開演(3)
ホノカからの通信を受けて、ミサキも出撃していた。
『———ハウンドスリーは藤原利世を捜索、保護。最終確認位置は中央棟。
ハウンドワンとハウンドツーは敷地内の敵性ジャケットを制圧。ハウンドスリーを援護』
「ラジャー」
ミサキは、病棟の奥にある小さなグラウンドの片隅にいた。ハルキがリハビリ初期にジョギングしていた辺りだ。
「権限行使宣言」
『P-425 rampage、活性化完了』
即座に人体機能付与型ナノマシンを活性化し、斥力場を足元に向けて跳躍する。
三階建ての病棟の屋上に躍り出て、辺りを見回す。
ラボの敷地中から無数に煙が上がっている。その様子から、襲撃開始時に地面が大きく揺れたと感じたのは、一度に数多くの砲弾がたたき込まれたからだと推察できる。
中央棟まで、見える敵影はひとつだけ。灰色のジャケットが一機、火器をぶら下げてうろうろしている。通りに動いている人影は見えない。
これなら問題なく突破できる。中央棟に向かってまっすぐに駆け抜けることに決める。
屋上から飛び降りて、表通りにふわりと着地する。
『反応型防御壁展開率、七十』
ナノマシンからのアナウンスが頭の中に響く。銃火器で武装した敵機がいる以上、防御をかなぐり捨てるわけにはいかない。流れ弾一発で即死する危険性があるからだ。
確実に身を守れるだけの余力を残したまま、陸上選手以上の速度で駆ける。
(何人死んだ? 見えただけで数十人は……)
黒煙を上げる建物だけならいざしらず、道のところどころには倒れている人影もある。生死はわからないが、期待はできそうにない。それだけならまだいい。直撃を受けて、原型を留めず四散した人間がそこら中に『いた』としてもおかしくはなかった。
気が滅入りそうになるのを、下っ腹に力を入れて押さえこむ。
リゼがいるであろう中央棟まで、あと百メートルもない。
敵影は、正面に一機だけ。
無骨なデザインの、灰色のジャケット。左腕の下部に、マウントされた散弾銃のようなものが見える。手の指で保持するものではなく、腕に固定する懸架式のものだ。
たまたまミサキの方を向いていたので、早々に接近に気付いたらしい。左手を前に突き出して、まだ距離があるのに即座に発砲してきた。
ただ、距離があると言っても生身の人間を射殺するには十分に近い。ジャケットが放つ散弾なら、かすめただけで命はないのだ。人間相手の対応としては間違っていない。
ただ唯一、敵の見込みが甘かったのは、ミサキが適応者だったという点だ。
「このっ!」
前方の斥力場を厚くして、弾を逸らすように丸みを帯びた円錐形に展開する。
———直後、散弾が斥力場を掠めて背後に逸れていく。
ガガガガガッ!
建物や地面に命中した流れ弾が大きな音を立てる。巻き込まれた運の悪い研究員がいないことを祈るしかない。
そのまま、足を止めずに灰色のジャケットに向かって突っ込む。
「はぁっ!」
二発目が飛んでくる前に、正面から突き上げるように殴り飛ばす。相手がいくら散弾銃を構えていても、胸元に飛び込んで殴ってしまえば関係ない。
ミサキに打ち上げられた灰色のジャケットは、綺麗に放物線を描いて飛んで行き、奥にあった建物の二階に背中から衝突する。
それっきり、動かなくなった。
(武装しているだけで、公園で戦ったジャケットと中身は同じか)
ジャケットに詳しくないので、形を覚えているわけではない。ただ、殴ったときの感触には覚えがあった。ろくな装甲もなく、骨格を一撃で粉砕した確信がある。中に人間が乗っていれば当然無事では済まないが———その手応えはない。やはり、無人機で間違いない。
しかし、その目的が理解できない。
通りをうろうろするばかりでどこかを目指して移動しているようにも見えなかったし、ラボを制圧しようと陣形を組んでいる様子もない。見かけた人間に反応して発砲してくるだけで、統率されているようには感じられない。
(……無人機は攪乱さえできれば十分、ということ? 本命は別にいる?)
予想通りなら、無人機は陽動が仕事で、まさに敵の術中にハマっていることになる。
なおさらリゼのところに急いだ方が良さそうだ。
中央棟はもう目と鼻の先で、駆け出せばすぐに内部に———
視界の端に、見知った人影を捉えた。
「ハルキ!?」
建物の影にいたので発見が遅れた。ハルキは、片腕を押さえながら通りの端を歩いている。
リゼの保護が最優先ではあるが、ハルキをジャケットから発見されづらい場所に誘導しないと危険だ。BMI越しに見えるレーダー上では、表通りをジャケットがうろうろしている。放置するとばったり遭遇しかねない。
即座に転身して、ハルキの下までひとっ飛びで駆けつける。
「———ハルキッ! 外にいると危険よ! 建物の中に入って!」
声をかけると、ハルキはゆっくりと振り向く。
しかし、彼の口から発せられた言葉は、あまりにも異質だった。
「……浅野美咲と断定。操者との関係性……良好。
浅野美咲。当機は、齋藤悠貴の保護を求めます」
思わず顔をしかめる。
体はハルキでも、明らかに中身がハルキではない。目に魂が宿っていない。
「あなた、誰? ハルキがこんなときに冗談を言うとは思えない」
問いただすと、ハルキの皮を被った『誰か』がはっきりと答えた。
「当機は、X-003 grief breaker。操者が意識を喪失したため、身体の安全を確保するために能動的思考を有効化して行動しています」
能動的思考。
軍用のナノマシンの一部に備わっている、作戦行動を支援するための機能のひとつ。小規模な汎用人工知能がナノマシンに内蔵されており、使用者の判断や行動をサポートする。
知識として知ってはいたが、目の当たりにするのは初めてだった。
「……最近の人体機能付与型ナノマシンは、サポートどころか操者の体を勝手に動かすことまでやれるわけ? 信じるしかないから信じるけど。
それで、ハルキを安全な場所に移せばいいってこと?」
「肯定。齋藤悠貴の身の安全の確保を要請します」
もともとそのためにハルキに声を掛けたので、やることは変わらない。承諾する。
「時間がないから私が抱えて運ぶけど、それでいいわね?」
「了承。当機は輸送方法に要件を持ちません」
承諾を得たので、ハルキの体を抱え上げようと手を伸ばす。
———ところが、伸ばした手を、ハルキ自身に払いのけられた。
「やめろ、ミサキッ! ぐぅっ!? くそっ、頭の中でしゃべるな!
とにかく、俺は、行かないぞ!」
ハルキは頭を手で押さえながらにらみ付けてきている。その顔は苦痛に歪んでいるが、目に光が戻っていた。
「……ハルキね? 目が覚めた、ということかしら」
「———ああ。ずっとぼんやりしてたけど、ミサキの声が聞こえて、目が覚めたよ」
頭を大きく振ると、ハルキは一度だけ深呼吸して、ミサキに向き直った。
「頭痛はするけど、大丈夫だ。リゼのところに行くんだろ? 俺も連れて行ってくれ」
「正気? 死ぬわよ?」
ミサキは真っ当な心配をしたつもりだった。それなのに、ハルキから返ってくる言葉は自信過剰と言わざるを得ないものだった。
「俺が? そう簡単に死なないのは知ってるだろ。
連れて行ってくれ。嫌だと言われたら、勝手にリゼを探すだけだ」
「調子に乗らないで。いくら死にづらい体だからって、本当に不死身ではないのよ」
突き放す。それでも、ハルキは折れなかった。
「わかってる。でも、リゼと約束したんだ。困っていたら助けに行くって。
俺は、リゼにもう哀しい顔をさせたくない。だから、頼む」
その目には覚悟が宿っていた。瞳の奥に不撓不屈の意志が見える。心の底に生きる意味を刻んだ人間だけが発する、魂のきらめきが伝わってくる。
ハルキは、絶対に折れない。
「……説得しても無駄そうね。わかった。その代わり私の指示には従って。
お守り代わりにこれを預けておく。安全装置は解除してあるから、ボタンを押して相手にぶつけるだけよ」
ハルキに手渡したのは、接触型電撃兵装を内蔵した警棒だ。出力次第ではアンドロイドを一時的に無力化することもできる。下手な銃よりも素人には扱いやすい。
ハルキはホルスターごと警棒を受け取って、腰に掃く。
「ありがとう。でも、ちょっと意外だな。生真面目なミサキがこんなに簡単に折れるなんて」
「そうかもね。さ、時間がない。行くわよ!」
「よっしゃ! って、俺を担いで行くのかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
ミサキはハルキをひょいと片腕で抱え上げると、斥力場で一気に加速して中央棟に向かって突き進む。加速度に耐えかねてハルキが悲鳴を上げているが、この程度で根を上げてもらっては困る。この先はなおさら危険かもしれないのだから。
そして危険であろうと、ハルキはリゼの助けになりたいという一心でその道を選んだ。
(……本当に、お人好しなんだから)
少しだけ、胸がチクリとする。




