しだれ桜と涙ふたつ(5)
チャットや音声通信で連絡を取ろうとするが、人が多すぎるのか上手くつながらない。
「観覧席の位置は俺しか知らない。どうにかして見つけないと……」
迷子として場内アナウンスをかけてもらう方法もあるが、アナウンスの申請も人が多すぎるのか上手く送信できない。
自力で探し出すしかない。
そうは言っても、この人混みでどうやって探せばいいものか。
途方に暮れていると、見るからに怪しい人影に声を掛けられる。
「どうかしたのか。少年」
渋い男の声。そこには、正義の味方が立っていた。
風にたなびく赤いマフラー。大きな二つの赤い瞳。短い触覚。有機的なフォルムのスーツ。
往年の、二十世紀の特撮ヒーローである。
「———ええっと……どちら様で?」
唐突すぎる出現に、少年時代にヒーローに憧れたハルキでさえも思わず言葉に詰まった。
そんな戸惑いを無視して、謎のヒーローは腕を組んだままハルキを見つめている。
「見ればわかるだろう。正義の味方だ。困っているようなので助けてやろうと言っている」
怪しいどころの騒ぎではない。不審者というレッテル以外に貼り付けられそうなものを思いつかない。大声でお巡りさんを呼びに行くべき案件である。
しかし、それでも———わざわざこの格好で声を掛けてくる人間が、ただの悪者だとは思いたくなかった。それに、この状況では四の五の言っていられない。
「ええい、背に腹はかえられない!
———人を探してるんだ。これくらいの背丈で、黒い髪の、ええと、藍色の浴衣を着ているんだけど。コールしてもつながらないし、アナウンスしてもらおうにも、そっちもだめだった」
言いながら、せめて写真を一枚くらい撮っておけば良かったと後悔する。
それだけを聞いた謎のヒーローは、得心したとばかりに頷いている。
「ほう。そう言う場合は、やはり高い場所から探すに限るな。ふんっ!」
近くにあった巨大な樹木に飛びかかると、軽い身のこなしで樹上にするすると登っていく。猿といい勝負ができそうなスピードだ。
あっという間に頂上にたどり着くと、ハルキの近くにホロモニタがポップアップする。
『私の視界を見せてやろう。これでどこにいるかわかるか』
そこには、樹上から見た風景が映っていた。
「お、おお!? これなら探せるかも!?」
ホロをじっと見つめると、人の流れからあぶれた集団はとても目立つ。リゼも、きっと人混みから外れた場所にいる。
『……あの子ではないのか?』
ホロごしにヒーローの声が聞こえた。たしかに、画面の端にリゼらしき人影が見えた。
『男に絡まれているように見えるが、気のせいだろうか』
たしかに、リゼは背の高い男に言い寄られているようだ。それほど遠い場所ではない。
「すぐに行かないと! サンキュー! 助かったよ!」
ハルキは駆け出すと、人混みを縫うように走る。
肩をぶつけては、声だけで謝ってすり抜けていく。
たどりついた先には、無表情なリゼと、大柄なアロハシャツを着た男が待っていた。
「いや、だからさぁ。オレと花火を———」
「ストォォォップ!」
走り込んだ勢いそのままに、大男が何か言おうとしているところに割り込む。砂煙が盛大に上がって、リゼが煙たがってしかめっ面になるのが見えた。
大男はあからさまに不機嫌になると、額と額がくっつきそうになるくらいの距離までハルキに詰め寄る。
「アァ? お前、その子のなんなんだよ」
お前こそ、そのデカいガタイでこんな小柄な少女に声を掛けるとかいい趣味してるな、この野郎と思いながら、大男の目を真正面からにらみ返す。
「俺の女に手を出すなよ、って言えばわかるか?」
精一杯の啖呵だった。これで引いてくれなかったら、その後のことは考えていない。
大男は片方の眉をつり上げてあからさまに不愉快そうな表情を見せていたが、ハルキがどうあっても退くつもりがないと悟ったのか、急に態度を軟化させる。
「……そいつは悪かったな。それなら二度と手を離すんじゃねえよ。お幸せにな」
映画や舞台でも滅多に聞かない古典的な捨て台詞を残して、男は去って行った。
腰から力が抜けて、ハルキはへなへなとその場に座り込む。
「あぁーっ! 怖かったぁー!」
いくら準仮想現実でも怖いものは怖い。友人と喧嘩をしたことはあっても、赤の他人と本気の殴り合いなんてしたことはない。
リゼは怖がっていた様子もなく、へたり込んでいるハルキを心配そうに見下ろしている。
「ごめんな、リゼ。『俺の女』とか、いい加減なこと言って」
「……リゼ、ハルキの所有物? 奴隷制、廃止されたの十九世紀」
「あ、わかってないパターンだコレ」
リゼは首を傾げている。
「リゼ、ハルキのもの? 管理下? 専有物? 独占? 占拠? 征服? 壟断?」
リゼの首がメトロノームのように左右に傾くたび、単語が一つ出てきた。繰り返すほどに最初の趣旨からずれていっているような気もする。
(なんとなく楽しそうに見えるし、放っておけばいいか)
よっこらせと立ち上がってリゼに向き直ると、その後ろに謎のヒーローが立っていた。律儀に追いついてきたらしい。
「無事に再会できたようだな」
腕を組んで人混みに威風堂々と立っているその様子は、夏祭りや仮装イベントでなければ通報必至である。むしろ今も周りから白い目で見られている。
「あ、ああ。おかげで見つけられたよ。助かった。ありがとう」
礼を告げると、ヒーローはきびすを返して立ち去ろうとする。
「私の役目は終わったようだ。それでは」
マフラーが風に揺れる。
人の波に消えようとするヒーローを、ハルキは呼び止めた。
「———ところで、ミサキはなんでそんな格好なんだ? もしかして『実家』で流行ってんのか?」
謎のヒーローの歩みが止まる。
振り返ることもなく、立ち去ろうとするポーズのまま、渋い男の声で答える。
「……ミサキとは誰のことかな? 私は見ての通り、通りすがりの」
「さっきの木登りのときの身のこなしといい、その背格好といい、立ってるときの姿勢のよさといい、どう考えてもミサキだろ。何してんのお前?」
最後のえぐるような「何してんのお前?」がとどめになったのか、ヒーローはハルキとリゼに振り返ると、付けていたお面を取り外して正体を現した。
「……心配だったから、ついてきたのよ」
お面を取り外した途端、見慣れたスポーツウェア姿のミサキがそこに立っていた。
露店で売っていた特撮ヒーローのお面で化けていたのだ。
言うまでもないが、ミサキの顔はペンキで塗ったように真っ赤だ。
「はぁ? 心配って、ここ、準仮想現実だぞ? 命を狙われたりとか、そういうのはありえないだろ」
実際、はぐれたからといって命の危険が及ぶことは考えられなかった。準仮想現実でリゼをどうこうしたところで、現実のリゼに深刻なダメージを与えることはまず不可能だ。トラブルがあっても、命に関わるようなことにはならない。
「とか言いながら、今だって絡まれてたでしょ!」
「そこは否定しないけどさぁ。……おかしくない? なあ、リゼ?」
同意を求めて隣にいるリゼに視線を向けると、わかっているのかわかっていないのか、「うん」と小さく頷いていた。
「…………私だって、わからないのよ」
「ん? なんだって?」
ミサキが何か言った気がしたが、聞き取れずに聞き返す。
そのあと、ミサキはうつむいたかと思えば、頭をぼりぼりと掻いて、首をぶんぶんと振って、最後に盛大にため息をついた。たぶん、彼女にしか見えない『何か』と戦っていたのだろう。
「だぁーっ! ……はぁ。だったら、ハルキこそなんでそんなに一生懸命なのよ。
あなたが言うとおり、ここは準仮想現実なんだから、ホントに行方不明になるようなことはないじゃない。そこまで必死になってリゼを探す必要、なかったでしょう?」
考えるまでもない質問だった。
「好きなんだよ」
即答する。
「———えっ?」
ミサキは目を丸くしている。
「色々あったけど、俺、リゼも、ミサキも、他のみんなも、好きなんだ。
だから、どうせなら笑ってて欲しくてさ。はぐれたら、きっとリゼは寂しそうな顔をするだろ? 普段が大変なんだから、せめてこんなときくらい、笑顔がいいよ」
それを聞いたミサキは噴き出していた。つい、堪えきれずにうっかり、という様子で。
「なんだ、そういうこと。あなた、本当にお人好しね。
……リゼを頼んだわよ。それじゃ」
今度は呼び止める間もなく、ミサキは人混みの中に消えてしまった。
「ほんと、何だったんだ、あいつ」
真意のほどは知れないが、助かったのは事実だ。見えなくなった背中を感謝の気持ちで見送る。
———唐突に、左腕に冷たい感触が伝わってくる。
何事かと思って目を向けると、リゼが左腕をつかんでいた。
「なんだ、リゼ。いきなりどうしたんだよ」
質問に答えることもなく、腕をさすったり、つかんだり、つまんだりしている。
思ったよりも長い時間、リゼはそうしていた。
「……ううん。ハルキの手、おっきいなって」
「そうか? 普通だと思うけど……」
ちょうどそのとき、再び場内アナウンスが流れた。
『開始三分前です。観覧席をご利用の方は、お急ぎ下さい』
「やべっ!? リゼ、走れるか?」
「うん」
走り出そうとすると、リゼが自分から手をつないできた。
驚いて、思わずリゼの方を見る。
「迷子、防止」
表情の変化は乏しいが、少しだけ照れている、ような気もする。
「おう。じゃ、しっかり捕まってろよ!」
リゼが転ばないように、小走りに人混みを縫っていく。
一発目の花火が、夕暮れの空に花開いた。




