人馬と蠍(3)
トマスとイオリは、外壁をザンサスで飛び越えて工場の敷地内に侵入していた。
辺りにはコンテナや廃材が散乱していて、工場の周囲の森林ほどではないが見通しは悪い。
そんな中を、物陰に隠れながら正門の方角に向けて進軍している。
正門近辺には六機のセパードがいるが、彼らだけですべての無人機を相手にするのは危険だ。捨て身の無人機に集団で襲いかかられたらひとたまりもない。陽動を成立させるには、ザンサスでセパードたちを援護する必要があった。
イオリはコンテナの影からライフルの先端を突き出して、遠方を移動している無人機のひとつを照準に収める。
『———ロックオン。ファイア』
イオリがトリガーを引くと、ザンサスから放たれた銃弾が無人機の左腕を貫いた。
『……命中。左腕部破壊。さすがにこの距離でうちの腕やと、一撃っちゅーわけにはいかへんな。まぁ、セパード用の武装やし、精度が出えへんのはしゃーないか』
イオリが撃ったのは、二十五ミリ口径の狙撃ライフルだ。東軍の格納庫で無事だったものを、譲り受けて使っている。警察のものより射程が長く、多少距離があっても平均的なシールドを貫通できる威力がある。
ただし、ザンサスのフレーム強度だと反動が大きすぎて命中率が落ちる上に、連射ができない。国内で警察がこれほどの火力を要求される状況は想定されていないため、ザンサスにとって二十五ミリ口径は設計限界ギリギリだ。警察のライフルは大きいものでも二十ミリ口径である。
「命中するなら十分だ。イオリのは損傷してる機体なんだから、それ以上は近づくなよ」
トマスはイオリよりも前に出て、無人機たちの注意を引こうとしている。
イオリが今乗っているザンサスは、セントールのミサイルで左脚を破壊され、応急処置したトマスの機体だ。歩行はできるが、走行速度と回避速度が六割程度に落ちている。囲まれたらひとたまりも無い。
それゆえ、離れた場所から戦えるように狙撃用ライフルを装備してトマスより後方に配置しているのだ。同時に、全身を覆い隠せるほど巨大なシールドを装備して被弾リスクを下げている。
「イオリが前に出られない分、僕が働くから気にすんな!」
「頼むで。完全武装のザンサス、あんたなら使いこなせるはずや」
代わりに、トマスは万全な状態のザンサスに搭乗していた。
おなじみの十二・七ミリのアサルトライフルとシールドを始め、左肩には小型のロケット砲を三発、右肩にはグレネードランチャーを四発分装備している。加えて、左腕の下部には二十ミリ口径のショットガンを懸架していた。他にも、腰や背中のマウントポイントに各種兵装を搭載する。
通常の機体なら過積載になる装備だが、ザンサスには対外慣性制御装置が搭載されている。イオリの調整により、フル装備でも平時と大差ない機動性を発揮できるようになっていた。
むしろ、これまで以上に機体が機敏に反応するほどだ。
「たしかに、このザンサスの動きなら、ラボで戦ったときみたいな後れは取らねえよ。いつの間にこんなモーションを組んでたんだ? ずいぶんクイックに動くぜ?」
「リゼが作った『古武術零式』の慣性制御のやり方を分析して、地道に作っとったんや。ぶっつけ本番になってもたけど、トマスならアドリブで何とかできるやろ?
そんなことより、そろそろセパードたちを助けたらんと無人機に押しつぶされるで」
「だな! 任せとけ! サイドから挟撃しつつ各個撃破だ!」
東軍の六機のセパードも、正門から侵入して戦闘に突入している。
ミサキが発射したロケット弾が着弾した直後、工場の複数箇所から攻性機動無人機が一斉に出現した。そのあとセパードに向けて一斉に駆け出して交戦状態に入るまで、二分はかかっていない。
出現した無人機の数は、十機。ホノカが確認した数よりも少ない。このあとさらに増えると思って戦わなければならない。
「まずは十機! 陽動っつっても、確実に数を減らさねえとな!」
主戦場は、正門と工場の間にある広場だ。
二機のザンサスは、広場の端に到達していた。
貨物の搬入用に土地が切り開かれており、横幅三百メートル以上、奥行き二百メートル以上の更地になっている。しかし、ところどころに資材やコンテナが乱雑に配置されているので死角も多い。
トマスは、乱数回避を織り交ぜながら、一気に無人機への距離を詰めていく。
走りながら、動きを捉えやすそうな一機を見極めて、アサルトライフルを撃ち込む。
「おらああああっ! 無数の火器を携行するロマンがお前らにわかるかぁぁぁぁ!」
方向転換の一瞬の隙を狙われた無人機は、機銃掃射の直撃を受けて動きが止まる。
その隙を後方で控えていたイオリが逃すはずがなく、すかさず大口径の弾丸がたたき込まれた。
『撃破! おっしゃ、この調子で一気に畳むで!』
正門の方角を見ると、セパードが三機で一グループになって無人機を相手取っている。
先頭のセパードが大きめのシールドを構えて防御を固め、その後ろから残りの二機が隙を突いて飛び出して撃破する、というフォーメーションを取っていた。正規軍らしい手堅い戦い方だ。セパードの防御力なら、囲まれない限り簡単には落ちないだろう。
(……で、セパードが敵のジャケットを引きつけている間に、随伴歩兵が工場への経路を確保する、と。教科書通りの戦術だな。わかりやすくてありがたいぜ)
ザンサスのセンサーには、物陰を移動する人間大の物体がちらちらと映っている。ステルスがかかっているのではっきりとは捉えられないが、東軍の随伴歩兵が工場に向けて進軍しているに違いなかった。工場の内部を調査、制圧するつもりなのだ。
物陰から周囲を観察していると、無人機の一機がザンサスに気付いてライフルの照準を向けてきた。ロックオンアラートが鳴る。
「っとぉ! 危ない危ない」
飛び退いて、アサルトライフルで牽制しながらカウンターにロケット砲を一発、お見舞いする。無人機は、ライフルの弾を避けようと体重移動したところに、ロケット弾の直撃を受けて砕け散った。
「やっぱり今回もぜんぶ無人機か? 簡単なフェイントに引っかかりやがる。一機ずつバラバラと来てくれる分にはどうにかなるんだがなあ」
———と、楽観的に考えた途端、現実が牙を剥いた。
工場から、新たに三機の無人機が隊列を為して走ってくる。先頭の一機は大きなシールドを構えており、残りの二機は両腕にショットガンのようなものを持っている。
ザンサスに気付いたのか、三機は縦列に陣形を変えた。シールドを持った一機の影に、残りの二機が隠れるようにしてまっすぐに向かってくる。
「イオリ! 面倒なのが来たぞ! 『崩す』から一機頼んだ!」
『ラジャー』
縦列で来る相手を正面からアサルトライフルで迎え撃っても、先頭の一機のシールドを破壊する前に肉薄されて、二機目、三機目の波状攻撃を受けることになる。
どうにかして隊列を崩さないと、分が悪い。
「ラボで散々、お前らの連携は観察済みだっつーの!」
トマスは無人機に向かって乱数回避を織り交ぜながらザンサスを走らせた。シールドを前に構えて、突っ込んでいく。
無人機たちは勢いを落とすことなく、ザンサスに向かってくる。
このままだと両者が衝突する、とイオリが思ったところで、トマスは持っていたシールドを先頭の無人機に向かって投げつけた。
「ザンサス、跳べっ!」
無人機にシールドが命中すると同時に、ザンサスが大地を蹴る。高く跳び上がって、そのまま三機の無人機たちの頭上を飛び越えていく。
「へっ。セオリー通りに動くと———思うなよ?」
トマスは空中でザンサスをくるりと上下反転させて、跳び越えた三機の背中をスコープに収めた。上下逆さまになった世界に、三機の敵ジャケットの姿が見える。
案の定、骨董品の汎用人工知能は状況を認識できておらず、一時的にザンサスを見失っている。
「テイクディス!」
左腕に懸架されているショットガンと、右手に持っているアサルトライフルを同時に発砲する。ショットガンは一番近くにいる三機目に、アサルトライフルは二機目に、それぞれ狙いを定めていた。
バガンッ!
最後尾の無人機は、ショットガンを背面から受けて衝撃で吹っ飛ぶ。撃墜一。
アサルトライフルの弾丸は二番目の機体に命中して動きを止めるが、射線に重なるように手前に最後尾のジャケットがいるので急所を捉えきれていない。傷が浅い。
『———ほい、ご苦労さん、っと』
ズダァァァンッ、と発砲音が響き渡った。
二機目のジャケットのボディを大口径の弾丸が貫く。イオリが、一瞬だけ動きを止めたジャケットの急所を撃ち抜いていた。撃墜二。
トマスがザンサスを宙返りさせて着地する。
すると、先頭でシールドを持っていた最後の一体は、その場で強引に百八十度高速旋回し、トマスに向けてアサルトライフルを撃ち込んできた。
ザンサスの着地後の硬直が狙われている。
「無人機ならではの高G機動———だが、相手が悪かったな」
しかし、無人機が放った弾丸は地面をえぐっただけだった。
無人機はザンサスの着地後に生じる『はず』のわずかな隙を狙って発砲していたが、ザンサスの着地に隙などない。ザンサスはふわりと着地すると同時に横に跳び、その場から即座に離脱していた。
対外慣性制御装置は、慣性を軽減して一般常識ではありえない挙動を限定的に実現する。人工知能にとっては、物理法則という予測の大前提が崩れるため、ザンサスを捉えることは容易ではない。
『ラスイチ、落ちろっ!』
イオリが、残った最後の一機に向けて再度発砲する。
しかしシールドを貫通しただけで、無人機本体には満足なダメージを与えられていない。
『あーっ! フレームがきしんで微妙に照準がズレるっ! 腹立つー!』
「問題ないぜ! 今ので一瞬だけお前さんに注意が向いた!」
無人機がイオリがいる方角に注意を向けた隙を、トマスは逃さなかった。
ザンサスを低い姿勢から無人機に突進させると、巨大なシールドを構えている左側に回り込んで死角に入る。シールドが影になって、無人機からはザンサスが見えづらくなる。
「ザンサスの機動力、クセになるな———!」
ステップを踏んで、そのまま無人機の背面に回る。
複数の武装を搭載しているとは思えない、軽やかな動きだ。
「じゃあな」
ショットガンの銃口を無人機の背中に突きつけて、トマスはトリガーを引いた。
無数の散弾が無人機の胴体に突き刺さる。ろくな防弾処理もされていない機体は、メインフレームごと破壊されてその場に崩れ落ちた。
最初に投げつけたシールドを地面から拾い上げながら、トマスが感想を漏らす。
「イオリ。お前が作ったモーション、満点だ。半日前にこいつが使えてたら、ラボを襲ったジャケットともっと楽に戦えてただろうぜ。僕の動きのクセまで考慮に入ってるとは思わなかった」
『なんや、あんたが素直に褒めるとか気色悪いな?! 褒めたフリして、小言をぐちぐち言うつもりなんちゃうんか?』
「お前……。人が真面目に褒めてるのによ……。お望みなら小言くらいいくらでも言ってやるぞ……って、このやりとり、最近やった気がするな。気のせいか?」
トマスはシールドを構え直すと、正門の方角に向けて進軍を再開した。




