騎士と戦士、そして姫(10)
講演の終盤。
このまま何ごとも事件が起こらずに終わってくれるのではないか、とハルキが考え始めていたころ。
イオリが、質問を投げかけて、学生たちを当て始めた。
「仮に脳みそ以外をぜんぶ機械化したとして、その義体に生殖機能は一切ないものとする。この場合、法律上の性別はどうなるやろ?」
最後まで集中が途切れないように、という配慮と思われるが、最後まで説明だけで何事もなく終わって欲しいハルキとしては心中穏やかではない。
「ほな、そこの茶色い髪の男子! えーと、坂口くんか」
「は、はい。うーん、生まれたときの性別に拠るんじゃないですか?」
「ぶー。ちゃう。性自認によって変えられる、が正解や。
男、女、その他。どれでもな。生身で性転換を受けても一緒やろ? まぁ、自己申告のあとホンマにその通りなんかいろいろテストされるけどな。
ちなみに生物学的な性別は染色体に依存するから、変わらへんで」
それならイオリの法律上の性別はどれなのか、と質問したい学生が講堂の九割を超えていたと思われるが、イオリはそこには一切触れずに次の質問に進んだ。
「ほな、次や。撰修人種の権利について。
手編みは結婚できる? できない? どっちや?」
今度は、遠くの女子生徒が当てられていた。
「え、えっとー。ほぼ全ての権利が認められているなら、できる、だと思います」
「正解や。ま、補助教材にはバッチリ書いとるんやけど、そこまでは読まへんよなー」
手編みの話題だったので、目線だけ動かしてリゼの様子を確認すると、リゼはハルキと同じように前を向いたまま目だけ動かして視線を返してきた。
(わからない……リゼが何を考えているのかが……)
何か用があって来たのかと思いきや、イオリもアーニャも真面目に講義をしているし、リゼは話しかけることもなく隣で大人しくしている。
明らかに何かを仕組まれているのに、その正体が知れないのは恐怖だ。
———と、講義とはまったく違うことを考えていた隙を突かれた。
「ほな次や。ずばり、手編みが唯一保障されない権利とは何か?
そこの冴えない感じの、齋藤くん!」
(ここで俺かよぉぉぉぉぉ?! わざとだろイオリさんっ?!)
まさかのピンポイント爆撃である。
手編みは、建前上、人類である。そうしなければ、現代社会の「同じ人類の仲間と協調して社会を発展させている」という薄氷の上に成り立った仮定が壊れてしまう。だから、すべての権利は他者と同様に保障される。
しかしそれでも、本音ではどうしても彼らに一線を引かなければならない箇所がある。
それをハルキは、リゼと知り合ってから調べて、知ってはいた。
彼らと共生するために妥協された、人類の恥部そのもの。
ハルキは、覚悟を決めて答えを口にした。
「……はい。子どもを自由に成す権利は、撰修人種には認められていません」
これを、リゼが隣に座っているときに口にすることの残酷さ。イオリがわかっていないとは思えない。
「正解。撰修人種の子どもがぽんぽん誕生すると、社会秩序の崩壊につながりかねへん。国同士のパワーバランスとか、簡単にぶっ壊れるからな? せやから、禁止されとる。当然、人権問題にもなっとるけどな。
これも補助教材にしか書いてへん。みなさんが生きていく分には、それほど気にする必要が無い事柄やからな……。そうやろ? 手編みにお近づきになることなんて、あらへんのやし。
ただ、もし、万が一。出会うことがあったら、この授業のことを思い出してもろたらありがたいわ。彼ら彼女らは決して神様やあらへんし、ましてや揶揄されとるみたいに宇宙人なんてこともあらへん。苦労や不自由も抱えとる人間やってな」
イオリの言葉は、ハルキに向けられているような気がした。錯覚かもしれない。
ハルキは天井を見上げて、大きく息をついた。
リゼがハルキを見つめている気配があったが、もう、やめるように諭す気にはならなかった。
講演が終わった。
「よっしゃ。これで授業を終わるで! みんな、お疲れや。気をつけて帰りやー、ってここ準仮想現実か。ポータルまで行ってリンク切るだけやったな。気をつけるところほとんどなかったわ! あっはっはっは!」
ハルキは、リゼやイオリに何か余計なことをされる前に、さっさと帰るつもりでいた。しかし、ケイもアキラも考えていることは同じだったようで、逃げる間もなくアキラに羽交い締めにされてしまっていた。
「よう、ハルキ。お前、ルナちゃ……藤原さんと知り合いなのか? 俺もお近づきになりたいなぁー?」
アキラがハルキの身動きを封じているその隙に、ケイは爽やかな笑顔でリゼに話しかけている。
「ねえ、藤原さん。もしかして、ハルキのこと、知ってるの?」
ハルキがもがもがと声にならない声をあげようとしたが、抵抗は無駄だった。
「うん。よく知ってる」
リゼの答えを聞いて、ハルキは確信する。
(リゼェェェェ!? 隠さなくちゃいけないこと以外はさらさら隠す気がないだろ、お前ぇぇぇぇ?! そもそも知り合いじゃないってことにすれば簡単だろぉぉぉぉ?!)
案の定、リゼのズレた応答にケイが戸惑っている。
「え? よく? よく知ってるってどういう意味……?」
(それ以上いけないぃぃぃぃ!)
ハルキは、己の体が対外慣性制御装置全開のザンサスになったかのような気概でアキラの捕縛から逃れようとするが、がっしりと押さえ込まれていて声すら出ない。
———ここからは、特別にリゼの発言に意訳付きでお送りいたします———
リゼはケイに向かってぽつりとつぶやいた。
「ハルキのからだ、よく知ってる」(医師として患者の健康状態はよく存じています)
(ウワアァァァァァァァァー!? 絶対に悪意あるだろぉぉぉぉぉぉぉ!?)
ケイの表情は戸惑いを通り越して、完全に混乱に陥っている。
「は? どういうこと?」
リゼの勢いはなおも留まることをしらない。
「責任、取るべき、なので」(ハルキに怪我をさせた原因は自分にあるため、責任を持って治療にあたりたいと思います)
(ヒィエエエエエエエエー!? やめてぇぇぇぇー!?)
ケイの頭の周辺に大量の「?」が飛び交っているのは間違いない。
「責任を取る? からだを知ってる? なに? えっ?」
アキラも察したようで、押さえ込む力がさらに強まった。痛い。
「あだだだだだだだだだ!?」
そのとき、イオリとアーニャがリゼの近くにやってきた。
「リ———もといルナ、もう時間やで。いこか」
イオリは歯を食いしばっており、笑いを必死に堪えているのが丸わかりだ。
「マスター、参りましょう」
アーニャの誘いにリゼがこくりと頷くと、三人は講堂の外に向けて歩き始める。
彼女たちのおかげでアキラの注意が逸れたのか、力が少しだけ弱まった。
ハルキは今しかないとアキラの腕からするりと抜け出す。
「じゃあ俺も帰」
「待て」
ケイが真剣な表情で正面に立ちはだかっていた。
「お、おお。ケイ君、それはハサミと言ってだな? 紙を切ったりするものなんだが、これから工作でもするのかな?」
対して、アキラの表情はとても楽しそうだ。
「そうそう、楽しい工作だ! ちょっきんしようぜ! 心配すんな! 準仮想現実だから大丈夫だ!」
二人は人差し指と中指でちょっきんちょっきんする動作をしながら近寄ってくる。
「ちょっきんって何をぉぉぉぉぉ!? 大丈夫って何がぁぁぁぁぁ!?」
なお、準仮想現実では怪我が残らなくても痛覚はあるので、傷害罪は立派に成立する。実際には一定以上のダメージがあると痛みを感じる前に強制的にリンク切れするのでそれほどの危険は無いが、視覚的な恐怖については保護対象外である。精神にキく攻撃は、マズい。
ハルキは正面からの退避を諦め、お行儀悪く机の上に飛び乗って、机から机に駆け抜けて逃げる。
「逃がすか貴様ァァァァァァ!」
「悪い子はいねえがぁぁ! お前のことだよ、ハルキぃぃぃぃ!?」
その執念はどこから来るのか。ケイとアキラも恐ろしい形相で追いすがる。
そして残念ながら、講堂の入り口、廊下との境目で、ハルキは二人に捕まってしまった。
「つーかまーえたぁ。さぁ……ハルキ……屋上へ行こうぜ……ククク……」
羽交い締めにされつつあるハルキの手の届く範囲に、廊下に出ようとするリゼの後ろ姿があった。
「せ、せめて、何かしら釈明してくれぇぇぇっ!」
そのか細い腕に向かって、ハルキは必死に手を伸ばした。
ぱしっ。彼女の腕をつかむ。
ひんやりと、少しだけ低いリゼの体温が、手のひらから伝わってくる。
「———いやっ!!」
直後、リゼが振り返って、ハルキの手を信じられないほど強い力で打ち払っていた。
リゼの悲鳴に、その場の空気が硬直する。
ケイとアキラも、ハルキを締め上げようとする力を緩めて、ハルキから離れた。
「えっ……ごめん」
ハルキは反射的に謝っていた。
何もそこまで嫌がらなくても、と思わなくもなかったが、リゼの表情は驚愕と恐怖に満ちていたからだ。
リゼは、ハルキと、ケイと、アキラをひとりずつ順番に見て、つぶやいた。
「ハルキの生きる場所、ここ。リゼと、違う」
その悲しそうな目は、強く印象に残っている。
走り去るリゼを、ハルキは追いかけることができなかった。
イオリとアーニャが、リゼの後を追って走って行く。
「お前……実は、嫌われてるのか?」
アキラの問いかけに、ハルキは答えを持っていなかった。




