開演(2)
トマスがザンサスで出撃したときには、敷地内のあちこちから黒煙が上がっていた。
一部が消失、倒壊している建物も複数あり、炸薬を内包した榴弾が使われた形跡が見える。
戦闘服のBMI越しに視界に写し出される情報は、どれを取っても紛争地帯のそれだ。
「ジーザス……この国でこんな有様を見ることがあるなんてな……」
治安が安定した国家で多数の榴弾が街中に撃ち込まれる状況は、異常と言う他ない。これではまだ足りないと思うなら、少しあたりを見回してみるといい。その辺りにいくらでも非日常が転がっている。
頭から血を流しながらよろよろと壁伝いに歩いている研究者。片腕がない。
地面にうつ伏せになってもう動かなくなった同僚を起こそうと必死に揺さぶる警備員。
山積みになった瓦礫の隙間から突き出ている腕や足———もう十分だろう。
ここは『戦場』だ。いつものように小悪党をしょっぴくつもりで出撃したら、間違いなく死ぬ。直感がそう告げている。
ザンサスの装備を確認する。
右手には、十二・七ミリ口径のアサルトライフル。東軍でも採用されている標準的な武装だ。火力はそれなりだが、トマスにとっては扱い慣れた信頼できる装備だった。
左腕には、機体の六割ほどの面積を覆う積層シールド。軽量だが銃弾への耐久力は高い。銃弾を受け流すことを目的にしているため、丸みを帯びていた。
背中の腰下には、対ジャケット用の振動ナイフを帯びている。装甲の上からでも真っ直ぐに突き立てれば貫通する。胴体に刺されば致命的な損傷を与えられるが、接近戦はリスクが高い。あくまで最後の手段だ。
いずれの装備も、見た目ほどの重量はない。ジャケットの機動性が削がれないよう、カーボンやセラミックなどの非金属部品を主体に構成されているためだ。
「ザンサスはセパードほど火力と装甲が無いのが難点だが、警察用じゃしかたねえな。
さて、ミサキの位置は……」
ハウンドワンの目的は、リゼを救出に向かうハウンドスリーの援護だ。すなわち、彼女の近辺に存在する敵性ジャケットを制圧しなければならない。
ミサキの位置をコンソールで確認すると、敷地の反対側にいた。
「病棟の手前か? あっちで何やってたんだ、あいつ」
彼女はすでに移動を始めているようで、リゼのいる中央棟にはすぐに到着しそうだ。
「ミサキの進行方向に敵機が一機……と思ったら、力任せにぶん殴ったな?」
敵機のアイコンは数メートルほど瞬間移動して、動かなくなっていた。
「一対一なら援護不要じゃねえか。相変わらずおっかねー。
ってことは、中央棟の周辺を制圧して安全を確保した方が良さそうだ」
中央通りと中央棟の近辺には、複数の敵影が散開している。先に叩いておかないと、リゼを救出したあとでミサキが襲われる危険性がある。
「行くぜ、ザンサス! ハウンドワンより各機へ! 中央通りと中央棟近辺の敵機を制圧する!」
ザンサスが踏み込んで、一気に加速する。
盾を正面に構えて、容易にはロックオンされないよう、左右に跳びながら前に進む。
ジャケットの優位点は、あくまで機動力と瞬発力。
銃撃戦において直線的な動きをすれば、移動先を読まれて予測射撃で撃墜される可能性が高まる。したがって、戦地における移動速度や移動方向は『一定ではない』ことが望ましい。
乱数回避の出来は、ジャケットの生存率の根幹を成す要素だ。
(まぁ、乱数回避のおかげで加速度変動の身体負荷がヤバいんだけどなぁっ!)
左右に機体を大きく振りながら、ザンサスは対外慣性制御装置の力も使って一気に前進していく。
激しく揺れながら後ろに流れていく視界。
それでも、メインカメラは最初のターゲットを適確に捉えていた。
無骨な灰色のジャケットが、右腕にライフルを保持している。左腕に武装は見えない。
まだザンサスの接近には気が付いていない。斜め後ろを向いて棒立ちしている。
「ずいぶんお粗末な近距離レーダー積んでンなぁ! 気付けよ!」
敵機の識別は環太平洋連合軍所属になっているが、IFFロックを外したので友軍機だと認識していようと射撃に問題は無い。
———ロック。立ち止まらず、移動しながらトリガーを引く。
ダダダッ! ダダダッ!
三点バーストで発射された実弾が、敵ジャケットの背面装甲に飛びかかる。
途端、敵機はセンサーでザンサスに気付いたのか、飛び退こうとする。
しかし、間に合うはずがない。
そのまま全弾が命中。灰色のジャケットは、激しく揺すられた人形のように首をガクガクさせる。
そして、そのまま崩れ落ちた。
撃墜を確認し、すぐ飛び退いて建物の影に隠れる。開けた場所で立ち止まれば蜂の巣になりかねない。
(一撃かよ。防弾処理されてないのか? まぁ、楽でいいけどよ)
一息ついていると、個別回線からの通信を受信する。
≪トマス。調子は良さそうだな≫
聞き慣れたアメリカ英語。芯の通った落ち着いた声。良く知っている相手だ。
≪ニック! 環太平洋連合軍も出撃してるんだな?!≫
話しかけてきたのはアーネスト麾下の環太平洋連合軍の兵士、ニックだった。
彼は、模擬戦でセパードに搭乗していた着用者でもある。トマスにとっては、警察への出向以前から面識がある昔なじみで、格闘戦のプロだ。本名はニコラスだが、トマスはニックと愛称で呼んでいる。
近くに姿は見えないが、通信元がセパードだと表示されているので出撃済みなのは間違いない。
≪もちろん我々も出撃している、と言いたいところだが≫
ニックの返答中に、別の兵士が割り込んでくる。
≪悪いが、出てるのは俺とニックだけだぜ≫
いかにも育ちが悪そうな、野卑な太い声。
≪ハンツも出てんのか!≫
ニックの相棒のハンツだった。野蛮な印象とは裏腹に、繊細な射撃戦に秀でている。ニックほどではないが、彼との付き合いもそれなりに長い。
トマスにとっては見知ったメンツだけに、この状況では非常に心強い。
≪ニックとハンツがいるなら百人力だ。でも、二人だけってどういうことだ?≫
≪他はほとんど初撃でやられちまった。俺たちは気まぐれに訓練で外に出てたから無傷だったが、格納庫ごと他のセパードは全部パァだ≫
背筋を冷たいものが伝っていった。
≪おいおい……全滅したってのか?≫
≪そうだ。こちらは二小隊とも機能していない。死傷者の数もまだ把握できていない有様だ。榴弾を雨のようにたたき込まれたからな。虎の子の適応者も、消息不明だ≫
ニックの声には抑揚がない。普段から冷静沈着な男だが、いつも以上に、湧き上がる負の感情を抑え込みながら話しているように感じられる。
≪実に周到な襲撃プランだ。少し前に、軍のサーバーにハッキングがあっただろう? おそらく、あれは本件の準備だ。敵味方識別装置のデータはそのときに盗み出したんだろう≫
≪けっ。何が『重大なデータの流出は確認できなかった』だ! これだから事務屋のやることは信用できねえ≫
ニックの推測は、たしかにもっともらしい。攻撃を受けるまで敵襲に一切気付けなかった理由の説明になっている。
≪……状況は理解した。頭が痛いが、ここで油を売ってるわけにもいかないな。やれやれ≫
トマスがため息をつくと、ハンツが相づちを打つ。
≪おうよ。目にもの見せてやらねえとな。幸い、敵のジャケットはそれほど怖くねえ。俺とニックで二機ぶっつぶしたが、近づかなけりゃ反応しなかった。
ザコをとっとと制圧して救助にあたらねえと、そこら中が真っ赤なペンキをぶちまけたみたいになっちまうぜ≫
ハンツはいつもの調子でおどけて見せているが、誰よりも情に厚い男だ。堪忍袋の緒が切れそうなのを、プロとしての忍耐がかろうじてつなぎ止めているに違いない。
しかし、感情のままに戦っていては、ザコ相手と言っても足元をすくわれかねない。
この場は、万全を期すために共闘するべきだ。
≪僕としては、お前らがいるなら心強い。背中を預けていいか?≫
≪オーケー。当然だろ?≫
≪同意する。ところで、例の凄腕の彼は今日はいないのか?≫
ニックが痛いところを突いてくる。模擬戦でハルキを『凄腕』に仕立ててしまったので、ニックとハンツは当然期待しているに違いない。
≪あー。あいつは負傷中で出撃できねえ。悪いがこっちは僕と技官のイオリだけだ≫
≪マジかよ! あいつを負傷させるって、一体なにがあったんだ?≫
ハンツの驚きは大げさとも取れたが、『コブちゃん仕様のザンサス』の化け物じみた機動を目の当たりにしているので、過大評価になるのも無理はない。
≪いや、詳細は機密事項なんで話せないんだが……≫
言いよどんでいると、ちょうどイオリから通信が入る。トマスは助かった、と胸をなで下ろす。
『こちらハウンドツー。出撃したで。偵察用ドローンも起動した。そのうち敷地内に展開されるやろ。ハウンドワンに合流するわ』
セパード二機が戦列に加わったことは、イオリにも連携する必要がある。しかし、軍と警察は互いの通信を常時オープンにしているわけではない。イオリとニック、ハンツたちが会話できるよう、通信の中継をザンサスに指示する。
(……よし、中継できたな。ホノカに許可をもらってねえが、現場判断優先ってことで)
中継がかかったことを確認してからイオリに応答する。ついでに、コールサインの使用を中止する。ニックたちには伝わらないからだ。
『こちらハウンドワン……もといトマス。イオリ、お前さんはミサキの援護に向かってくれ。こっちは環太平洋連合軍の昔なじみと合流できそうだ。敵ジャケットの掃討は僕たちに任せろ』
『ハァ? 東軍の連中がなんやて? わんちゃんの手なんか借りてどないすんねん。お手でもしとったらええやろ』
イオリは環太平洋連合軍への印象が最悪なので、口が悪くなるのも致し方ない。致し方ないが、その通信は英語に自動通訳されて、すでにニックとハンツにも届いている。
≪……自動通訳機能の故障でなければ良いが、セパードが罵倒された気がするのは錯覚か? それに我々を東軍と俗称で呼ぶのはやめてもらいたい。あくまで環太平洋連合軍は西側であって———≫
ニックの反駁にトマスが割り込んで仲裁する。
≪『だーっ! お前ら喧嘩なら後でやれ! ザコのジャケットくらい僕たちで制圧してやるから、とにかくイオリはミサキんとこ行け! ホノカもそれでいいだろ!』≫
日本語と英語を織り交ぜて、双方に納得させる。
ホノカも名前を呼ばれて即座に反応した。
『警察庁警備局公安課、黒峰より各機へ。提案を了承します。
環太平洋連合軍機との戦術リンクを接続しました。互いの位置はレーダーで確認して。IFFロックが外れているから、セパードを撃たないように! 目視確認厳守!』
レーダー上で敵性機体として表示されていた機影のうち、ふたつがセパードとして明確化される。近くの建物の影に潜んでいるので、すぐに合流できそうだ。しかし、道中には敵影が複数うろついている。無策で飛び込むのも危険だ。
このあとのプランを考えていると、イオリから通信が入った。
『トマス。信じるで。死ぬなや』
『へっ。お前に心配される謂れはねえよ。ま、気持ちはありがたくもらっとくぜ』




