死地を踏み越えて(1)
レーダーからセントールが消失したことに呼応するように、攻性機動無人機からの攻撃も収まっていた。もしかしたら、セントールの汎用人工知能が全体の指揮を執っていたのかもしれない。ホノカはそんな風に予想していた。
わずかな時間ではあるが、今なら小休止を取れそうだ。
ホノカは大きく息を吐いて、全身に溜まっていた緊張を押し流した。
「ふぅー。トマちゃんとイオちゃんのおかげで何とか活路が切り拓けたわねー。陽動としては上々でしょう」
実際、かなりの数の無人機を工場内から引きずり出すことに成功していた。工場内のセキュリティも、派手な戦闘に処理能力の大半が割かれ、幾分か緩んだに違いない。
作戦開始から五十分。ここまでは悪くない結果と言えた。問題はここからだ。
「リっちゃんの救出タイムリミットまであと七十分、かー。
言い出したからには、時間になったら米軍に連絡しないと、ねー……」
二時間だけ、リゼのために世界の危機を看過する。
その判断を下したのは他でもない、ホノカ自身だ。
『———作戦を変更します。
藤原利世の救出に使う時間を、最大二時間とします。
作戦開始から一時間五十分を経過した時点で、ここが常緑のナノマシン散布の拠点であること、およびZ-002 world makerの情報を環太平洋連合軍に公安の名義でリークします。
リっちゃんを救うために、二時間だけ世界平和を脅かします。いいわね?』
あれからずっと、ホノカは戦場から離れたトレーラーの中でただひとり指揮を執っている。積み荷の合間に設置されたチェアに窮屈そうに腰掛け、小さなデスクに両肘を突いて戦況を見守り続けてきた。
千里眼を使った影響は根深く、視力は未だに戻っていない。
小さな昆虫型ドローンの視界を借りて過ごしている。
第三者の『虫』の視点で世界を見る不気味な感覚。
自分の視界の中に、ちらりと自分自身の姿が映り込んでいる。
まるで、悪夢の中にいるようだ。
そうだ。これが夢であるなら、どれほどよかっただろうか。
「……本当に、できるかしらー。わたしは、リっちゃんを———殺せる?」
思わず、本音がこぼれた。
誰かが側にいたら、こんな弱音は絶対に吐けなかった。
指揮官は、いついかなる時も毅然としていなければならない。戸惑えば、その戸惑いは部隊に伝播し、必ず事態を悪化させる。たとえ年の離れた妹のように思っている少女の命を奪うことになるとしても、甘えは許されない。
負けるつもりで戦っているわけではない。しかし、指揮官として『万が一、撤退戦になった場合にどのような行動を取るのか』は頭にたたき込んでおく必要がある。負け戦こそ、即断即決が求められる。決断できなければ全滅あるのみだ。
ゆえに、イメージする。世界平和のためにリゼを殺す行動を。
———まず、公安の本隊に緊急回線で接続することから始める。公安本隊の回線を踏み台にすれば、東軍の司令部にも直接接続することができるからだ。
そうして、公安と東軍の幹部たちに同時にフルオープンで回線を開いて、告げる。
『緊急事態。緊急事態。
|機密指定レベル九指定事象発生の恐れを確認。
常緑のナノマシン大規模散布テロの拠点を発見した。
散布されるナノマシンは、社会秩序・地球環境への甚大かつ不可逆な影響を発生させる可能性が高い。
ただちにあらゆる手段をもって無力化することを提言する。
詳細は添付データを確認、分析のこと。
繰り返す———』
イメージ、終わり。
やるべきことといえば、たったこれだけだ。あとは、十分もすれば地下施設ごと破壊するために地中貫通核爆弾が降ってくるだろう。それですべて『なかったこと』になる。
東軍への通信内容にリゼの名前が出て来ることはない。天秤にのせられているのは『全世界の秩序』なのだから、『小娘』の命を考慮している余地はない。
|機密指定レベル九指定事象———すなわち今回で言えばZ-002 world makerの散布を阻止することは、他のあらゆる事情に優先される。たとえ各国の首脳が一堂に会している場であっても、そこに核ミサイルをたたき込むことになる。
だから、稀少な撰修人種がその場にいようがいまいが、やるべきことは変わらない。リゼという小娘ひとりの命など、塵以下の価値にしかならない。トマスやミサキ、ハルキ、アーニャに至っては考えるまでもない。
リゼや、脱出できなかった部下と仲間はこの世から消滅する。
気が重い。いっそ誰かに任せてしまいたいという誘惑が鎌首をもたげそうになる。
「———いいえ。わたしが、決めないと。他の誰にも、この重荷は渡せない」
頬を両手で二三度叩いて、頭のスイッチを切り替える。
決して、敗北するために戦っているわけではない。
勝つための戦いを再開しよう。
「小休止、終わりー! 状況を確認ー!」
まず、ホノカはミサキたちと連絡を取ろうと試みた。
しかし、何度か試してみても回線がつながらない。
「うーん。サキちゃんたちはもう通信圏外まで下りちゃったかー。
地下十一階から先は、正直よくわからないわねー。サキちゃんを信じましょうー」
ホノカは独り言を呟くと、ミサキたちに呼びかけるのを諦めた。
イオリが潜入させた昆虫型ドローンたちは、ドローン同士で相互に通信回線をつなぐことで、工場の奥深くまで連絡が取れるように多段中継通信網を構築している。
それでも、ドローンの数には限りがあるので圏外が発生する。地下十一階の奥から先は、どうやら連絡がつかないらしい。あとはミサキとアーニャの現場判断に任せるしかない。
それならばと、イオリとトマスに注意を向ける。
「イオちゃん、そっちはどうー? トマちゃんは復帰したー?」
状況を確認すると、疲れ切った声でイオリから応答があった。
『トマスを救出して、敷地の外の森まで運んでから待機中や……。トマスも怪我はしとらんかったで』
『悪ぃ。心配かけたな。いまは森の中を移動中だ。
暗い上に足場が悪いんでちょっと手間取ってるが、大丈夫そうだ』
セントールを撃破したあと、イオリはトマスを回収して敷地の隅で待機している。
トマスは敷地の外にある森に退避していた。ジャケットを失った状態で最前線にいるわけにはいかない。
ともかく怪我がなくてよかったと返事をしようとしたところで、思いとどまる。
レーダーが何かを捉えた。
(この反応は……?)
すぐにイオリも気が付いたらしい。
『うん? ホノカ、工場の一階に潜入させた昆虫型ドローンが何か検知しとるな。
悪いけど、そっちでモニターできるか? 戦闘の影響か、リンクが不安定なんや』
頼まれるまでもなく、工場内のドローンが検知した情報を解析にかける。
解析結果はすぐに出た。
巨大な高熱源体が、ゆっくりと工場内から外に向かって移動している。
続いて、不鮮明な映像がドローンから送られてきた。
映像はノイズだらけで移動体の輪郭もはっきりしないが、おぼろげにその『形』だけは読み取れた。
「この移動体は……まさか!?」
ホノカは、千里眼で盗み見たものをひとつひとつ思い出す。
その中に、どうしても見つけられなかった兵器がひとつだけ———
『なんや? えらい慌ておって』
「二人とも注意して! 戦車が来る!!」




