人馬と蠍(2)
ハルキは、アーニャと二人で森の茂みに潜んでいた。
ミサキはここにはいない。ひとりだけ、離れた位置にある小高い丘に待機している。
工場の外壁までの距離は直線で百メートル。外壁は見るからに分厚そうで、高さは五メートル以上ある。アーニャなら飛び越えられるかと思って尋ねてみると、「残念ながらできません。私は民間機ですから、ボディのスペックはみなさんと大差ないのです」と口惜しそうな顔をしていた。
ハルキはミサキから渡された警察の特殊部隊の隊服を身につけている。ナノマシンがふんだんに使用されているため、ある程度の防弾性と防刃性を持ちながら、多少なら破れても自動的に修復される優れものだ。周囲の状況に合わせて迷彩色を切り替えることもできる。腰には接触式電撃兵装を搭載した警棒を下げて、他にもいくつか役立ちそうな装備を携行している。頭はバイザー付きのヘッドギアで守っていた。
隣にいるアーニャを見る。
「……? どうかされましたか?」
「い、いや。別に」
アーニャも、今回は普段通りのメイド服ではない。光沢のあるボディスーツで身を包んでいた。ボディラインにタイトにフィットしているので、正直、目のやり場に困る。
ただ、彼女は頭部には何もかぶっていない。「もともと私は防弾仕様ですし、センサーの反応が鈍くなるので、何もない方が良いのです」と言っていたが、民間機がなぜ防弾処理されているのか、という疑問は飲み込んだ。たぶん、リゼの趣味だ。
じっと待っているとホノカから通信が入る。ヘッドギアの内蔵スピーカーから、音声が聞こえてきた。
『サキちゃーん! 準備オッケー! ロケットランチャー、この二つの座標に向けてぜんぶ撃ち込んでー!』
『了解! ……えっ? これ、片方は東軍の目の前の座標じゃない』
『いいのよー! そのまま撃っちゃってー!』
『……あぁ、そういうこと? やれと言われたらやるけど———全弾発射!』
シュウゥゥゥゥゥゥッ———!
ミサキの宣言と同時に、四つの光が上空を飛んで行った。ロケット弾だ。
二つは、工場の屋上に着弾するコース。命中すれば、すぐに敵のジャケットたちがわらわらと飛び出してくるだろう。
残りの二つは、『工場の正門方向に向けて』飛翔していく。
正門のすぐ近くには、東軍の小隊が待機して工場の様子をうかがっているはずだ。
ボォボォォォボボォォォンッ!!
僅かな時間差で、四発がすべて命中して轟音が鳴り響いた。
工場の対空兵器はまだ機能していないのか、それとも小型のロケット弾程度は迎撃の対象外なのか、迎撃はされずにすべて炸裂していた。
———要するに、これは東軍を利用した陽動作戦である。
工場を攻撃すると同時に、東軍の近くにも攻撃を仕掛ける。東軍はミサキがロケットランチャーを使ったことなど知らないので、高い確率で『疑わしい施設から攻撃を受けた』と判断する。少なくとも、この施設に何らかの異常があることだけは確信するはずだ。
あとは、東軍のジャケットたちが迎撃に出て来るであろう攻性機動無人機と勝手に戦ってくれる。トマスとイオリが東軍を援護すれば陽動する戦力を確保できる。その隙にミサキが工場内部に潜入し、リゼを救出する。
外道な戦術ではあったが、背に腹はかえられない。
『作戦開始ーっ!! これから二時間で綺麗に脱出するわよー!
トマちゃんとイオちゃんで東軍を援護しつつ、陽動開始ーっ! 派手にぶちかましてー!
その隙に、サキちゃんはアーちゃんとハルくんを連れて工場内に潜入ーっ!』
『ったく。どっちがテロリストなんだかわかりゃしねえな! ま、小隊の連中には悪いが職業軍人っつーのはそういうもんだ! 僕の知り合いがあの小隊にいないことを祈るぜ! ぶわははははっ!』
警告や宣戦布告もなしにロケット弾を撃ち込んだのだから、トマスの言うようにテロリストと称されても否定のしようがない。
『トマちゃんとイオちゃんの目的は陽動だからねー。全滅させる必要はないわよー!』
『わかってるよ。軍の小隊が苦戦するようなら、航空戦力が投入される可能性もあるぞ。いきなりミサイルが雨あられってことはないだろうが、みんな注意はしておいてくれ』
通信の最中、離れた場所から発砲音が聞こえ始める。
撃ったのはトマスかイオリか、もしくは東軍か。ともかく戦端が開かれたことは間違いない。
三度目の発砲音が聞こえたあたりで、ミサキが合流した。
「お待たせ」
いつものスポーツウェアではなく、ハルキと同様の陸戦用の装備に身を包んでいる。ヘッドギアを付けていないのは、斥力場で常に身を守っていることから来る自信の現れだろう。
「それで、ホノカ。最初からハルキを連れて行くのね?」
『そうよー。いくらリっちゃんの安全が優先って言っても、あんな物騒なナノマシンが散布されることだけは食い止めないといけないから、ハルくんにも最初から内部に潜入してもらうわよー。軍に任せたからって散布を止められる確証はないし、時間がどれだけ残されているのかもわからないから、使える手はすべて打つわよー。
———ハルくん。そういうわけだから、いきなり本番になっちゃったけど、お願いできる?』
ハルキはもう迷わない。力強く「はい」と答えた。
「……しかたないわね。私の側を離れないで、ハルキ」
「ああ。俺だって死にたくない。精一杯やるさ」
アーニャが、千里眼で取得した工場最下層のマップデータを開いて、リゼがいる場所を指さす。
「では、潜入前に改めて目的地を確認します。
マスターは最下層の最奥部にいるはずです。
また、マスターの近くに並んでいる大量のコンソールは、ラボにあったナノマシン製造プラントのものと酷似しています。ナノマシンの製造と散布を止められるとしたら、この場所しか考えられません。
ラボの製造設備をベースに大型化したのだとすると、ハルキさんから増殖抑制用ナノマシンを抽出して製造プラントに送り込める設備も整っているはずです。もともと、人体に適用するためのナノマシンを製造する装置ですから。抽出処置は、マスターか私のいずれかがいれば実施できます。
したがって、マスターの救助、テロの抑止、どちらの意味においても、到達目標は最下層の最奥部となります」
ミサキが拳を打ち合わせて気合いを入れる。
「オーケー。やってやろうじゃないの。ハルキ、アーニャ。つかまって。
こんな壁、ひとっ飛びで乗り越えて突入するわよ! 権限行使宣言!」
「———うおおぉぉぉぉぁぁぁぁ?!」
ハルキとアーニャはミサキの腕に抱き寄せられると、そのまま夕闇を跳んだ。




