人馬と蠍(6)
『イオリ! まだかぁ!?』
トマスからの叫び声が聞こえてくる。
「もう準備できるで。これでおしまいや」
イオリはひとり、ザンサスを工場の敷地の端に待避させていた。
場所は、二人がザンサスで工場の外壁を乗り越えて着地して、少し進んだあたり。
主戦場の広場まで距離はあるが、視線は通っている。
その一角に『それ』を事前に設置していた。
《七十、八十、九十……チャージ完了》
イオリのザンサスのコンソールに、外部接続された兵装の情報が表示されている。
JARGー11 SCORPION。
巨大な外部電源とケーブルで乱雑に直結された、八本の金属レールが剥き出しの外観。
砲身長六メートル。弾体重量三キロ。弾体射出速度マッハ七。
ジャケットが装備しうる、最強最大の長距離狙撃用運動エネルギー兵器。
対戦車電磁投射砲。
ザンサスは地面に伏せるようにして、身の丈よりも長大なレールガンの砲身を構えていた。
「目には目を、歯には歯を。レールガンにはレールガンを、や」
このレールガンは、ニックがよこした東軍の装備に含まれていたものである。これほどの超高火力兵器が警察に配備されることは絶対にありえない。
直撃すれば、いかなる頑強な戦車であろうとも全損を免れないほどの火力を誇る。セントールが装備する携行型の小さなレールガンよりも遥かに強大な出力を持ち、ジャケットごときの装甲と強度では弾体が隣を通り過ぎただけで破砕され戦闘不能に陥る。撃たれたら最後、外れることを祈るしかない。
《アンカー、ロック。発射可能》
「モノホンの電磁投射砲ってやつ、見せたるわ!」
照準は、遙か彼方で三射目を構えているセントール。
セントールはザンサスがレールガンを構えていることにはまだ気付いていない。
イオリは静かにトリガーを引いた。
コォッ———! ガァァァァァァァァァァァッ!
発射による衝撃波が、ザンサスの周囲に積まれたコンテナを激しく揺らした。
弾体は極超音速で飛翔し、コンマ二秒でセントールに到達する。
直撃すれば跡形も残らず四散する破壊力。まさに必殺の一撃。
衝撃と閃光が収まるのに、ふた呼吸するだけの時間が必要になった。
「……やったか?」
スコープ越しにセントールを確認する。砕け散ってしまい視認できない可能性はあったが、それでも確認せずにはいられなかった。
———ところが、そこにはセントールが以前と変わらぬ姿で立っている。
『イオリッ! 外れたぞ!? どういうことだ!?』
トマスから焦った声で通信が入る。
「嘘やろ?! ……そうかっ! さっきまでの戦闘でザンサスのフレームにガタが!?」
イオリのザンサスは、脚部の不調を補うため、射程が長く口径の大きなセパードの狙撃ライフルを装備して戦闘していた。そのダメージがわずかずつ腕部に溜まり、疲労を蓄積して微細な誤差を生んだ。手元での小さな誤差は、狙撃する相手が遠いほどに大きなズレに化けてしまう。
『二発目をすぐに撃て! 次はお前が狙われる!』
トマスから檄が飛ぶ。セントールを見ると、たしかにこちらに照準を合わせて弓を引き絞る動作をしている。
「あかん! 急げ急げ急げ急げーっ!」
《外部電源からの供給開始。電圧正常。チャージ開始。十、二十、三十……》
チャージしながらスコープをのぞきこむ。
セントールに照準を合わせようとするが、合わせられない。
「トマス! セントールが乱数回避しとるせいで照準できへん! こいつ、回避ロジックまで最新鋭かいな!」
セントールは四つの脚を器用に使って、高速に左右や上下に位置を変え続けている。その動きに一切の偏りがないため、ザンサスの射撃管制装置では予測が追いつかず照準できない。恐ろしいことに、最新の量産試作機であるザンサスよりも、セントールの回避ロジックの方が精度が高い。
一方のセントールは、長大なレールガンを構えて地面に這いつくばっているイオリを狙い撃つだけでいい。もしザンサスがレールガンを捨てて逃げるなら、放置されたレールガンを撃って破壊するだけだ。赤子の手をひねるより簡単だろう。
いずれにせよ勝ち目がない。勝機は逸した。
セントールを倒すには、初撃で決めるしかなかったのだ。完全に失敗した。
そんな風に、イオリが諦めかけた時だ。
『———イオリ。僕がヤツの動きを止める。次で絶対に当てろ』
「せ、せやかて! あんた、もう身を守る術が」
レールガンに対抗できるシールドもなく、トマスからセントールまでは距離が離れている。アサルトライフルを撃ったところで有効打にはならない。どうやって動きを止めるというのか。
『いいからやれ! ザンサス! 古武術零式をロードだ! 全警告カット!』
トマスが叫ぶと、ザンサスはすべての兵装を強制接続解除した。
アサルトライフルを始め、ガチャガチャと装備が地面に落ちる。
《完了。近接格闘用モジュール、古武術零式。有効化しました》
リゼが開発した、古武術零式。
トマスが搭乗している機体は、普段はイオリが使っているものだ。つまり、それは模擬戦でセパードと戦った機体、ということでもある。古武術零式すなわち『コブちゃん』は、削除されずにザンサスのメモリーに残っていた。
コブちゃんは、セパードを見事な背負い投げで仕留めた素晴らしいモーションパターンである。しかし、実際の戦場においては使い物にならない。
その理由は、兵装を装備することを一切想定されていない徒手格闘用のモーションだから。有効化するには、すべての武装を捨てる必要がある。
それでもトマスは、あえてコブちゃんを有効化していた。
「あんた———まさか!?」
『うおぉぉぉぉぉっ! 走れザンサァァァァァスッ!』
武装解除して身軽になったザンサスを、トマスは全速力でセントールに向けて走らせる。
対外慣性制御装置の常時最大稼働。慣性と重力の何割かを置き去りにして、ザンサスは疾風のごとく駆け抜ける。
予測では、セントールのチャージ完了まであと六秒。間に合うか間に合わないか絶妙の残り時間。
接近に気付いたのか、セントールはザンサスから距離を取るように後方にステップして離れようとする。
追いつけなかっただろう。さきほどまでのザンサスだったならば。
『ぶわははははは! 速ぇ! ジャケットの速度じゃねえーっ!』
ザンサスはまるで磁石で引きつけられたようにセントールに肉薄する。
それでも、セントールの汎用人工知能は電磁投射砲のターゲットをイオリから変えようとはしない。ザンサスが何の武装も持っていないことを見抜いている。
トマスは構わず、そのままセントールの脚部に飛びついた。
『———獲ったァァァァ!』
がっしりとセントールの前足を両腕で抱え込む。セントールの乱数回避が、止まった。
『イオリ、撃てェェェェッ!』
トマスからの叫び声と同時に、レールガンのチャージが完了する。
《アンカー、ロック。発射可能》
腕にガタが来て照準がズレる分はすでに補正した。引き金を引けば、確実にセントールに命中する。イオリにはその自信があった。
しかし、そこにはトマスもいる。
「せやけど!」
『僕に構うなぁぁっ!』
ジャケットごときの装甲と強度では、レールガンの弾体が隣を通り過ぎただけで戦闘不能である。セントールを狙い撃つということは、脚に取り付いているザンサスを破壊することに他ならない。
イオリが撃つことを躊躇したのは一瞬だった。
しかしその一瞬で、セントールもチャージを完了していた。
スコープの向こうに、電磁投射砲を構えた姿が見える。
高エネルギー反応のアラート。撃たれれば、死ぬ。
「———うわああああああああああああああっ!!??」
イオリは、トリガーを引くことを選択した。
コォッ———! ガァァァァァァァァァァァッ!
ボッ! ヒィィィィィン……。
二つの光条が、夜の闇を切り裂いて交錯する。
小さな光が大きな光に飲み込まれ、フッと細い光線になって消えていった。
静寂が戻ってくる。
スコープの向こう側には、もう何もいない。
セントールの姿は完全に消失していた。
ザンサスも、いなくなっていた。
代わりに、白い装甲の残骸が周囲にばらばらと転がっている。
「……あ、あ、あああ……うちは、うちは、トマスを……」
手が震える。歯を上手く噛みしめることができず、カタカタと音が鳴る。のどの奥から何かがせり上がってくる。
「———トマァァァァァァァァスッ!」
ぽろりと涙がこぼれ落ちて、
『……あー。なんだ。生きてるぞ』
思わず全力で殴りたくなる声が聞こえてきた。
「…………あ? はい? はぁ?」
『ギリギリ脱出できた。衝撃でめちゃくちゃ吹っ飛ばされたけどな。痛ぇよ』
スコープを覗くと、セントールがいた場所から三十メートル近く離れた場所にトマスが仰向けに転がっていた。寝たままふらふらと手を振っている。
「……あ、あっはっはっはっはっはっはっはっは!」
笑いながら、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
『こっちだって死にかけたんだからな。今回はおあいこだろ?』
「———せやな。そういうことにしといたるわ」
イオリはレールガンを放り捨てると、ザンサスをトマスの元に走らせる。
愛すべきバカを、ただちに迎えに行かなければならない。
ここはまだ、戦場なのだから。




