騎士と戦士、そして姫(2)
ハルキは格納庫に呼び出されていた。呼び出したのはトマスだ。
ジャケットの掃除を手伝ったことで味を占めたのか、再び作業をやらせようという魂胆が見え隠れしている。
断っても良かったが、好奇心が猫を殺すのなら、退屈は若人を殺す。暇よりはマシと考えて、格納庫に参上したところである。
「おーい、トマスー!」
声を掛けて中に入ると、足下に転がっていた『何か』をうっかり蹴っ飛ばしてしまう。
勢いよく『何か』が転がって、ゴツリゴツリと妙な音が鳴った。
何を蹴ったのか、確認する。
———人間の、肩から切断された腕が落ちていた。
「うわああああああぁぁぁぁぁぁっ?!」
飛び退いて、その拍子に無様に尻餅をつく。
見間違いだろうと思って、もう一度よく『それ』を見つめるが、やはり人間の腕に違いなかった。
「なななななな、なんで」
「おー、誰が叫んどるんかと思ったら、ハルキやん。そない蒼い顔してどないしてん」
振り返ると、イオリがしゃがみ込んでハルキの顔を覗き込んでいた。
「あ、あ、あ、あああああ、あそこに人の腕が落ちて」
イオリはハルキが指さした方を見ると、ぺろりと舌を出して気まずそうな顔をする。
「すまんすまん。あれ、うちの腕や。予備やけど」
「……はい? イオリさんの腕?」
立ち上がったイオリは、落ちている腕のところまですたすたと歩いていく。
「これをこうしてこうすると、ほい。がっちゃんこ、と」
イオリは自分の左腕を右手でつかんで『取り外す』と、それを床に置いて、落ちていた腕を代わりに取り付けた。
「ほれ。この通り。うちの腕やろ? たぶん、詰め込みすぎて鞄から落ちたんやなぁ」
「……ええっとー」
そう言われましても、というリアクションしかできない。
実はアンドロイドなのだろうか。
イオリはこらえられなくなったのか、盛大に噴き出して笑い始めた。
「あっはっはっは! すまん。からかいすぎた。
うち、アンドロイドちゃうで。人間や。もろもろ機械化しとるってだけ」
「えっ、あ! 義体使用者?!」
「そゆこと。最近はあんまり見いひんよなー。培養人体を使うた方がええわな、そら」
機械化された人間を義体使用者と呼ぶものの、近年ではメジャーな存在ではない。人体のパーツは大部分を培養して再生、治療できるからだ。もちろん全てではないが、よほど大きな不幸に見舞われない限りは、義肢や義体のお世話になる必要は無い。
改めてイオリの容姿を確認するものの、まったくもって生身にしか見えなかった。
いったい、どこまでが生身でどこからが機械なのか———
「なんや? どこから機械か触って確かめてみるかぁ? うちは別に構わんでぇ?」
イオリはそんなことを言いながら、シャツの襟をつまんで胸元を広げて遊んでいる。明らかにからかわれていた。
「あ、いや、そんなつもりでは。気持ちだけいただいておきます」
「気持ちはもらうんかい! おもろいやっちゃな。座布団やるわ。
ま、冗談はさておき、トマスなら奥におるで。うちも用があるから一緒に行こうや」
イオリは取り外した方の腕をただの棒のように扱って、自分の肩をぽんぽんと叩きながら歩いて行く。
(やっぱり、いろんな人がいるなぁ……)
その後ろについて歩きながら、そんなことを思った。
イオリは二ヶ月ほど長期出張に出ていたらしい。
白亜のジャケット『ザンサス』を前にして、イオリとトマスの感動の再会だった。
「トマァァァァス!! あんた、またむちゃくちゃな機動しおったな?!
フレームは無事でも、ジョイントがあかんようになるっちゅーてるやろ!
もう交換やんけ! もうちょいジャケット労れっちゅーねん!」
「無人機相手だったんだぞ!? いくらヘボ人工知能でも、超高G機動されたらこっちも無茶やるしかねーだろ! さすがに吐くかと思ったぞ」
「はぁ? 今さらコクピットで吐いたら新入りって呼んだるわ。
にしても、骨董品の人工知能相手に手こずったんかー? 恥っずかしいわー」
「ぐぬぬ……もうシミュレーターで対策済みだ! 次は楽勝だっつーの!」
感動の再会だった。夕暮れの浜辺で殴り合っている感じの。
ハルキはその様子を「仲がいいんだなぁ」と遠くから眺めていた。
すると、ホノカからトマスとイオリ宛に通信が入る。
『えー、今から格納庫にお客さまをご案内しますー。どーぞー』
トマスとイオリの動きがピタリと止まった。
「やっべえええええ! お前としゃべってたらうっかり片付けるの忘れてた!」
「はぁ?! うちのせいにすんなやボケナス! とりあえず臭いものには蓋や!」
二人の隣には、うずたかく積まれたジャケットのパーツの山があった。イオリは近くにあったシートを広げて強引にかぶせる。
直後、格納庫の入り口に複数の人影が現れた。
先頭はホノカで、その後ろに軍服を着たむさ苦しい集団がぞろぞろと続く。
「こちらが格納庫ですー」
「ほう。ずいぶんと手狭なことだ」
ホノカが丁重に対応している相手が、軍人集団のボスであろうことは容易に知れた。
年の頃は五十に届くだろうか。恰幅がよく、軍服の胸のあたりに複数の略綬をつけていて、いかにも権威のある者だと示していた。軍帽とサングラスで顔はよくわからないが、強面であろうことは想像に難くない。
その様子を遠くから見て、ハルキがトマスに尋ねる。
「なあ、あのおっさん、誰だ?」
「ほら視察の話、昨日しただろ。アーネスト中佐だ。見ての通り、嫌なヤツだぞ。
日本嫌いのくせに、敵地に乗り込むなら言葉を覚えて当然とか言いながらペラペラになるまで日本語を特訓する奇特家でもある。間違っても近くで悪口は言うなよ」
「いや、トマスじゃあるまいし言わないよ」
ジャケットを清掃したときに「軍から増援が来るので、お偉いさんが視察に来る」と言っていた件だろう。
よく見ると、軍人集団の傍らにリゼとミサキがいた。誰と話すでもなく、仕方なしについてきた様子が見て取れる。
リゼは遠くからハルキを見かけて「ぺこり」とお辞儀をしている。ミサキはちらっと視線をよこしただけだった。
アーネスト中佐は、そんなリゼの様子が目に入ったのか、あえて彼女に言及する。
「やれやれ。日本管轄の手編みのためにわざわざ部隊を動かさないといかんとはね。我々は常緑の足取りを追う方に集中したいんだがな」
トマスが嫌なヤツと言った理由がわかった。西園寺副所長といい勝負ができそうな逸材だ。
ホノカはアーネストの隣で「たははー」と困った顔をしているが、リゼは特に気にする風でもなく、虚空を眺めて何か考えているようだった。体はここにあるが、思考回路は別のことに使っているのだろう。
ふと、アーネストが遠くからハルキを見咎めて苦言を呈した。
「黒峰警部。彼はなにかね。ゲストパスで入っているようだが」
アーネストの端末は視界に情報を提示するタイプのものなのだろう。ハルキがゲストであることを、端末を通じて瞬時に確認したと思われる。
ホノカは「げっ。なんでハルくんがここにいるのー」という顔をしたが、すぐに取り繕って言い訳を始めた。
「襲撃事件の目撃者で、捜査協力者ですー。人体機能付与型ナノマシンのことも知っていますー」
それを聞いたアーネストは眉根を寄せてホノカをにらみつけた。
「日本の警察は気でも狂っているのかね? 民間人の前で堂々と斥力場自由制御機構を使ったのか?」
「たははー。手編みが直接狙われておりましたので、優先度を鑑みて使用を許可せざるを得ませんでしたー」
アーネストはわざと聞こえるように大きなため息をついた。
そのあと、軍人集団とリゼ、ミサキは、ホノカの誘導に従ってゆっくりと『ザンサス』の方に歩いてきた。おそらくは、量産試作機であるザンサスが視察内容に含まれているのだろう。
トマス、イオリはザンサスのすぐ近くに控えている。出迎えの挨拶をするでもなく、アーネスト達がやってくるに任せていた。
間近にやってきたアーネストは、二機のザンサスを見上げて、嫌らしい笑みを浮かべる。
「ほう。これが我が軍の『技術供与』を受けて日本が開発しているというジャケットか。見た目はそう悪くはないではないか。見た目は」
それを聞いて、トマスが急に慌て始める。
その理由はすぐに理解できた。
「ちゃうわ! 東軍と日本の『共同開発』やろ! 契約条件はイーブンや!」
イオリが噛みついたからだ。
「イーブンというなら我が軍の予算を返してもらいたいものだな。こんな見た目ばかりで使い物にならんものに血税を注いでどうする」
アーネストの返しの刃に、イオリも応戦する。引くつもりはないらしい。
「なんやとぉ?! 最新技術の結晶を使い物にならんちゅーんか!?」
白熱するイオリを傍目に、アーネストは落ち着いたまま小馬鹿にするように答えた。
「ふん。日本のよくわからない技術なんぞを組み込まれた機体で、我が軍の主力機であるセパードに対抗できるわけがない。我々からすれば足手まといだ。黄色人種とはお似合いの名前とは思うがね?」
ぷっちーん。
擬音をつけるとしたら、それ以外にはなかった。
「はぁー!? 枯れとるだけの技術を信頼性とかいう言葉のオブラートで包んだままありがたく使っとる連中に負けるわけあるかー! それは枯れとるんやなくて腐っとるんやっちゅーねん!」
イオリのヒートアップした言葉に、アーネストは相変わらず落ち着いて返答する。
「ほう? それでは、セパードとこの機体の優劣を試すことに異論はないな? 場所はこのラボのグラウンドをお借りするとしよう。至近距離での格闘戦になるがよろしいな?
機体のメンテナンス費用は全額こちらで持とう。修理費が出せないので本気ではありませんでした、などと言われても困るからな。どうかね?」
ここで一瞬、間があったように思う。
「———おう、もちろんや! 受けて立とうやないか!」
イオリが承諾すると、アーネストはやはり静かに必要事項だけを述べる。
「では三日後、一一〇〇にグラウンドにて。武装は近接格闘武器と小盾としよう。三本勝負だ。細かなレギュレーションはローカルアレンジのそちらにお任せする。
さて、トマス・M・パターソン中尉。君には出向元の上官として待機を命ずる。これは環太平洋連合軍と警察の話なんだ。出向している君が警察側に立つのはおかしいだろう?」
「……イエッサー」
トマスが小さく返事をして敬礼をすると、アーネストは満足した顔をして去って行く。お付きの軍人達のクスクスという小さな笑い声が格納庫にこだましていた。
去り際、アーネストは振り返って勝利宣言を残していった。
「ひとつ、先んじて冥土の土産に教えてやろう。常緑はもうじき我々が追い詰めるだろう。非道な武装犯罪組織には環太平洋連合軍が鉄槌を下す。
君たちは指をくわえて待っているといい」
ちなみに、ホノカは天を仰ぎながら白目を剥いていた。




