わり、やがて死に至る。銃弾だけならまだしも、ロケット弾のような榴弾を撃ち込まれればひとたまりもない。
何らかの対策を講じなければ、すぐにジリ貧に陥る。
アーニャは腰に下げていた電撃銃を再び構える。
「———後ろから来るアンドロイドたちは私が引き受けます。その間にお二人は先に進んで下さい。エレベーターシャフトを下りるまでは、私が時間稼ぎをします。もう、シャフトは目の前ですから」
そう言い放ったアーニャは、にっこり微笑んでいた。
「えっ。アーニャさん、電撃銃だけでどうやって」
ハルキの指摘は正しい。アーニャが持っている電撃銃は有線式で、一度撃てば二発目を撃つには針とケーブルを回収して、充填し直す必要がある。これでは一度に二体以上の相手はできない。そもそも、そんな風に使い勝手が悪い護身用の武装だからこそ、汎用人工知能を搭載したアーニャでも規制に引っかからずに装備できているのだ。どうしたって攻撃力はたかが知れている。
「ご心配なく。ハルキさんはご存じありませんでしたね。私、ちょっとだけ改造されていまして。ほら、この通り」
アーニャがボディスーツの右袖をまくり上げると、バキャッと鋭い金属音がして、彼女の前腕が割れて中から六本の金属の棒がせり出してきた。まるで傘の骨のようでもある。
「お、おお……?」
ハルキは呆気にとられている。人間のものにしか見えなかったアーニャの腕が、脈絡なく機械的に変形した衝撃は計り知れない。
これぞまさしくロボットである。ただ、その証拠を見たはずなのに、やっぱりどうしても信じ切れない。これだけ人間くさい仕草で微笑んでいるアーニャを見ると、「本当にアンドロイドだった」という認識の矛盾をすぐには飲み込みきれない。
おかげで、何だかよくわからないリアクションになってしまう。
「ああ、うん、けっこう、すごいですね? いや、すごいってのは変な意味じゃなくて……いや変な意味でもすごいですけど……ロボットっぽいっていうか……ロボットなんでしょうけどぉ……?」
そこまで茫然と口にして、ハルキはようやく何が本当の問題なのかに気付く。
「……待ってください! そうじゃなくて、いくらアーニャさんでも、ひとりだと危ないんじゃないですか!?」
ミサキもハルキの意見に同意らしい。腕組みしながら頷いている。
「ええ。単独で囮になるのは危険よ。それよりは、このまま三人で急いで正面を突破して、エレベーターシャフトを飛び降りた方がいいんじゃない? アーニャが強いのは嫌と言うほど知っているけど、さすがにこの狭い廊下で銃撃されたら厳しいでしょう?」
人体機能付与型ナノマシン無しに戦えば、ミサキよりもアーニャの方が格闘戦では強い。ミサキにはその自覚があった。トマスと二人がかりでも軽くあしらわれてしまったのだから。
それでも、ライフルやショットガンで武装したアンドロイドたちを相手に、無傷のまま囮を演じられるとは考えづらい。やはり危険には違いないのだ。
が、危険を百も承知で提案しているアーニャは引き下がらない。
「背後のアンドロイドを放置していると、下層に下りたあとで後ろから不意打ちを受ける可能性があります。これから向かう先には、西園寺がいるのでしょう?」
「それは……そう、だけれど……」
強力な適応者と目されるリョウジとの戦闘中にアンドロイドが割り込んできたら、まず勝ち目はない。たしかにその可能性はできるだけ潰しておきたいのがミサキの本音だった。
「ですから、ここは私にお任せ下さい。
そもそも、このボディがいくら破損しても記憶データのバックアップがネットワーク上にありますから、アーニャという個体の復旧は可能です。最後は自爆してでも足止めしてみせます」
アーニャは自分の胸をわざとらしくぽんと叩いた。
ハルキは「記憶データのバックアップ」という言葉で、イオリの顔を思い出していた。
「あ。そういえば、前にイオリさんがアーニャさんの記憶データをのぞき見しようとしてたっけ。あれがバックアップってこと?」
「はい、そうです。定期的にサーバーにバックアップを取っていますから、この素体が破壊されても、別の素体に記憶をロードすれば元通りです。人間と違って、私たちの記憶はただのデータですから。
前回のバックアップはマスターが拉致されるより少し前ですから、ここに潜入した記憶はロストしてしまいますが、たいした問題ではありません。
———それにしても、乙女の秘密をのぞき見しようとするなんて、本当にイオリさんは悪い人です! 私を製造した方だとは思えません!」
大げさにぷんすかしているアーニャのおかげで、場の空気が少しだけ和む。
ミサキはしばらく逡巡していたが、やがて覚悟を決めた。
「……わかった。後ろはアーニャに任せる。
私はハルキを連れて、前から来るアンドロイドを破壊しながら下層に降りる」
ミサキは頷くと、すぐに背中を向けて進むべき廊下の先に意識を向ける。決断してしまえば行動は早いのがミサキらしい。
時間がないのはわかっていたので、ハルキはアーニャに一言だけ声をかけた。
「アーニャさん、気をつけて」
「はい。ハルキさんもどうかご無事で———」
言いながら、アーニャはハルキを正面から抱きしめた。ミサキからは見えていない。
ふわりと優しい香りが漂ってくる。アーニャの肢体は柔らかで温かく、さきほどアンドロイドだと確認したにも関わらずドギマギしてしまう。
「———えっ、なんで?」
どうして抱擁されたのかわからず尋ねると、アーニャはスッと体を離した。
「ふふっ。これからマスターのために命を張る方への、せめてもの御礼です」
アーニャの笑顔は、ここが戦場であることを綺麗さっぱり忘れさせる。まるでこれからちょっと買い物に行ってくるとでも言い出しそうな気安さだった。
「行くわよ、ハルキ!」
ミサキの声でハルキは我に返る。
「お、おう!」
走り出すと、二人の姿はすぐにアーニャからは見えなくなった。
ミサキとハルキを見送って、アーニャは独り、呟く。
「マスターを、お願いします」
そうして、反対方向に走り始める。




