騎士と戦士、そして姫(5)
ザンサスとセパードの攻防は一進一退になっていた。
セパードが一本取ったあとから、状況は変化してない。対外慣性制御装置による奇っ怪な機動が功を奏しているようだ。
両者の攻撃は、かすりこそすれ有効打にならない。セパードの支援人工知能は、軌道が変則的なザンサスの攻撃が読み切れないらしい。逆に、セパードの攻撃はザンサスがギリギリのところでかわしていた。
ミサキは「あの体勢からならこうやった方が」などとジャケットの機動を自分なりに分析しているようだ。ハルキにとってはちょうどよい解説者だった。
そして、祈りを込めたまなざしでザンサスを見守るホノカ。
殴り合いは、永遠に続くかのように見える。
しかし、着用者の体力には限りがあった。
『イオちゃーん! 大丈夫ー!?』
心配したホノカが声を掛ける。
『……まだ、いけるで』
イオリの声には元気がない。
睡眠不足の状態で十分以上も近接戦闘を続けているのだから、疲労は限界だろう。
(あかん、もう、力が入らん、頭が、働かん)
集中が途切れて、睡眠不足と疲労がどっと襲いかかってくる。反応が鈍くなっているのがわかる。あと二発、かわせるかどうか。当てられる自信は正直、ない。
(すまん、先輩たちが必死につくった機体、勝たせたられへん)
イオリが胸中でザンサスの制作者たちに詫びを入れる。
技官として警察庁に採用されたイオリは、主にジャケットの開発や保守を担当していた。ザンサスはイオリがこのラボに着任する前に、最初に配属された部署で研究開発されていた機体だ。
まだ新入りだったイオリを育ててくれた先輩たちが世に送り出した機体。
どうしても、バカにされることは許せなかった。
必死になって設計して、夜通し試験して、何度も失敗して、それでも、一歩ずつ前に進めてきたから、ザンサスはここに存在している。
絶対に負けるわけにはいかない。いかないのに、もう体力が———
ぼしゅっ。ぱぁぁぁん。しゅううううううううううううう。
『なんや?!』
遠くなりかけていた意識を、異音が呼び起こした。
戦闘服越しにザンサスの視界を確認すると、周囲に白煙が立ちこめていた。
なにも見えない。
『これは、撤退用の煙幕……か?』
ホノカたちどころか、対峙していたセパードすら捉えられない。撤退のためにレーダーさえ撹乱する煙幕なので、周囲の状況はほとんど捉えられなくなっていた。
突然の異常事態に、ホノカやミサキが慌てている声が聞こえる。
『ちょ、ちょっとー! なにこれー!』
『なんで煙幕なんて……あれ? ハルキ? ハルキがいないわよ?』
アーネストはいらだっているようだったが、慌ててはいないようだ。
『やれやれ。窮地に立たされたからといって煙幕とは。いっそ撤退してもらっても構わんが?』
その直後、
ガンガンガンガン!
と、ザンサスのコックピットハッチを外から叩く音がした。
≪イオリ! 替われ! 勝てるかどうかはわからんが、やれるだけやってやる!≫
無線ではなく、接触通信で誰かが話しかけてきている。
———トマスだ。
≪マジかいな。あんた、漢やな。バレたら大目玉ちゃうんか?≫
≪けっ。出向中に出向元のクソったれ野郎の命令を聞く義理なんざねーよ。
便所に行くってちょろまかしてきた。煙が晴れる前に早く替われ!≫
イオリは躊躇無くハッチを開けて、飛び降りる。そのまま煙が濃い方へと走り去って行く。
戦闘服を着たトマスがするりと入れ替わり、ザンサスの中に入った。
「……さて、こっちからの通信はオフにして。セッティングチェック……」
BMI経由で流れ込んでくる情報が、ザンサスがどのようなセッティングになっているのか教えてくれる。
「近接戦闘用のチューニングとモーションパターン、三日でこれなら十分いい仕事だ」
ひたすら殴る蹴るに特化したイオリ特製の『喧嘩仕様』のパッケージが組み込まれていた。過剰な暴力を目的とした設計が為されており、およそ警察の機体がインストールしてよいパッケージではない。しかし、今はそれが心強い。
「———頼むぜ、ザンサス!」
煙が晴れていく。
ゆっくりと開けていく視界の奥に、盾とナイフを構えてしっかり戦闘態勢を維持しているセパードが見えた。
「だよな。この程度のアクシデントで戦闘中止だなんて、軍人なら考えないよなぁ!」
トマスとザンサスは駆けた。
セパードよりも高い初速。対外慣性制御装置を脚部のサポートに回している。
肉薄するまでに、わずか三歩。
盾で打撃をガードしようとするセパード。しかし、その動きはイオリの攻撃パターンを想定してのものだ。支援人工知能は、この短時間でもイオリの攻撃パターンを読み解いて、最適化していく。
だから、トマスの攻撃には急に対処できない。
「右から打撃と見せかけて、実はシールドバァァァッシュ!」
トマスはそのまま姿勢を低くして、突進する。打撃が来ると思っていたセパードは、反応が一瞬だけ遅れてしまう。
そして、一瞬は、長い。
タックルを決めたザンサスは、勢いをそのまま殺すことなく、さらに加速する。セパードを斜め下から持ち上げるように地面を強く蹴って、対外慣性制御装置のサポートも乗せ、渾身の力で、セパードを跳ね上げた。
セパードの足が、わずかに宙に浮く。ザンサスも勢い余って脚部が地面から離れる。
ジャケットが空中でできることは限られている。セパードが踏ん張れなくなり姿勢を崩す。支援人工知能は姿勢制御を効かせてどうにか防御体勢を取ろうとするが、そんなことはさせない。
「これで、どうだっ!」
急に、浮いていたはずのザンサスの足が接地する。
対外慣性制御装置は、出力が低いだけで斥力場自由制御機構と同じく任意の斥力を発生する。トマスは、ザンサスに下向きに斥力をかけることで、セパードよりも一瞬だけ早く接地させていた。
一秒もない、わずかな着地の時間差。それで十分だった。
「取った!」
ドスン!
ザンサスの刺突がセパードの胴体に直撃する。
———初めての一本。
ホノカはガッツポーズしていた。
「やったーっ! イオちゃん、すごいじゃなーい!」
その隣で、ミサキは不思議そうな顔をしている。
「急に動きが別人みたいになったんだけど……?」
イオリからの応答はない。
その代わりに、アーネストから通信が入った。
『……ふん。カネのかかった曲芸だな。もう少し費用対効果を考えたらどうかね』
果たして本当に曲芸に終わるのかどうかは、このあとの展開にかかっていた。




