破滅に抗う光(5)
全員で格納庫に戻ってきて、作戦会議を再開する。
トマスだけ妙に青白い顔をしているが、ハルキはその理由を説明しなかったし、トマスも何も言わなかった。
イオリも、リョウジの研究データの解析作業を切り上げて会議に参加していた。
ホノカが口火を切る。
「中佐から聞いた常緑の目的も気になるけど、私たちのミッションは、あくまでも藤原利世の警護よー。
とはいえ、リっちゃんを助けるにしても、ちょっと情報を整理したいところよねー」
ミサキは着席せず、腕と腰をストレッチしながら会話に参加している。じっとしているのがよほど性に合わないようだ。
「まず、どうして、リゼを、拉致したのか……かしら?」
最初はさらった理由の検討がつかなかったが、今ならある程度推測できる。
ハルキは頭の中で整理しながら、可能性を提示する。
「大気中で増殖するナノマシンをバラまくのが目的なんだよな?
だとしたら、リゼを連れ去ったのはナノマシン・セルフレプリケーターの知識が必要だったから、とかじゃないか?」
アーニャは人数分の紅茶のおかわりを注ぎながら、ハルキの推論を補強する。
「そうですね。ハルキさんの推測は私の推論とも合致します。
マスターを拉致するとしたら、主な理由は二つ考えられます。
ひとつは、『ナノマシンの増殖を止められる増殖抑制用ナノマシンを製造できるマスターが邪魔になった』可能性です。ただ、これだけが理由なら、マスターを連れ去るより殺害する方がリーズナブルですよね。拉致する理由としては少し弱いです。
ですので、ハルキさんのおっしゃるように『ナノマシン散布にマスターの知識が必要だった』と考えた方が合理的でしょう」
話しながら紅茶を注ぎ終えると、手際よく各自の前に配っていくアーニャ。ふわりとアールグレイの柑橘の香りが漂ってくる。
イオリは紅茶をストレートのまま啜っている。砂糖も入れないようだ。
「そしたら、西園寺とリゼは近くにいるはずやな? リゼの知識が必要なら、無事である可能性も高いで。……拷問にかけられとったら、わからんけどな」
ぞっとする。たしかに、リゼが協力を拒否したら無理やりに従わせるしかない。色々な方法があるにせよ、命の危機に瀕している可能性も十分あった。
ホノカは角砂糖を三つティーカップに落としてから、くるくるとスプーンでかき混ぜている。
「リっちゃんの居所を追えば、自動的にリョウジさん———西園寺も釣れるんじゃないか、ってことねー。で、たぶんそこはナノマシンを散布するための拠点に違いない、とー。仮説に仮説を重ねてるから信憑性はいまいちだけどー」
トマスの顔色は少しずつ良くなっているものの、まだ紅茶を飲むような気分にはならないらしい。カップの中のオレンジ色の水面を眺めながらつぶやく。
「生きてる可能性が高いってんなら、さっさと助けに行くか」
ミサキは背筋をピンと伸ばした姿勢で、行儀良くカップを口に運んでいる。スライスしたレモンを入れているようだ。
「そうね。早くリゼを見つけ出して救出しないと。軍に先を越されるわけにはいかないでしょ?」
トマスが首肯する。
「ああ。急がねえと……。中佐の言うとおりなら、ナノマシンを散布する計画を軍が追ってる。東軍は優秀だぜ。じきに常緑の拠点を確定するさ。
拠点がいくつあるのかさっぱりわからねえが、もし東軍が本気なら、その全部に攻め込むくらいのことはやる。いきなり爆撃してもおかしくはねえ」
お茶を給仕し終えたアーニャは、空いていたハルキの隣の席に座った。ミサキに劣らず、着席しているだけなのに凛とした空気をまとっている。
「そして、拠点のいずれかにはマスターがいらっしゃるはずです。
ですが、東軍はマスターを積極的に救命するつもりはない、とアーネスト中佐はおっしゃっていました。彼らよりも先に私たちがマスターを保護しなければ、命の危険があります」
このまま放置していても、東軍はテロ事件を未然に防ぐかもしれない。しかし、そのときにリゼがどうなっているかは定かではない。拠点のひとつごと爆撃されて、塵芥に帰しているかもしれない。
そんな未来は、絶対に認められない。
ホノカは甘ったるい紅茶を景気よく飲み干すと、カップとソーサーを静かにテーブルに置いた。
「じゃ、指針は決まったわねー。
目的は、藤原利世の救出ー!
西園寺了嗣が同道している可能性が高く、囚われている場所はナノマシン散布の拠点、もしくは、その関連施設と考えられますー。
救出に際して、強硬手段に出そうな軍との連携はナシ。それどころか、警察には『動くな』と要請が来ると考えられるので、こっそり動くしかないですよー。
……やー、きっついなー? でも、やりますかー!」
ホノカのかけ声に、ミサキも、トマスも、イオリも頷いている。
「リゼを助けに行くんですか? 居場所もわからないのに?」
ハルキの質問に、アーニャも便乗する。
「もしかして、マスターを探す算段があるのですか?」
ホノカは椅子に背中を預けたまま、親指を立てて不敵な笑みを浮かべている。
「もちろん助けにいくわよー。居場所はこれからちょちょいっと探すのよー?」
トマスは一気に紅茶を飲み干して、勢いを付けてから立ち上がった。
「早く迎えに行ってやらないとな」
イオリは、空中に展開していた無数のホロを端末に回収すると、静かに席を立つ。
「そのために、うちらはここにいるんやで」
ミサキはいつの間にか席を離れて、ポニーテールをくくり直している。
「リゼをひとりぼっちにしたりしないわよ」
ホノカたちがどうやってリゼを探し出すつもりなのかはわからない。
わからないのに、「彼らならどうにかするはずだ」という強い確信があった。どうしてそんな風に思えるのか不思議だったけれど、ホノカも、トマスも、イオリも、ミサキも、その目はリゼにたどり着けると信じている。
それなら、やるべきことはひとつしかない。
ハルキは覚悟を決めた。
「———俺も、連れて行ってください。
約束したんです。リゼが困っていたら、助けに行くって」
そうだ。リゼのところに行かなければならない。
約束は大切なものだから、守らないといけないとリゼに教えた。リゼの助けになると約束した。
だから、迎えに行く。あの笑顔を守るために。
ところが、そんな決意に水を差すようにグリが頭の中でつぶやく。
『再考を要請します。その判断は、操者自身の安全を脅かします』
その通りだ。テロ組織の拠点が安全なはずがない。操者の存命を優先するグリーフ・ブレイカーが文句を言うのは道理だ。しかし、その訴えを無視する。
ハルキの申し出に、ミサキが不機嫌そうに反論する。
「私と中央棟に踏み込んだときとは訳が違うのよ。素人を連れて行けるわけがないでしょう」
ごもっともだった。真っ当に考えれば、連れて行く判断にはなりえない。
それでも、食い下がる。
「俺は、そう簡単には死なない。囮くらいにはなれるはずだ」
「———調子に乗らないでって言ったわよね?」
ミサキが拳を握りしめているのがわかる。間違いなく怒っている。
それでも。
「…………」
黙したまま、ミサキの瞳を真っ直ぐににらみ返す。
絶対に退かない。そう決めていた。
ミサキも譲るつもりはない。
この場での決定権を持っているであろうホノカは、なぜか何も言わない。ひとりだけ椅子に腰掛けたまま、静かに口論の様子を見守っている。
数秒の沈黙の後、二人のやりとりを端から見ていたトマスが「しょうがねえな」と仲裁に入ろうとしたところで、アーニャがぽつりと呟いた。
「……待って下さい。
条件付きですが、ハルキさんにご同行いただく価値があるのではないでしょうか」
全員が一斉にアーニャの方を振り向く。
いったい、このアンドロイドは何を言い出すのか———




