騎士と戦士、そして姫(3)
アーネストたちが去ったあと、格納庫には混沌が満ちていた。
「あかぁぁぁんっ! めちゃくちゃ安い挑発に乗ってしもうたぁぁぁぁぁぁ?!」
「ちょっとこれどうするのよー!? 喧嘩売ってどうするのぉぉぉぉぉぉー!?」
叫ぶイオリとホノカを尻目に、リゼ、ミサキ、トマス、ハルキは地べたに座り込んで、スチール製のマグカップでのんきにブラックのコーヒーを啜っていた。
「格納庫で飲むコーヒーってなぜか美味いんだよなぁ」
トマスの独り言に、リゼがこくこくと首を振っている。コーヒーは好きのようだ。
「研究者、コーヒー、研究成果に変換する。もしくは、コーラ、定番」
リゼの言いたいことは何となくわかるような気もした。研究者と言えばコーヒーやコーラばかり飲んでいそうなイメージがある。
ミサキはジャケットにそれほど興味がないのか、静かにコーヒーを飲んでいる。
ハルキは砂糖とクリームが欲しい気分だったが、格納庫には在庫がないらしい。仕方なく苦々しいブラックのまま飲んでいる。
「苦っ。なぁ、トマス。さっきのあれって、模擬戦をやるってこと?」
「そういうことだな。日本製の量産試作機ザンサスと、東軍すなわち環太平洋連合軍の主力機セパードの一対一の近接格闘戦ってこった」
もしや、非常に燃えるシチュエーションではないだろうか。
「それって、勝てるのか?」
単純な疑問だった。世界を三分割する環太平洋連合軍の主力機と言えば、世界最強の一角ということである。
それなのにイオリは「負けるわけがない」と言い切っていた。よほどの自信があるに違いない。
そんなハルキとトマスの会話を知ってか知らずか、背後でホノカが泣き叫んでいた。
「トマちゃん抜きで、軍用スペックと近接戦闘で勝てるわけないでしょぉぉー!?」
「うっさいわぁぁあ! 警察仕様でも勝ち目がないわけちゃうやろぉぉぉー!?」
とりあえず、何かしら絶望的な状況だとわかった。
あまりに二人がうるさいので、さすがにミサキも事情が気になり始めたのか、トマスに視線を送って状況説明を求めている。
「私はジャケットって、殴ったとき固いか固くないかくらいしかわからないんだけど、これってそんなにまずい状況なの?」
トマスはコーヒーを一口すすってから、淡々とした口調で答えた。
「厳しいな。セパードとザンサスでは想定している相手が違うから、スペックも異なる。
セパードはガチの軍事用だ。武装したジャケットとの戦闘は設計思想の中心にあると言っていい。パワーもあればガードも堅い。あらゆる局面を想定しているから、仕様や武装のバリエーションも豊富だ。
ザンサスは日本の警察仕様で、非武装ジャケットや暴徒の鎮圧、捜査や警備任務が主眼だろ。街中での機動性や燃費には優れてるが、短時間の近距離格闘戦ではあまり意味が無い。最新型だけあってハードウェアはたしかに優秀なんだが、それを制御するオペレーティングシステムとソフトウェアが、未成熟なんだよなぁ……」
トマス曰く、新機軸の機体らしく、制御系のソフトウェアの練り込みがまだまだらしい。潜在能力は感じるが、正面から殴り合ったら勝てる見込みは薄いとか。
その上、着用者として警備課で最優秀のトマスは今回は不参加だ。出向元の東軍に敵対することは彼としても難しいだろう。
ホノカがわめいている。
「だいたい、誰が乗るのよー! わたし、軍人相手に殴り合って勝てるような腕はないわよー!? あ、そうだ! サキちゃんが乗って、ぶっ飛ばせばいいんじゃないー!?」
突然のご指名にミサキは当惑している。
「操縦できないし、機内から力をふるったら、先にこの機体が壊れるんじゃないの?」
「ですよねー!? だめだわぁぁー! イオちゃーん! もう無理だよぉぉぉー!」
当然ながら、ジャケットの操縦は専門技能である。一朝一夕で身につくものではない。
着用者不在。機体の性能差も小さくない。すなわち、勝てる気がしない。
どんよりした空気が流れるが、イオリは闘志を絶やしてはいなかった。
「うちが責任とって乗るしかないやろ……! これでもトマスから一本取ったことはあるで!」
「おー、あったあった。トリッキーな戦術は得意よな、お前」
トマスが合いの手を入れている。どうやらイオリが自分で乗るようだ。
イオリが、ザンサスを小馬鹿にされたことをよほど腹に据えかねていることはわかる。それにしても入れ込み具合が半端ではない。強い思い入れがあるに違いなかった。
「あー! 三日でソフトウェア書き換えてチューニング追い込まなアカン! 死ぬぅぅぅぅ! せっかく少しのんびりできる思てたのに!!!!」
「……ま、がんばってくれ。僕は手を出せん」
頭を抱えつつもやる気全開のイオリ。もはや他人事といった体のトマス。灰になっているホノカ。そもそも興味がなさそうなミサキ。十人十色の様相だった。
その隣で、リゼは黙々とザンサスの技術仕様書を読んでいた。
凄まじいスピードでホロをめくって、ふんふんと鼻息荒く読み進めているので、なにかしら彼女のツボにハマったようだ。
「リゼ。それ、おもしろいのか?」
「うん。ジャケット、専門外。学び、多い。この機体、ちょっと、リゼ、仲良し、かも?」
最後の方は意味がわからなかったが、リゼなりに楽しめているなら、良いことだ。




