破滅に抗う光(2)
ラボの敷地内では至る所で消防や軍による救助活動が続いている。
そんな中で、ザンサスの格納庫は奇跡的に無傷だった。
「ここが無事やったんは、せめてもの救いやったなぁ。不思議なくらいやで。
……ほい、この指示通りに左脚を整備してや」
イオリは、セントールとの戦闘で脚部を損傷したザンサスを修理するため、整備用アンドロイドに指示を飛ばしていた。整備用アンドロイドはいかにも機械的な見た目で、汎用人工知能を搭載していないので具体的な作業しかできない。それでも、パーツ交換やメンテナンス作業を任せるには十分だ。
「トマス。完全に直すには部品が足らんわ。さすがに、ミサイルの直撃まで想定して在庫しとらんで。とりあえず動けるようにするだけの応急処置なら、一時間ってとこや」
イオリからの報告に、トマスは頭をぼりぼり掻いていた。
「マジかよ。もっと上手く避けられてりゃなあ……」
うな垂れるトマス。イオリは、持っていたスパナを指でくるくると回しながらザンサスを見上げている。
「さすがに無理やろ。ミサイルに撃たれるシチュエーションなんてザンサスは想定しとらんし、むしろ片足で済んだのは、あんたの腕のおかげや。無事で良かったで、ホンマ」
「なんだよ。気持ち悪いな。『片足吹っ飛ばしおってこのダホォ!』とか言われながら蹴られると思ってたんだが」
「アァ? 心配したったらそれか? お望み通りザンサスで蹴っ飛ばしたろか? ドリブルして華麗にシュートしたるで? エキサイティングに決めるぞコラ!」
「あ、そうそう! そういう感じだよな!」
いつも通り仲良く口論しているイオリとトマスから視線を移すと、ホノカがミサキとラボの状況の確認に勤しんでいた。
「んー。ラボの施設はほとんど使用不能になってるわねー。中央棟のナノマシン精製プラントに至っては木っ端微塵よー。中から吹き飛ばされてるみたいだから、復旧余地ゼロねー」
「……中から? ということは、やっぱり西園寺が自分で爆薬を仕掛けて消し飛ばしたってこと?」
「ま、たぶんそうじゃないかなー。監視カメラの映像まで綺麗に消されてるし、確たる証拠は出てこない気がするけどねー」
少し待っていると、アーニャがお茶を入れ終えて全員に集まるよう声をかける。
「みなさん。お茶が入りました。冷めないうちにどうぞ」
着席していたハルキの前に、ティーカップに入った紅茶が差し出される。
ホノカ、ミサキ、トマス、イオリも席に着いた。格納庫の隅に設けられた即席の会議スペースで、作戦会議が始まる。
「さてー。まずは状況の確認からー。ハルくんにもリっちゃん拉致現場の目撃者として同席してもらうから、みんなよろしくねー」
ホノカがそんな風に号令をかける。ハルキの同席に誰も異論を挟まなかった。
「最初は、確実なところからいきましょうかー。
サキちゃん、リっちゃんがさらわれた状況がどうだったか教えてー」
促されて、ミサキは思い出しながらリゼがさらわれた状況を解説する。
「ハルキと中央棟に乗り込んでリゼの部屋の前までたどりついた。そこで、意識のないリゼを抱えた西園寺を見かけた。その隣には、アーニャが倒れていたわ。
捕らえようとしたけど、大きなジャケットに乗って逃げられた。『リゼの力が必要』と言っていたから、すぐに殺されてはいないと思う……たぶんね」
「そのデカブツ、僕が仕留められなかったやつだ。セパードと三機で挑んで返り討ちにされて、ザンサスの脚も破損しちまった。便宜上、人馬って呼んでる」
トマスは心底悔しいらしく、珍しく声に苛立ちがそのままこもっている。自責の念も感じられた。
ミサキの説明に、ハルキが大切なことを付け加える。
「西園寺さん……いえ、西園寺は、人体機能付与型ナノマシンを使っているみたいでした。俺が警棒で殴りかかろうとしても近づけなくて、見えない力で殴り返されました。ミサキが守ってくれたから無傷でしたけど、そうでなければ大怪我をしていたと思います」
アーニャとミサキも、リョウジの能力に言及する。
「副所長がマスターに危害を加えようとしたため、お守りしようと前に出ましたが、間合いに入る前に迎撃されて気絶してしまいました。申し訳ありません」
「私でもそう簡単には破れないくらい、強固な斥力場を張っていたわよ。
あの男は、いったい何なの?」
ホノカは空中で人差し指をぐるりと回してから、推論を述べる。
「それがねー。リョウジさんが適応者だった、という記録は公安にはなかったわー。
たぶん、常緑あたりから人体機能付与型ナノマシンを手に入れたんじゃないかしらー? 適合するあたりがさすがって気がするけど、まさに獅子身中の虫よねー」
ラボの実質トップの副所長がテロの実行犯だった、という状況は最悪である。襲撃の前にセキュリティを事前に落とすこともできただろうし、それ以外にもあらゆる工作が可能だっただろう。怪しまれない範囲で、最大限の工夫をしてきたはずだ。
「そこまでして、どうしてリゼをさらう必要があったんですか? 公園でリゼを狙ってきたときは、さらうと言うより殺そうとしていましたよね?」
ハルキは素朴な疑問を気が付いたままに尋ねた。目撃者として同席を許されているものの、その立ち位置に甘んじているつもりはなかった。
リゼを助けるためにできることは、なんだってするつもりでいた。少しでもリゼとリョウジに迫ることができるなら、煙たがられても議論に加わっていく。
その問いかけに、ホノカは眉間にしわを寄せながら考え込んでいる。
「さらった理由……。うーん……情報不足ねー。
このラボ以外にも、アジア圏でナノマシン製造プラントが同時に襲撃されている件と、何か関係がありそうな気はするんだけどね-」
ホノカが右手をふわりと振ると、会議卓の上にたくさんのホロが展開されて、各国のニュースが一斉に表示される。
『違法ジャケットによる襲撃により、ナノマシン精製プラントが破壊され———』
『無人のジャケットがプラントに侵入し、破壊活動を———』
『武装組織がナノマシン製造施設に押し入って銃を乱射し———』
日本各地とアジア圏の国々でナノマシン製造プラントが襲撃されている、という記事が並んでいる。中にはライブ中継されている現在進行系のものもあった。
どのニュースも場所が違うだけで言っていることはほとんど変わらない。襲撃したジャケットが有人機なのか無人機なのかという違いくらいはあったが、筋書きはこのラボで起きた悲劇と同じだ。
突然、アジア中のナノマシン製造プラント群が襲撃され、一方的に破壊されている。
まさしく同時多発テロだ。
「ここだけじゃないのか……。だとしたら、目的はナノマシンの撲滅とか?」
そんなハルキの思いつきに、トマスが食いついて指摘する。
「そう単純な話じゃないと思うぞ。いくら設備を破壊しても、また誰かが作るだけだろ? これだけ生活に浸透したものを、いきなり捨てることはできねえよ」
ニュース記事を眺めながら、一同で思考を巡らせる。
ホノカは公安のデータベースらしきものとにらめっこしながら唸っている。ミサキとトマスはここ数ヶ月のリョウジとリゼの身辺を洗っているが、あからさまに怪しいところは早々出てこないようだ。
しばらく沈黙が続いたあと、イオリが唐突に口を開いた。
「ん? なぁ、腹黒イド。これ、何かわかるか?」
「……それが私に対する呼称だとすると、イオリさんとは一度じっくりお話しする必要がありそうですね」
アーニャはお茶のおかわりを用意していた手を止めると、文句を言いながらもイオリが開いていたホロ・モニタをのぞきこんだ。
「なんかヒントでもないか思うて、ラボのサーバにゴリ押しで侵入して副所長に関係するログを漁っとったんや。違法なのは百も承知やで?
そしたら、片っ端から研究データが消されとるんよな。まるでラボごと畳むんかっちゅー勢いや。この時点で、なんかおかしいやろ?
ただ、サーバから消される寸前にうちの人工知能くんがパク……サルベージしとったデータがあってな。その中に、副所長がナノマシンの設計データを編集したログが残っとったから、暗号化を解除して中身を見てみたんや。
副所長が扱っとったナノマシンの名前は『Z-001 white goo』。データの中身は、こんな感じや」
アーニャは、イオリが表示したナノマシンの設計データをしげしげと見つめて、数秒ほど考え込むそぶりを見せた。実際、推論エンジンを回すのにそれくらいの時間が必要だったのだろう。
顔を上げたアーニャは、確証はないと前置きをしてから答えを述べた。
「私のナノマシンに対する知識は、『門前の小僧習わぬ経を読む』という程度です。ですから、知識不足を推論で埋め合わせた推測となりますが……。
———これは、大気中で増殖するように造られたナノマシンでしょう。増殖抑制用ナノマシンも取り外されています。これが大気中に一定以上の濃度で散布されたら、地球上に余さず拡散するはずです。ただし、精製条件が非常に厳しいので、製造にはこのラボよりも遥かに大規模なプラントが必要になります。それにこれだけ複雑な設計であれば、散布にあたっての各種パラメーターの調整は専門家であっても苦労するはずです」
空気が凍り付いた。ホノカも、ミサキも、トマスも、イオリさえも、アーニャがつぶやいた言葉の意味を正しく理解できるまでに時間がかかった。
増殖抑制用ナノマシン。
グリーフ・ブレイカーの説明を受けたときに聞いた単語だ。
自己複製機能でナノマシンが無限増殖することを避けるために、増殖速度を調律し、増えすぎたナノマシンを破壊することでバランスを取るための機構。
それが取り外されているということは、このナノマシンは『無限増殖する』ことになる。
つまり、それは———
最初に反応したのはイオリだ。
「ちょ、ちょっと待ちや。これをバラまいたら、ナノマシンで地球が埋め尽くされて世界が終わるっちゅーことか? おいおい……まさか副所長たちの目的って……」
ホノカがイオリの意図を受け取って続ける。
「世界中を増え続けるナノマシンでべとべとにしちゃうぞー、ってやつー? 古典的には『灰色のべとべと』って呼ばれるシナリオよねー」
間延びしたいつもの口調だが、言っていることはおっかないことこの上ない。
すなわち『世界が滅ぶ』と言っている。
機密指定レベル九。ナノマシン・セルフレプリケーターによる最悪の展開。まさか、そんな馬鹿げたことを本当に実行するつもりなのだろうか。
ところが、アーニャの解説がその想像を覆す。
「……いえ、この設計では、そこまでの事態にはならないはずです。
大気中で増殖する以外の機能が、何も付与されていません。それに設定された増殖条件———原材料や組成が非常に厳しい上に構造が脆いので、大気中にごく限られた希薄な濃度まで拡散するのがせいぜいでしょう。
増殖してしまえば除去は容易ではありませんが、世界中に拡散しても、人体や地球環境に致命的な影響はないと予測します。中長期的には、健康被害などが懸念されますが。
簡単に言えば、『勝手に増える除去困難な微細な塵』とでも申しましょうか……」
イオリが椅子に座ったまま盛大にずっこける。
「はぁ? 実質、無害ィ? ただの塵ィ? なんでそんなもんをわざわざ設計しとるんや……意味わからんやろ……」
イオリはお手上げのポーズをしているが、ホノカは心当たりがあるようだ。
「んー。常緑が犯人だとしたら、政治的宣伝が目的かしらねー?
撰修人種がこんな厄介なものを作ったせいで、世界中にバラまかれたぞーって喧伝して、反対派の勢いを煽ろう、みたいな。
名前がグレイ・グーじゃなくてホワイト・グーなのは『害がない』って言いたいのかなー?」
「なんや、マッチポンプもええとこやんけ。自分たちでバラまいといて、自分たちで騒ぎおるんか? まあ、害がないっちゅーても、そないなけったいなもんをバラまかれたら、そら市民感情は一気に悪化するやろうけど。
にしても、そこまでして反対派を勢いづけてどないするつもりなんや?」
イオリの感想もごもっともだが、ミサキは別の観点から指摘する。
「それで儲かる連中がいるんでしょ? テロリストといっても、損得勘定はあるんだから」
トマスも首を縦に振って同意している。
テロ組織といっても、何かしら利得がなければ行動しない。それは間違いない。
「ふーん。そういうもんか?
ま、もうちょい解析してみるわ。他にも量子暗号化されとるファイルがあるんよな。今さら、『機密指定レベル九』って書かれとっても開くのを躊躇せえへんで? 意地でも解錠したるわ」
そう言うと、イオリは機材が整っている格納庫の奥に移動していった。
ホノカは、椅子の背もたれに体を預けて大きく背伸びをしてから、勢いよく起き上がる。
「さてー! とにもかくにも、わたしたちとしては、リっちゃんの警護がミッションなのは変わらないわー。早く探し出して救出しないといけないわねー。もう少し外堀を埋めたら、アレの出番かしらねー」
ふん、と気合いを入れたホノカが胸を張ったところで、電子音が鳴り響く。
ピピピピッ。
トマスの腕時計型端末への着信だった。
「なんだ、ニックか。どうした?」
トマスが応答すると、落ち着いたトーンの英語が聞こえてくる。
≪中佐から警備課に伝えたいことがあるそうだ。すぐに来られるか。
悪いが、急いでくれ。中佐がいつまで保つのか、わからない≫
その場に残っていた全員が目を見合わせた。




