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破滅に抗う光(1)



 ふたつの人影が、遠くに見える。

 どこにでもいそうな青年と、痩身の男。顔はよく見えない。

 二人が静かに言い争っている声が、耳に届いた。

「止めに来たんだよ」

「君が? ひとりで? 悪い冗談だな」

 辺りは薄暗い。天井は高いが、窓はない大空間。どこかの地下だろうか。

 やがて、いくつかの情景が脳裏をかすめていく。

 青年は、ボロボロになった体に鞭打って立ち上がる。

「これだけ痛めつければ、普通は立ち上がってこられないものだが」

「いやぁ……ちょっとばかり鍛えてましてね」

 きっと、譲れないものが二人にはあって。

 その先に破滅が待っているとしても、突き進むことを選んだ。

「残念だが、これで終わりだ。その傷では助からない」

「死なない……。死ねない……。助けるって、約束したんだ……!」

 見覚えがあるような気がする。ないような気もする。

 起きるかもしれないし、起きないかもしれない。

 そんな、世界の記憶の残滓。


「———また、今回は(・・・)ずいぶんと厄介そうなものを()たわね」

 束の間の微睡みから目覚めたホノカは、ゆっくりと椅子から身を起こす。その炯然けいぜんたる厳しい眼差しは、昼行灯の彼女のイメージから大きくかけ離れている。

 爪を隠していたはずの鷹が、本来の鋭さを取り戻していた。



 ***



 リョウジが姿を消した後、ほどなくして空軍の戦闘攻撃機と随伴ドローンがやってきて、残存していた攻性機動無人機ワンダラーは機銃掃射と対ジャケットミサイルであっという間に駆逐された。攻性機動無人機ワンダラーに搭載されていた人工知能は空中からの攻撃を想定していなかったらしい。棒立ちしたまま、撃たれるに任せて全滅していった。

 それから、一時間が経過していた。

 ラボの至る所から火の手が上がっている。消火活動は続いているけれど、まだ完全に鎮火するには及ばない。放たれた炸薬と弾丸の量があまりにも多すぎた。

 建物の残骸などに生き埋めになった人々は、刻一刻と命をすり減らしながら助け出されるのを待っている。押しつぶされて命を落とした者も多いだろう。榴弾の直撃を受けて、ただの染みや塵になってしまった人間も多かれ少なかれいるはずだ。

 まだ、ラボの上空を戦闘攻撃機と攻撃ヘリが哨戒し続けている。安心できると同時に、せわしなさも感じる。そんな様相だった。

 ハルキは、ザンサスの格納庫の入り口の床にひとりで座り込んでいた。他には誰もいない。

 誰にも見咎められない場所で、ただひたすら、自らの意志で話すようになったグリーフ・ブレイカーと対話を続けていた。

「なあ。どうして今になってしゃべるようになったんだ? これまでは気まぐれにアナウンスするくらいだっただろ」

『回答します。当機は、操者ホストの安全を確保するため、無効化されていた能動的思考ナビゲーションを、自律的に有効化することに成功しました』

 能動的思考ナビゲーション

 ミサキから、頭の中に汎用人工知能がいるようなもの、という雑な説明を受けていた。

「自分で考えて俺に話しかけてくるようになったんだよな?」

『その通りです。あなたを守るために、当機は最善の選択肢を提供し続けます。当機の最上位命令プライオリティ・ワンは、操者ホストを存命させることです』

 気絶している間に体を勝手に操られていたが、身の安全のためにミサキに保護を求めていた。たしかに説明と一致する。

「……俺をどうこうしようって意志はないんだな?」

『どうこう、という言葉の定義が理解できません。もし「害意はないのか」という質問であれば、肯定します。当機は、操者ホストの心と体の安全の確保以外に、行動指針を持ちません』

「じゃあ、俺の体を操ったり、乗っ取ったりすることはできるのか?」

『肯定します。限定的に実行可能です。

 操者ホストに危険が及び、睡眠中を含めて意識を喪失している状況に限って、緊急回避措置として本機が操者ホストの肉体を制御することが可能です。

 もしくは、操者ホストの許可があれば、意識の有無を問わず肉体を制御することが可能です。

 それ以外の条件下では、実行不能です』

「……そうか。わかった」

 説明をそのまま鵜呑みにするなら、過度に心配しなくても良さそうではある。

 他にもナノマシンとしての能力について尋ねてみたが、これまでにリゼとアーニャから聞いた情報と違いはなかった。人間離れした回復能力を実現すること。反面、少しずつ人体の組成から離れていっていること。ナノマシン・セルフレプリケーターにより、稼働時間に制限がないこと。

 そして———除去する方法は、存在しないと思われること。

『当機を安全に除去する方法は、当機のデータベースには記録されていません。開発者である藤原利世に確認されることを推奨します』

「なら、俺がどれくらい人間離れしたのかはわかるのか?」

『現在の乖離指数、百二十八。正常値はゼロからプラスマイナス二十と規定されています。

 ただし、この指数は藤原利世が時系列での変化を観測するために便宜的に定義した相対値です。絶対値がいくらになれば人類の枠組みから外れるのか、定義はされていません』

「……じゃあ、あまり役には立たないな。数字が大きくなるなら進行している、程度の目安か」

『肯定します』

 現時点でどの程度「人間ではなくなっているのか」が気になったが、はっきりと知る術がないのでは気にしてもしかたない。数値が大きくなる速度に気をつける、くらいしかやれることがなかった。

 最後に一つだけ、グリーフ・ブレイカーに提案する。

「グリーフ・ブレイカーって長くて呼びづらいからさ、グリでいいか?」

『当機の別名エイリアスとして、「グリ」を設定しました。以後、グリを個体識別名として認識します』

「お、おう……? じゃあ、よろしくな、グリ」

 思いのほか簡単に愛称を設定できたことに面食らったものの、まるで子ども向けの絵本で見たような名前になってしまったことが少し滑稽だった。世界を滅ぼすかもしれない、などと評された科学技術の結晶の名前が『グリ』である。少し笑える。

 一段落して、ふと空を見上げる。まだ真っ昼間なのに、上空を黒煙がゆったりと漂っているせいで薄暗く感じる。

(気が滅入るけど、落ち込んでるわけにはいかないよな)

 リゼが、リョウジに拉致された。どうにかして助け出さなければならない。困っていたら助ける。そう約束したのだから。

 まずは、自分でもやれることを探さなければ。

 決意を新たにすると、そこにアーニャが通りかかる。

「ハルキさん。お怪我の具合は大丈夫ですか?」

「もう治ったよ。痛くもなんともない」

 言いながら、左腕をぷらぷらさせて見せる。

 巨大な人馬のジャケット———セントールに遭遇したとき、何かの爆風に巻き込まれて宙を舞い、意識を失った。リゼがさらわれたあとで精密検査してみると、左腕に骨のひび割れが見付かっていた。

 それから三十分。すでに怪我は完治している。

「……今のハルキさんの体の状態ですと、いち早く完治されたことを『良かったですね』とお祝いすることが正しいのか、私には判断がつきません。それでも、ハルキさんが無事で良かったです」

 アーニャは精一杯の苦笑いを浮かべていた。汎用人工知能には、本質的には感情がない。それでも、気遣ってもらえていると感じられることはありがたかった。

 彼女にひとつ、報告しておかなければならない。

「アーニャさん。グリーフ・ブレイカーが、自分で考えてしゃべるようになったよ。色々と『こいつ』にも聞いてみたけど、やっぱり除去する方法はリゼに考えてもらうしかないみたいだ」

「……能動的思考ナビゲーションが有効になったのですね。命の危機に呼応してロックが外れたのでしょうか。

 私は、何が起きているのか推論することはできますが、具体的な治療はできません。申し訳ありませんが……」

 恐縮しているアーニャを見ていると、中央棟で研究員達を虐殺したアンドロイドと同じ存在だとは到底思えない。やはり彼女も、一皮剥けば無機質なフレームが中から出てくるのだろうか。あまり想像したくなかった。

 侵入したアンドロイドたちは、銃火器を装備して中央棟の中を徘徊していた。彼らの銃弾と凶刃に倒れた研究員の数は、まだ正確にはわかっていない。

 思い出すだけで、怖気がする光景だった。まるで辺り一面に赤黒いペンキを———

「ハルキさん? どうかされましたか?」

「あ、いや。なんでもないんだ」

 アーニャに顔を覗き込まれて、慌てて取り繕う。むしろ思考に割り込んでもらえて幸いだった。鮮明に思い出してしまうと、ひどい吐き気に襲われてしまう。

 彼女の人懐っこい仕草に、こういう状況だからこそ助けられる。

(……アーニャさんの性格とか言動って、もしかしたらリゼの理想が反映されてるのかもな?)

 ふと、そんなことを思う。リゼに指摘すると、長い髪を振り乱して否定する予感がしたけれど。

 そうこうしているうちに、アーニャの後ろからトマスがやってきた。

「ハルキか。無事でなによりだ。これからどうするかホノカたちと考える。お前さんが何を見たのかも確認したい。アーニャも頼む」

「わかった」

「承知しました」

 ハルキたちは格納庫の奥に向かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] ホノカさんそれ、どう見ても超能力の中でも特に有名なアレですよね?
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