開演(4)
襲撃が始まってから七分後。
トマスはニック、ハンツと合流し、攻性機動無人機の掃討を着々と進めていた。
三機は散開して建物の影に身を隠している。中央通りの噴水広場の左右にトマスとハンツ、少し離れた小道にニックが陣取って小休止を取っていた。
≪思いのほか手間取るな。一機ずつならいいが、固まっていると急に面倒が増える≫
ニックが直前の戦闘を振り返って呟いた。トマスも同意する。
≪こっちに気付くとその後の反応は機敏だったな。対ジャケット戦のルーチンが組んであるんだろうよ。一機ずつ釣りたいところだが、そうもいかねえな≫
レーダー上では、敵影が固まっている。
≪倒したのが七機。残り六機。三機ずつの二グループか……きついな。
お前ら、まだ残弾あるか? 僕はそろそろヤバい。あと二機がせいぜいだ≫
ニックから先に応答がある。
≪同じやり方ならあと二機、といったところか。私は弾切れしたらナイフで構わんが≫
さすがに格闘戦が十八番とあって心強い返答だが、実際には多少のやせ我慢が混じっている。ナイフだけで銃を携行したジャケットを相手取るのはリスクが高すぎる。
一方のハンツは、お手上げと言わんばかりの口調で返してくる。
≪俺はもうからっけつだ。次で弾切れだなぁ≫
紛争地帯の最前線ならともかく、平時に警備についているジャケットが重武装しているはずもない。弾薬の携行数も最低限度で、節約しても、暴れ回る十三機を三機で相手取るには厳しいものがある。
ハンツから再び通信が入る。
≪なぁ、トマス。お前んとこの格納庫は無事なんだろ? 十二・七ミリ弾くらいあるだろ。出せないのか?≫
射撃頼みのハンツだけに、弾切れは避けたいのだろう。格闘戦ができないわけではないにしろ、やりたくはないと見える。
『ホノカ。うちの弾薬をこいつらに拠出しても構わないよな?』
日本語でホノカに許可を求めると、間髪入れずに答えが返ってくる。
≪弾薬の提供は問題ありません。あとでこちらの報告書に署名さえしていただければ≫
ニックとハンツに手早く伝わるように、ホノカの回答はあえて英語だった。
ハンツはその答えを聞いて上機嫌に口笛を吹く。
≪ヒュー。そっちの上官はべっぴんな上に物わかりも良いってか。トマスの代わりに出向させてもらえませんかねぇ?≫
緊迫感を和らげるためかハンツは軽口を織り交ぜていたが、ニックもトマスも何も反応しなかった。
ひとつの機影が、唐突に動き始めたからだ。
緊張が戻ってくる。ニックが全員に注意を促す。
≪一機が動き出した。早い。すぐにこちらに来る。補給は後回しだ≫
トマスもレーダーを確認する。一機だけ「データベースに該当無し」となっていた謎の巨大な機体が、中央通りの奥に陣取ろうとしていた。
建物の影に隠れたまま、ザンサスのライフルの先端についているカメラを突き出して敵影を確認する。
敵ジャケットのシルエットを確認して、トマスは息を呑んだ。
≪———見えてるか。デカい。全高七メートルオーバーだ≫
≪ああ。私にも見えている。特注品だな。トマスやハンツには、特注品の方が通りがいいか≫
ニックの言うとおり、敵影は既存のよく知られた機体の形状に該当しなかった。
ザンサスより二倍近く高い、すらりとした細身の長身。
しかし、何よりも特徴的だったのは、その『脚部』だ。
ハンツも遅れて視認したようで、その異様さに驚いている。
≪俺も確認した。なぁ、ああいう形の伝説上の生き物っていたよな? なんて言ったか……≫
ニックが苦笑しながら答える。決してハンツの学のなさを笑っているわけではなく、あんなものを真面目に製造した人間がいることがおかしいのだ。
≪人馬。人の上半身と馬の下半身を併せ持つ、ギリシャ神話の怪物だ≫
敵機の脚部は、馬と同じような胴体をしていた。その先端に人型の上半身が乗っかっている。まさしく人馬と形容するにふさわしい。
そして、そんな機体が右手には巨大なランスを、左手には全身を覆い隠す大きさのシールドを携えている。馬上の西洋の騎士を気取っているように見えた。
トマスは少しでも相手の戦力を量ろうとするが、あまりにも既存の枠組みから外れていて予測ができない。設計意図も不明だ。
(街中で四脚なんざデメリットの方が大きいはずだ。取り回しが悪い。正直、馬鹿げてるナリだが……かえって不気味だぜ、こいつは)
戦術リンクを通じて状況を把握しているホノカから通信が入る。
≪こちらでも機影を確認。対象をセントールと呼称します。どんな武装を持っているのかわからない。慎重に対処して。
それから、初動が遅れたけど、環太平洋連合軍の戦闘攻撃機がスクランブル発進します。あと八分で到着。陸上戦力の援軍は第一陣があと二十分で現着予定。それまで保たせて≫
≪了解。任せとけって≫
トマスは返答しながら、どう戦うか考える。
牽制して戦闘力を量りたいが、残弾が少ないので無駄玉は撃ちたくない。かといってデカブツ相手に無策で突撃はありえない。
(……ん? なんだ? こいつ、何かやろうとしてるのか?)
セントールの様子がおかしい。シールドを持った左腕を前に、ランスを持った右腕を後ろにして、弓を引き絞るような動作をしている。ただ、ほぼ正面から見ているので何をしているのか、はっきりとはわからない。
そのとき、ハンツのセパードが、建物の影から少しだけ身を乗り出そうとしているのが見えた。
≪ライフルのスコープだと細部がよく見えねえ。頭部複合カメラならもう少し見え———≫
≪———ハンツ! 避けろ!≫
ニックがハンツに向かって叫んだかと思うと、真っ白な光条が一瞬で視界を横一文字に薙いだ。
ボッ! ヒィィィィィン……。
何かが瞬間的に燃え尽きる音がして、残響が耳に残る。
≪ハァァァァァンツッ!≫
トマスも叫ぶが、ハンツの応答はない。
ハンツがいた場所を見ると、盾にしていた建物の外壁ごと、セパードの姿が消えていた。吹き飛ばされてどこかに転がっているのか、全身が消失したのか、判別できない。
ニックから通信が入る。その声のトーンは暗い。
≪……ハンツの生体反応が拾えない。セパードの反応もない。残念だが我々だけでどうにかするしかないようだ≫
頭を切り替えなければならない。呆けていたら、殺られる。
≪———ニック。そっちから攻撃手段は見えたか?≫
そのあとのニックからの返答は、信じがたいものだった。
≪携行式の電磁投射砲だ。間違いない≫
電磁投射砲。射撃兵器としてジャケットが持ちうる最大威力の兵装。
一キロ以上離れた位置から、シールドごとジャケットの装甲を簡単に貫通する攻撃力を誇る。同時に、ジャケットが戦車を真正面から屠ることのできる数少ない攻撃手段の一つでもある。
しかし、その運用には二つの大きな課題があった。
≪電磁投射砲って……そのレールはどこにあるんだよ。そんな長物を持っているようには見えなかったぞ≫
第一の課題として、弾体を加速するための長いレールが必要になる。設計によるが、たいていは四メートルを超える銃身を保持しなければならない。機体の運動性を損なう上に、持っているだけで非常に目立つ。携行しているジャケットは真っ先に狙われることになる。
≪レールが見当たらないからくりは、これを見ればわかる≫
トマスのコンソールに、ニックのセパードが録画した、攻撃の瞬間の映像が映し出される。わずかに斜め手前の位置から撮影されていたため、セントールの手元が見えた。
左右の腕の下部に、長い棒状の構造物が映っている。
≪……両腕の下に連結式のレールを懸架してたのかよ。弓を引き絞っているみたいに見えたのは、左右のレールをつないで発射しようとしてたってわけだ。クソが≫
ニックの解説はなおも続く。
≪あの人馬の形状の意味もこれでわかった。十中八九、巨大な下半身の中に動力源が搭載されているんだろう。単騎で完結する電磁投射砲の運用機、というわけだ≫
電磁投射砲の第二の課題。
それは、実用的な威力を担保するには、外部電源が必須になることだ。ジャケットの貧弱な内蔵バッテリーで発射するくらいなら、大口径の狙撃銃で火薬満載の実弾を発射した方が、威力も射程も数段上だ。それどころか、対ジャケット戦だけを想定するなら、電磁投射砲は完全に威力過剰になる。実弾を使った方が効率がいい。
それでもあえて電磁投射砲を装備するなら、機動性を犠牲にしてでも外部電源を携行するか、随伴機に外部電源を持たせるか、いずれかの対処が必須になる。
セントールは単騎で強引に課題を解決していた。連結式のレールはそれほど目立たず、動力源は巨大化した機体の中に搭載されている。
≪子どもの思いつきをそのまま具現化したようなジャケットじゃねえか。ロマンあふれすぎだろ≫
≪同感だ。汎用性も何もない。夜空に浮かぶ人馬———射手座の矢がモチーフなのかもしれないが、愚かな発想だ≫
たしかに兵器としては馬鹿げていた。ありふれた二脚のジャケットに電磁投射砲を携行させた方が何倍もコストが安く済むし、取り替えが利く。
しかし、だからといって油断していい相手ではない。
≪今は都合の悪い相手だ。空軍が援護に来るまであと七分。
逃げ回るにしても、放置すると近づいてくる戦闘攻撃機を撃墜されかねない。先に他のジャケットを倒そうにも、後ろからあれで打たれることを考えたら無視はできない≫
≪要するに、僕とお前でぶっ倒すしかないってことだな≫
電磁投射砲はたしかに警戒すべき兵器だが、付けいる隙はある。




