破滅に抗う光(4)
ハルキはトマスと並んでアーネストの病室を出た。
そのまま廊下を歩いていると、二人まとめて呼び止められる。
「少し待ってくれないか」
ハルキとトマスが振り向くと、亜麻色の短髪とあごひげを蓄えた白人が立っていた。トマスよりもさらに大きな体格で、狭い廊下に二足歩行の壁が立っているように感じられる。
ニコラスこと、ニックだった。
「トマス。これを持っていけ」
ニックは耳につけた端末からホロを表示し、それをトマスに向けて、ふわりと飛ばした。トマスの端末がホロを受け取ると、ホロに内包されたデータが受信される。
「……なんだこれ。ロック解除キーか?」
「そうだ。うちの格納庫にあった装備で、運良く破損を免れたものを別室に移動して保管してある。それほど数はないがな」
「おいおい。環太平洋連合軍の武装を公安に持ってけってか? バレたらヤバいだろ」
トマスの指摘はごく当然のものだ。いくら連携することはあっても、本質的には別の組織だ。武器弾薬の融通は、真の緊急時か事前の許可がなければ、ただの違法行為だ。
ニックは、そんなことは百も承知と言わんばかりに、わざとらしく自分のこめかみに人差し指をあてる仕草をする。
「……我が部隊は強襲により全滅し、その装備は格納庫ごとこの世界から消滅した。
そのあと、線条痕と個体識別番号が合致する装備が『なぜか』テロリストのアジトの近辺で見つかる『かも』しれないが、略奪されてテロリストに使われていたとしても、何ら不思議はないと思わないか?」
一拍おいて、トマスはいつものように大声で笑った。
「———ぶわはははは! 真面目そうに見えて無茶苦茶なことを平気でやらかすお前さんのそういうところ、僕は最高にクールだと思うぜ。
了解だ。ありがたく使わせてもらう。正直、警察のお上品な装備じゃ、今回の相手にゃパンチ不足だろうからな。うちのボスは堅苦しいこと言わねえし、助かるぜ」
トマスはロック解除キーを含んだホロを自分の端末にしまい込んだ。その表情は実に楽しそうだ。あとでイオリと一緒に何が保管されているのか確認に行くつもりなのだろう。
「それはさておき、もうひとつ要件があるんだが。よろしいか?」
急にニックが改まって確認するので、思わずハルキも姿勢を正してしまった。
ニックの表情は平静に見えて、なぜだか、少し怒っているようにも感じられる。
彼は、トマスに質問を投げかけた。
「たしか、そちらは例の『凄腕』だったな? 元気そうに見えるが、負傷していたんじゃないのか?」
トマスの表情があからさまに曇る。
「うっ……いや、それはだな……実は見えないところに隠れた負傷が」
英語での会話だったが、ハルキもどうにか話の流れは理解できていた。
ただ、理解はしていても母国語での会話とは勝手が違う。
つい、空気を読まずに余計なことを口走ってしまう。
「え? 俺、元気だぞ? ピンピンしてるけど?」
トマスが完全にフリーズする。
うっかり口をついて出た言葉のため日本語だったが、ニックは自身の端末の自動翻訳機能で意味を理解したらしい。何かがおかしいと気付いたのか、トマスの両肩をガッチリとつかんでその顔を真正面からにらみ付ける。
「何か隠しているのなら、弁明を聞こう。トマス」
ニックは微笑んでいるように見えて、まったく目が笑っていない。無理やりに形容するなら「ことと次第によっては、優しく包み込むようにぶち殺してやる」といった種類の笑顔だ。
「……だあーっ! 白状すればいいんだろぉー!?」
トマスは覚悟を決めると、模擬戦の真相をすべてニックに語り聞かせることを選択した。
今日まで騙していたことにそれなりの後ろめたさがあったのか、あくまでも低姿勢に、それでいて自分は悪くないという主張をそれとなく織り交ぜながら。
「———というわけだ。要するに、ハルキはジャケット乗りでもなんでもない、ただの学生だ。いや、ほんと悪かったって。セパードに乗ってるのがニックだって気付いてたらもうちょっとやりようもあったんだけどよぉ。ああでもしないと、あのときは引っ込みがつかなかったからさぁ……許して?」
トマスが平謝りすると、ニックは少し考えてから、トマスの両肩をポンポンと二回叩いた。
「よし、許してやる。ハンツにも、あとで私から説明しておいてやろう。
その代わり、一発殴らせろ。セパードの腕をお前にもがれた上に騙されていたとあっては、腹の虫がおさまらん」
軍人らしいと言うべきか、ひどく暴力的な解決方法だったが、トマスは特に抵抗なくその提案を受け入れる。きっとそういう間柄なのだ。
「あ、だったら顔は避けてくれるか? ちょっと前にボッコボコにされたばっかりでさ。さすがにすぐに青あざを付けるのはなぁ」
「いいだろう。顔は勘弁してやる。腹でいいな? 目を閉じて歯を食いしばれ」
トマスが目を閉じて両手を後ろで組んだことを確認すると、ニックは大きく息を吸い込んで、下半身に力を溜めた。
ニックは、呼気を吐き出すとともに溜め込まれた力を解放して、拳を突き出———さずに、右足を思いっきり蹴り上げた。
「フンッ!」
キーン。
股間を押さえたままその場に倒れて微動だにしなくなったトマスを放置して、ハルキは皆の後を追った。




