騎士と戦士、そして姫(4)
模擬戦の当日。
ハルキはイオリに「あんたも、ザンサスの勇姿を見に来たらええ」と誘われていたので、本当に行っていいものか悩みつつも、ホノカたちのところに顔を出していた。
「おはようございまーす。うわっ」
見ると、げっそりしたイオリが、格納庫の隅で戦闘服を着込んで本番に備えていた。
ホノカが心配になって声を掛けている。
「顔色悪いけど、ほんとに大丈夫ー?」
「ふ、ふふ。ランナーズハイっちゅーやつや。シミュではいい勝負できるとこまで来たで」
ろくに寝ずに、ソフトウェアの改良と機体のチューニングを続け、シミュレーションを繰り返して機体を追い込んでいったようだ。東軍と共同開発した流れから、セパードの戦闘データは豊富に利用でき、シミュレーターを使って調整を続けていたらしい。
トマスは不在だ。今回は味方をするわけにもいかず、かといってアーネストたちのところに行くのも憚られるようで、行方をくらませているらしい。
ミサキは待っているだけというのが苦手なのか、離れたところで何らかの格闘技の型を練習している。
リゼは仕事が忙しいようだ。三日前から顔を見せていない。彼女は警備課の警護対象であっても、ホノカたちの味方というわけでもないので、たしかに来る理由はない。
いよいよ、開戦である。
ラボ敷地の角にある巨大なグラウンド。中央がくぼんでいて、周囲の観客席は相対的に高台に位置している。ラグビーの試合ができそうな面積があった。
グラウンドの中央で、二機のジャケットが対峙している。
白亜のジャケット。警察仕様の量産試作機、ザンサス。
最優のジャケット。軍事仕様の正式採用機、セパード。
セパードは、無骨なフレームに丸みのある装甲を組み合わせた、いかにも軍用機という風体だ。殴られようが撃たれようが、容易く陥落しない気概が感じられる。素人目にはカッチョイイ機体ではないが、量産機ならではの機能美を備えてもいた。グレー調の都市迷彩のカラーリングはいかにもミリタリーである。
対するザンサス。セパードと並べると、流麗ではあるが線が細いので頼りない印象を受ける。格納庫で見たときの鮮やかな印象とは打って変わって、叩かれれば凹みそうで、蹴飛ばされれば転がっていきそうな、いいところのお坊ちゃんというイメージだ。
現場にいる観客は少ない。いくら離れていても、危険はゼロではないからだ。特に、ラボの研究員にしてみれば「研究とは無関係な野蛮な闘争」でしかない。どちらが勝とうが何の益もないのだから、見に来るはずがなかった。
観客席に来ているのは、ホノカたちと、東軍の駐留部隊から二十名くらい、といったところだ。両者は向かい合うように対岸に座っている。
トマスは居心地が悪いのか姿が見えなかったが、試合開始直前になってアーネストたちから少し離れたところに立っているのが見えた。残念ながら、今回は敵だ。
『それでは、始めるがよろしいな?』
アーネストからホノカに通信が入る。
『ええ、どうぞー! 準備万端ですからー!』
ホノカは珍しくやる気である。一応、プライドというものはあるらしい。
彼女の隣にはミサキ、ハルキが並んで座っている。
リゼはやはり不在で、アーニャもいない。興味がないのだろう。
『イオちゃん、通信はオープンのままでお願いねー。状況、わからないからさー。』
『了解や』
『……勝ってね?』
『もち』
ホノカが声をかけると、端末からイオリの声が帰ってきた。ホノカ、ミサキ、ハルキの全員に聞こえている。
『ほな、行きますか。ナノマシンスキン展開。警察代表らしく、白黒でいこうやないか。
ポチっとな! 何かの商標に引っかかりませんよーに!』
ザンサスの胴体と脚部に黒い帯が入って、機体がポリスカラーに切り替わる。
ナノマシン塗装した装甲を使うと、色を自由に変更できる。状況に合わせてカメレオンのように隠れることも可能だ。光学迷彩の一種である。
「ふん。無意味なデモンストレーションだな」
アーネストがそんなことをつぶやいたような気がした。東軍側とは通信を常時つないでいるわけではないので、本当のところはわからなかったが。
セパードもナノマシン塗装を使えば同じ芸当ができるが、コスト高になるので一般の機体は固定カラーリングだった。ただの光学的な欺瞞は各種センサーを完備している真っ当な相手にはそれほど意味がない。それに、日本国内で隠密性の高い大規模作戦はまず要求されないので、搭載するとしても一部の特殊部隊だけで十分だろう。
準備が整ったことを確認したのか、アーネストが再び通信をつないできた。
『では、これより模擬戦を開始する。三本先取もしくは戦闘不能を持って決着とする。
各員の健闘を祈る。では、始め』
味気ないゴングだったが、戦いの火蓋は切って落とされた。
ザンサスは右手に警棒、左手に小さめの盾を持っている。
セパードは、防刃クッションでカバーしたナイフを持ち、盾はザンサスと同じものを掲げていた。
実戦では全身を隠すような大きなシールドが使われることもあるが、今回はそれだと勝負がつかなくなりかねない。あえて、機体の三割程度をカバーできるサイズのものが選ばれていた。ジャケットの訓練生には馴染み深いものだ。
『後の先で行くで』
イオリはジャケットの中から冷静にセパードを分析していた。
シミュレーション結果から考えると、相手の攻撃を受け止めてから反撃をするスタイルの方が勝率が高い。
セパードは防御が固いことで有名な機体だ。それゆえ生還率が高く、主力機に据えられる一因になっている。正面から殴りかかっても、防がれる可能性が高い。トマスほどの腕があれば別だったが、そこまでの力量はイオリにはなかった。
(……来る!)
最初に仕掛けたのは、セパードだった。
向かい合った二機の距離はおよそ二十メートルほどだったが、それを一息に走って詰めて来る。ずんぐりした機体のわりに、速い。即座に時速百キロを超え、四歩目にはザンサスに肉薄していた。
突進する勢いそのままに、右手のナイフを腰だめから正面に突き出す動作。
何のフェイントもない、真っ正面からのパワー勝負だ。
『ンな正面からの攻撃で———!』
セパードの刃に対して、ザンサスは姿勢を少し低くして受け止める構えを取る。
大丈夫。シミュレーションの結果では、正面からなら押し負けない。
ドズン!
ナイフがシールドに接触する。ガードには成功した。
しかし次の瞬間、ザンサスはごろんごろんとグラウンドを転がっていた。
『なんでや———!?』
セパードは刺突を止められたとみるや、そのまま一歩踏み込んで体重と勢いを乗せた体当たりを仕掛けてきた。ザンサスも踏ん張ったが、耐えきれずに吹っ飛ばされていた。
体勢を崩したところに、すかさず飛びかかってくるセパード。その跳躍は獲物を仕留めにかかる猛獣のようで、一切の乱れがない。
セパードのナイフが、起き上がろうとしていたザンサスの胸元に突きつけられる。
『一本。両者、戦闘続行可能であれば持ち場に戻れ。
———ふん。口ほどにもないというのは、こういうことを言うのかな?』
アーネストの嘲りと、彼の取り巻きの笑い声が通信越しに聞こえてきた。
ホノカが脂汗を流しながら言い返す。
『ま、まだまだこれからですから!』
ザンサスは特にダメージはなかったようで、バネを使って起き上がるとスタートラインに戻っていく。
『イオちゃーん! 大丈夫なのー?』
『まだまだ……これからやろ』
イオリの返事には若干の焦りが滲み出ている。
(どういうことや……? 体当たりされても耐えられるはず……)
イオリは機体のセンサーログから、さきほど弾き飛ばされたときの衝撃や想定されるエネルギー量を大急ぎで割り出していく。
戦闘服越しにBMIで機体とはリンクしているので、操縦しながらでも演算させたり結果を確認することができる。機体からの入力が視覚に割り込んで、半透明なコンソールが視界の隅に見えている。
コンソールに、演算結果が表示された。
(げっ。セパードの機体スペック、上がっとる! どんだけパワー馬鹿やねん!)
シミュレーションに利用したのは間違いなくセパードの戦闘データだったが、おおむね一年ほど前のものであった。環太平洋連合軍のエンジニアたちも日夜改良に取り組んでいるわけで、今日のセパードは昨日のセパードと少し違う、ということだ。
これで、真正面から受け止めて反撃する作戦は難易度が高まった。
もはや奥の手を出し惜しみしている場面ではない。
『ホノカ。アレ使うけど、構わんよな?』
一応、上司に確認を取る。
『東軍相手なら構わないでしょー! 共同開発したんでしょ?』
ボスの了解が取れたところで、イオリはザンサスの付帯機能を稼働させた。
『ザンサス、あんたの本領、発揮させたる。
———対外慣性制御装置、起動!』
ふっ、とザンサスの動きが軽くなる。
重力をほんの少しだけどこかに忘れてきたかのような、軽やかな足取り。
『では二本目。始め!』
アーネストの合図で二本目が開始される。
今度は、先手を取りに行く。
ザンサスは盾を正面に、警棒を横手に構えてセパードに突っ込んでいく。
『馬鹿め。力押しでは勝てないことはもうわかっただろう』
通信を切り忘れていたのか、アーネストの声がハルキ達にも届いてきた。
それでも、イオリは突進を止めなかった。
『いてまえぇぇぇぇぇっ!』
振りかざした警棒に、セパードがシールドを合わせに行く。直線的な動きなのだから、パワーで勝るセパードは何も考えずに受け止めればいいだけだ。
警棒がシールドに当たる———
と思ったところで、その軌道が急に逸れた。
シールドの淵を滑るようにして、セパードの左肩に向かって吸い込まれていく。
古典物理学の範疇では、あり得ない動きだった。
ガィンッ!
警棒がセパードの肩部装甲にヒットする。しかし、浅い。
『くっそ! 有効打にはならんか! 胴を狙ったんやけどな!』
ザンサスが二撃目を構えようとすると、セパードは後ろに跳んで距離を取ってしまった。
着用者が困惑しているのだろう。攻撃の軌道が物理法則を無視して曲がったのだから。
ホノカはその様子を見ながら、呻いていた。
「ああぁー! 一回目が入らなかったー! そう何度も引っかかってくれるのかしらー」
ハルキは軌道を曲げた手品のトリックを知らないので、ホノカに尋ねる。
「ホノカさん。さっきのアレってどうやったんですか? こう、ぐにゃっと曲がったように見えましたけど」
ホノカよりも先に、ミサキが答えた。
「私が使ってる斥力場自由制御機構の応用なんだって。
ナノマシンではなくて、機体に搭載できる装置として製造したそうよ」
想像を巡らせてみる。
ジャケットがミサキのような力を扱えるのだとしたら、それはとんでもない兵器なのではないか。
「それって、ものすごく強くないか? ジャケットサイズであんな力が使えたら、それこそ無敵なんじゃ……」
隣でホノカがかぶりを振っている。
「斥力場自由制御機構はナノマシンを投与された生物が使うとトンデモ兵器になるんだけど、完全な機械として製造するとたいした出力が出ないのよー。というか、生体利用時の出力が異常なんだけどねー?
だから、ジャケットだと、さっきみたいに動作の一部に介入してねじ曲げたり、着地の衝撃を緩和したり、加減速やターンをサポートするのが精一杯よー。
狭い市街地で走り回る警察のジャケットとしては、垂涎の機能なんだけどさー」
そう言われて思い出したのは、最初に公園でザンサスを見たときの光景だ。
ザンサスは着地の時、フォン、と静かな低い音がしただけで、衝撃がなかった。あれが慣性制御の効果ということだろう。
たしかに、市街地で活動する警察のジャケットにとって、静粛性や小回りの利きは死活問題だろう。交差点では九十度のターンが必要になるし、跳躍するときに衝撃を殺せるなら移動の自由度は大幅に上がる。安全に飛び移ることができる建造物や構造物が増えて、犯人の追跡などは非常に楽になるはずだ。
しかし、それが格闘戦にどれほど活きるかと言われれば、疑問だ。
「やっぱり、あんまり強い機体ってわけではない……?」
ハルキのつぶやきに、ホノカがビクリと震えた。
「ぎくっ。いやー、警察用の機体としては最高スペックになる予定なのよー? 相手が軍用でも特に優秀なセパードってのが問題なだけでねー?
うーん、陸上選手と格闘家で殴り合いをしている感じー?」
「それじゃ、勝てるわけないじゃないですか……」
「うう、イオちゃんが挑発に乗っちゃうからー! ばかーっ!」
ホノカはハンカチを取り出してしくしくと泣き始めてしまった。
『うっさい! 聞こえとるわ! スペック差くらい根性で何とかしたるわぁぁぁ!』
イオリの叫びが端末から響いた。もはや精神論になっている。
ザンサスが、再びセパードに向かっていく。




