騎士と戦士、そして姫(9)
講堂では、アキラ、ケイと並んで席に着いた。窓に近いあたりだ。
ハルキが座った直後に隣の窓際の席が「予約済み」に切り替わったのは不思議だったが、そのおかげで誰も座らないので快適だった。
講堂には高等部の学生が一堂に会しているので、かなりの人数が集まっていた。四百人以上いるだろう。現実の学校の講堂はここまで広くなかったが、準仮想現実の講堂は拡張されているので全員が着席できる。現実に似せる必要はあるが、規制を守れば、現実より部屋の数を増やしたり、面積を広くしたりすることは可能である。
少し待っていると、入り口から三つの人影が入ってきた。
その姿を見て、ハルキはこれ以上ないほどに狼狽した。
(なん———だと———)
先頭は、ピンクゴールドの髪をしたスーツ姿の性別判定不能な人物だった。
二人目は、ヨーロピアントラディショナルな使用人の服をまとった美貌の乙女だった。
三人目は、小柄でトコトコと歩く姿が愛らしい長い黒髪の少女だった。
「おーい、ハルキ? なんか顔が蒼いけど調子でも悪いのか? 早退するか?」
ケイが心配して顔を覗き込んでくる。
「あ、ああ……そうだな、ちょっと、ひどい目まいがしただけで、大丈夫だよ……?」
アキラはハルキのことなど気にもせず、壇上に熱視線を注いでいた。
「あの藍色の髪の女の人、ヤバいんだけど!? いや、ピンク色の髪の人もなかなか……でも、女なのか、男なのか……? まぁ、どっちでもいいな、俺は!」
どっちでもいいのか。リビドーが溢れている。
遠くの方からは、女子生徒たちが「あの小さい子、お人形さんみたいで可愛いー!」とメロメロになっている声が聞こえてきた。
どう見ても、イオリ、アーニャ、リゼだった。
リゼが銀髪ではなく黒髪になっている点だけは現実と異なったが、この状況ではどうでもいい些細な違いである。さすがに銀髪だと少し目立つから、特例として黒髪でモデリングしたんだろうな、とかそんな想像は働いたが、本当にどうでもいい。
(ここで死ぬのかな、俺———)
思わず空を見上げた。講堂の高い天井が見えるだけだった。
ハルキの心を置き去りにしたまま、イオリは壇上に陣取ると学生たちに開会を宣言する。
「あー、ちょっと公務の都合で遅れてしもたけど、授業を始めます。
警察庁所属、来栖伊織です。聞いてわかるぅ思うけど、西の出身やから、その辺はおおめに見てもらえると助かりますぅ」
パチパチパチパチ。ほどよい拍手が講堂を包み込んだ。
「ほな、今日の相方を紹介します。
今日は義体使用者と人造人間と撰修人種のお話をするんで、アンドロイドを連れてきとります」
ざわざわとした空気が流れる。
いったいどこにそんなアンドロイドがいるというのか。
メイド姿のアーニャが、スカートの裾をつまんで恭しく頭を垂れた。
「はじめまして。アーニャと申します。汎用アンドロイドです。よろしくお願いいたします」
それを歓声と呼ぶべきかどよめきと呼ぶべきか、判断が分かれるところであるが。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ———!?
講堂が熱狂に包まれた。ここはライブ会場だろうか。
「ハ、ハルキ!? あの人、アンドロイドだって?! え、準仮想現実って、アンドロイドのモデリング自由にやっていいんだっけ?! そんなことないよな?! え、ヤバいって! 嘘だろ?!」
ケイの何らかの性癖にアーニャが突き刺さったらしい。好青年が台無しになっている。
(こいつ、モテそうなのに彼女がいないのはもしかして……)
ハルキはケイの灰色の青春の真相を暴きかけた気がしたが、そっとその蓋を閉じた。
混乱が少し収まるのを待ってから、イオリが続ける。
「それから、アーニャを借りる都合で、その持ち主にも同席してもらいますぅ。
こちらが所有者の藤原瑠那さん」
まさかの偽名である。防犯にはやはり気を遣っているのだろう。苗字がそのままなのは、リゼが自分の名前だと認識できる限界がこの辺り、という予感がした。
「藤原さんは、えーっと、あっちの空いてる席に座ってもらえるか?」
このときイオリが一瞬、ハルキを見ながら薄ら笑いを浮かべた。
ハルキの背筋にぞわりと悪寒が走り抜ける。
リゼはイオリにこくりと頷くと、トコトコと歩いてきて、ハルキの隣の空いている席に座った。
(予約済みって、まさか仕組まれている……?)
隣に座ったルナ、もといリゼを見る。
さすがに白衣は着ておらず、どこかのお嬢様風のカーディガンとブラウスを着て、おしとやかにまとめている。黒髪はくしで梳かされたようにさらさらになっていて、いつものようにぼさぼさではない。瞳は吸い込まれそうな黒で、ハルキをきょとんと見つめていた。
うっかり挨拶しそうになるが、断じてそんなことをしてはならない。
リゼはそうしたハルキの焦燥を察してはいないだろうが、話しかけてはこない。
「おい! ハルキッ! その子はその子でめちゃくちゃ可愛くないか?! なんでお前の隣なんだよ!?」
小声で、隣に座っているケイが話しかけてきた。
なぜリゼが隣に座ったのかはむしろ理由を本人に聞きたいくらいだったが、それよりもケイのリゼに対する熱視線の方が気になっていた。
(……こいつ、もしやアンドロイドだけでなくロ……いや、やめよう。彼の名誉のためにも)
ハルキはリゼとケイをあえて無視して、視線を壇上のイオリとアーニャに戻す。
イオリはホロを表示すると、意外にもテキパキと慣れた様子で説明を始めた。
「今日は、アンドロイドとサイボーグについて、規制の観点で説明するで。手編みについても関連するところでちょっとだけ触れますぅ。
では、最初はそれぞれの権利の違いを比較するところからや———」
イオリの説明は、大変わかりやすく、ウィットに富んでいて、メリハリもあり、講堂のすべての学生が静かに耳を傾けながら、それでいてところどころで笑いが起こる、まさに理想的な講演であった。
話の要点はいくつかあったが、まとめると次のような話がなされた。
アンドロイドは人類ではないため、道具である。感情はないが、あたかも感情があるかのように振る舞うことはできる。その筋力は、攻性機動無人機となることを避けるため、一般的な人間の範疇に収めるよう強く規制されており、武装は厳禁である。
「たまーに、自分で改造して規制スレスレの出力のアンドロイドを作る連中がおるんやな。護身用に殺傷能力のない接触型電撃装置なんかは搭載できるんで、悪用すると十分な脅威になるで。
まぁ、グレーゾーンっちゅーんは何にでも存在しとるもんで、アンドロイドについてもおんなじやな。せやから日夜、うちら警察が取り締まっとるわけです」
イオリが唐突にアーニャの頬をつまんで引っ張る。
「いひゃいです」
「やりすぎっちゅーくらい精巧な作りやろ? ここは準仮想現実やけど、現実のアーニャも同じくらい精巧に作られとるで。まぁ持ち主の趣味なんやけど。
こんな感じでアンドロイドの見た目は様々やけど、弱そうに見えても中身がバリバリの護身用アンドロイドってパターンはよくあるから、侮ったらアカンで」
「……イオリさん、あとでゆっくりお話ししましょうね」
「おぉ怖っ。ま、こういうことですわ」
義体使用者については、少々話がややこしい。
どれだけ義体化率が高くても、人間である以上、社会の混乱を避けるために人体のスペックを超えてはいけない、というルールがある。
「はるか昔のことになるけど、義体の規制が緩かったころは、義体化した方が圧倒的に強い肉体を容易に手に入れられたんよな。で、価格が低廉化していくごとに人間を超えた力を得るためだけに義体化する人口がどんどん増えて、治安が急速に悪化した国が多数あったんよ。なにごともやり過ぎはアカンっちゅーことやな」
結果として、義体のスペックは大きく制限されることになった。当然、内蔵火器などは厳禁である。腕や足の本数を増やしたりすることも禁じられた。ヒトがヒトであるための義体化以外は、現在では認められない。
ただし、軍事的に許可された例外として、身体強化を施されたサイボーグは若干ながら存在している。イオリがそうなのかはハルキにはわからなかったが、見たところは普通の人間と大差ないと感じていた。
「食事の取り方は人によるで。うちは消化器系は人体模倣なんで普通に食べるけど、割り切ってバッテリー積んで栄養補給はアンプル打って終わり、っちゅー連中もおるな。ストイックすぎてついていけへんけど。うちなら病むわ。
あと、脳が機械化できへん以上、脳に血流を回すための循環系だけは絶対に再現が必要や。極論すると、脳みそ以外をすべて義体化することは不可能やない。うちには想像つかへんけど、大昔はそれなりにおったらしいで?」
撰修人種については、人権絡みでの話が少しあった程度だ。
「手編みの本物はさすがにつれてこられへんけど、彼らは基本的には何もかも人間と同じや。人間としての性能があらゆる他の人種より圧倒的に高い、ってだけやな。中には『宇宙人』なんて蔑称で呼ぶ不届きモンもおるけど、みなさんは間違ってもそないなマネはせんように。うちらと同じ人間やねんから。
手編みが人間ってことは、もちろん基本的人権を始めとした各種権利はほぼすべてが保障されとるで。例外については後で話すわ」
イオリはしれっと嘘をついていた。手編みの実物がここに座っているとは、よもや誰も思うまい。以前のハルキがそうだったように。
思いのほか授業内容がおもしろかったので、ハルキはほぼ壇上のイオリだけを見ていた。
しかし、ふと視線を感じてチラリと隣を見ると、リゼと目が合った。
じーっと、ハルキを見ている。
慌てて目線を壇上に戻すが、視界の端で恐る恐る確認すると、リゼはひたすらハルキを見つめ続けていた。
(ヒ、ヒィー!? リ、リゼ、前を向いてくれー!)
ケイやアキラに見咎められたら、彼らの興味がリゼに向かってしまう。
リゼがここに来た理由はさっぱりわからないが、気取られるわけにはいかない。
「なぁ、ハルキ。隣の、ルナちゃんだっけ? ずっとお前のこと見てないか?」
(ぐわあああああああ!?)
ケイがリゼの視線に気付いてしまった。火消ししなければ延焼する。
ハルキはリゼに振り返って、小さな声でお願いした。
「あ、あのさ。じっと見られると気になるから、前を向いてもらえないかな?」
「わかった」
リゼはスッと視線をイオリとアーニャに戻した。
ケイに脇腹を小突かれる。
「オイィィィ!? 千載一遇のチャンスってヤツじゃなかったのか今のは!? そこでフラグをへし折るのかお前は! お前はッ!」
今すぐお前の腕をへし折ってやりたいところだがな、と思いつつ、ハルキはケイを無視した。
ケイの奥に座っているアキラはイオリを見ながらニヤニヤしているばかりで、ひとまず害はなさそうだ。
(は、早く終わってくれぇぇぇぇ!)
高度な精神鍛錬の修行をしている気分だった。




