しだれ桜と涙ふたつ(4)
射的を終えて歩いていると、懐かしいものを見つける。
「お面だ! 懐かしいな!」
露店の一角に大量のお面が並んでいた。動物のお面もあれば、男の子が好きそうなヒーローもののお面もある。
「これな、顔につけると全身がこのヒーローの格好になるんだ。お祭り会場だけの特別な機能なんだけどな。子どものころ、親に買ってもらってずっと付けてたなぁ」
「……こっちも?」
リゼが指さしたのは、白いうさぎのお面だった。
「んー、それは普通のお面だな。全部が全部ってわけじゃないんだ」
「そう」
表情には出ていないが、がっかりしているのがよくわかる。
「おっちゃん、このお面ください。そうそう、そのうさぎのやつ。
———ほら、顔につけてると前が見えないから、斜めにつけとけ。変身はできないけどな」
射的では自力でプレゼントできなかった分の埋め合わせのつもりで、リゼの頭にお面をのせる。
「……ありがとう」
頭の上にうさぎを固定すると、リゼはうっすらとはにかんでいた、ような気がした。
花火の開始時刻まで、もう少しだけ時間があった。
さっさと会場に行ってもよかったが、リゼが「人の流れを見たい」と不思議なことを言い出したので、広場の外れにあるベンチに座って、遠巻きに人混みを眺めている。
「だんだん人が増えてきたなぁ。こりゃ、会場は大混雑しそうだ」
アーニャがあらかじめ花火の観覧席を押さえてくれているので、場所取りをする必要がないのは救いだった。ギリギリまでのんびりしていられる。
リゼは行き交う人々をじっと眺めたまま、微動だにしない。目線はあちこちに移動しているから、彼女なりに何か考えているのだろうとは思うが、意図は知れない。ラボの外が珍しいのだろうか。
近くを通りかかった親子の声が聞こえてくる。
「ねー、お母さん。あれ買ってよー!」
「さっきも買ったでしょう。我慢しなさい」
ありがちな親子の日常。どことなく懐かしい気もする。
リゼの視線は、その親子の背中をじっと追いかけていた。人混みに紛れるまで、ずっと。
なにか、彼女に声を掛けた方がいい気がする。
「リゼ———」
名前を呼ぼうとしたら、ノイズまみれの大きな叫び声が聞こえてきた。
「———大人しく———抵抗すると———!」
音の方を見ると、遠くで大勢の警官たちが人垣を作っている。
「———公務執行妨害! 確保!」
拡声器からそんな声が聞こえたと思うと、わーっと怒号が広がって、警官の人垣が小さくしぼんでいく。まるで、人垣の中にいる誰かを押し倒しているみたいだった。
(なんだろう? ここからだと見えないな)
わざわざ見に行くのも危険がありそうだし、何よりリゼを放って遠くには行けない。
そうやって逡巡していたら、あっという間に捕り物は終わってしまい、静かになった。大勢いた警官達も姿を消している。
「……ま、いいか」
リゼも特にそのことに言及せず、人間観察を続けている。
無言の時間。
こうしてぼうっとしているのも悪くないかと思い始める。なんだか不思議だった。リゼと二人きりになったことなんてないのに、まるで昔からそうしていたような感覚がある。
(付き合いは短いけど、思い返せばいろいろあったもんな……)
感傷に浸っていることがリゼにも伝わったのか、意外にも彼女の方から話しかけてきた。
「ハルキ。どうして、公園でリゼ、助けた?」
言われてみれば、この広場は少しだけあの公園に似ているかもしれない。人が大勢いることを除けば、だだっ広くて見通しがいいあたり、印象が近い。リゼも連想して質問したのだろう。
公園で、灰色のジャケットがリゼに襲いかかろうとしていた場面を克明に思い出す。
あのとき、どうして彼女を助けたのだろう。
「……うーん。理由を聞かれても、出てこないんだよな。
咄嗟に手が出たというか……本能?」
投げやりな答えになってしまったと思うけれど、何時間悩んでも同じような言葉しか返せない予感がした。打算や損得勘定はなかったのだから。
「———本能。後天的でないもの。生得的にもつ行動様式。抗いがたい原始的な欲求……」
リゼは言葉を何度も反芻している。そのたびに少しずつ解釈が違う方向にずれていっている気もしたが。
そこで場内アナウンスが入った。
『お待たせいたしました。十五分後に花火を開催いたします。ご観覧予定の皆さまは、会場にお急ぎ下さい』
その声を受けて、ハルキが立ち上がる。リゼを振り返ると、促すまでもなく同じように立ち上がっていた。
二人は人の流れに沿ってゆっくりと歩き出すが、ものの数分で会場の様相は一変していた。
「うわ。ひどい人混みだ」
みなが今のアナウンスで会場に向かうことを決意したのか、広場は急に人でごった返すようになっている。上空から覗き込むと、大蛇がのたうつような人のうねりが見えることだろう。
周りのペースにあわせて歩くしかない、ぎゅうぎゅう詰めの人の列。
そんな中を、二人は手をつなぐわけでもなく、つかず離れずの距離で歩いていた。
「通してくださーいっ!」
急に、鉄砲水みたいな勢いで若者の集団が二人の間を突っ切っていく。
隣にいたはずのリゼの姿が、人の波にかき消えそうになる。
反射的に手を伸ばす。
「リゼッ!」
手首をつかんだ感触があって、リゼの体温が手のひらに伝わる。
しかし。
「邪魔だ! どけ!」
引き寄せる前に、割って入った大柄の男性にはね除けられ、リゼの手が離れていく。
「ハルキっ」
小さな悲鳴が聞こえたと思ったら、次の瞬間には人混みの中で完全にリゼを見失っていた。
見回すが、どこにも見当たらない。
「……嘘だろ? リゼーッ!」
返事はなかった。




