しだれ桜と涙ふたつ(3)
人混みの中で、肩が触れそうにならないくらいの距離をつかず離れず。連れだって歩いて行く。
道の両脇には屋台が並んでいて、大昔から変わらない夏祭りの光景を伝えている。現実と違うとしたら、食べ物を扱う店の割合が少ないことくらいだ。準仮想現実でも食べればそれっぽい味はするものの、本当にお腹が膨れるわけではないから、それほど人気はない。
周りは大人や学生がほとんどで、浴衣を着ている人も多い。子どもや家族連れも見かけるけれど、数は多くない。小さな子どもに接続させることに抵抗がある親も多いから、自然とこういう割合に落ち着いていた。
祭りの様子を楽しみながら、とりとめの無い会話で沈黙を埋めていく。
「なあ、アーニャさんに何て言われてここに来たんだ?」
すると、リゼは抑揚のない声で一言一句そのままアーニャの言葉を暗唱してみせる。
「花火大会があるので、ハルキさんのストレス解消に付き合ってあげてください。マスターも気分転換しないと、発想が貧困になるのではありませんか。
……納得したから、ハルキの外出許可、出して、来た」
「なるほど。俺だって気分転換したいし、間違ってないな。さすがアーニャさん」
そうやってのんびり歩いていると、開けた場所に出る。
露店がぐるりと周りを取り囲んでいて、中央に大きな櫓が建っていた。櫓の麓に太鼓が設置されているから、ここで盆踊りでも開催されるのだろう。
暗くなれば提灯に明かりが灯されて風情のある空間に化けるに違いない。花火のあとで立ち寄ってみるのも良さそうだ。
「お兄さん。良かったら署名にご協力いただけませんか」
ふいに、声をかけられる。
話しかけてきたのは大学生くらいの浴衣姿の女性だった。ホノカほどではないが、大人の色香が感じられた。
「えっ、俺?」
「そう。署名に協力してもらえないかなって」
女性はサッとホロモニタを開いて、空中に書面を映し出した。
タイトルには『撰修人種廃止の要望書』と書かれている。
書面の隣には、かつて暗殺されたナノマシン開発者の撰修人種の立体写真が浮かんでいた。
戸惑っていると、遠くから拡声器を使って演説をしている声が聞こえてくる。
『撰修人種の活用は人権を踏みにじっています! 即刻廃止するべきです! 既存の撰修人種にも保護を!』
その音に後押しされたのか、女性はずいっと前に踏み出してきた。
「そんなに気構えなくていいんですよ? 軽い気持ちで書いてもらえれば。
———それにほら、ぶっちゃけ気持ち悪いじゃないですか。遺伝子いじりまくった宇宙人なんて」
思わず、拳を握りしめる。
「……いや、俺は書かない。他を当たってくれませんか。行こう、リゼ」
「うん」
女性を肩で押しのけるようにして、人混みの中に紛れ込む。
(リゼたちを保護するべきだとか言いながら、本音はそれかよ)
隣に並んだリゼをちらりと見るが、特に気にする風でもなく、慣れない下駄で一生懸命にぴょこぴょこ歩いている。この程度のことは日常茶飯事なのだろうか。
やり場のない憤りをどこかに放り投げたくなって、日が傾きつつある空を見上げた。
気持ちを切り替えて、リゼと一緒に露店を物色する。
金魚すくい、輪投げのような定番もあれば、型抜きのような地味なものもある。すべて原典は大昔のアナログな遊びで、文化の保護を目的にあえて当時のまま再現されているエリアだ。
周りを見ると学生やカップルが大半で、少しだけ子どもたちが交じって遊んでいる。がやがやした祭りの喧噪が、耳に心地よい。
「射的でもやってみるか」
「射的?」
ハルキは射的の露店でライフルを受け取って、その先端にコルクの弾を詰め込んだ。リゼはやったこともなければ、見たこともないらしい。
ライフルを構えて、店主のおじさん———といっても汎用人工知能が人型のアバターをかぶっているだけなのだが———に怒られない範囲で身を乗り出して、取りやすそうなターゲットに狙いを定める。
手のひらサイズの、小さな子猫のぬいぐるみを狙う。
「よっ!」
パンッ! 破裂音がして、コルクが飛翔する。
弾は当たったものの、標的は落ちなかった。小さいぬいぐるみの割りに、見た目より重たいらしい。
「惜しいね。頭の辺りか、腕の辺りを狙わないと落ちないよ」
店主にヒントをもらうが、自分ばかりが楽しんでいても仕方がない。
「リゼ、やってみないか?」
びくり、とリゼが小さく震える。それでも、差し出されたライフルを両腕で抱えるように受け取ると、おずおずと的に向かって構える。
「えっと、こうやって、こう」
ハルキがやっていた動作を思い出しながら、ピストンを引いて、コルクをねじ込む。銃口を景品に向けて恐る恐る構える。真似をして身を乗り出そうとしても、小柄なリゼだとそれほど銃口は近くならないし、かえって姿勢が安定しなかった。
悩んだ末に、リゼはまっすぐに直立して構え直すと、トリガーを引いた。
「んっ」
パンッ! コルクは少しだけ脇に逸れて、外れた。狙っていたのはハルキと同じ猫のぬいぐるみのようだ。
「もう一発あるぞ?」
「やってみる」
リゼはハルキからコルクを受け取ると、今度はよどみのない動作で装填して構え直した。
構えてから二発目を撃つまでの時間は、三秒もなかっただろう。決断が早い。
パンッ!
ぺちっ、と猫の頭にコルクが命中して、台の下にころんと落ちた。
「おめでとう。ほら、持っていきな」
リゼは店主から子猫のぬいぐるみを受け取ると、その顔をまじまじと見つめている。ロシアンブルーという品種を模していて、毛並みはグレーで、瞳はブルーだ。どことなくリゼに似ている。
「すごい。初めてなのに、よく当てられたな」
「一回目の結果から、計算した。あとは、勘。当たって、良かった」
「計算して当てられるものではないと思うけどな……?」
ハルキの疑問をよそに、リゼがぬいぐるみを差し出してくる。
「はい。ハルキ」
「え?」
戸惑っていると、リゼが首を傾げてしまう。
「欲しかったものじゃ、ない? この子、狙ってたから」
「ああ、リゼにあげようと思って狙ってたんだよ。ほら、なんとなくリゼっぽいと思って。だから、それはリゼが持っていてくれないかな」
そう言われたリゼは、目をぱちくりさせてぬいぐるみとにらめっこを始める。横顔を見たり、裏返してみたり、様々な角度から観察しているが、ピンと来ないらしい。
「形じゃなくて、色な。グレーと、青だろ? リゼの髪はもっと明るい色だけど」
「なるほど。……なるほど」
納得したらしく、しげしげと子猫の顔を見つめている。
巾着袋の中に大切そうにしまう様子を見ると、気に入ったようだ。




