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破滅に抗う光(7)

 ところ変わって、格納庫の隣にある警備課の司令所。

 司令所と言っても、ただのオフィススペースだ。ホノカのデスクだけが部屋を見渡せる少し離れた場所にあって、あとは十人くらいが座れるようにデスクが二つの島に分かれて並んでいる。

 パッと眺めるだけで、どれが誰のデスクなのかわかった。

 私物が少なく整然と片付いているのは、ミサキのデスクだろう。その斜め向かいのデスクにはジャケットのフィギュアが並んでいるので、きっとトマスだ。イオリのデスクは、何だかよくわからない機材が山積みになっているので間違いない。あまりにも機材が多すぎて、隣のデスクにも浸食していた。残りの半分くらいのデスクは、適当に書類や資材が置かれているか、何も置かれていない空きになっている。

 トマスを除いた全員がホノカのデスクの周りに集まっている。トマスだけは、なぜか部屋の入り口近くから動こうとしない。

 ホノカは自分のデスクに座ると、手を空中に滑らせて無数のホロを一気に展開した。

「ということで、やりますかー」

 その声を聞いて、トマスが遠くから声を上げる。

「じゃ、僕は外に出てるんで、あとはよろしく」

 そう言って出て行こうとするのを、ホノカが呼び止める。

「トマちゃん、今回は残ってー。いつもは追い出してるけどー」

 出て行こうとしていたトマスが足を止めて振り返るが、その顔には疑問符が目一杯張り付いていた。

「はぁ? お前の『それ』、出向してきた軍人よそものに見せられるもんじゃねえんだろ? だったら僕はここに居ちゃだめだろ……って、なんで僕が気を遣ってるんだ。逆だろ普通」

「今回は、トマちゃんの軍事的な知見が必要な気がするのよー。だから残ってー。越権行為なのはわかってるけど、現場の判断ってやつー」

 説明はないが、とにかく何か『人に話せないこと』が後ろに見え隠れしているのだけは、ハルキにもわかった。

「……わかったよ。やれやれ。その代わり僕は記憶力がないから、見たことを全部忘れるぞ。それでいいな」

「お気遣いに感謝ー。ま、バレたら確実に懲戒なんだけどー! クビになったら誰か面倒見てねー!?

 アーちゃんも、ナノマシンの知識が必要になるかもしれないから、ここに残ってねー。

 ハルくんも同席してー。きっと、君に関係があることだからー」

 アーニャとハルキは、何が何だかわからないままに首を縦に振ってその場に残った。

「みんな、お手洗いは済ませたー? うん、大丈夫そうねー。じゃ、行くわよー。

 ———―セキュリティロック。完了まで、出入りを禁じます」

 ホノカの声に応じて、全ての窓のシャッターが降りた。室内が一度真っ暗になって、すぐにぼんやりとした非常灯の明かりがつく。入り口の扉にもロックがかかり、廊下からは防犯用の金属シャッターが降りる音が聞こえてくる。

 完全に室内が隔離されたことを確認すると、ホノカはどこかに通話し始める。

 何度かコールする音が鳴って、「もしもし」と聞き覚えのない男の声が響いた。

「部長ー? かくかくしかじかで『アレ』使うけど、いいですよねー? え? かくかくしかじかで説明したことになるかボケってー? 言わなくても想像ついてるくせにー。どうせろくなことに使わないんだろうってー? しつれいなー! 藤原利世を探すんですよー! え? この状況で勝手に動くな? いやいや、勝手じゃないですよー。だから許可を取ってるんでしょー? 軍に先に見つけられたら、何をされるかわかったもんじゃないですよー? 国益を守るのも我々のお仕事ではー? それともあんなかわいい美少女を放送できない感じに———」

 以下略。

 ともかく、紆余曲折の議論が交わされた末に、ホノカは通話を切った。

「ほい、決裁完了ーっ! まだ軍から警察に圧力はかかってないみたいねー。セーフ!」

 ホノカが展開していたホロモニタのひとつに『権限行使事前承認プリ・アプルーバル』という文字列が表示されていた。

(……この表示は、たしか)

 ハルキは、一度だけこの文字列を見た記憶があった。

 ミサキが人体機能付与型(プラグ)ナノマシン(イン)の力を最初に見せてくれたとき、目にしていたはずだ。

 ということは、これからホノカがやろうとしていることは———

 ホノカは懐から小さなアンプルを取り出すと、その端に緑色のランプが点灯していることを確認してから、首筋にそれを押し当てた。プシュッと小さく音が鳴る。

「いたたた……。何度やっても慣れないわね、これー」

 ハルキの疑問だらけの視線に気付いたのか、ホノカは舌をペロリと出した。

「これ? わたし、許可が無いと打てないのよねー。サキちゃんみたいにずっと充填する許可、下りてないしー」

「……当たり前でしょ。そんな物騒なもの、いつでも使えるようになってる方が怖いわよ」

 ミサキは自分の席に腰掛けてあぐらを掻いていた。より正確には、座禅を組んでいる。これから起きることをよく知っているのか、緊張もなくくつろいでいる様子だ。

 イオリも慣れているのか、自席で気ままにコンソールを叩いている。どうやら脚部を破損したザンサスの修理状況を確認しているようだ。

 トマスは知らないまでも、何となく察しが付いているようだ。デスクの縁に寄りかかり腕を組んで立っている。

 ハルキとアーニャは、ホノカのデスクの脇に立っている。

 アーニャはすでに事情を推論できているのか、ハルキに向かって「きっと、大丈夫ですよ」と小声でつぶやいた。

 そうこうしているうちに、時計の長針がひとつ進む。

「さて、一分経ったわねー。充填完了ー! 久々にやるわよー」

 ホノカが、矢継ぎ早に必要な『呪文』を唱えていく。

「———黒峰穂乃花の機密指定レベル八、解除。

 権限行使宣言イネーブル

 BMIブレイン・マシン・インタフェース、オートロギングセット。

 E-003 |clairvoyanceクレヤボヤンス、活性化」

 途端、ホロモニタに立体映像の精巧な地球が映し出された。

 のんびりと自転する青白い地球儀が、薄暗い室内に浮かんでいる。

 ホノカの瞳が、うっすら緑色に光り輝く。

万象儀アカシックレコード、接続開始。……完了。接続係数三十八。正常値。

 検索対象、藤原利世———」

 何が起こっているのか、説明はない。

 説明はないが、このあと目の前に次々と展開されていく映像、静止画、音声、そのすべてが、ホノカが使った能力の正体を物語っていた。


 地球儀は勢いよく回転すると、やがてピタリと止まり、その一点が赤く輝く。

 赤い光点にクローズアップしていくと、日本が徐々に近づいて大きくなる。

 そして、ラボからモービルで二時間ほどで到着するであろう座標を拡大して停止した。

 富士山麓の、町外れの森の中にある巨大な完全自動工場オートプラント

 上空からは外壁に囲まれた灰色の四角い箱にしか見えない。

 しかし、カメラ———ホノカの視点は、さらに建物に寄っていく。

 あろうことか建物の天井を突き破り(・・・・)、その中に視線が入り込む。

 衛生写真では決して見ることができないはずの工場の中が、はっきりと視認される。


「何回見ても、警察としては反則よね、これ」

 ミサキのぼやきには同意せざるを得ない。

 ハルキにも、もうこのあと何が起こるのかおおよそ想像がついていた。


 ホノカの視線は、建物の奥深くに潜り込んでいく。地下へ。地下へ。

 何階層もある地下構造物をくぐり抜けていくと、何十メートルも潜った末に、最下層の大空間にたどり着く。

 その最奥には、無数の医療設備や制御用コンソールが立ち並んでいた。

 工場と病院をぐちゃぐちゃに混ぜたような、雑然としたエリアになっている。どことなくラボの研究棟に似ていた。

 その片隅で『検索対象』が発見される。

 ———リゼ。美しい銀髪を湛えた少女は、透明なガラスケースのような部屋に閉じ込められていた。椅子に座って、目を閉じたままじっとしている。

「検索対象を発見。所在を確定。周辺の確認に移行———」

 ホノカがうわごとのように呟くと、無数の静止画と映像がホロモニタ上に一気に展開された。

 百の双眸で同時に観測したかのように、次々と現地の様子が伝わってくる。

 まるで、透明人間になってその場で取材しているかのように鮮明な映像が流れ込む。

 そのすべてが、BMIブレイン・マシン・インタフェースを通じて自動記録されていく。


「……まぁ、僕だって何度も追い出されてるうちに、色々と想像はしてたけどよ。カラクリは感覚増幅拡張機構センサリーインフレーターか……。

 実際に見ると、とんでもねえな。国家機密もクソもねえぞ、こいつは……」

 トマスは苦笑しているが、額にはうっすら汗が滲んでいる。

 軍人から見れば、その脅威は計り知れないだろう。

 何しろ、地勢や建物の構造、敵戦力さえも片っ端から探し出すことができてしまう。

「……トマちゃん。探して欲しいものを、教えて」

 ホノカが苦しそうな声でトマスに尋ねる。痛みを伴うのか、耐えるために呼吸もほとんどしていないように見える。

「まずはジャケットの数。次に戦車タンクの有無と、人馬セントールの居場所を確認してくれ。あと、歩兵がどれくらいいるかだ。アンドロイドかもしれん。それから、対空兵器の有無も。できれば、弾薬庫の位置もわかれば完璧だ」

 トマスは確認すべき相手の兵力を矢継ぎ早に並べていた。


 ホノカの視線が工場の中に入り込んでいく。

 建物の構造は、地上二階、地下十五階。最下層部は地下八十メートル。

 中に潜んでいるジャケットの数は、見つかっただけで工作機からの転用が三十六体。

 武装しているアンドロイドは、総数が五十を超えると思われた。

 一方で、生身の人間は見当たらない。


「……これ、ジャケットの数だけなら中隊規模より多いやん。さすがに、うちらだけでどうこうできる数やないで……?」

 イオリが呻いている。たしかに戦力差は絶望的と言えた。


 続いて、人馬セントールの位置も確認された。工場の一階の奥に直立したまま控えている。細部ははっきりしないが、健在であることは間違いない。

 対空兵器については、トマスの目星により施設屋上と近辺に対空砲や地対空ミサイルが隠蔽されていると考えられる構造物がいくつか見つかった。ただ、これだけでは本当に対空兵器だと断定できない。

 弾薬庫の位置は地下三階の中心だ。イオリは保管されている弾薬の量を見て「戦争でもする気かいな」と呆れている。そしてその中に、地対空ミサイルと設置型の電磁投射砲レールガンの部材が発見された。これで、航空戦力への備えがあることが確定した。

 続いて、戦車タンクの位置を確認しようとするが、そこで映像はフェードアウトしていく。

「……戦車タンクは、いるかいないか、わからない。視界がぼやける」

 何でも探せるわけではないらしく、ホノカは戦車タンクの捜索を中止する。


 そのあとも、ホノカは周辺の情報を探っていく。

 工場周辺の地形、トラップの有無、侵入経路、隠し通路の有無。

 そして、ナノマシン散布の拠点であるかどうかの確証。


「———ホノカさん。もう少し範囲を広げて下さい。

 周囲に、工場からつながっているパイプラインはありませんか?」

 アーニャのコメントに応じてホノカが小さく頷く。その頬を汗が伝っていった。


 ホノカの視野が一気に広がり、工場周辺の森林をすべて収める。

 森林の各地に視線が散らばって、同時に数十箇所がクローズアップされる。

 何の変哲も無い森の中から、異常と思われる箇所が発見されていく。

 よく見ると、森の中の至るところから不審なパイプが無数に口を出していた。

 数えるのが億劫になるくらい、その数は多い。

 続けてホノカはその根元をたどろうとするが、上手く追えない。地下深くに潜っていることだけはわかるが、その先にたどり着けない。

 ホノカは諦めて、視線を工場の上空に戻した。


「ホノカ。西園寺はどこかにいない?」

 ミサキはホロモニタに次々と送られてくる情報を凄まじい早さでチェックしていた。しかし、彼女の動体視力を持ってしてもリョウジを探し出せていない。

 リョウジはリゼの近くにいる可能性が高い。そして、ほぼ間違いなく救出の障害になる。居場所は把握しておかなければならない。


 ホノカはもう一度だけ、工場の中に視線を潜り込ませる。

 リゼを拉致した張本人———西園寺了嗣の所在を探して。

 どうやらリゼを探し出したときのように瞬時に探し出せるわけではないらしい。

 広大な地下迷宮のようになっている空間を、しらみつぶしに追っていく。

 まだ見ていない場所がないか。もしかしたら隠し部屋があるのではないか。

 資材の裏に隠れているのか。それとも、ここにはいないのか。

 ぱらぱらと見える景色が変わっていく。


「もう少し———もう少しだけ———」

 ホノカのつぶやきに、ミサキが待ったをかける。

「……残念だけど、タイムアップよ。切り上げて。それ以上やると、失明する」

 徐々に、ホロに映る映像が暗くなっていく。

 ホノカの意識が工場から離れて行っているのか、景色がかすみ始める。

 それでも、最後までホノカは諦めなかった。

「———見つけた。西園寺は、リゼと同じフロアにいる」

 ぷつん。ホロモニタに展開されていた映像が完全に途絶えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ミサキもイオリもチートですが、一番偉い人が一番ヤバい人でしたね!失明のリスクがあるようですがホノカさんはホノカさんなので失明するまで誰かのために使い続けそうです。
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