人馬と蠍(4)
工場の内部には、意外にもすんなりと侵入することができた。
攻性機動無人機たちが出撃したゲートのシャッターが開いたままになっていたので、くぐり抜けるともうそこは工場の中だった。
今は、稼働している設備や工作用ロボットの影に隠れながら先に進んでいる。
ハルキが積み上がった資材の影から周囲の様子を伺っていると、先行していたミサキが通路の奥からハンドサインで手招きしているのが見えた。
「行きますよ。ハルキさん」
「わかりました」
先頭はミサキ。イオリが作成したマップデータを確認しながら、安全と思われる通路を選びとって進んでいく。
しんがりはアーニャが勤めている。民間機の汎用アンドロイドと言いながら、リゼが魔改造を繰り返した結果、背後から襲撃されてもすぐに察知できる程度に高度なセンサーを搭載しているらしい。もはや軍用機も顔負けである。
そして、ハルキは二人に挟まれる形で守られていた。体が頑丈なだけで、ずぶの素人なので致し方ない。
アーニャとハルキが追いつくと、ミサキは親指で廊下の先を指さす。明かりはついておらず、真っ暗だ。
「……この先ね。エレベーターシャフトがあるはず」
暗闇でホロは目立つ。ミサキはBMIで視覚に直接マップデータを描画して確認しているようだ。ハルキもヘッドギアのバイザーにマップデータを表示しているので、ミサキが指している方向にエレベーターシャフトがあることは理解できた。
「イオリさんのドローンの調べだと、少なくとも地下七階までは直通なんだな。でも、エレベーターなんて使ったら一発でバレないか?」
ミサキとアーニャがそろって苦笑している。
「まあ、心配しなくても行けばわかるわよ」
「そうですね。参りましょう」
そのまま廊下を奥に進んでいくと、突き当たりに貨物搬入用の巨大な業務用エレベーターが見つかった。
ミサキは堂々と近づくと、エレベーターの扉を力尽くでこじ開ける。
「はい、っと。開いた開いた。斥力場を使うまでも無かったか」
エレベータシャフトの中は真っ暗闇だった。
「私は単独で下りられますから、ミサキさんはハルキさんをお願いします」
「そうね。じゃ、私から先に下りるわよ」
ミサキとアーニャだけで話が進んでいく。
「うん? 二人とも何の話をしているんだ?」
たまらず質問すると、ミサキに肩をつかまれる。
「———こうするのよ」
そのまま軽々と担ぎ上げられたかと思いきや、突然、視界が真っ暗になった。
重力から体が解放される感覚が襲ってくる。すべての内臓がヒュッと浮き上がる。
ミサキはハルキを抱えて、エレベーターシャフトの中に飛び降りていた。
「ひいぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ?!」
「黙ってないと舌を噛むわよ」
ハルキを抱えたまま、ミサキは地下五階に止まっていたエレベータのキャビンの天井に優雅に着地する。斥力場をクッション代わりに減速しているので、衝撃も音もない。
「よっ、と。この先の安全を確保するから、ここで待ってなさい」
「お、おう……。次からは事前に言ってくれないかな……?」
ミサキに床、もといエレベーターの天井に下ろされているうちに、アーニャも追いついてきた。エレベーターのワイヤーを伝って下りてきたようだ。
「———ふう。やはり斥力場自由制御機構があると楽そうですね」
「さて、この調子でガンガン下りるわよ。最下層ってわかってるんだから、急いで一番下までたどり着かなくちゃね」
「ですが、この先は警備のアンドロイドが無数にいるはずです。発見されたら一気に面倒になりますから、慎重に行きましょう」
有り余る力でガンガン行こうとするミサキと、アンドロイドらしい慎重な思考で経路を選び取っていくアーニャ。
アクセルとブレーキが上手く噛み合うかどうかは、神のみぞ知る。
***
日が落ちて、薄暮の時間となった。
視界は悪くなっていくが、ザンサスのセンサーは周囲の状況を適確に把握している。
トマスとイオリがセパードの近くにたどり着くころには、さらに三機の無人機を始末していた。撃破したのはこれで七機。
ザンサスは二機とも被弾していない。ラボで戦ったときは攻性機動無人機の特性がつかみ切れておらず後手に回ったが、今回は工場までの道中で対応策を練っていたため、戦況を有利に組み立てることができていた。
「今のところ上々だな。セパードが倒したのは……ってまだ三機かよ! よちよち歩きの新兵部隊かお前ら! 一機もやられてねえのはさすがだけどよ」
『うちらみたいに事前に分析しとるわけやない。安全策で戦っとったら、そんなもんやろ』
「そういやそうか。まあ、今みたいにさみだれに襲ってくる分には持ちこたえられそうだが———」
不意に、ザンサスのセンサーが高熱源を捉えた。工場の内部、奥まった位置に『何か』がいる。
思い当たる反応は一つしかない。
≪伏せろぉぉぉぉぉっ!≫
回線をフルオープンにして、トマスは離れた位置にいるセパードたちにも聞こえるように叫んだ。
———ボッ! ヒィィィィィン……。
電磁投射砲の閃光が、戦場を切り裂いた。
≪今のは何だ?! 一機やられた!≫
オープンにした回線から、東軍のジャケット着用者の声が返ってくる。
トマスは回線を切らずにそのまま応答する。
≪電磁投射砲だ。一機、デカいジャケットが携行してやがる。僕らが相手をするから、あんたらは攻性機動無人機を引きつけておいてくれ。すぐに二発目が飛んでくるぞ≫
≪———お前、どこの所属だ? 近くで戦ってるヤツがいるのは気付いていたが≫
怪しまれるのも無理はない。
ザンサスの敵味方識別装置の信号はオフにしていた。東軍の軍人たちには『謎のジャケットが無人機と戦っている』ように見えている。公安が動いていると軍に知られると、面倒が増える可能性があるからだ。
それでも、通常の機体なら、肉眼で観測されれば姿形から所属がバレる可能性が高い。しかし、幸いにしてザンサスは量産試作機である。まだ東軍のデータベースに登録されていない。外観や詳細についても、メディアに非公開だ。日本のジャケットによほど詳しい軍人でもない限り、初見でどこの機体か見抜くのは困難だ。
そんな風に謎のジャケットに見えているのだから、怪しまれるのも当然だった。
≪所属は言えねえ。ただ少なくとも、あんたらの敵じゃねえよ!≫
セントールの二発目まで、前回と同じなら最短で約十秒。余計なことを話している時間はない。
「イオリ! 頼んだぜ! 僕が前に出る!」
『任しとき。一旦下がる! こいつは「お守り」やっ! 使いぃ!』
イオリのザンサスは、持っていた巨大なシールドをトマスに投げてよこした。
距離があったので届いていないが、ザンサスの機動力なら容易に回収できる位置の地面に突き刺さっている。
トマスは回線を切って、バックパックから取り出した煙幕を機体の周囲に展開する。
視界が煙で遮られて、センサー類の反応が途絶える。
「さて、と。煙幕が晴れたらどうせ撃ってくるんだろうが。
セントール。お前はここで討ち取るぜ」
***
工場への道中、自動運転されているトレーラーの中。
トマスとイオリは、荷台の片隅で肩を寄せ合っていた。
「さすがに、ジャケットを三機乗せるとちょっと狭いな。もうちょっとそっち寄れよ」
「はいはい。他にも、ようさん兵装を東軍からもらったし、狭いんはしゃーない。軍とセパードは好かんけど、武装だけは間違いなく一級品や。今回は文句言うてる場合やないなぁ」
「上手く使いこなさないとな。……セントールとの戦闘ログはこいつだな。再生するぞ」
二人は、ラボを襲った攻性機動無人機の戦闘ログを解析していた。
特に問題になったのは、セントールへの対策だ。工場に攻撃を仕掛ければ、間違いなく潜伏しているセントールと戦闘になる。
「どことなく、セントールからリゼが作ったモーションと同じこだわりを感じるんだよな。
もしかしたらセントールの設計者って、アーニャのモーションを作った撰修人種だったりするのかもな」
トマスが戦闘時の録画データを眺めながら感想を漏らす。
イオリは食い入るように映像を見つめながら、自作の人工知能にセントールの挙動を解析させている。
そして解析が進むほど、イオリの表情は徐々に深刻さを増していった。
「……トマス。あんた、とんでもないもんと戦ったな。よく生きとったわ。
セントール、骨董品の人工知能にしちゃ動きが良すぎるんで有人機かと思ってたけど、ちゃうわ。あんたらのログを解析して確信した。こいつは無人機や」
「はぁ? あんな汎用性もクソもない特殊な機体で、人工知能があれだけの戦闘能力を発揮してたってのか?」
トマスの驚きには理由があった。
ジャケットを無人機として成立させるためには、汎用人工知能を搭載する必要がある。それも、ジャケットでの戦闘に対応できる汎用人工知能を搭載しなければならない。しかし攻性機動無人機が条約で禁止されているため、ジャケット用の汎用人工知能はもはや一世紀以上、開発されていない。
禁止される前の骨董品の汎用人工知能を探してくれば、搭載することはできるだろう。しかし、それでは近代のジャケットの反応速度や戦術には対応できない。だから「無人機は一対一ならたいしたことはない」という結論になる。実際、ラボで戦った限りではその通りだった。
「うちも信じられへんけど、分析すればするほど『人間ではない』っちゅー結果になるんや。人間が乗ってるわりには、挙動にブレがなさすぎる。
———たぶん、セントールの汎用人工知能は、この機体のためだけに書き起こされた、戦闘用の『最新式』や。骨董品の人工知能の焼き増しやない。近代のジャケットの動作原理を反映して、新しい理論体系でゼロベースで構築されとるとしか思えへん。
これは、天才の仕事や。それこそ撰修人種が絡んどっても、うちは驚かんで」
イオリがホロモニタに表示した分析結果は、九十七パーセントの確率で無人機であると結論づけられていた。
「……ラボで戦ったときに異常に反応が良かったわけだ。まるで予知したみたいに僕の銃撃をガードしやがったからな」
「センサーの値を見てダイレクトに動くんや。そら反応はええで。
人間が操作すると、どれだけ熟練しとってもセンサーが反応してから回避操作までにコンマ一秒くらいはかかるやろ? セントールはその時間がゼロや。トマスからしたら、予知したみたいに見えるんかもな」
「なあ、こいつが出てきたらどうやって倒すんだ? いや、無力化さえできれば撃破できなくてもいいんだけどよ。三機で挑んで返り討ちだったのに、イオリと僕だけでどうにかなるイメージが湧かねえぞ」
実際に戦って命からがら逃げ延びたせいか、トマスは珍しく及び腰になっている。
イオリはそんなトマスを見て、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。
「あるやろ? とっておきが———」




