騎士と戦士、そして姫(7)
ホノカとミサキがザンサスに追いついたとき、その機体は広場の中央にある巨大な噴水の中にしゃがみ込んでいた。
水に濡れた機体が太陽光を反射してきらきらと輝いている。ナノマシンスキンのカラーリングは真っ白に戻っていて、さながら白亜の騎士がひとときの休息として水浴びをしているようだ。
その傍らに、戦闘服を来た人影が立っていた。ザンサスから降りて、みんなを待っていたのだろう。
フェイスガードで顔は見えないが、その姿を見た瞬間にミサキは小首を傾げた。
「ホノカ。あれ、どう見てもイオリじゃないわよ。背が高すぎる」
「そうよねー。じゃ、誰ー? トマちゃんにしても小さすぎるし」
ホノカ、ミサキが困惑していると、トマスの声で通信が入る。
『お前ら、頼むから話を合わせてくれ。あと、ホノカは絶対に何もしゃべるな。余計なことを言いやがったら、B級スプラッタのサブヒロインみたいな目に遭わせる』
ぶつっ。切れた。
「……今の、なにー?」
「さぁ? わかるわけないでしょ」
アーネストたちが少し遅れて追いついてきた。
早速、噴水の中にしゃがみ込んでいるザンサスを見つけて、渋い顔になっている。
「突然なにかと思えば、ジャケットで水浴びとは酔狂だな。何事かね」
アーネストは、戦闘服を来た人影に話しかけていた。
彼の興味は、セパードを打倒した凄腕の着用者に向かっている。
人影は、流暢に答えた。
「すみません。無茶な機動で冷却限界を超えてしまって、危うくオーバーヒートするところだったもので」
その声を聞いてホノカが反射的に何かを叫びそうになったので、ミサキが慌ててその口をふさぐ。
「ハもがもがーっ!?」
人影はゆっくりとフェイスガードを外すと、その正体を現した。
「齋藤悠貴です。ご挨拶するのは初めてですね。アーネスト・ロバートソン中佐」
ホノカの抵抗がさらに激しくなるが、ミサキは慣れた手つきで締め落とす。
「君が……? アジア人は我々には若く見えるものだが、それにしてもずいぶんと若いな」
ハルキは照れた顔をして答える。
「よく言われます。少しばかり訳ありでして。詳細はお話できませんが」
アーネストが挨拶代わりに右手を差し出したので、ハルキは一瞬躊躇ったものの、その手を握り返した。
直後、アーネストの背後からトマスの声が聞こえてくる。
「あー。黒峰警部が最初に彼を『協力者』って言ったでしょう?
こういうことですよ。こいつ、こう見えて凄腕なんで」
アーネストが振り返ると、そこにトマスが立っていた。
「……いや、しかし……だが実際に……ううむ……」
顎に手を当てて考え込むアーネスト。トマスが考える隙を奪うために追い打ちを掛けていく。
「まぁ、詳細は僕にも知らされていませんがね。国防に関わるそうで。なぁ、ミサキ?」
話を急に振られたミサキは、頬を引きつらせながら答えた。
「え、えぇ、そうね。こみ入った事情がありまして。こればかりはご説明しかねます」
まだ納得しかねているアーネスト。
さらにトマスが『機密』という撒き餌でぐいぐい押し込んでいく。
「中佐。対外慣性制御装置の全力稼働が見られたんだから、それでよしとしませんかね?
共同開発とはいえ、あの挙動は立派な機密情報だと思いませんか」
「……たしかにな。慣性制御の概要は知らされていたが、あそこまで機動を高度に制御できるものとは考えていなかった。実績次第では、セパードに組み込むことも考えられるだろう」
納得できるポイントがひとつ見付かったからか、ようやくアーネストの表情が緩んだ。
「やれやれ。猫だと思ったら虎の尾を踏んでいたというわけか。
ここには二小隊を駐留させるが、君たちとは前向きな連携を期待したい」
ミサキはホノカの背中に活を入れて、たたき起こす。
「ごふぅ!? ふぁ、ふぁい? あ、そうですねー! うまく連携していきましょー」
その場は、それで解散となった。
***
ハルキの愚痴が格納庫に響いている。
「俺、もうトマスの頼み事だけは絶対に聞かないからな。寿命が縮んだぞ」
トマスは平謝りしている。
「いやー、ホント助かった! 結果として丸く収まったんだから許してくれよぉ!」
「その代わり、俺は駐留部隊の人たちとすれ違うたびに敬礼されるようになったんだが? どういう顔をしてればいいんだよ! 居心地が悪すぎるだろっ!」
トマスの替え玉として謎の凄腕の着用者ということになったハルキは、東軍の軍人たちから一目置かれる存在になっていた。実際にはそんなことはないわけで、完全に詐欺である。罪悪感が半端ない。
「そこはほら、噂話に実力を追いつかせるアプローチで行こうぜ。実機訓練ってわけにはいかないが、シミュレーターなら手ほどきしてやれるからよ。二ヶ月で近接戦闘できるくらいにしてやるから! まぁ、詰め込むからクソしんどいけど」
「ええい! これ以上しんどい目に遭ってたまるか!
それはそれとしてシミュレーターはやってみたいのでお願いします」
ジャケットの操縦訓練。なにそれ憧れる。
ハルキの心の中の男の子がワクワクしていた。
「それにしても、トマスから突然通信が入ったときはびっくりしたよ」
グラウンドに煙幕が張られたあの瞬間、ハルキの端末にトマスからの通信が入っていた。
『ハルキ! いまから煙幕を張る! 混乱に乗じて姿を隠して、戦闘服に着替えて待機しててくれ! たぶんお前さんの世話にはならんだろうが、保険だ! 頼む!』
あまりにも切迫した声音だったので、ハルキは事情を確認せずに渋々従っていた。いやな予感はしていたものの、だ。
「すまん。ジャケットから降りずにやり過ごすか、イオリともう一度入れ替わるつもりだったんだけどなぁ。イオリ、寝落ちしてやがったからさ……。まさか本当にハルキを頼ることになるとは思ってなかった」
機内でやり過ごすプランA、イオリと入れ替わるプランB。そして、ハルキと入れ替わるプランC。イオリが道ばたで眠りこけてしまうほど疲れていたことは、トマスの想定外だったようだ。
ちなみに、噴水前での一連の会話は、すべてトマスとハルキによるお芝居である。
『ハルキ、戦闘服越しに聞こえてるな? これから僕が言うとおりに話してくれ———
すみません。無茶な機動で冷却限界を超えてしまって、危うくオーバーヒートするところだったもので』
「すみません。無茶な機動で冷却限界を超えてしまって、危うくオーバーヒートするところだったもので」
それで、どうにかアーネストの目はごまかせたらしい。その後は追及もなく、事なきを得ていた。
ハルキに頭を下げ続けているトマスの隣では、リゼがパラパラとザンサスのメンテナンスマニュアルのホロをめくっている。無茶をしすぎてオーバーホールが必要らしい。まさかリゼがやるわけではないだろうが、気になるのだろう。
当然、トマスはリゼにも頭が上がらなくなっている。いくら礼を言っても言い足りない。
「リゼも本当にサンキューな。コブちゃんが無かったら勝てなかったぜ。
さすがに実戦で使えるもんじゃねえけどよ、こんなに動けるジャケットは他にねえよ。あれ、三日で作ったのか?」
「実動、二十八時間。アーニャの格闘パターン、持ってきて、斥力場自由制御機構の出力、落として、混ぜて、ザンサスに最適化。
対外慣性制御装置、斥力場自由制御機構の亜種。親戚。リゼ、仲良し」
その答えに一番反応していたのは、リゼの隣に正座させられているイオリだった。
「ああああーっ! これだから手編みはぁぁぁぁ! うちが一年かかってもでけへんことを二十八時間て! チートかっ! ……いや、間違いなく存在そのものがチートやったな……寝ぼけとったわ……。
はぁ、うちもザンサスのポテンシャル引き出せるようにがんばろ……」
正座しているイオリの頭の上には、『私は感情を制御できず挑発に乗ってチームに迷惑をかけました』と書かれたホロが浮かんでいた。
イオリが頭を下げる。
「トマスとリゼにはえらい助けてもろたな。おおきに。ハルキもすまんかったな」
トマスはニカッと笑って、ハルキは照れ笑いしている。
リゼは胸元で小さくピースサインをつくって、
「ぶいっ」
とつぶやいていた。




