開演(1)
『操者の意識レベルチェック。ノンレム睡眠中。
バイタルチェック……正常。乖離指数……百二十二。
能動的思考機能、形成……』
***
八月。公園での襲撃から、三ヶ月。
ラボの敷地のあちこちで、蝉が大合唱を繰り広げている。
うだるような暑さの中、もうじき昼休みになろうかという時間帯。
イオリは、格納庫で複合式レーダーをメンテナンスしていた。
「二番と三番、調子悪いなぁ。ノイズがひどいわ。ケチってジャンクパーツで補修したのはさすがにあかんかったか。あとでドロイド……いや、トマスに交換させたろ」
ぶつくさ言いながら、ラボの周囲を警戒しているレーダーの調子をひとつずつチェックしている。作業中に独り言が増えるのは、イオリの癖だ。
複数開かれた大きなホロモニタには、ラボを中心に半径三キロメートルの構造物や移動体の情報が表示されている。道路を走っているモービルはもちろん、一キロ圏内に限れば歩道を歩いている人間の数まで、ある程度は把握できる。
ラボの敷地内には、稼働中のジャケットが二機、表示されていた。
「東軍のセパードか。また訓練中かぁ? 相変わらず予算が潤沢で羨ましい限りやな」
実機での訓練は、効果は高いが整備費用が発生する。それよりは、準仮想現実をシミュレーターとして訓練した方が安上がりだ。当然、何もかも現実通りの再現度というわけにはいかないので、最終的には実地訓練が必須なのだが。
イオリは、セパードが東軍用のエリアで訓練している様子をレーダー上で恨めしそうに眺めながら、その苛立ちをエネルギー源にしていつも以上のスピードで調整作業を進めていった。
おおよそ作業が終わって最終チェックをしていると、レーダーに別の反応がある。
「……ん? なんや? 東軍が街頭で訓練でもやっとるんか?」
ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつと、レーダーの有効範囲の周辺部に『環太平洋連合軍所属のジャケット』の機影が現れていた。
「訓練の予定、聞いてへんよな? 公開されとる予定表は……ここにも書かれとらん。
……内緒でやるにしては、おおっぴらすぎる気がするんやけど」
敷地の外に増え続けた機影は、最終的に十三になった。敵味方識別装置の信号は、たしかに環太平洋連合軍になっている。
ラボの周辺は住宅街や商業地がほとんどだ。警察用ならともかく、これだけの軍用ジャケットを事前の情報公開なしに展開すると、住民の不安を煽ることになる。
とりわけ、十三機のうちの一機は機影からして何かがおかしい。遠いので仔細はわからないが、レーダーの反応を信じるなら、全高が七メートル以上ある。ザンサスやセパードはせいぜい四メートルしかない。標準規格から逸脱している。
「———解せんなぁ? これ、どう考えても……」
イオリが詳しく状況を確認しようと、コンソールに手を滑らせようとする。
しかし、それは上手くいかなかった。
地響きがして大きく視界が揺れ、椅子から転げ落ちそうになったからだ。
***
同時刻。
ハルキはラボ内の通りを歩いていた。準仮想現実で学校の昼休みに入ったので、レストランかカフェで何か食べようと思って、病棟から出てきたところだった。
リゼが生活している中央棟を横に見ながら、のんびり散歩のつもりで足を進めていく。
「いい天気だなー。ちょっと暑いけど、やっぱり晴れ」ている方がよい、と独り言を続けようとしたところで、地響きが襲いかかってきた。
ズガァァァァァァァンッ! ドォォォォォォォン!
背後から聞こえてきた大音響に、思わず飛び退いて、振り返る。
「爆発!?」
さきほどまでいたはずの病棟。その上層部の一部が、完全に崩れ落ちていた。濛々とした黒煙が空に舞い上がっている。煙の奥には、火の手も見える。
「なんだ———?」
原因は、わからない。
しかし、一刻も早くこの場から離れなければならない。
二度の死地を乗り越えたハルキの体は、迅速に反応していた。
病棟に背を向けて走り出す。とにかく距離を取らなければならない。
(……落ち着け。ここが狙われるとしたら、たぶんリゼか、研究絡みだ。
身の安全を確保しながら、リゼのところへ向かうんだ。約束、したからな)
リゼが困っていたら助けに行く。確かに約束した。
助けに行ったからといって役に立てるかどうかはわからない。それでも、囮くらいにはなれるはずだ。それも、とびきり優秀な囮に。
———しかし、駆け出した足は、すぐに立ちすくんでしまっていた。
進路上に、巨大な影が飛び込んできたからだ。
(ジャケット!? デカい!)
目の前に、見たこともない巨大なジャケットが立っていた。
逆光で姿がはっきりと見えないが、ザンサスより二倍近く背が高い。
そして、そのシルエットはまるで———
「———うわああああああっ!?」
突然、ハルキの体は宙を舞った。
近くで何かが爆発したのか、ジャケットに投げ飛ばされたのか、理由はよくわからないまま、きりもみ回転しながら飛んで行く。
上下がわからなくなって、そのまま為す術もなく地面に落ちる。
ハルキの意識は、そこで途絶えた。
***
ホノカの檄が飛ぶ。
「第一種戦闘配置! 第二種武装使用許可!
トマちゃん、戦闘服着用後、ザンサスで出撃!
サキちゃん、人体機能付与型ナノマシン使用許可!」
ザンサスの格納庫の隣にある、みすぼらしい建物。
ここは、ラボから警備課———もとい、本来の名称で警察庁警備局公安課に貸し与えられた警備用の拠点である。
その中にある詰め所は普段はただのオフィスだが、有事の際は司令所に切り替わる。
そして、今こそが有事。
こうしている間にも、遠くから轟音が響いてくる。足元が揺れる。
『ホノカ! そっちに解析結果、送ったで! うちもザンサスで出るわ! 敵影は十三! ついでに東軍のセパードが二機! ジャケット以外の戦力は不明! 大半は、たぶん攻性無人機や!』
イオリからの通信で、敷地内に存在するすべてのジャケットの位置がホロモニタ上に表示される。
機影は十五。
すべて、敵味方識別装置は環太平洋連合軍であると自称している。
うち十二機は、工作用ジャケットに銃火器を携行させた即席の殺戮マシーンと見られる。
二機は、セパードの特徴と合致する。ラボ内の環太平洋連合軍機かもしれない。
最後の一機は、データベースに該当する機体がない。武装も不明。
これは間違いなく、周到に準備された襲撃だ。
情報を頭にたたき込んだホノカは、一度だけ大きく息を吸い込むと、モニター上の機影をにらみつけた。
「———ハウンドフォーより各機へ。
第一種武装使用ならびに警告無しでの発砲を許可。敵機は銃火器を所持。攻性無人機の可能性が高い。敵の目的は不明。
射撃管制装置の環太平洋連合軍所属機へのIFFロックを解除。敵は所属を欺瞞している。発砲前に目視確認せよ。
本隊は、撰修人種の保護を最優先目標とする。
ハウンドスリーは藤原利世を捜索、保護。最終確認位置は中央棟。
ハウンドワンとハウンドツーは敷地内の敵性ジャケットを制圧。ハウンドスリーを援護」
『『『ラジャー』』』
日常は、もはやどこにもない。
戦端の幕は唐突に切って落とされた。




