騎士と戦士、そして姫(6)
続く三本目も、存外に長引いていた。
「くっそ。やっぱ機体強度が違いすぎるな。押し込みたくても押し込みきれねえ。
対外慣性制御装置も常時稼働ってわけにはいかないし……決め手がねえぞ」
セパードにガードに徹されると、パワーで劣るザンサスは突き崩すことが難しくなる。
それに、セパードとその着用者もザンサスの動きに慣れてきたらしく、少しずつ反撃の手が激しくなってくる。イオリが即興で仕込んだモーションの粗がバレ始めたのだ。
徐々に劣勢になっていくトマス。
———ザンサスが振り下ろそうとした警棒に、セパードがナイフを合わせてきた。
「げっ、やべ!?」
受け流しだ。トマスの太刀筋が読まれている。
警棒を打ち払われて、ザンサスの胴ががら空きになる。
回避するために対外慣性制御装置をフル稼働させて身をよじるが、間に合わない。
「痛ぇ!」
セパードの刺突が、ザンサスの胸部に命中していた。
衝撃に思わず呻いたトマスだったが、制御は失わず、すぐに姿勢を整える。
文句なしの一本。これで一対二。セパードのリーチだ。
セパードは悠々とスタート位置に戻っていく。
その背中を見送りながら、トマスは東軍時代のことを思い出していた。
「セパードを自分で乗り回してたときは、のろまだの、おもしろみがないだの、散々文句を言ってたが、他の機体で相手にするとこんなに強ぇとはな。無数にバリエーションが作られる程度にゃ傑作機ってことだよなぁ」
離れてみて初めてわかる、素晴らしさ。だからこそ戦況は良くない。
「エネルギー残量はともかく駆動系の負荷がやべえ。
逆転するにしても、あと二本も保たないんじゃねえか? 足の関節が割れるか……」
一対二。ここから逆転するにはあと二本勝たなければならない。
冷静になればなるほど、頭の中で勝算がゼロに近づいていく。
「ここまでか……?」
トマスが捨て鉢になりかけた、そのとき。
『聞こえる?』
可愛らしい声で通信が入った。まさかのリゼだ。
個別回線を開いて返答する。
『お、なんだ? いまちょっと忙しいんだけどな』
実際、リゼの相手をしていられるほどの心の余裕はない。
それにしてもなぜ今、通信してきたのか。
『ん。イオリじゃなくて、トマス、乗ってる? でも、問題ない。
……トマスとリゼ、友だち?』
何のことだかさっぱりわからない。
『あー、おう。友だちだと思うぞ。
それよか、悪いけど今ピンチなんでまた今度な。通信切るぞ』
『知ってる。いまから、コブちゃん、送る。使って』
『……は? なんつった? コブ?』
リゼが何を言ったのかさっぱり理解できずにいると、ぽん、と視界の端にコンソールが立ち上がった。
《ネットワークインストール開始……》
なにかが、勝手にザンサスに追加されている。
「リゼはどうやって外部からインストーラーなんて起動したんですかね……?」
いくら量産試作機とはいえ、警察の機体だ。セキュリティは堅固に設計されている。にもかかわらず、外部から管理者権限が必要なインストール操作を易々と実行された。どう考えても不正アクセスだ。
《……インストール完了。近接格闘用モジュール、古武術零式が追加されました》
再びリゼから通信が入る。
『慣れなくて、作るの、時間かかった。でも、コブちゃん、きっと強い。
トマス、勝って!』
リゼはたどたどしく、それでもはっきり言った。強い、と。
コンソールが無機質な音声で尋ねてくる。
《有効化しますか?》
ここで退いたら、男が廃る。トマスは腹をくくった。
「なんだかわからんが、乗った! 肯定だ! 有効化!」
途端、コンソールに無数の文字が流れ始める。
《警告。アクチュエータ、対外慣性制御装置の設計限界近傍のモーションパターンが複数確認されました。連続稼働すると機体を損傷する可能性があります》
《警告。対外慣性制御装置のリミッター解除、常時稼働は推奨されていません。本機が破損する可能性があります》
《警告。本モーションパターンでの稼働は、本機の冷却性能を超えた熱量を生み出します。過熱による破損、爆発の危険性があります》
《警告。本モーションパターンで発生する加速度が、着用者の生命の維持に重大な問題を引き起こす可能性があります》
《完了。近接格闘用モジュール、古武術零式。有効化しました》
数多くのアラートが流れ去ったあと、トマスは思わず操縦することを忘れて、コンソールに表示された戦闘スペックに魅入っていた。
「おいおいおい……なんなんだ、これは……?」
《本モーションパターンでの推定全力稼働時間、残り三十五秒》
「ぶわははははっ!? あれだけ残量があったのに、わずか三十五秒!?
どんなカリカリチューンだよ! ほとんどのモーションがレッドゾーンじゃねーか!」
イオリが作ったモーションパターンは、あくまでもザンサスの素の挙動をベースに、対外慣性制御装置で格闘性能を上げるアプローチを取っていた。
しかし、いまインストールされた『コブちゃん』は、明らかに性質が異なる。
ザンサスの全ての機能を限界ギリギリまで引きずり出して、なにもかも燃やし尽くしてでも相手を殲滅する。そもそも生きて帰ってくるつもりがない。そんな、馬鹿げた設計になっている。
しかし、この命知らずな設計がトマスの闘争本能に火をつけた。
「ザンサス……まぁ、もしかしたら日本と共同開発って皮肉も込められてるのかもしれないけどよ。
僕が思うに、もうひとつの意味が本命なんだよな。
黄色いジャケットといえば、スズメバチのことだろ?」
イエロー・ジャケットは、英語でスズメバチの別名である。
俊敏に空を舞い、その一刺しは激痛と恐怖を植え付ける、獰猛なハチの王。
きっと開発者たちは、ザンサスの潜在能力をその開発コード名に冠したのだ。
「いいぜ、やってやるよ。まさにスズメバチにふさわしいモーションパターンだ。
ザンサスの真価を見せてやろうじゃねえかっ!」
四本目の開始の合図を、アーネストが伝える。
『これで最後になるかな? せいぜいあがきたまえ。では四本目、開始!』
その途端、トマスは警棒と盾を投げ捨てた。
ホノカが悲鳴を上げる。
『えええー!? ちょっとイオちゃーん!? 自暴自棄にしてもそれはないでしょー!?』
左半身を前にして構える。左手を前に掲げ、右手は胸元に引きつけて、腰をどっしりと落として、重心を低く保つ。
アーネストがチャンネルを開いたままヤジを飛ばす。
『ふん。やけになるにしても、もう少しマシな方法はないものかね?』
その声を合図に、セパードが突っ込んでくる。
当然だ。武器も盾も持たない無防備なジャケット相手に、ひるむ理由がない。
セパードは右手でナイフを振り上げて、真っ直ぐにザンサスに振り下ろす。
———刹那、セパードの右腕は、ザンサスの左手に打ち払われていた。
その武道家さながらの動きを見たミサキが、思わず叫び声を上げている。
『え、嘘っ! 見えなかった!?』
セパードは払われた右手での攻撃を捨てて、盾を正面に構え、突っ込んでくる。
次の瞬間、誰もが信じられないものを見た。
ザンサスは真後ろに飛び退いたはずなのに、まるで右手に支柱でも持っているかのように、右手を中心軸にしてくるりと円を描いて空中で方向を変え、セパードの『背後』に着地していたのだ。
対するセパードは、勢い余ってそのまま三歩進んで、停止した。
「……やれる」
トマスは、確信を得た。
推定稼働時間、残り二十九秒。
両機が向き直ると、ザンサスは間髪入れずセパードに突っ込んでいく。
驚いたセパードは、攻撃範囲に入ると同時に、ザンサスの胸部に向けてナイフを突き出していた。
間違いなく命中する。そんな位置取り。
実際、当たっていただろう。
ザンサスの軌道が、一切の前兆なく僅かに右にずれたりしなければ。
「当たらねえよ」
セパードのナイフは虚空を切る。
ザンサスは、限界を超えて稼働した対外慣性制御装置の力で、強引に、ほんの数十センチだけ、残像を描いて真横にスライドしていた。
セパードの懐に、ザンサスが入り込んでいく。
トマスの視界の端には、ナイフを突き出したままのセパードの右腕が見える。
「隙だらけだぜぇっ!」
その右腕を、ザンサスの左手がつかみ取る。
続いて、ザンサスの右腕はセパードの右の脇下に差し込まれていた。
「そういや、ミサキによくやられたなぁ、これ———」
脚部を踏んばると、セパードが軽々と持ち上がった。
ぐるり。
セパードの足がきれいな弧を描いて、宙を舞う。
ホノカとミサキが叫んだ。
『『一本背負いぃぃぃぃぃぃ!?』』
まさしく、ジャケットが、ジャケットを背負い投げしていた。
ドォォォォォンッ!
セパードが背中から綺麗に落ちる。
その衝撃で右腕が肩からもげて、ザンサスの左手に握られていた。
トマスは油断せず構え直そうとするが、途中で警戒を解く。
「……ふぅ。これ、本当の意味で『一本』なんじゃねーか?」
セパードは身動き一つしない。
間違いない。今の衝撃で、中の着用者がノビている。
———戦闘不能。
ザンサスの勝利である。
「よっしゃああああああああああああああああああーっ!」
ホノカの雄叫びがグラウンドにこだました。通信など開く必要も無く、その声はアーネストに届いただろう。
『……一本。セパードの戦闘不能を認める。君たちの勝利だ』
アーネストは淡々と勝敗を伝えた。
『その機体を侮辱したことは詫びよう。奇っ怪な方法ではあったが、セパードを倒したことは、この目で見た事実だ』
トマスは機内で思わず噴き出していた。
アーネストはたたき上げの軍人で、戦場経験も豊富だ。戦地では「自分の目で見てしまったこと」は、矜持をねじ曲げてでも納得しなければ生き残れない。心中穏やかではないだろうから、きっと苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやいているに違いない。
『……しかしだ。煙幕が消えた後だったか、機体の動きがずいぶん良くなったように思うが、あれは着用者の腕かね? だとするとその健闘をたたえたいのだが、乗っていたのは誰なのだ?』
(げっ、この流れはやべえ! 検分されたらバレて死ぬぅ!)
トマスはアーネストたちが立ち去るまでコクピット内でやり過ごせれば最善だと考えていた。しかしこのままだと、ザンサスから降りざるを得なくなる可能性がある。
続いて、ホノカから通信。
『うちの技官の来栖伊織が乗っていますよー。ねえ、イオちゃーん?』
ここでイオリが外から『せやな』とでも返答してくれれば話は早かったが———
(おいぃぃぃっ! イオリ、寝てるじゃねーか! 意識レベルが落ちてるー!?)
イオリの戦闘服とザンサスのリンクはまだ残っていたので、外にいるイオリのバイタルを確認したところ、どこかで眠っているようだった。寝不足で疲労困憊だったので無理もない。
仕方ない。最後の手段だ。
トマスは、万が一に備えて待機していた仲間に通信を入れた。
『おい、聞こえてるか。プランCだ! 指定した場所にダッシュだ!』
突然、それまで仁王立ちしていたザンサスが動き始めた。
『あれ? イオちゃーん? どうしたのー?』
ホノカの通信は、ザンサスのみならずミサキやアーネストたちにも届いている。
返事はない。
その直後、ザンサスは全速力でグラウンドから駆け出した。
一足飛びに観客席を飛び越えて、ラボの中央広場の方向に消えていく。
ホノカはその後ろ姿を見送って、呆けていた。
『……はいー?』
ミサキがハッと我に返るまで、アーネストも含めて全員が放心していた。
『ちょ、ちょっと! ホノカ、追いかけるわよ!』




