天岩戸の向こう側(4)
トマスがホロを改めて展開して、作戦会議を再開する。
「ミサキが入ったから戦力は問題ないとして、あとはリゼが会議室エリアにいる時間帯を押さえて、ロックを突破して入り込む方法だな……」
残った問題は、ふたつ。
セキュリティロックをどうやって突破するか。
リゼが会議室エリアにいる時間帯をどうやって把握するか。
「だあああああっ! ダメだ! どうあがいてもセキュリティロックを破る方法がねえぞ!」
トマスが宙に浮かんでいたホロをひっくり返す。
二重扉になっているセキュリティロックを突破する方法が思いつかず、議論は停滞していた。
「リゼの行動は、トマスと私の端末に残っていた過去のメッセージログを分析して少しだけ把握できたけど……火曜日か木曜日の夕方頃に会議が多そう、って情報にしかならなかったわね。確実とは言えないわ」
過去にリゼが返信をあまりしなかった時間帯や、誘っても外に出てこなかった時間帯をサーチして得られた情報だった。とはいえ、ピンポイントに何時にどこに行けば良い、という情報ではないので使い処が難しい。
「……すまねえ、ハルキ。僕たちには難しいかもしれん」
三人寄れば文殊の知恵とは言うものの、限界がある。
無知の知。足るを知る。ともかく、セキュリティシステムに疎いトマスとミサキでは具体的な打ち手を思いつかないことだけはよくわかった。
その様子を見て、ハルキがぼそりと呟く。
「もしかして、イオリさんなら何とかできるのか?」
はたとトマスの動きが止まる。
「……イオリなら、可能性はあるかもしれん。ただ、あいつ、アーニャに脅されて自主的に謹慎中だからな。ホノカにもこっぴどく叱られてたが。
今は部屋に引きこもってるんだ。さすがに懲りたんじゃねえか」
ここまでの議論で一度もイオリの名前が出なかったのは、そういう理由らしい。
ミサキはしばらく黙っていたが、小さな声で疑問を投げかける。
「本当に、イオリが懲りてると思う?」
その言葉で、アーニャに釘を刺されて白旗を揚げていたイオリの表情を思い出す。
表向きはもう悪さはしないと言いながら、心の中で絶対にあきらめないと誓っている顔ではなかったか。
トマスはしばらくあごを指でさすって、そのあと小さく笑った。
「ンなわけねーな! だいたい、本気で諦めてたら引きこもってたりしねえよな。割り切ってんなら、ここにきてザンサスをいじるなりしてるはずだ」
もしイオリが協力してくれるなら、光明が見えるかもしれない。ラボの情報サーバからデータを抜き取れる腕前があるのだから。
しかし、とトマスが続ける。
「僕たちは、イオリにだけはハルキに関する本当のことを話していない。
リゼに『話したことを他の人間に話さないこと』と強く依頼されたせいで、出張中でその場にいなかったイオリには共有できないからなんだが……。
その、なんつーか、この件について僕やミサキから依頼するのは、ハードルが高い」
隠しごとをしているのに、それを差し置いてその隠し事に関わるお願い事をしようとしているわけで、頼みづらいのも頷ける。
それなら、とハルキが手を上げた。
「俺が話すよ。だから、イオリさんとつないで欲しい。俺の問題なんだから」
トマスはニカッと笑みを浮かべると、端末を使ってイオリを呼び出す。
リリリリリリ。
短いコールの後、イオリが通話に出た。
「なんや。うちがセルフ謹慎中なん、知っとるやろ。最低限の仕事しかせえへんで」
顔は見せる気がないのか、映像はない。声もハリがない。
「ああ、知ってるよ。実は頼み事があって連絡した」
トマスの言葉に苛立ったらしく、イオリの舌打ちが聞こえる。
「知っとる。ハルキをリゼに会わせたいんやろ。格納庫に常駐させとる昆虫型ドローンで丸聞こえやぞ。ただな、うちだけのけ者にしといて、えらい調子のええ話ちゃうか。ん?」
トマスが「ほらな。僕からだとだめそうだ」と身振りで白旗を揚げた。
「僕だって、もういっそ全部ゲロっちまいたいんだよ。ただ、リゼからホノカ経由で正式に業務命令として止められてるんだ。こいつばかりはネタじゃない。破ったらマジで懲戒だ。いつもみたいにホノカの気分で出してるものじゃないからな。わかってくれ」
イオリから返事はない。
ハルキは一度だけ深呼吸してから、回線の向こう側にいるイオリに声をかけた。
「イオリさん。お願いします。協力してもらえませんか」
改めて、数秒の無音を挟んでから、イオリの言葉が返ってきた。
「ハルキ。リゼと話したいか? そんなに?」
言外に、危ない橋を渡ることになるがそれでもやるのかと問われている。
答えは聞かれるまでもなかった。
「もちろん。アーニャさんをぶっ飛ばしてでも」
イオリが今どんな表情をしているのか、見えていなくてもわかる気がする。
「———オーケー。いい返事やないか。
ほな、今度はうちがハルキに手を貸す番やな。模擬戦のときにかけた面倒と、こないだいざこざに巻き込んだ迷惑料、ここでまとめて返したるわ」
トマスが展開していたホロに、追加の情報がいくつも提示される。
「見とれ。いまから天岩戸をこじ開ける方法を教えたる」
イオリは、引きこもったように見せかけて悪さを続けていたらしい。
「大人しくしとるわけないやろ。たしかに『うちからは何もせえへん』って言うたけど、うちが作った解析用人工知能くんが『勝手に』ラボのデータを漁るんまで止める、なんて言うたつもりはないで。ましてや、『秘密を暴こうとするハルキを助けへん』なんて宣言しとらんしな」
トマスが茶々を入れる。
「またとんでもねえ屁理屈だな。まぁ嘘はついちゃいねえけどよ」
「あんたに言われる筋合いはないわ! 同じ屁理屈でハルキに手を貸しとるくせに」
その隣で、ミサキはイオリが情報を追加したホロを眺めて瞠目していた。
「これ、リゼのスケジュールでしょ? 会議の予定までバッチリ書いてあるけど。どうやったの、これ」
「ふふーん。方法は企業秘密や。リゼが会議室エリアに降りてきとるタイミングを狙う作戦なんやろ? ほんなら、予定通りに終わりそうな会議の方が都合がええやろ。
火曜日の夕方、十五時から十六時に組まれとる定例会議が狙い目やな。実際の会議終了のタイミングは、当日の入退室ログを盗み見てうちが教えたる」
これで、リゼが会議室エリアにいる時間帯についてはクリアされた。
残るは、セキュリティロックをどうやって突破するか。
「イオリさん。時間帯はわかったけど、どうやって中に入るんだ?」
「……手はあるで。ホンマは、自分で使うつもりやった裏技やねんけど、ハルキに譲ったるわ。
ええか。一回だけならゲストパスを賓客パスに偽装して会議室エリアに入れる。ただし、偽装したらすぐにバレて、たぶんパスは無効化される。それまでにリゼを捕まえなあかん。できるか?」
イオリの問いかけに、返す言葉はひとつしか思いつかない。
「みんなが力を貸してくれるんだ。必ずやり遂げる」




